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断片の使徒  作者: 草野 瀬津璃
スオウ国 夜宮編
239/340

 3



 ――おかしい。


 修太は不安に駆られていた。

 いつもなら、少しは体力が回復している頃合いだというのに、ちっとも気分が良くならない。

 微熱で頭がぼんやりしていて、何もする気になれない程だ。体がだるい。

(こっそり魔力混合水を飲んでるんだけどな……)

 修太はササラに見つからないよう、こっそり飲んでいた。

 状況が分からない以上、手の内を見せるべきではない。それぐらいの機転が回る程度には、ハプニングに慣れてきた。

 魔力が少ないせいで体調が悪いのだと思っていたが、もしかして風邪でも拾ったのだろうか。

 修太は寝たり起きたりを繰り返し、深夜、揺さぶられて起きた。

 目を開けると、ダークエルフの青年姿をしたサーシャリオンが覗きこんでいた。

 夜闇で見るとびっくりする。思わず叫びかけたが、サーシャリオンに口を手で塞がれたので騒ぎにはならずに済んだ。

「お前……びっくりするだろ!」

 修太は小声で抗議した。

「だが」

「しーっ」

 サーシャリオンが普通の声でしゃべりだそうとするのを、修太はすぐに止めた。口元に指を立て、隣の部屋を示す。

「傍付きとかいう、なんだろ、世話係みたいな人が隣にいるんだ。なあ、ここはどこなんだ? これ、どういう状況?」

 聞きたいことを全て口にしたところで、興奮しすぎて酸欠になったのか、額が重い感じがして、自然と修太は右手を頭に当ててうつむいた。

 サーシャリオンがさっと肩に手を添える。ささやくような声で訊く。

「おい、大丈夫か。なんだ、思ったより具合が悪いな」

「大丈夫なんだけど……なんかだるいし、熱っぽいんだよな。それにちょっと胸がムカムカする」

「風邪だろうか。うーむ、我にはよく分からぬなあ。……ん?」

 くんくんとにおいを嗅ぐサーシャリオンの様子に、修太はちょっと引いた。

「え、くさい? ここに来てから拭くくらいで、風呂に入ってないもんな……」

 病人特有のにおいが自分からしているような気がして、気になり始めたところだ。

「いや、そうではなく……。薬草か?」

「魔力吸収補助薬をもらってるから、それかな」

「そうか、気のせいかな」

「何?」

 ぼそりと呟くサーシャリオンの横顔はけげんなものだったが、修太の問いに、サーシャリオンは首を横に振る。

「いや、何でもない。ひとまず様子を見れて安堵した。迎えにきたら引き渡すという約束を、あちらが違えてな。我が連れ出してやってもよいが、その様子ではもう少し休んだ方がよかろう。ちなみに何か嫌な真似をされておるか?」

「いや、俺は上げ膳据え膳で寝てるだけだよ。具合悪いから、まだ傍付きのササラさんにしか会ったことない。なあ、だからどういう状況……」

 問い詰めようとする修太の手に、サーシャリオンは便箋を差し出した。

「ケイからだ。お前達にしか分からぬ文字で概要が書いてある。折を見て読むといい。――すまぬが、我は行くよ。また来る」

「あ、おいっ」

 呼び止めるも、サーシャリオンは先程修太がしたみたいに、口元に指先を立てて静かにするように指示し、そのまま足元の影へと沈んだ。サーシャリオンが消えた瞬間、床に黒い波紋が立ち、そのまま消える。

「お呼びになりましたか?」

 そこで戸が開いてササラが顔を出した。修太はさっと布団の中に便箋を押し込んで、何でもない顔をしてそちらを振り向く。

「あ、すみません。喉が渇いたなって思って……」

 水差しは枕元に置いてある。それを取ろうとすると、ササラが優しく制して、代わりに湯呑についでくれた。

「何かありましたら、いつでもお呼び下さいませ」

 ササラはすっと頭を垂れると、現われた時と同じように静かに去った。

 彼女が立ち去ると、ほっとした。修太の心臓は早鐘を打っているようだ。ササラは足音を立てないので、急に現われるからびっくりする。

(あの気配を絶って、いつの間にか傍にいる感じ、グレイ達みたいだな……)

 ササラはかよわそうな雰囲気でいて、実は手練れなのかもしれない。



 翌日の昼間、修太はササラの目を盗んで、啓介からの手紙を読んだ。

 修太がここに来るまでの経緯と、啓介達の行動について読んで溜息を吐く。

 ここの人達はどういう理由か知らないが、約束を破って、修太を聖殿から出さないつもりのようだ。

(いや、理由なんて俺が〈黒〉だからってことで充分だけどさ。でも、腹立つな。聖殿にいるだけで役に立つなら、俺の意志なんか関係ないってことかよ)

 頭では冷静に判断できるが、面白くない。

 ひとまず大人しくしておいて、夜中、ササラが寝静まった頃を見計らって部屋を抜け出した。

(暗いな……)

 明かりが無いだけで、こんなに物が良く見えないとは。

 修太は足音を立てないように気を付けて、廊下をそろりと進んだ。なんとなくこちらが出口ではないかと思う方に進む。

 構造が分からず、適当に進むと、明かりが漏れる部屋を見つけた。

 ギターに似た弦楽器の音と、歌が聞こえてくる。

(こんな時間に何してるんだ?)

 不審に思いつつ、明かりを避けて、廊下に戻る。一度戻って、分岐点を反対方向に行こうと決めた時、突然、扉が開いた。

「――おや」

 赤い髪と黒い目をした三十代程の男が、目を丸くした。ガラス玉のついた額飾りをつけ、黒衣を身に纏っている。

「夜中に部屋を出るなんて、規則違反だよ」

 さしもの修太も、不意打ちで見つかったせいで顔をひきつらせて固まっていると、後ろから小さな足音がした。

「シュウタ様! 見つけましたよ。勝手にお部屋を出られてはびっくりしますわ。厠でしたらお呼び頂ければ……こ、これは長様。大変失礼いたしました」

 静かに出てきたのに、ササラは気付いて追いかけてきたらしい。慌てていたが、修太の前に立つ男を認めて、廊下に正座して頭を下げる。

「ササラか。ということは、君は新入りだね。迷子?」

「うん……」

 まさか逃げようとしていたなんて言えない。修太はここぞとばかりに子どもらしい、物の分からぬ態度をとった。

 世間知らずの馬鹿な子どもを演じていた方が、相手も油断するだろう。

「トイレに行きたくなったけど、いつもこの人を呼ぶのは悪いだろ。寝てるのを邪魔したくなくて……」

 男はやんわり笑い、幼子に言い聞かせるように告げる。

「気にしなくていい。傍付きは好きにコキ使っていいんだよ。我慢するより、頼る方がこの者達は喜ぶ。なあ、ササラ」

「まことその通りにございます。気を遣わせてしまい、大変申し訳なく……」

 床に手をついたまま、ササラが怯えたように震えた。

 もしかして彼女に何か罰がいくのだろうかと、修太はふと気が付いた。別に彼女が憎いわけではない。自分の浅い考えに内心で舌打ちし、鈍感めいた仕草をする。

「寒いの? すみません、えーと、オサさん? 女の人は体を冷やしたらいけないって、父さんが言ってたから、もう戻っていいかな」

 自分のあどけない喋り方に、心の中でゾッとする。善良だが鈍感な態度というのは、啓介という良い見本を見てきたから、すぐに真似出来た。

「ああ、いいとも。ササラ、厠に連れていっておやり」

「畏まりました、長様」

 男は一つ頷いて、修太と視線を合わせる。

「私はこの聖殿の長、カザという。次からはカザ様と呼びなさい。名を呼ぶことを許可する」

「はい。あの、カザ様」

「何かな?」

 鷹揚な態度をとっているが、一瞬、カザの態度に苛立ちが紛れているように見えた。気付かない振りをして、修太は当然聞くだろうことを問う。

「船に、俺の父さんと仲間が一緒に乗ってたんだけど……知りませんか? 無事なのかな」

「無事って?」

「たくさんのモンスターが襲ってきたから、頑張って鎮めようとしたんだけど……どうなったのか覚えてなくて」

 しおらしい態度で修太が問うと、カザはハッと胸をつかれたような顔をした。そして、悲しげに眉尻を下げる。

「いずれ知るだろうから教えるけど……君の知り合いは皆亡くなったよ」


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