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断片の使徒  作者: 草野 瀬津璃
ミストレイン王国 王位継承編
226/340

 16



「ぐえっ」

 固い地面に放りだされた啓介は(つぶ)れた声を出した。

「あたた……。ぐえっだって、こんな声、初めて出したよ……」

 思い切りぶつけた右(ひじ)をさすりながら、啓介は体を起こす。手の平に柔らかい感触がしたのでそちらを見ると、真っ白い花を下敷きにしていた。

 双子山脈で見たような白い花畑の美しさに、痛みも忘れて見入る。

 そしてなにげなく顔を上げた啓介は、こちらを見下ろす青い双眸と目が合って仰天した。

「うわ、近っ!? いた!」

 近すぎる顔に後ずさった拍子に、支えていた手が滑って後ろに倒れる啓介。その拍子に、白い花弁が幾つか宙に舞い、光に変わって消えた。仰向けに寝転がった啓介の視界には、岩壁と、ぽっかりあいた穴、そこから覗く空が見えた。

「『ホラー映画』とはなんだ、(まよ)()よ」

 啓介の視界に割り込んだ少女は不思議そうに問う。腰まである真っ白な髪がさらりと揺れた。白いワンピースに、白い肌。裸足で佇む彼女のことを啓介は知っていた。

「オルファーレンちゃん! また幽霊に会えるなんて感激だ!」

 パッと飛び跳ねるようにして起き上がる啓介。

「我は幽霊ではない。この世界を創造せし者だ、異界(いかい)の迷い子よ。否、我が断片の使徒。相変わらず変な奴だな」

 オルファーレンは呆れたように呟く。そんな彼女の姿は前のように明滅していない。はっきりとした存在感があり、薄らと光っているようにも見えた。それが美しさからの錯覚なのか、本当に光っているのか、啓介には判断が付かなかったが。

「それで」

「うん?」

「『ホラー映画』とは何だ」

 まだ質問が続いていたらしい。啓介はホラー映画のことを思い浮かべ、説明しようと言葉を纏めたところで、オルファーレンは頷いた。

「なるほどな。そういう娯楽か。何を変な顔をしている。心を読んだだけだ。しかし異界には変わったものがある。幽霊や死人などが見たいなら、墓場で働けばいいだろうに」

「うーん、死体や幽霊を見たいんじゃなくて、怖さとストーリーを楽しんでるんだと思うけど、まあいいや」

 啓介は細かいところは突っ込まないことにした。ホラー映画を見たことが無い人に、面白さを教えるのは難しい。

 啓介は気を取り直し、オルファーレンに微笑みかける。

「オルファーレンちゃん、元気そうで良かった。結構心配してたんだよ」

「ああ、そなたらのお陰だ。だが、消滅が遅くなっただけで完全ではない。力がいくらか戻ったから、世界の均衡を僅かに戻すことは出来た。糸のねじれを伸ばしただけのようなささやかなものであるが……」

「ですが世界として見れば大きな一歩です、オルファーレン様。我も安堵いたしました」

 聞き慣れた声が慇懃に言った。啓介はそちらを見て、顔に苦笑を張りつかせた。

 貴公子のような金髪の青年が、倒れているエルフの青年の背中を踏みつけている。サーシャリオンの顔には邪悪な笑みが浮かんでいた。

(見なかったことにしていいかな……?)

 そう考えた時、啓介は背中を押されて再び花畑に倒れた。

「わあ!?」

「うぐっ。――あ、悪い、人間の少年……」

 倒れ伏した啓介の上にドミノのように倒れてきたのはウェードだった。

「ぐはっ」

「おや、すまない。ウェード殿」

 更にその上にフランジェスカが着地して、ウェードともども啓介もうめいた。慌てた様子でウェードの背中から飛びのくフランジェスカ。

 パチパチと拍手の音がして、サーシャリオンの笑い声が響く。

「ふ、はははは! 最高だな、そなたら!」

「サーシャ、笑うなよっ! ウェードさんも早く退いてくれ、重い!」

「ああ、悪い……。――あ、アーヴィン殿下!」

 ウェードはサーシャリオンの傍で平伏しているアーヴィンを見つけて、そちらへ駆けていった。

「何て格好をされているのですか! さあ、起きて下さい。そっちの男が敵ですか? 雨降らしの聖樹の方は片が付いたので帰りましょう」

「ウェード、座れ」

「は?」

「今すぐに座れ! そして頭を下げなさい! すぐに!」

「いきなりどうしたんですか、殿下」

 ウェードは訳が分からないと反論するが、アーヴィンに腕を引っ張られて座った。

「創造の女神の御前で失礼でしょう!」

「は? 創造の女神?」

 理解不能という顔をしているのはウェードだけではなかった。フランジェスカもきょとんとアーヴィンを見下ろし、周りを見回す。そこで真っ白な少女を見つけて目を丸くする。

 啓介はへらりと笑う。

「そうだよ。この子がオルファーレンちゃん! この世界の創造主なんだって」

 フランジェスカとウェードは硬直したが、オルファーレンの神々しさを目の当たりにして、すぐに我に返った。

「何故、ちゃん呼び!?」

「どうしてそんなに親しげなんだ!」

 同時に叫ぶフランジェスカとウェード。ウェードは青ざめた顔でよろめき、アーヴィンの隣に平伏した。フランジェスカはすぐさまその場に片膝をついて頭を下げる。

「異界の迷い子、これが正しい反応だ」

 オルファーレンはぴくりとも表情を変えないまま啓介に言った。

「え、ごめん?」

 啓介もあんな風に土下座するべきなんだろうかと考えたところ、オルファーレンは首を横に振る。また心の声を読んだらしい。

「そなたらは必要ない。異界の迷い子であるのに加え、使い走りをさせているからな」

「そんな! 俺が助けたいって言ったんだよ。気にしなくていいのに」

「ふふ、我をちゃん呼びするのは初めてでな、面白いから構わぬ。ところで黒い方はどうした?」

「シュウならあっち――地上に残ってるよ。俺達だけ来たんだ。サーシャが暴れてるのが見えたから止めに……。そういえば、どうしてあの人はサーシャに踏まれてるんだろう」

 啓介は出来れば触れたくなかったことを渋々訊いた。黒い表情をしているサーシャリオンが不気味で関わるのは遠慮したいと思ったが、流石に見過ごせない。

「我に新たなハイエルフをと()い願い、我が断ったら暴れだそうとしてな。サーシャリオンが取り押さえた。我がドラゴンは本当に頼りになる」

 オルファーレンは薄らと微笑んだ。するとサーシャリオンは頬を紅潮させ、あっという間に機嫌が良くなった。

「オルファーレン様の危機に駆け付けるのは当然のこと! ありがたき幸せに存じます」

 胸に手を当て、慇懃な礼をするサーシャリオン。足元で敵を踏んだままでなかったら、もっと様になっていただろう。

「むしろ消し炭に変えてもよろしかったのに、オルファーレン様はお優しいですね」

「約束を反故にしたのは我だ。それに怒るのは当然だろう」

 サーシャリオンの物騒な言葉に、オルファーレンはさらりと返し、思案気にサーシャリオンの足の下にいるエルフを見つめる。

(いにしえ)の約束に従い、花の民(エルフ)の願いにこたえてやりたいが、木の民(ハイエルフ)を過去から呼び出すにはちと力が足らぬ。新しく作るにはもっと足らぬ。ゆえに不可能だ。それに今は均衡を戻すのに手いっぱいでな。そなたらで新しき未来を選び、紡ぐことだ。木の民に与えし我が使命も白紙に戻そう」

 オルファーレンはそう言うと、両手を合わせた。

 瞬間、リーンと鈴の音が岩壁に囲まれた一帯に鳴り響く。

 オルファーレンはアーヴィンを見下ろして告げる。

「木の民、花の民、双方好きなように生きていくが良い。ただし、自然を守る生き方を守らねば、いずれそなたらは滅ぶだろう。とくと胸に刻め」

「はい、心に刻みます!」

 アーヴィンは平伏したまま、はっきりと答えた。

 オルファーレンは満足げに頷き、聖樹リヴァエルのうろを示す。

「雨降らしの聖樹は、二度とここには繋がらぬ。我からの使命が無くなったからだ。そして、そなたらの用もこれで終わった。さあ、再びそのうろから帰るがよい。……サーシャリオン」

 帰るように促した後、オルファーレンはサーシャリオンを手招いた。まるで飼い主に呼ばれた犬のように、サーシャリオンはオルファーレンのもとに飛んでくる。

 オルファーレンはサーシャリオンに屈むように示し、その頭を撫でる。

「我が使徒への助け、感謝する。世界を楽しんで見ておいで、我がドラゴンよ」

 そして、その美しい顔に華やかな笑みを浮かべた。サーシャリオンは感極まったように目を緩ませる。

「オルファーレン様、我が主。どうか心安らかに過ごしますように。断片は必ずやあなたのもとに届けます」

「ああ」

 オルファーレンは頷く。そして、次に啓介を見た。その時には笑顔は消え失せ、冷たい人形のような表情に戻った。どうやらオルファーレンが笑顔を振りまくのは身内限定らしい。

「異界の迷い子よ。そなたらはよくやっている。新たに餞別(せんべつ)を与えよう。受け取るがいい」

 オルファーレンは足元に咲く白い花を一つ手折った。花は光に変わり、それが消えるとその場に木箱があった。

「ただの着替えだ。子どもは成長が早いからな。黒の子にも渡すように。さあ、行くがよい。次に会う時は、その本に全ての断片が封じられた時だ」

「ありがとう、オルファーレンちゃん。シュウにも渡しておく。じゃあ、また。体調には気を付けてね!」

 オルファーレンが頷くのを横目に、啓介はリヴァエルのうろを振り返る。折しもサーシャリオンが、敵のエルフをうろに投げ込んでいる所だった。

「さ、行こう。皆」

 未だ頭を下げている三人に声をかけたが、三人は動けずにいる。ぶるぶると震えているのに気付いて、啓介は目を見張った。

「ケイ殿には改めて尊敬を覚える。よくこの空気の中で立っていられるな……」

 うめくように呟くフランジェスカ。啓介は首を傾げる。彼女が何を言っているのかよく分からない。

「この世界の者には、オルファーレン様は重い存在だ。目の前にドラゴンがいるよりもずっと畏怖を感じる」

 サーシャリオンがそう説明をしながら、アーヴィンの後ろ(えり)を掴んで、まるで猫の子にするように持ち上げて、そのままうろへと投げ込んだ。ウェードも同じような末路を辿る。

 流石にフランジェスカにそれをするのは可哀想だと思った啓介は、フランジェスカの手を取って、肩に寄り掛からせて連れていくことにした。

「なんかよく分かんないけど、まあいいや。じゃあ、失礼しました!」

 啓介は軽く右手を振ると、フランジェスカと共にうろに飛び込む。最後にサーシャリオンは別れ際にオルファーレンに呼び止められ、少し話す。それから一礼し、うろの中へと姿を消した。


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