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断片の使徒  作者: 草野 瀬津璃
スオウ国 夜宮編
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 2



 夜中、修太は喉の渇きに目が覚めた。

 うすぼんやりとした闇の向こうに、天井の木目が見えた。船室にしてはやけに高い位置にある。

 ぼうっとしたまま、修太は考える。

(船にしては広い……。でも宿にしても広い。どこだ、ここ)

 魔力を使い切った後特有の体の重さを感じながら、這うようにして起き上がる。

「啓介? ピアス、サーシャ、いないのか。――コウもいないな」

 体調が悪い時はこの三人の誰かがだいたい近くにいるのだが、今回は返事がない。珍しいことにコウも傍にいない。あっちに行けと言っても傍から離れないのにどうしたんだろう。

 しばらく待ってみたが、やはり返事が無い。

 修太は仕方なく、だるい体を叱咤して扉に向かった。部屋の隅にある仄かな明かりのお陰で、扉というよりふすまに似た引き戸のようだと分かった。

 ふと振り返ると、布団が置いてある所だけ分厚い敷物がある。日本の和室と似た雰囲気だが、畳ではなく板の間の上に敷き物が置かれている。

 修太が取っ手に手を掛けた時、同時に引き戸が開いた。

「ひゃっ」

 相手も驚いたらしく、盆の乗せた水差しとコップをひっくり返した。幸い修太にはかからなかったが、思ったより音が響いた。

(び、びっくりした……。髪の色が白いから、てっきり幽霊でも出たかと!)

 修太は相手とは違った方向から驚いていた。心臓がバクバクと鳴っている。

「も、申し訳ございません! 直ちに片付けます!」

 二十代くらいの見知らぬ女性は即座に謝って、盆とコップを拾い上げると、静々と廊下を歩き去った。少しして雑巾を手に戻ってくる。

 女性の髪はとても長い。膝まで届くのではないだろうか。ほぼ白に近い銀の髪を、頭の両側でみずらのように結い、そこに葉の形をした銀製の飾りをつけている。それ以外はそのまま流していた。薄灰色の衣は着物に似ていて、上に濃い灰色の羽織を着て、前の方で金属製の飾りでとめている。パッと見た感じ、とても気品ある雰囲気だ。

「お姉さんは誰? 俺の仲間を知らないか?」

「わたくしはハクレン=ササラと申します。こちらの聖殿で傍付きをしております。この度は光栄にもわたくしがあなたの担当に選ばれました。どうかササラとお呼び下さい。これからどうぞよろしくお願いします」

 雑巾をさっと横によけると、ササラは床に手をついて深々と頭を下げた。

 土下座のような姿勢での挨拶に、修太は戸惑う。ここが高級な宿だから、こんなに丁寧に挨拶するのだろうか。

「セイデン? 宿の名前かな。ええと、ササラさん、もう一度聞きますけど、俺の仲間を知りませんか?」

「聖殿です。聖なる御殿のことですわ。夜御子様の住まう場所です。こちらは南の一の聖殿です。申し訳ありませんが、わたくしはあなたのお仲間のことは存じ上げません。熱を出して運ばれていらしたのですよ。さあさ、そちらにお休みになって下さいませ」

 ササラは修太を布団へ誘導すると、「すぐにお飲物とお食事をお持ちしますね」と言い、再び部屋を出て行った。

 布団に座ったものの、休む気にもなれず、修太は首をひねる。

(訳が分からん。何で俺はここにいるんだ? ササラさんは見る感じ下働きの人っぽいし、訊くなら別の人かな)

 とりあえずどんな場所か分からないと落ち着かない。

 修太は引き戸と反対の方へ近付いた。障子に似た戸があるので、そっと開けてみる。

 そこには小さな庭があった。低木が植えられ、石が配されている。その向こうには三メートルくらいの塀があり、修太が元気でも乗り越えるのは難しそうに見えた。周りにも目を向けると、どうも他にも部屋が幾つかあるようだ。

 確認を終えた修太は障子を閉め、布団に戻る。たったこれだけの動作でかなり疲れた。ふうと息をついていると、ササラが戻ってきた。

「夜御子様は二日も眠っておいでだったんですよ。こちらは薬草粥です、しっかり栄養を取って下さいませ。こちらはお薬です、食後にお飲み下さい」

「ありがとう、ええと、ササラさん? 俺は塚原修太だ。修太でいいよ。悪いんだけど、仲間と連絡が取れたら教えてくれないか」

「承知いたしました、シュウタ様。御用の際は、こちらの鈴を鳴らしてお呼び下さい。わたくしは隣に控えておりますので」

 にこっと微笑んだササラは、再び床に手をついてお辞儀をすると、部屋を出て行った。

(謎すぎるけど、動けないんじゃどうしようもない。体力回復が最優先だな)

 見知らぬ場所で目が覚めるというのにすっかり慣れてきた修太は、特に慌てもせず、行動方針を固めた。

 一人用の土鍋が載った盆を膝の上に引き寄せる。土鍋の蓋を開けると、米と見慣れない山菜が混ざったお粥が入っていた。

(久しぶりの米だ。うわあ、ここに来て初めて見たよ)

 喜んだが、同じ味とは限らない。薬草粥と言っていたのが気になる。

 恐る恐る木匙ですくって口に運ぶ。三つ葉のような苦味があるが、出汁が効いていておいしい。

「うま……っ」

 ずっと食べたかった和食っぽい食べ物である。感動のあまりちょっぴり泣きそうになった。

(啓介にも食べさせてやりたいなあ。だけどほんと、皆、どこに行ったんだ? せめて手紙でも置いてくれたらいいのに)

 恨めしく思ったが、今のところ酷い待遇を受けているわけでもない。それに、いざとなったら体調を戻した後に抜け出せばいい。

 修太はしっかり味わいながらも早めに食事を終えると、薬に手を伸ばす。

「くっ、どこに行ってもこいつとは離れられないのか!」

 紙包みの中には、ひどい味のする魔力吸収を補助する薬の玉が三粒入っていた。渋々噛み砕いて、水で胃へと流し込む。

 だが、やっぱりむせた。


     *


「ツカーラ=シューターですか? さあ、そのような夜御子様は存知あげませんが」

 約束の日、南の一の聖殿に赴いた啓介は、門番からそんな言葉を返された。

 啓介は鼻白んだ。

(まさかと思ったけど……ラミル君の心配が的中したよ!)

 つい固まっていると、一緒に来たフランジェスカが目つきを鋭くして問う。

「おかしなことを言うな。二日前、船に夜御子達が押しかけてきて、あのクソガキを介抱すると連れて帰ったんだ。知らぬわけがあるまい」

 門番はむっと眉を吊り上げる。

「知らぬものは知らぬというのだ、無礼者め!」

「ね、門番さん、そんなこと言わないで少し考えてみて下さいよ」

 すかさずピアスが前に出て、下手に出て問いかける。その態度に、門番も少しだけ歩み寄る姿勢になった。

「だから、知らないと申しているだろう」

「本当に?」

 サーシャリオンがピアスの隣に立った。

 見目麗しいダークエルフの青年姿をとっているサーシャリオンを、門番は不愉快そうに見上げる。

「本当だ」

「――そう」

 サーシャリオンは、門番の目の高さに、すっと右手の人差し指を立てた。思わず注目する門番を、怪しい目で見つめる。

「我の目を見よ。――そうだ。なあ、本当に知らぬのか?」

 青や緑や銀にキラキラと輝くサーシャリオンの不可思議な目を見た門番は、どこかぼんやりと遠くを見る目つきになる。

「知らない。本当だ」

「……なるほど、ありがとう。どうやら本当に知らぬようだ、さあ行こう」

 サーシャリオンは、啓介とフランジェスカ、ピアスを道へと誘導しながら、パチンと両手を叩く。

「あ、あれ? 今、何してたんだ、俺……」

 後ろでは、我に返った門番が不可思議そうに呟いている。雑踏へと歩き出しながら、啓介はサーシャリオンの腕を小突く。

「ちょっとサーシャ、あの人に何したんだよ。こわっ」

「なあに、軽い暗示だ。嘘は言っていないから、これ以上の問答は無用だろうよ」

「でも、シューター君のことをどうするのよ」

 サーシャリオンの右側から顔を出し、ピアスが詰め寄る。

「さてなあ。ひとまず船での様子を見る限り、奴らはシューターに危害を加える真似はすまい。なあ、フランジェスカ?」

「ああ。だが、これは誘拐と同じではないか。立派な犯罪だぞ、気に入らぬ」

 思い切りしかめ面をして、フランジェスカは呟いた。どうやら正義感が燃えてきたようである。

(頼もしいけど、怖いなあ)

 啓介は苦笑する。

「きっとシュウ、困惑してるよ。あっ、そうだ、サーシャ。前みたいに、影の中を通って迎えに行くっていうのはどうかな」

「ちと厳しいな」

 サーシャリオンはすぐさま首を横に振る。啓介は問う。

「それって俺達が通るのがってこと?」

「いいや、迎えに行ったところで、シューターが中に入れぬということだ」

「もしや体調に関係があるのか?」

「おお、フランジェスカは察しが良いな。もともと不安定な道だ。調子を崩しているシューターには負担が大きいだろう。まあ、あれを使うのは最終手段だ。生者が頻繁に出入りすべきではないからな」

 そう返すと、サーシャリオンはふっと唇に笑みを乗せて言う。

「だが、我が影を伝って様子を見に行くことは出来る。今回は、居場所のマークは外しておらぬから、どこにいるかは分かる」

「ちょっと! それじゃあ門番に訊かなくても、中にいるか分かったんじゃないの?」

 聞き捨てならないと、ピアスが口を挟む。するとサーシャリオンはにやりとする。

「その通り。我はあの門番が何か知っているかを確認したかったのだ。だがあの者は本当に何も知らぬらしい。当てが外れたよ」

 話を聞きながら、啓介は前からやって来た荷運びの青年をさっと避けた。啓介の足元を歩いていたコウも尻尾を守るようにして横にずれる。

 南の一の聖殿前には屋台が出ていて、人でごった返している。

 港町から少し離れているのに、港町の市場と同じくらい活気づいている。横目に見ると、魔除けの魔法陣が刺繍されたハンカチが売られているのが見えた。

 物珍しさに気をひかれ、啓介がそちらを見ていると、ピアスに腕を引っ張られた。

「ケイったら、貴重な品が安価で売られてるのが気になるのは分かるけど、今は話し合いに参加すべきでしょ」

「あ、ああ、ごめん。ああいうのが多いのは、〈黒〉の人達の副業なのかなあってちょっと思っちゃって」

「ははあ、なるほど、上手い手だな。持っているだけでモンスターの襲撃を避けられる品だ。輸出すれば高値で取引されるだろう。夜御子とやらの豊かな暮らしを支えるのも、結局は夜御子ということか」

 フランジェスカは愉快そうに青目を光らせる。血染めの糸のことを思い浮かべて、啓介はゾッとした。

「うわあ、シュウは大丈夫かなあ」

「具合の悪い〈黒〉から血を取るような、馬鹿な真似はしないと思うが」

 サーシャリオンが冷静に断ったところで、屋台の陰から黒衣の青年がすっと現われた。

「どうだ、首尾は」

 自然な歩みで啓介達の後ろについたグレイの問いに、啓介達は人波に乗って歩きながら、そろって首を振る。

「駄目だった。ラミル君の不安が的中だよ。でもサーシャによれば、シュウはあの中にいるみたいだよ」

「そうか」

 予想していたのか、グレイの返事は短かった。

 やがて雑踏を抜け、街道に出ると、木陰にいたトリトラとシークが大きく手を振った。皆、木の影の中へと集まる。

「で、どうだったんだ?」

 フランジェスカの問いに、トリトラとシークはそろって肩をすくめる。

「駄目駄目。一定間隔で物見台が建ってるから、侵入は厳しそうだよ」

「門は分厚いから壊すのは難しそうだな。塀自体はそんなに高くないんだけど、物見から矢を射られたら面倒だ。師匠は?」

 シークの問いに、グレイも軽く肩をすくめた。

「海の方はもっと厳重だ。まず塀に返しがあるから、忍びこむのは難儀だな。中に入るだけならいくらでもやりようはあるが……。変装して侵入、使用人として雇われるのどっちかだが……、使用人は船で聞いた通り、選ぶのに一ヶ月もかかるらしいから却下だな」

「変装ねえ。フランさんが猫になれば」

「おい、ケイ殿!」

 フランジェスカが口を挟むと、トリトラが笑った。

「あれだけ厳重なのに、モンスターの猫を入れるわけないだろ。安直すぎ」

「ああ、そっか。フランさんが変身出来るのはポイズンキャットだもんな」

 残念な顔をする啓介の横で、フランジェスカはほっと息を吐く。

 やれやれとサーシャリオンが右手を挙げる。

「とりあえず今日のところは、夜になったら我が様子を見に行ってくるよ。連れ帰るにせよ、先にオルファーレン様の断片を集めてからの方がいい」

「どうして?」

 啓介の問いに、サーシャリオンは海を示す。

「別に海に逃げる分には、我の子分を呼べばいいが……。狭い陸地で、逃げながら断片を探して移動してみよ、すぐに捕まるだろう。地の利はこの国の民にある」

「ああ、それもそっか」

 納得して、啓介は頷いた。そしてすぐに頭を切り替える。

「じゃあシュウのことはサーシャに任せるとして、断片の情報収集を優先しよう。早く用事を済ませて、速やかに出て行こうな」

 ぐるりと皆を見回して、予定を話す。

 皆、それが妥当かなという顔をして頷いた。


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