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テーブルの上には、つややかな小豆が詰まった大福が載った皿がある。それを摘まみながら、ラミルは窓の外を眺め、称賛をつぶやいた。
「あのシューターって奴、すごいな」
ラミルの視線の先には、土埃のたつ大通りの向こうにある宮殿の門があった。朱色の漆で塗られた柱は堂々たる風情だ。
「聖殿に入れられて、すぐに光宮殿入りなんて大したもんだよ。えらい出世だ」
「出世か……。はは、シュウは喜んでないと思うよ」
ラミルの向かいの席に座っている啓介は、苦笑交じりに返した。すでに小一時間近く、この茶店で光宮殿の様子を観察しているが、南の一の聖殿と同じく侵入するような隙はなさそうに見えた。
門以外は漆喰で固められた塀がそびえ、等間隔に置かれた物見台から武装した兵士が通りをにらみつけている。門の出入りは厳しくチェックされているようで、猫はおろかネズミ一匹通さないの意気込みだ。
門の方を見ながら、啓介は大福に噛り付いた。故郷のものとよく似た、小豆の優しい味がした。
スオウ国の食べ物は日本とよく似ているが、ときどきゲテモノが紛れているので要注意だ。今朝、宿で出された果物の天ぷらは一口かじって、吐き出しそうになった。一週間以上いるけれど、いまだにスオウ国人の味覚がよく分からない啓介である。
「ラミル君から見て、シュウの〈黒〉としてのレベルってそんなに高いの? 俺は〈黒〉にはほとんど会ったことがないから、いまいちピンと来ないんだよな」
啓介が質問すると、三日月茶で大福を流し込んだラミルは少し考えてから説明をする。
「そうだな……。例えば、俺とイミルは、二人で同時に魔法を使うと威力が増幅されるんだけど、それで頑張っても船の周囲までが効果範囲だ。鎮めと魔法の無効化、どっちもな。一人で海岸部一帯の効果範囲ってなると、達人というより……神業? すごすぎて対抗する気にもなれない」
「ああ、なるほど……。普通レベルは拳銃で、神業レベルはミサイルみたいな感じかな」
「何? ケンジュウと……ミサイル?」
「いや、こっちの話」
啓介は手を振って、話を誤魔化す。ラミルは怪訝そうな顔をしていたが、理解を諦めたようで、隣の皿に積まれている砂糖のかかった豆菓子に手を伸ばした。
(まさかあの後すぐ、シュウが国の中心部まで連れてかれるとは思わなかったなあ)
修太の足取りを追いかけて、スオウ国の首都・光都にやって来た啓介達であるが、身動きが取れないでいた。
まず、スオウ国にオルファーレンの断片があるのは間違いないのに、それがどこにあるかはっきりしない。
小さな島国とはいえ国である。歩いて回るには広すぎるし、平野部以外は山や谷があって入り組んだ地形をしているようだ。土地勘もないのに、そんな場所を歩き回れば迷うだけだろう。こんな状況で、修太を連れ戻す為に下手を打ったら、更に探すのが困難になりそうだ。
そういうわけで、啓介達は修太の動向だけを確認しながら、光都まで来た。今のところ信用のおけるラミルとイミルを案内人に雇い、奇妙な噂を探して回っている。
(いざとなれば、サーシャが神竜の姿に戻って、修太を返せって脅せばいいだけだけど……。今回はダークエルフの時と違って、俺らがいるのは国のど真ん中なんだよな。サーシャは変身出来るからどうとでもなるけど、俺達は危険人物扱いされる可能性もある……。指名手配でもされたら今後が厄介だよな)
他の国での断片探しにまで支障をきたしては、本末転倒だ。
すっかり行き詰っている。
啓介は珍しく眉間に皺を刻んで、溜息を吐いた。
そこへトリトラが一人でやって来た。スオウの民が着ている藍色の着物姿が様になっている。他の席にいた女性達が色めきたった。
「あ、いたいた。どうだい、首尾は」
トリトラはまっすぐにこちらにやって来て、ラミルの隣に座った。
「全然駄目だよ。――すごいな、トリトラ。本当、何でも似合うよね」
「似合うって何が?」
「その服だよ」
するとトリトラはラミルの方を見て、肩をすくめる。
「ねえ、もしかして彼は、人間流の嫌味を言ったのかな。君が言うなって思わない?」
「いやあ、ただの天然発言だから聞き流すのをオススメするよ。トリトラは否定的に受け取りすぎだな」
ラミルは笑いながら諭した。トリトラは煩わしげに息をつく。
「服なんて、黒くて動きやすければ何でもいいよ。この国じゃあ、黒は夜御子しか着れないから着替えなくちゃいけなくなったけど」
「俺もそうだよ。白は日ノ宮様しか着てはいけないんだなんてね」
啓介も嫌になってつぶやいた。
身に着けていい色の決まりがあるそうである。せっかくオルファーレンに衣服をもらったのに、禁止事項に引っかかるので着替えるしかなかった。
お陰で、温度調節の魔法陣がついていた服がないから、啓介はスオウ国の暑さに打ちのめされそうになっている。港町は風があったから良かったが、内陸の光都は熱気が地面でとぐろを巻いているようだ。
今の啓介は、辛子色の着物と、灰色の半ズボンに、茶色の布製の長靴を履いている。
「仕方ないから藍染の服を選んだけど、やっぱりしっくりこないな」
トリトラは不満を零し、店員が運んできた三日月茶をあおった。
ちなみに藍染の服は、庶民の間で一番人気らしい。黒に一番近い色だからだそうだ。だから、雑踏には藍染の着物姿のスオウの民が多い。
「ところでトリトラ、シークはどうしたんだ? 確か一緒に出かけたよね」
「ああ、あいつ? 土木現場の人達と意気投合して話しこんでたよ。ついでに夕方まで働いてくるって」
「何それ」
啓介はきょとんとした。
「なんか力仕事したい気分だってさ。シークは特に何も考えてないけど、ああやって情報を拾ってくるから、放っておくといいよ」
「そっか、分かった」
意外な特技だと思いながら、啓介は頷いた。
トリトラは頬杖をついて溜息を吐く。
「あーあ、シューターがいないとつまらないや。師匠にはついてくるなって言われてるし……面白くないなあ」
「俺もつまんないよ。せっかく怪談集を見つけたのに、聞いてくれる人がいないんじゃね」
旅人の指輪から出した本を、トリトラの前にちらつかせる。
「なに、また怪談? 君、ほんとそういうの好きだよね」
「でもほら、変な話を探すんなら、結構良い材料じゃないかと思ってさ。あと、神話も見つけたんだよ。観光ガイドでさ、水神信仰の由来とか載ってるんだ。夜御子のトップにいる夜宮っていう偉い人は、水神と話して、それを日ノ宮様に伝えるんだって」
トリトラが、「ああ」と首肯する。
「そういやこの国の神様って、水神って呼ばれてる蛇だっけ」
「旅の方、水神様です。様ってつけなくちゃ駄目ですよ!」
店員の女性がわざわざこちらにやって来て、渋い顔で注意した。
「カムナビでそんなこと言うと、怒ってしまいます。昔、水害が多かったこの土地を、水神様が治めて下さってるお陰で、この国は栄えているんですからね」
「すみません……。あの、カムナビって?」
「カムナビっていうのは、神様のいらっしゃる所という意味です。すぐ目の前ではないですか」
啓介達はそろって窓の外を見た。
ラミルが軽く挙手する。
「光宮殿のことか?」
「違いますよ。光宮殿は日ノ宮様のお住まいのことです。その奥にカムナビがあるんですよ。そちらに夜宮様のお住まいがあるんです」
そう言うと、店員の女性はほうっと感嘆の溜息を吐く。
「夜宮様はご立派な方です。あの方のお陰で、水神様は心を穏やかにして、国を守って下さるんですよ。かけがえのない方ですわ。そうだわ、お兄さん達、観光に来たんでしょう? あちらの聖殿にお参りするといいですよ。水神様は豊穣の神様ですから、ご利益間違いなしです」
言うだけ言って満足したのか、店員の女性は仕事に戻った。
なんとなく黙り込んだ啓介達は、やがて恐る恐る顔を見合わせる。啓介の椅子の横にいたコウも、キュウンとうなって伏せた。啓介は苦笑いを浮かべて口を開く。
「なあ、トリトラ。俺、嫌な予感がするんだけど」
「僕もだよ」
「だけど、老齢だけど、まだ夜宮様はご在位のはずだぞ?」
ラミルがひそひそ声で口を挟む。
啓介とトリトラはそろって首を横に振る。
「ここ最近のシュウの、トラブル巻き込まれ率は半端ないんだ」
「まったく難儀な子どもだよねえ」
トリトラの呟きに、ラミルは目を白黒させていた。
※カムナビ……神奈備。神様のいらっしゃる所、という意味の言葉だと知ったので、出してみました。古事記に出てくるらしいとか?