19
雲一つない空に、光の花がいくつも咲いた。
城の前の広場には、大勢のエルフ達がめいめいお洒落をして集まり、バルコニーを見上げている。
そこに立った、白いゆったりした礼服に身を包んだイファは、右手を上げる。すると拍手が響き渡った。
「国王陛下に万歳!」
「新王イファ様、おめでとうございます!」
嬉しそうな声があちこちで聞こえると、イファは老いた顔に微笑を浮かべ、優しい眼差しで民衆を見下ろす。彼の頭には、金に輝く王冠があった。
今この瞬間、ミストレイン王国の歴史が変わった。ハイエルフによる王政から、エルフによる王政へ。ハイエルフは相談役になるという。
戴冠式後の披露目を、修太達は遠くから見物しながら大きく拍手していた。城の一画、広場とバルコニーがなんとか見えるという位置で、建物の外に集まって見ていたが、それでも壮麗な様子はうかがえた。
「最初とは全く想像してないところに着地したなあ」
まさか宰相イファが、新しい王になるとは。
修太がつい独り言をつぶやくと、啓介が隣で笑った。
「ごたついたけど、平和にまとまって良かったよな。反乱を起こしたエルフ達も牢から出されて、あそこに参列してるらしいし」
「まったく、思い切った決断をするよ。王にならなくても、ハイエルフは邪魔だと騒ぐ可能性もあったのに」
フランジェスカは呆れ気味に、藍色の目を細める。
そんな彼女に、トルファがありえないと手を振る。壁に背を預けて立ち、イファに視線を向けたまま言う。
「イファが奴らに説明して、何もしないと約束させたから大丈夫。そもそも、騒ぎを起こした奴らは、イファが駄目なら新しい王っていう考えだったからな、イファが王になるなら何にも問題ないんだとさ。それに、今回の騒動で、奇跡的に一人も死人が出てないってことで、他のエルフからも許可が下りたんだぜ。運の良い奴らだよ」
そこまで言うと、トルファは吹き出した。
「ああ、もう駄目。あいつが王だなんて笑える。アーヴィンにしてやられて、真っ青になっておろおろしてたんだぜ。二百年ぶりに見たぜ、あんなイファ」
壁を手の平でバシバシと叩きながら、腹を抱えてトルファは笑う。狂ったように笑う魔女を横目に、修太は首を傾げる。
「アーヴィンといえば、あいつ、あんなに宰相を追放したがってたのに、王に据えるなんてどういう心変わりだよ。意味が分からねえ」
「平和に終わったんだ。それでいいんじゃないかな」
「ええ、私もそう思うわ!」
「ワフッ」
嬉しそうににこにこと微笑む啓介とピアス。同調するようにコウが吠えた。心から嬉しそうにしている二人の笑顔を見ていると、修太も深く追及しないでいい気がしてきた。すると、トルファが事情を語った。
「あいつら、実は親友同士だったんだよ。こじれてああなってたけど、イファの事情が分かったんでアーヴィンが許したってわけ。あいつ、面倒くせえけど、懐はでかいんだよなあ」
ようやく笑うのをやめたトルファは、しみじみと呟いた。
「でも、きっちりお返しする辺りが流石だ。イファが一番嫌がることをしたよ。ま、この二百年、政治はイファがしてたからな、やることはそう変わらないが」
「民が慕うはずだな。それで魔女様、王子や王女はここに残るんですか?」
フランジェスカの問いに、トルファは首を傾げる。
「ラヴィーニャは相談役として残る――というか、塔に引きこもるって言ってたな。アーヴィンはどうするんだろ」
「私は冒険者として旅をしますよ」
割り込んだ声に、修太達は廊下の方を振り返る。
そこにいたアーヴィンをまじまじと見て、シークが後ろ手に頭を支えた格好で、不思議そうに問う。
「なんでお前、そんなに薄汚れてんだ? 髪に葉が刺さってるぞ。この国の流行か?」
「ふふ、それは斬新な流行だね」
トリトラは小馬鹿にして笑う。
「いえいえ、門を出ようと思って歩いていたのですが、道を塞がれたのです。故郷の植物達はちょっとばかりお茶目ですね」
鮮やかな笑みを浮かべるアーヴィン。水色の上着と白いズボンという、いつもの冒険者スタイルをとっているのだが、その服のあちこちに葉っぱや枝の一部がくっついている。まるで山奥にでも行ってきたかのような格好だ。
(また迷ったのか……)
修太はアーヴィンが藪に突っ込んだのだと思った。トルファも渋い表情になる。
「何が塞がれた、だ。お前がぶつかっていったんだろうが」
トルファの指摘を、アーヴィンは微笑みでかわす。まるで何も聞かなかったような顔で、右手を左胸に当て、慇懃にお辞儀した。
「トルファ様、これから旅に出て、もう戻らないと言ってましたよね。長らくお世話になりました。あなたとのお茶会はとても楽しかった」
丁寧に礼を言われたトルファは、困った顔を作り、頬を指先でかきながら空を仰ぐ。
「ああ、うん。なんかお前にそんな態度をとられると、気持ち悪いな……。まあ、こっちこそ良い暇潰しになったし、オレも楽しかったよ」
そこでトルファは、修太達が生温かい目で見守っているのに気付くと、しかめ面になった。
「でもお前、また旅に出るのか? 方向音痴の癖に勇者すぎる! てか迷惑!」
「勇者、素晴らしい響きですね。美しい私になんて似合うんでしょう」
「褒めてねえよ、ったく。無謀だよなあ。それで生きてるんだから不思議すぎる」
「私は強運の持ち主なので」
アーヴィンは自信たっぷりに言い切った。
「……うん。もういい。ま、気を付けて行けよ」
「はい。トルファ様もお気を付けて」
二人が挨拶を終えた時、広場に演奏が響き始めた。
「披露目の式が終わりましたね。お祝いのパーティーが始まりました。トルファ様、どうです、最後に一曲」
右手を差し出すアーヴィンに対し、トルファは首を横に振る。
「いや……」
「遠慮するなよ、すぐに出発するわけじゃないし」
修太が声をかけると、トルファは違うと言った。
「そうじゃねえよ、気恥ずかしいだろ!」
「あんたにそんな乙女みたいな部分があったのか」
驚いた修太が思わずつぶやいたところ、啓介に止められる。
「しぃっ、失礼だよ。シュウってば……」
「言ったな、クソガキ! 良いだろう、ダンスとはこうだという見本を見せてやる!」
この男気溢れる魔女も、一応は女心というものがあったらしい。怒ったトルファは修太に宣言すると、アーヴィンの手を取った。
城の廊下で、ゆっくりと踊り始める二人。
豪語しただけあってトルファのダンスは上手く、ひらひらと舞うようにステップを踏んでいく。
まるで小さな花が風に揺れているようだ。
修太は啓介やピアスと顔を見合わせ、口元に笑みを浮かべる。
雨降らしの聖樹が優しく枝葉を伸ばす下で、パーティーはゆるやかに続いていく。その日、ミストレイン王国は真夜中まで火が灯り、明るい笑い声が響いていた。