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「いやあ~、護衛を引き受けて下さって助かりました! ここのところ、モンスターが多くて、冒険者ギルドの皆さんが護衛を嫌がるんですよ。お陰で、なかなか出航出来なくて困ってたんです。しかも紫ランクが一人いらっしゃるなんて、ついています」
鋭い目つきをしたダール船長は、強面に似合わず丁寧な敬語を使って、何度も「助かります」と繰り返す。
彼は赤茶色の髪を後ろで一つに束ねていて、痩せているが筋肉でしまった体躯をしている。これから修太達が乗る順風号という船の船長だ。四十代後半くらいのように見える彼は、紺の地にダイヤに似た白い図柄の布を額に巻き、水色の衣装を身に着けている。前合わせで、腰のところを黄色い帯で結んでいるのといい、なんとなく日本の和装を思い出させた。
(似てるけど、どこか違うな。中華服っぽい感じもあるし、セーセレティーの民みたいな雰囲気もあるし)
修太はそんなことを考えながら、ダール船長のしつこい感謝の言葉を聞き流していた。やがて痺れを切らしたグレイが、ダールの口上を遮った。
「そんなに何度も言わなくても、仕事はする。それより部屋に案内しろ。俺らは三日くらい寝なくても平気だが、こっちの人間達はそうはいかない」
「いやいや、休憩無しなんてきついこと言いませんよ! 交代してくれるんなら、休みを入れて構いませんからね。大変な時にぶっ倒れられても困りますから。――部屋はあちらですよ。おい」
ダールが若い船員に声をかけ、案内役が変わった。
「皆さん、この者がご案内します。あと一時間もしたら出発ですから、それまで部屋でゆっくりしていて下さい」
「ありがとうございます、船長さん」
啓介が笑顔で礼を言うと、ダールはにこやかに頷いた。
船員の後に続き、甲板から船室へ続く階段を下りて行く。
レステファルテで乗ったサマルの船程ではないが、この船も結構な大型船だ。船の前にいた大勢の客とたくさんの荷を詰め込めるだけはある。
階段を下りてすぐの前の部屋が、修太達のものだと船員は言った。
「こっちの四つの部屋がそうです。それぞれ二人部屋となっています。女性の方は特に、部屋の鍵をかけるのを忘れないようにして下さい。たまに酔客が部屋を間違えることがありますから」
船員は注意すると、四本の鍵を啓介に渡して立ち去った。
「私達はこっちだな」
「そうね、フランさん」
フランジェスカとピアスが右側奥の部屋に入る。
「じゃあ俺らはこっちか」
「うん、そうだね。ではまた後で」
シークとトリトラも啓介の手から鍵を取り上げ、フランジェスカとピアスの真向かいの部屋に入る。
修太は啓介を見る。まあ当然、二人に分かれるなら、修太のルームメイトは啓介だろう。幼馴染なので気兼ねなく過ごせる。
「俺らはこの部屋にするか?」
「そうだな。じゃあこれ、サーシャ、よろしく」
啓介も特に否定せず、最後の鍵をサーシャリオンに渡そうとしたところで、グレイから反対意見が出た。
「おい、俺がこいつと同室? 冗談じゃない」
「「えっ」」
啓介と修太は同時に声を上げた。ルームメイトなんて誰でもいいと流しそうなグレイなので、意外だったのだ。
啓介は首を傾げる。
「でも、サーシャはたぶん、部屋にいても寝てるかごろごろしてるだけで、迷惑なことはしないよ?」
「ああ、俺もそう思う」
「失礼だぞ、そなたら」
修太が頷くと、サーシャリオンが口を尖らせた。グレイは重ねて言う。
「大部屋で同室なら我慢できるが、こいつと二人なんて、ごめんだ。――分かった、金を払って別の部屋をもらう」
「ええっ、何もそこまでしなくても……」
困り顔になった啓介は、ちらりと修太を見た。
「じゃあ、修太とチェンジで」
「おいっ」
修太は思わず声を上げた。女子以外なら誰と同室でも構わないが、勝手に決められるのは何となく嫌だ。だから別の案をあげる。
「シークやトリトラとチェンジって手もあるだろ」
「あいつらはうるさいからこいつ以上に却下だ」
修太の提案を、グレイはばっさり切り捨てた。
「ひでえよ、グレイ! 仮にも弟子だろ!」
弟子二人の立ち位置が、サーシャリオンより低いとは。可哀想すぎて泣けてくる。
心の中で合掌する修太の隣で、啓介は納得だと頷いた。
「ああ、静かじゃないと駄目っていうんなら、やっぱりシュウじゃないと無理だな。お前、起きてても寝てても静かだもんな!」
「なんかその言い方、ムカつくんだけど……」
爽やかな笑顔で失礼なことを言う啓介を、修太はじろっと睨む。だが諦めて鍵を取った。
「じゃあ俺とグレイが同室だな。それなら文句ないだろ、グレイ」
「ああ……。出来れば一人がいいが、分かった」
渋々という様子で了承したグレイが、トリトラとシークの部屋の隣に入っていく。
「あ、なんだ。グレイは一人が良かったのか。……まあ、いっか」
啓介は後ろ頭をかいて呟いたが、すぐに深く考えるのをやめて頷いた。修太は啓介に念を押す。
「啓介、くれぐれもサーシャを頼んだぞ」
「任せといて。あ、それと、後で甲板に探検に行こうぜ」
「おう、行く行く」
軽く会話を交わす横で、サーシャリオンが不満いっぱいに返す。
「お主ら、我を何だと思っている。まるで子どものように!」
修太はすぐに返す。
「何言ってんだよ、その辺のガキより性質悪いくせに」
「サーシャは良い人だけど、ときどき破天荒だし、常識外れだもんな。島に着くまで大人しくしててくれよ」
啓介が軽やかに笑いながら、サーシャリオンの背中を押して部屋へと入る。それを見届け、修太も船室に入る。コウも後をついてきた。
「ふーん、広さはサマルさんの船と変わらない感じだな」
丸窓のついた部屋には、二段ベッドとクローゼット、小さなテーブルと椅子が二脚置いてあった。それ以外はとりたてて何もない。テーブルの上にはランプがあったが、窓からの明かりがあるので火は点いていなかった。
「お前は上を使え。俺は夜中も出入りするからな」
クローゼットの前にトランクを置くと、グレイはハルバートを片手にそのまま扉に向かう。修太はテーブルの方へとずれて、グレイをよけた。
「鍵はかけろよ」
いつもの調子で注意すると、そのまま部屋を出て行った。
扉が閉まるのを眺めて、修太は首をひねる。
「別に誰と同室でも良かったんじゃないか、グレイ……。部屋にいること自体がそんなにねえんだし」
かと言って、修太もサーシャリオンと二人部屋というのはあまり嬉しくないので、気持ちはなんとなく分かる。サーシャリオンがだらだらしているのを見ていると、姿勢を正せと注意したくなってくるのだ。グレイも似たような気持ちになるのかもしれない。
修太は二段ベッドの上段に上ると、毛布やマットをめくって、中に毒虫がいないことを確認する。旅を始めてから、フランジェスカに教えられたことがすっかり身にしみついている。
「よし、特に問題無しだな」
クローゼットの中もチェックしたところで、椅子に座る。コウがすかさずその足元に座った。
窓の外から波の音と、海鳥の甲高い鳴き声が絶えず聞こえてくる。
「本当に長閑だな……。セーセレティーは平和でいいよ」
修太はしみじみと呟いた。
ミストレイン王国は急峻な崖の上にある国である為、港が無く、修太達はセーセレティー精霊国まで戻ってきた。
そして、このテッダの港までやって来た。セーセレティー精霊国の東北部に位置する、この国で唯一の港町だ。
整備された綺麗な港だが、スオウ国と行き来する船が出る以外、漁でしか使わないようである。
何でも、レステファルテ国と行き来するなら、船よりも陸路の方が安全なんだそうだ。それくらいレステファルテの海賊は猛威を振るっており、レステファルテに行く船があったとしても、それはレステファルテから来た船がそちらに戻るだけらしい。
その時、ノックの音のすぐ後に扉が開いて、啓介が顔を出した。左手に剣を持っている。
「シュウ、行こうぜ」
「おう、いいけど、準備早いな」
「俺もお前と同じで、旅人の指輪があるからな。荷物の整理なんてしなくていいし」
「それもそうだな」
頷く修太の肩越しに部屋を覗き込んだ啓介は、さっきの修太と似たような怪訝な顔になった。
「あれ? グレイ、もういないんだな。……なあ、誰が一緒でも良かったんじゃないかと思うんだけど」
「俺もそう思うけど、部屋に戻ってきた時にサーシャがいるのは微妙だな」
「何で? あいつ、寝てるだけじゃん。気に障るところなんて全然ないよ。俺は誰が一緒でも平気だけどなあ」
「じゃあ聞くけど、帰ってきてグレイと同じ部屋だったらお前はどうよ」
啓介は黙り込んだ。
「別に困らないけど、緊張するかな。シュウは?」
「お前、俺が緊張しないとでも思ってんのか? 慣れたけど、怖いもんは怖い」
「幽霊とどっちが怖い?」
「幽霊」
即答すると、啓介はぶはっと吹き出した。
「やっぱシュウが同室じゃないと駄目だな」
「何で?」
「だいたいの人は、グレイって答えるからだよ。簡単だろ」
修太は眉を寄せた。
(そうか? どう考えても幽霊の方が怖いだろ)
納得がいかない修太を置いて、啓介は廊下へと歩き出す。
「いいから、行こうぜ。船が出るところを見たい」
「分かったから、走るなよ。おい!」
急いで鍵をかけて、コウとともに啓介を追う。案の定、階段を下りようとしていた乗客に啓介がぶつかり、謝る羽目になった。