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ダール船長の様子を不審に思いながら下船した啓介達は、一度波止場で話し合うことにした。
腕を組んで立ったフランジェスカは仲間達を見回す。
「そもそもヨルミコとは何だ。スオウ国民には敬われているようだったが、ダール船長のあの言いよう、何だか引っかかる」
「だから怪しいって言ったじゃないか、僕!」
むすっとしかめ面で言うトリトラ。それに対し、シークは頭の後ろで腕を組んで、のんきな態度で言う。
「でもあいつらの言葉に嘘のにおいはしなかった。あのチビを心配してたのは本当だぜ?」
「分かってる。でも、怪しい!」
感情論で反発するトリトラ。グレイが顎に手を当て、思い出すような仕草をした。
「この国じゃ、〈黒〉は夜御子と呼ばれて尊ばれていると聞いているが、奴らがどういう生業をしているかは俺も知らんな。この国に来たのは初めてだ」
「僕達もです、師匠」
「うん」
トリトラやシークは頷いた。
年の功を期待して、皆がサーシャリオンを見つめると、サーシャリオンは手を振った。
「おいおい、我を見ても答えなんぞないぞ。何せ我は、ほとんど氷の根城から出ないで過ごしていたからな!」
「そういやお前、引きこもりだったな。悪かった」
「……失礼だぞ、フランジェスカ」
フランジェスカに言い返すと、サーシャリオンは啓介に問う。
「我が思うに、ここで議論しているより、あの双子の所に行けば済む話ではないか?」
「そうだね。ちょうど俺達も宿を探さなきゃいけないし、〈海風屋〉っていう宿屋に行ってみよう」
話が決まると、啓介は通行人に声をかけて宿の場所を聞いた。
スオウ国の玄関口、南の港町アオヤは人で賑わっていた。
港から伸びるメインストリートの両側には商店や宿が並んでいる。小柄で赤い髪をした、前合わせの服を帯でとめた衣装に身を包んだスオウ国民だけでなく、レステファルテの民やセーセレティーの民もいた。冒険者らしき武装した者もいれば、商人もいる。他には数は少ないが、エルフや灰狼族、黒狼族ともすれ違った。
瓦や茅葺などの木造平屋の建物がほとんどで、石造りの建物を見慣れた目だと、なんだか小さく見える。
「港町だというのに、小屋ばかりだな」
フランジェスカが家々を眺めて、不思議そうに呟いた。啓介は慌ててフランジェスカに近寄り、小声で言う。
「小屋だなんて失礼ですよ! 家です。俺の故郷の建物とよく似てます」
「えっ、家なのか、これ!」
「シーク、しーっ!」
わざわざ小さい声で注意しているのに、シークが大きな声で失礼なことを言うものだから、啓介はシークをキッとにらみつけた。
ピアスはきょろきょろと周りを見回して、面白そうに呟く。
「へえ、ケイやシューター君のふるさとはこんな感じなの? あたしの国と全然違うのね」
「あ、いや。伝統的な家はこうだけど、最近の建物は、塔みたいに高くて大きい物が多いよ」
「塔がたくさんあるの? 不思議な国ね」
啓介は高層ビルやマンションについて、出来るだけ分かりやすく教えたつもりだったが、見た事の無いピアスにはピンと来なかったようだ。目をしきりと瞬いている。伝えるのは難しいと思った啓介はそういうことにしておいた。
それよりも探している宿の方が先だ。
「えーと、入り口から七番目の店って話だったよね」
「あ、あれよ。エターナル語で海風亭って書いてあるわ」
ピアスが指差した先に、こぢんまりとした宿があった。入口の上に、店名が書かれた木製の看板が乗っている。
啓介達は早速そちらに向かった。
「こんにちは」
引き戸を開けて、店の中へと顔を出すと、玄関の向こうにカウンターがあり、そこに従業員の男が座っていた。笑顔になる。
「いらっしゃいませ! ああ、そちらでお履き物をお脱ぎください。中は土足禁止ですからね」
「あ、はい」
すぐに付け足された言葉に従い、ブーツを脱いだ啓介はカウンターの方に行く。
「すみません、人を探していて……。定期船の船長から、こちらにラミルとイミルという双子がいると伺ったんです。俺達は船の護衛をしてて」
従業員の目が怪しい者かどうかを値踏みする目つきになったので、啓介は急いで付け足した。
「あとついでに、七人と一匹って泊まれますか?」
客になると宣言したせいか、従業員の態度は一気に軟化した。にこにこと愛想笑いを浮かべる。
「大部屋と小部屋があいていますので、大丈夫ですよ。お名前を伺っても?」
「春宮啓介です。ケイといいます。ラミル君に、修太の仲間と言えば分かるんじゃないかと」
「畏まりました、少々お待ち下さい」
請け合うと、従業員はカウンターを離れ、奥へと歩いていく。
店の者が近くにいない隙を狙い、フランジェスカがひそひそと問う。
「なあ、ケイ殿。こんなに小さい家なのに、我らが泊まる場所なんて本当にあるのか?」
「たぶん奥に長い造りの家なんだと思うよ」
「ああ、確かに。奴の足音が随分遠くまで続いているな」
サーシャリオンが感心気味に言う。
しばらくして、従業員とともにフードを目深に被った少年が現われた。ラミルだ。
「俺達に用なんだって?」
「船長に、君達の所に行けって言われたんだ」
啓介がそう返すと、ラミルは首を傾げた。よく分からなかったようだが、話をする気はあるらしく、奥を手で示した。
「意味がよく分からないけど、とにかく上がれよ。中で話をしよう」
「うん」
それなら部屋に案内するから、そこで話すといいと従業員が言い、啓介達は宿へと入った。
案内された大部屋は板の間だった。
畳を期待していた啓介は肩すかしをくらった気分だ。日本の古民家と似た雰囲気だが、何もかも似ているわけではないらしい。
綿入りの座布団の上に、車座に座る。ラミルはイミルに声をかけると、一度自分の部屋に戻ったので、啓介達はそれぞれ荷物を置いたりしてくつろぐ。
「床に座るのか? 不思議な文化だな……」
フランジェスカは、野宿をしていると思えばいいかと呟いて、片膝を立てて座っている。他の面子も思い思いの姿勢で座っていた。
「木箱でも出そうか?」
啓介が気遣って問うと、フランジェスカは首を横に振る。
「今はいいよ。この調子だとどこもこうだろうから、慣れておきたい。ありがとう」
「必要な時はいつでも声をかけてくれ」
そんな会話をしていると、従業員が入ってきてお茶を並べてすぐに出て行った。入れ替わりにラミルが入ってくる。彼は扉をきっちりと閉めて、ちらと窓を見た。窓は板を棒で支えているだけだから、外からは覗き込めないことを確認すると、被っていたフードを取った。
「それで話って? あれ、あの修太って奴はいないんだな。ヒーラーの所か?」
周りをぐるりと見回したラミルは問いを口にして、啓介を見る。
「夜御子って言われてる人達が訪ねてきて、手当てさせてくれって言って連れていったんだ」
「はあ? お前ら、夜御子達に〈黒〉を預けたのか? ……ああ、なるほど。だから船長は俺達の所に……。ったく、あの人、自分で説明すりゃいいのに。これだから汚い大人ってのは」
ぶつぶつとぼやくと、ラミルは確認をこめて問う。
「いつ返してくれるとか、期限の話は?」
「二日後に迎えに行く約束をしてる」
フランジェスカが返事をすると、ラミルは顎に手を当てた。
「ふーん、日にちを答えるってことは、返す気はあるのか?」
ラミルの呟きに不穏なものが混じっているので、啓介は眉間に皺を刻んだ。
「ええと、どういうこと? 返さない場合もあるのか? というかさ、そもそも夜御子って何なんだ? 君は詳しいんだろ。教えてくれないか」
「そうだな、教えた方が早いか……。でも最初に言っておくけど、そいつが戻ってくるかどうか分かんねえぞ。最近のこの国の〈黒〉不足は深刻だからな」
ラミルが溜息混じりに返した言葉に、啓介達は顔を見合わせた。