17
雨降らしの聖樹に戻ってきたアーヴィンが真っ先にしたのは、反乱行動に出たエルフ達の捕縛だった。
アーヴィンがパチンと指を鳴らして合図をすると、地面から蔦が生えだして、地面に倒れているエルフ達をあっという間に縛り上げた。
あまりに鮮やかなアーヴィンの手腕に、啓介はもしやと勘繰る。
「アーヴィンさん、もしかして一人でこの人達を抑え込めたんじゃ……?」
「ええ、やろうと思えば簡単です。今回は、不穏分子の炙り出しとその目的を知ること、ついでに宰相を追放出来る証拠探しがしたかったので、様子見をしていました」
何を当然なことをと言わんばかりに、アーヴィンはにっこりと微笑む。
啓介とフランジェスカは呆れ顔になった。ウェードはいつも通りの無愛想で、表情が読めない。
「つまり、わざと捕まって、泳がせていたと?」
フランジェスカが一言ずつ強調して問う。アーヴィンは頷いた。
「ええ。怪我をしてしまったのは不本意ですがね。私の顔に傷が付くなんて、世界中の乙女達にとって大きな損害ですから」
真面目に言い切るアーヴィン。
(うわあ、相変わらず勇者だ……)
こんなふざけたことを堂々と口にしても様になってしまう辺り、アーヴィンの美貌はすごい。そしてなにげなく隣を見た啓介はぎょっとした。フランジェスカがこめかみに青筋を浮かべ、怒りを耐えていたのだ。啓介は小声で宥める。
「お、落ち着いてよ、フランさん。気持ちは分かるけど!」
「確かにそいつの言う通り、奴らの目的は分かり、こうして解決した。だがなんだろう、ものすごく腹が立つ。この狸、いや狐か? 流石薔薇を操るだけあって、棘を隠しもっている……」
ぶつぶつとつぶやくフランジェスカ。
先程までの苦労を思えば、フランジェスカの怒りも頷ける。だが啓介にしてみれば、終わりが良ければ全て良しなので、気にしなかった。
「お兄様!」
そこへ、ラヴィーニャ王女が現われた。深緑色のドレスの裾を持ち上げ、小走りに駆け寄ってくる。その後ろにはセスとトリトラの姿がある。
「ご無事で良かったですわ、お兄様!」
そのままラヴィーニャは飛びつくようにして、アーヴィンに抱きついた。
「ラヴィーニャ、心配かけて悪かった」
「いいえ、無事ならそれで構いません。それで、いったいどうなりましたの?」
アーヴィンから離れ、首を傾げるラヴィーニャ。
「オレも聞きてえなあ、アーヴィン」
突然増えた声に、啓介は驚いた。この中で平然としているのはアーヴィンとラヴィーニャだけだった。
雨降らしの聖樹の陰から、身体の前で両腕を組んだ格好のトルファが冷めた目でアーヴィンを見ていた。
「フランさん、トルファさんて、気のせいか怒ってない?」
「私もそう見える」
啓介の質問に、フランジェスカが肯定で返す。
謎の緊張感に包まれる中、空気を読む気のないトリトラが言う。
「よく分からないけど、用事は終わったから僕は先に戻るよ。無事に戻って良かったね」
ひらりと右手を振り、さっさとその場を離れるトリトラ。
(自由だ……! うらやましい!)
一緒についていけば良かったかもしれない。啓介は怒れる魔女とアーヴィン達を見比べる。そこにもう一人、空気を読まないサーシャリオンがぬけぬけと言う。
「我も先に行っておる」
場を離れようとするサーシャリオンの服を、啓介とフランジェスカはそれぞれ掴んで止めた。
「サーシャは駄目」
「ここにいろ」
二人の目つきの怖さに、サーシャリオンは「仕方ないな」と渋々そこに居残る。
「トルファ様、説明しますからどうぞこちらへ。――私も、あなた方には色々と聞きたいことがありますしね」
にこやかに微笑むアーヴィンが、初めて不気味に見えた啓介だった。
*
晴れの恵みを感謝する祭事は、反乱を起こしたエルフ達の捕縛で終わった。彼らは、オルファーレンからの言葉を国民にどう伝えるかの話し合いが終わるまで、牢屋に入れられることになった。
ここまでが、アーヴィンから根掘り葉掘り聞かれて、疲れきった顔で戻ってきた啓介による説明である。
夕暮れ時にようやく王城の客室に戻れた修太は、啓介達から一通り話を聞いた後、啓介が持ってきた木箱に興味を示した。
「それで、オルファーレンが餞別にくれたのがこれか? 開けていい?」
「もちろん。シュウにも渡すようにって」
啓介は右手をひらひらと振り、長椅子に寝転がった。色々と動き回って疲れていただろうに、とどめにアーヴィンに質問攻めに遭って、珍しく完全にダウンしているらしい。普段なら好奇心いっぱいに箱を覗き込んでくるだろうに、どうでも良さそうだ。
修太は分厚い百科事典くらいの大きさをした木箱を見下ろした。桐製で、細かい彫りこみがなされた美しい箱である。これだけでも値打ちがありそうだ。
滑らかな手触りの箱の蓋を開けると、中には啓介の言う通り、着替えが入っている。
「おー、すげえ。たぶんこれ、お前のだよな? 相変わらずセンスいいな。ほら、寝たままでいいから見てみろよ」
「ん~?」
眠そうな顔でこちらを見る啓介。同室の男達も服に注目した。
啓介はぽつりと呟く。
「……白いね」
「お前、白が似合うもんな。コート? 前のと似てるけど、よく見ると青い糸で刺繍されてるぞ。あ、裏にポケットが付いてる。便利そうでいいな。それに背中には魔法陣の刺繍もあるぜ。それと、青灰色のシャツに、白いズボンだな。こっちも刺繍付き」
「シュウのは?」
「たぶん、これだ」
箱の底から引っ張り出したものを、修太は広げた。啓介はそれを見て、僅かに眉を寄せる。
「……黒いな」
「オルファーレンは、目の色で服を選ぶのをやめるべきだと思う」
「何故だ、センスが良いではないか!」
修太の言葉に、サーシャリオンが反論する。
「またポンチョだぞ? どこの民族衣装なんだ、これ! また俺の服だけ複雑じゃねえか。ごちゃごちゃ飾りが付きすぎなんだよ。啓介のみてえなシンプルな服でいいのに」
修太は餞別の服を見て溜息を吐いた。
質が良いし、着心地は良さそうだ。
だが、色合いは前のものとほとんど変わらない。縁に銀製の飾りボタンがついた黒いポンチョ、深緑色の上着には、襟元をとめる黄土色の房が両端についた銀製の板があり、黄土色の糸で幾何学的な紋章がえがかれた灰色のラインがついている。黒いズボンは普通だが、黒革のベルトに銀飾りがついていて、ごてごてしい印象だ。
「そうだな、シューター。恐らくだが……」
「ん? なんだよ、サーシャ」
「これくらい飾りを入れておかないと、地味すぎて埋没すると思われたのだろう」
「失礼だな! というか、俺はむしろ埋没してえよ! いらん世話だ!」
「ははは、そう怒るな。似合っているではないか。流石はオルファーレン様、神がかったセンスです」
「いや、神様だろ」
陶酔しているサーシャリオンに、修太はツッコミを入れたが、どこか遠い世界に意識が向いているサーシャリオンの耳には届かなかった。
「服はありがたいけど、どうせなら、次の断片の手がかりをくれた方が嬉しかったんだけどな」
衣服を綺麗に畳みなおしながら、修太はやれやれと息を吐く。そこへ好奇心にかられたトリトラとシークが寄ってきて、畳み直した服を広げ始めた。
「おい、畳んだとこなんだけど」
「畳み直すからちょっとくらい見せてよ。神様から餞別もらうって不思議だなあ。すんごい質は良いけど。うわ、このポンチョ、軽いよ。丈夫そうなのにすごいな」
「こっちのコートもすげえよ、トリトラ。仕立てが良いなあ。完全に貴族の持ち物じゃねえか。この刺繍するのに何カ月かかるかな」
トリトラやシークが服を手に言い合っていると、グレイも寄ってきた。
「確かに良い品だ」
「そうだろう、そうだろう! もっとオルファーレン様を褒めるがよい! さあさあ!」
熱気をこめて迫るサーシャリオンが鬱陶しい。
「分かった。服はすげえセンスが良くて格好いい。これからの旅に助かること間違いない。オルファーレンは流石だ。だけど俺は、情報の方が助かるんだって」
褒め言葉の後、主張する修太。サーシャリオンは満足げに頷き、思い出したように言う。
「それなら、ここから東に行った所にある島国に行くようにと言付かってきたぞ」
「サーシャ、たまにはやるじゃねえか! えーと、島国だな?」
修太はすかさず地図を広げた。横ではサーシャリオンが「たまにはとは何だ」とぼやいていたが、聞き流す。
地図に視線を滑らせると、確かにミストレイン王国から東の海上に、円形に近い島が描かれている。ミストレインと規模が変わらないので、小国と呼べる大きさだろう。
「スオウ国? どこから行けるんだ? 船を使わないと無理だろ。レステファルテから行くなんて嫌だぞ、俺」
地図で見ると、一番近い海岸はレステファルテ国にあるオアシス都市・アストラテだ。船に良い思い出がない修太が嫌な顔をするのも当たり前だ。
グレイが僅かに首をひねり、スオウ国について知っている話を披露する。
「スオウ国か……。聞いたことはあるが、行き方は知らんな。だがお前にとっては良い国だろう。〈黒〉を夜御子と呼んで大事に扱う国だそうだ」
「宗教的な香りがするな……。あ、グレイ。まさかそこじゃ〈白〉が差別されてんの?」
「いや、確か王族の中から、〈白〉を王として選ぶと聞いたことがある。俺も詳しくは知らん」
するとトリトラが軽く挙手した。
「僕も詳しくはないですけど、確かセーセレティーから船が出てたはずですよ。セーセレティーにとっては貴重な貿易相手と聞いたことがあります。もしかしたら、エルフも貿易をしてるかもしれません」
「じゃ、明日にでも聞いてみようぜ。どうせ、もうしばらくこの国にいるんだし」
シークが結論を出し、長椅子の方を見る。
「な、白い奴……。って、寝てるな」
なんだか静かだと思えば、啓介は長椅子に寝転んだ姿勢でそのまま寝入っていた。
「詳しいことはまた明日話そう。いいな、静かに解散だ」
修太は地図を旅人の指輪の中に仕舞い、衣服を畳んで箱に詰めると、リビングに集まっている男達に手振りで移動するように指示する。皆、ちょっと渋々な顔をしながらも寝室に移動した。
修太は薄い掛け布を持ってきて啓介にかけてやると、燭台の火を消して、寝室に向かう。
「おやすみ」
ひっそりと声をかけ、扉を閉めた。
スオウ国ですが、extraの方の目次にある話で、グレイの思考の中にちょこっと出てきた国です。