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断片の使徒  作者: 草野 瀬津璃
スオウ国 夜宮編
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 4



 ――嘘つき!

 部屋に戻って布団に入ると、修太は怒りのあまり目が冴えて眠れなくなった。

(あのカザって奴は信用ならないな。ったく、どういうつもりでこんな真似を……)

 暗闇の中、天井をにらみつける。

 右を向いたり左を向いたりと、ごろごろと転がって、深い溜息を吐く。もやもやと煩悶しているうちに、長い夜が明けた。

 修太は狙ってやったわけではないが、『悲しみのあまり眠れずにやつれた』風情になってしまい、朝食を運んできたササラが心配そうな顔を見せた。

「眠れませんでしたか?」

「いや、寝てました」

「目の下が隈になってらっしゃいますよ」

 ササラの指摘に、修太は意外に思って指先で目の下を撫でてみた。眠れなかったので目はしょぼつくが、そんなにひどい顔をしているだろうか。だがその仕草が、修太が感情を誤魔化しているようにササラには見えたようだ。

 沈痛な面持ちで膝を見つめていたかと思うと、ササラが意を決した様子で顔を上げた。そして修太の右手を、両手でそっと挟むように持つ。

「あの……あの……。比べるでもありませんが……実は私も両親を海の怪物達のせいで亡くしたのです」

「え……」

「だからあの、お父様やお仲間の皆様が亡くなったこと、わたくしも大変痛ましく思います。ですが、あの、大丈夫ですっ。シュウタ様は一人になんてなりませんから!」

 ぎゅっと修太の手を握り、一生懸命にササラは言う。

「聖殿の皆様は優しい方ばかりですから、きっとシュウタ様のことも家族として大事にして下さいます。わたくしも、精一杯お仕え致しますので、どうか、あの……今は悲しくていいんですけど、怖くはないですよって、お伝えしたくて」

「……は、はい」

 修太が気圧されているのに気付いたササラは、かあと頬を赤くして、手を放し、その場にひれ伏した。

「申し訳ございません! わたくしのような傍付きの分際で、聖なる守護者たる夜御子様の手に触れるなど! 大変おこがましく! お叱り、罰は謹んでお受けする所存で」

「あの!」

 何やら物騒な方向に話が転がっていくので、修太は急いでササラの言葉を遮った。ササラの肩がビクリと震える。

「叱るとか罰とか……そんなことしません。あんたは俺のこと、慰めようとしただけだろ?」

 ササラの様子に、修太は困惑しながら声をかける。昨夜のカザの前での態度といい、傍付きの地位は夜御子よりずっと低いのかもしれない。

 恐る恐る頭を上げるササラの手を、今度は修太から取った。

「ありがとう、ササラさん。気遣ってくれて嬉しい」

 気恥ずかしさの方が勝ってしまい、中途半端な笑みになったが、修太は率直に礼を言った。

(何が狙いなのかよく分からないけど、この人はどう見たって良い人だな)

 頭の中でそんな判定をしていると、ササラは両手を床について顔を上げた姿勢のまま固まった。朱色の目から、ほろほろと雫が落ちていく。

 ぎょっとしたのは修太である。はっきりした物言いのせいで、クラスメイトの女子を傷付けて泣かせたことはあるが、今は特に厳しいことを言った覚えはない。修太まで固まって、静かに混乱していると、ササラは灰色の着物の袖で涙を拭った。

「も、申し訳ありません……。わたくし十年はこちらにお仕えしておりますが、夜御子様からそのような優しいお言葉を頂戴したのは初めてのことで」

「は? 礼くらい普通に言うだろ」

 修太の問いに、袖の上から覗いた顔は、曖昧な色の目線を返すだけだった。

(え、言わないのかよ、ここの奴ら)

 何せここに来て、〈黒〉に会ったのは昨夜のカザだけである。長だから偉そうなのかと思ったのだが、実は夜御子はあんな風にふんぞり返っている連中ばかりなんだろうか。

(落ち着け、いちいち変な意識を持って見ていたら、皆が怪しくなっちまう。俺は出来るだけ中立でいないと)

 修太は冷静でいようと努力して、偏見を頭の隅に押しやる。

「ササラはお役に立てて大変嬉しゅうございます」

 再び深々とひれ伏すササラ。

 修太は困って、頭を掻く。

 どちらにしろ、親のしつけで、修太は礼儀にはうるさい。丁寧に扱ってくる相手に対しては、尚更、反射的に親切にしてしまう。これは根っこに染み付いた性分だから、修太にはどうしようもないものだ。

 だから仕方ないのだと言い訳をして、ササラにも丁寧に返すことにした。

「あのさ、俺はこれが普通だから、あんまり大仰にされると困るんだ。だから、元気出してくれよ」

 どう言ったものか悩んだ末に、励ますような形に落ち着いた。

(元気出すって何かそれも違うような)

 礼を言ったことで泣かれたことなんかないので、修太は結構混乱していた。おろおろしているのが伝わったのか、ササラはようやく顔を上げる。そして袖で涙を拭い取ると、ほんのりと微笑んだ。

「はい、申し訳ありません。朝餉のご用意を致しますね」

「う、うん」

 修太はぎこちなく頷いて、膳の用意をするササラの様子を見守った。



 その日の夜。

 夢現の中、扉の向こうで、ササラと誰かが何か話している声がした。

「――様、本当になさるんですか? 年若いですが、聡い方です。事情をお話すればいいのでは……」

「口答えをする気か、ササラ。お前は言う通りにしていればいいんだ」

「しかし……」

 修太が咳をすると、声は静かになったが、ひそひそ声はそれからしばらく続いた。

(ササラさん、いったいいつ寝てるんだ……?)

 前日の不眠が効いたのか、薬のせいか、問いただすよりも眠気に負けた修太は、うとうととそんなことを考えながら、眠りに落ちた。


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