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断片の使徒  作者: 草野 瀬津璃
スオウ国 夜宮編
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第三十二話 日と夜が守る国 1



 板を棒で支える突き上げ窓から、生ぬるい風が吹きこんだ。通りの喧噪も遠く聞こえる。

「まずは俺達の素性から話そうか」

 ラミルは迷った後、そう切り出した。

「俺とイミルは、スオウ国人とセーセレティーの民の間に生まれたんだ。でも俺らはセーセレティーのテッダ育ちだからさ、セーセレティーの民のつもりだよ。両親はとっくに死んでいないから、見た通り、船で魔物避けの仕事をして生活してる」

 〈黒〉が表に出て働くならば、護衛付で身の安全が確保しやすい魔物避けが最も割りが良いそうだ。

「スオウ国人には夜御子になるように言われるけど、あれはなっちまったが最後、自由がなくなるから御免だね」

「噂では大事に守られると聞くが、もしや違うのか?」

 グレイの問いに、ラミルはひらひらと右手を振って返す。

「いや、そういうことじゃない。確かに大事にされるよ。夜御子になれば、腹いっぱい食べられるし、良い服も着られる。家には報奨金だけでなく年金も入って、ついでに村も潤う。その代わり、夜御子は聖殿から一生外に出してもらえないんだ。沿岸部の聖殿に居続けるのが役目だからな」

「ええっ、もしかして新年祭も出られないの?」

 ピアスが菫色の目をぎょっと見開き、身を乗り出して訊く。ラミルは頷いた。

「出られないって噂だ。何か功績を上げての褒美とか、病床でもう先がないから故郷に帰りたいとか、それくらいの理由がない無理って話」

 肩をすくめて見せ、ラミルは言う。

「俺達は、いくら生活の安泰が保証されても、そんな窮屈な暮らしはしたくない。港育ちはだいたい自由が好きなのさ。だから面倒でも船で働いてる。失敗すると人身御供にされそうになるけどな。お前らも見たろ?」

 皮肉混じりの笑みを浮かべてそう言うと、ラミルは啓介を見た。ニカッと歯を見せて笑う。

「ああいう時に庇ってくれる奴なんて初めてだったから、嬉しかったよ。だいたい皆、見ない振りするんだ。庇ったらそいつが次の不満と不安のはけ口にされるからな」

「今までは大丈夫だったのか?」

 心配する啓介に、ラミルは頷く。

「殴られることはあっても、殺されることはない。魔物避けを殺したら、次に死ぬのは船の奴らだ。モンスターに囲まれて、海の上で逃げ場もなく奴らに食われて死ぬのさ。ま、そうだろうとイミルに手出しなんかさせねえけどな」

 自慢げに胸を張るラミル。啓介は拍手した。

「わあ、格好いいな! 俺にも妹がいるから、君の気持ちはよく分かる!」

 銀の目をキラキラと輝かせ、啓介はラミルを称賛する。ピアスが驚いて問う。

「ケイって妹がいるの?」

「ああ、雪奈っていうんだ。身内のひいき目を除いても美人で良い子だよ。何故かシュウはあいつを怖がってるけど。魔女なんて呼ぶんだぜ、ひどいだろ」

「へ、へえ……。シューター君が怖がるなんて相当ね」

 ピアスは神妙な顔で呟いた。修太ときたら、だいたい誰にでも無愛想で言いたいこともはっきりと言う。彼が特に恐れるのは、生きている人間ではなくて、幽霊のような怪奇的な存在だ。

「確かに、グレイ殿にすら慣れたのにな」

 フランジェスカはグレイに不躾な視線を向けて、首を横に大きく振ってみせた。二人はあまり深く関わらないことにしたようで、それ以上聞いてこない。その代わり、トリトラとシークが好奇心を顔に出した。

「面白そうだね。今度、シューターに聞いてみよう」

「そいつの妹なら、すごそうだよな」

「確かにそうだが、シューターが帰ってこないと聞きようがあるまい。して、話の続きは?」

 サーシャリオンはラミルに問いかけて、茶を飲んだ。片眉がピクリと動く。「渋い」と呟いて、器の中身を見つめた。ラミルは笑う。

「三日月茶、慣れない奴には不味いんだよな。後でポポ茶を頼むといい。――それで、続きだが。スオウ国は小さい島国でさ、いつも外から来るモンスターに備えてるんだ。それで島の周囲に聖殿を配置して、そこに〈黒〉を据えているんだよ。そうやって国をモンスターの脅威から守ってるってわけ」

 啓介は頭の中に図を描いて、それはすごいとうなる。

「なるほどね。単純だけど、効果的だな。でも、皆がシュウみたいに強い魔法使い(カラーズ)じゃないんだから、結構難しくないか?」

「その為の聖殿なんだ。〈黒〉が自然と垂れ流してる魔力を動力にする結界があってさ、それで魔法を増幅してるんだよ。だから〈黒〉を聖殿から出せない」

 ラミルの説明はとても分かりやすい。

「そういう仕組みなのか、でも他の所で同じことしてるのを見たことないぜ。グレイやフランさんは見たことある?」

「あるわけがないだろう、ケイ殿」

 フランジェスカは顔をしかめて否定する。〈黒〉を排除しているパスリル王国で、〈黒〉をそんな風に利用しているわけがない。フランジェスカはちらりと黒狼族達を見やる。

「グレイ殿はどうだ? トリトラやシークは?」

 グレイは少し考えた後、首を横に振る。

「レステファルテでは見たことがないな。そもそも〈黒〉を船の魔物避けでしか見たことがない」

「師匠と同じだね。あとは〈黒〉の血を使った魔法陣の刺繍くらいだよ。魔物避けのまじないのやつ」

 トリトラに続いて、シークも頷いた。

「でも、それも滅多と出回らねえよな。オルセリアンの市場にでも行かねえと」

 レステファルテ国の王都の名を出して、シークはうなった。世界各地から商人が集まる為、オルセリアンにはあらゆる物が揃っている。そこでも珍しいらしい。

 考え込んでいたピアスも否定する。

「魔法を増幅するっていうこと自体、聞いたことがないわ」

「スオウの秘術だから門外不出だ。俺だって噂でしか聞いたことがない。実際にあるのかも怪しいけど、確かめようがないからな。聖殿には部外者は出入り出来ないし、知ってるとしたら日の一族くらいじゃねえかな」

 ラミルの返しに、フランジェスカがすかさず問う。

「日の一族とは?」

「スオウ国の王族のことだよ。この国では代々、日の一族から生まれた〈白〉が王になるんだ。ここでは王のことを日ノ宮って呼ぶ。水神への祭祀を執り行う役目を持っていて、政治の決定権もあるんだ」

「この国の王は〈白〉がなるのか? そして〈黒〉も重要と……。面白い国だな」

 〈白〉優位で〈黒〉蔑視の国で育ったフランジェスカには突飛に聞こえたようで、怪訝な顔で首をひねる。

 一方、啓介は感心しきりで頷く。

「つまり、〈黒〉の安全をはかるのはもちろん、秘術を守る為に出入りを厳しくしてるっていう可能性もあるのか。でも、秘術なのに、そんなものがあるって噂になってるのか?」

「はは、ケイ。秘密というのは漏れるもの。どんなに厳重にしようが、自然と出ていくものだ」

 サーシャリオンはにやりと笑って断定する。それにはフランジェスカもうけあった。

「そうだな。しばらくは隠せても、いずれ明るみに出るものだ」

「フランさん、過去に何かあったの?」

 ピアスが怪訝そうに問うと、フランジェスカはにこりと微笑んで、それには答えなかった。逆に気になるし、なんだか怖い。

「そういうことなら、そいつが『返ってくるか分からない』と言ってたのも頷けるな」

 黙って聞いていたグレイがぼそりと言った。異国の生業を面白がっていた面々は、はたと問題に気付く。

「うわああ、そういうことか! 確かにまずい!」

 青ざめて頭を抱える啓介をピアスが宥める。

「ちょっと落ち着いて、ケイ! まだそうなると決まったわけじゃないでしょ。二日後に迎えに行くって約束したんだし」

「そこなんだよなあ」

 ラミルは不思議そうに呟く。

「あいつらはだいたい、いつまでに返すなんて約束しないものなんだけど、口にするってことは返す気があるのかもな。でも最近、この国は〈黒〉不足でさ。赤子が生まれたと聞けば、〈黒〉じゃないかと役人が飛んでいくって話なんだよ」

「誰かに頼る生き方をしてるから困るんだよ。自分達の身くらい、自分で守ればいいのに」

 トリトラが悪態をつくと、シークも同調する。

「ほんとだよ。俺からすると面倒くせえわ」

 二人に対し、サーシャリオンは膝を叩いて、夜御子の制度を褒める。

「だがなかなか上手い仕組みだぞ。〈黒〉は魔力欠乏症になりやすいし、病弱で家業の役に立たないことの方が多いだろう。いるだけで役に立つ聖殿入りは双方ともに利益がある。家や村に報奨金まで出るとなれば、口減らしをされる数も減って万々歳ではないか。そして〈黒〉は安全に過ごせて、国を守っているという自負も持てる」

 サーシャリオンは更に付け足す。

「幾ら武術に秀でていようと、オーガーのように津波を起こされては敵うまい。復興すればまた壊されでは、イタチごっこで辛いだろうよ」

「珍しくサーシャがまともなこと言ってる……!」

 思わず口元を押さえるピアスを、サーシャリオンはじろりとにらんだ。

「津波……。うーん、確かにあれは僕らじゃどうしようもないな」

 嫌そうにしかめ面をしていたトリトラも、サーシャリオンの言葉は否定しきれないようだ。

 ラミルは席を立つ。

「それじゃ、説明はこれで終わりな。助けてもらった分はこれでチャラってことで。次にまた相談があるなら、いつでも言いなよ。コレ次第じゃ相談役くらいにはなってやる」

 そしてラミルは右手でコインのマークを作って、にやりと笑うと、ひらりと左手を振って部屋を出て行った。

 戸が閉まるのを眺めて、啓介は呟く。

「しっかりしてるなあ、ラミル君」

「何言ってるの、ケイ。商人の基本よ。情報はタダじゃないんだからね」

 ピアスが呆れ顔をするので、啓介はそんなものかとひとまず頷くのだった。


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