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「生贄って、俺……殺されるの?」
意味を飲み込むと、修太は恐る恐る尋ねた。
日ノ宮はゆるりと首を横に振る。
「まさか、ようやく見つけた力の強い〈黒〉を何故殺すのだ」
「でも生贄って言ったじゃないか」
からかっているのだろうかと不審の目を向ける修太に、日ノ宮は頬杖をついた姿勢で返す。
「私はそのように思っておるという話だ。ここは光宮殿というのだが、奥に夜宮の住まいがあってな。カムナビという、神のいる地という意味の名で呼ばれている」
「夜宮の住まいが、水神がいる場所ってことか? うーん、つまり、夜宮が水神様ってことか? 人神ってやつかな」
「よく知っておるな。だがそうではない。水神とは、この辺りを縄張りにしている蛇のモンスターのことだ」
そこまで言われてようやく修太はカラクリが読めた。
「つまり……夜宮はそのモンスターを鎮めるのが役目ってことか? モンスターと同じ場所で生活するから生贄か。確かにいえてる」
生贄とは、神に生きたまま捧げられる供物のことだ。
日ノ宮は修太の出した答えを肯定する。
「その通りだ。余程のモンスターの群れが襲撃にでも来ない限り、夜宮がカムナビを出ることはない。だが、驚かないのだな。モンスターを嫌悪する〈黒〉もいるのに」
「俺は人間の方が嫌いだね。モンスターは俺を傷つけたりしないし、時には守ってくれる。まあ、〈黒〉が好きすぎて食おうとする奴もいるけどな」
〈氷雪の樹海〉にいるリーリレーネと雪乙女を思い出して、修太はうんざりした。グレイ達がいなかったら、たぶん修太は死んでたんじゃないだろうか。
「ほう……」
日ノ宮は面白そうにうなる。
「まさに夜宮たるべき精神の持ち主ということか」
「だけど、俺は夜宮になんかならない! 仲間の所に返せよ! あんた、えらい奴なんだろ」
修太の抗議に、日ノ宮はきょとんと銀の目を瞬いた。
いぶかしげに眉を寄せる。
「まるで誘拐されたみたいな物言いだな。ちゃんと聖殿入りの前に同意するか質問されたであろう?」
「されてない! 船でオーガーの群れを鎮めた後、体調不良でぶっ倒れて……気付いたら聖殿の中にいたんだ。あのカザって人に、仲間は死んだって言われたけど嘘だろ?」
修太が日ノ宮に掴みかからんばかりに詰め寄ると、日ノ宮は僅かにのけぞった。
「おい、落ち着け」
その時、襖がスッと開いて、カザが入ってきた。
「確かに死んだよ。嘘ではない」
「カザ!」
「カザ“様”だ、シュウタ殿。まだ夜宮ではないのだから、序列は守りなさい」
まるで聞き分けない子どもを諭すみたいな言い方だ。
修太はむっとしてカザをにらんだが、カザは涼しい態度でそれを受け流して、修太の前へとやって来た。
「日ノ宮様、御前失礼いたします」
「どういうことだ、カザ。この者は聖殿入りに同意していないと言っている」
日ノ宮は不愉快を隠さずに質問した。
カザはそれをゆらゆらとかわす。
「この者は少々錯乱しているのです。仲間の死に心を痛め、少し落ち着かないのです。居場所がどこにもないと言うので、聖殿入りをすすめたところ、すぐに是と返しました」
「死んでない!」
修太は即座に返した。
だが日ノ宮は、カザと修太を見比べた。カザがあんまりにも堂々と嘘を吐くので、どちらが正しいのか分からなくなったのだろう。
「日ノ宮様は、北と東と西の聖殿の者達が差し出した夜宮候補に、胸を痛めておられたとか。この者は旅人で、家族はおりませぬ。他を黙らせるだけの圧倒的な力量を持つ待望の〈黒〉をみすみすお見逃しにはなりますまい。――それとも、かような子どもを荒れる大海に放り出しますかな?」
カザは巧妙な問いかけをした。利益と同情に訴えかける言葉に、日ノ宮は口を引き結んだ。
明らかに心が揺れたのを見て、修太はもう一度口を挟む。
「俺の仲間は絶対に死んでない!」
するとカザが修太を一瞥した。眼差しの冷たさに、修太の勢いがにぶる。
「――そんなに死体をご所望かい?」
「な……っ」
カザの問いに、修太は息を飲んだ。彼の言いたいことをすぐに察したのだ。
(まさか、俺が騒いだら、啓介達を捕まえて殺すっていうのか?)
そしてこれ見よがしに、「ほら、私は嘘はついていなかっただろう?」とでも言うのだろうか。
修太はカザのことはよく分からないが、エレイスガイアの権力者が時に残酷なことを平然とすることは知っている。
「……そう。そっか。そんなに見たいなら、今度運んでこよう。穢れを宮中に持ち込むわけにはいかないから、見る時は外だけれどね」
「ちょっと待てよ」
「待って“下さい”だろう? ここでは、秩序を守れない者に居場所はない」
カザは穏やかな態度で、ひやりと釘を刺した。
これ以上修太が反抗したら、牢屋にでも放り込みそうな物言いだ。推定とするには、身の危険をまざまざと感じる。
(ここはこいつに従っておくか)
苦々しい思いで、修太は無理矢理敬語をひねりだす。
「待って下さい、カザ様。――必要ありません、俺が我が儘を言いました」
「そうそう。なんだ、ちゃんとした口をきけるのではないか。君のお父様のしつけが良かったのだね」
「……ええ、しつけには手を抜かない人ですから」
なんとなくグレイを思い浮かべながら、修太は返した。彼の弟子へのしつけの厳しさは半端ない。
「かわいそうに、まだ家族の死を乗り越えていないのだね。早く理解して、立ち直ってくれることを望むよ」
「…………」
修太は自分の膝を見つめた。今、顔を上げたら、ふざけるなと言って殴りそうな自分がいる。
(落ち着け、状況がよく分からない以上、あいつらを危険に巻き込むような選択は出来ない)
今程、無愛想な顔をしていて良かったと思ったことはない。
「カザ、その辺にしておけ。――シュウタ、まだ具合が悪いのだから、大人しく休みなさい。良くなり次第、夜宮としての教育をつける。〈黒〉としての能力の操作は勿論、秘術も覚えてもらわなければな」
どうやら日ノ宮は、カザを怪しみながらも、修太を夜宮として扱うことに決めたらしい。
そのことで、カザの冷たい視線が修太から外れた。
「そうですね。シュウタ殿、ひとまず体調を整えなさい。いいね?」
「……はい」
日ノ宮とカザが共に部屋を出て行くと、修太はムカついて枕を拳で殴りつけた。