15
雨降らしの聖樹のうろでは、五人のエルフが倒れていた。
入口から中の様子を確認したフランジェスカは、他に敵がいないことが分かると啓介とウェードを手招いた。三人は中に入り、うろの中を見回す。
うろの中は広く、大人が十人は座れそうだ。天井は高く、立って歩いても余裕がある。
「派手にやったなあ。……うん、良かった。気絶してるだけだ」
倒れているエルフの傍に座り、脈を確認した啓介はほっと息を吐く。注意深く奥まで確認したフランジェスカは、倒れている五人の顔を確認してから首を振る。
「“サーシャ”も“リオン”もいない。あいつ、どこに行ったんだ。確かにさっき、ここで暴れているのが見えたが……」
「サーシャ? そんな女がお前達の仲間にいたか?」
ウェードの問いに、啓介は頬を指先で掻いてごまかし笑いを浮かべる。
「“リオン”の別の呼び名だよ。変身……いや、変装が上手いから姿を変えてる可能性があるんだけど、どうもここにはいないみたいだね」
啓介はすっと立ち上がり、やれやれと肩をすくめる。
「だが、誰かが出てきた様子はなかった。ずっと見張っていたから間違いない」
「だから私達も解せないと言ってるんだ、ウェード殿」
ウェードに溜息混じりに返した後、フランジェスカは突然手を叩いた。パチッという高音がうろの中に響く。困惑で沈んだ空気が一瞬にして切り替わる。
「こういう時は、一度落ち着くことだ」
「う、うん。深呼吸をすればいい?」
素直な啓介はフランジェスカの言葉をすぐに受け入れ、その場で深く息を吸い、長く吐く。混乱しかけていた頭が落ち着いた気がした。
「君もだ」
「……仕方ないな」
フランジェスカに促され、ウェードも渋々深呼吸をする。それぞれ落ち着いたのを見て、啓介はフランジェスカに問いかける。
「それで次は?」
「違和感を探す」
フランジェスカにならい、啓介とウェードはうろの中を再び見回す。今度はおかしな点がないか、注意深く観察する。啓介が目をとめたのは、うろの奥にある小さな泉だ。ほのかに緑色に輝いている。
啓介は泉を指差し、フランジェスカを振り返る。
「俺が見るに、変なものはこれしかないよ」
「ああ。緑色に光るなんて、あからさまにおかしい。それともエルフには常識か?」
「光る胞子ではないようだ。水の底で光る植物は俺も知らない」
三人は泉の淵に立ち、無言で水底の光を見つめた。
その時、啓介は水面に映るものに気付いた。
「フランさん! すごいよ、これ!」
「待て、落ち着けケイ殿。あくまで確認で訊くが、水面に白い花畑が見えるか?」
「そうだよ。光に気をとられて、最初は気付かなかったけど……。俺、この場所、知ってる! オルファーレンちゃんの花畑だ!」
興奮してそこまで言い切ると、啓介は泉の淵にしゃがみこむ。
「間違いない、サーシャはきっとこの向こうだ。これ、いったいどういう仕組みなんだろ。……えっ」
なにげなく指先で水面を突いた啓介は、思いがけず引っ張り込まれる感覚がして間の抜けた声を漏らした。
啓介は水面へと倒れ込んだが、水飛沫が立つことはなく、そのまま姿が消え失せた。
「ケイ殿!?」
「少年!」
さしものフランジェスカやウェードも声を上げた。
だが、ここがどこかへの入り口なのだと悟り、互いに顔を見合わせる。
フランジェスカは真面目な顔で切り出す。
「ウェード殿、お先にどうぞ」
「……いや、ここはレディーファーストだろう」
ウェードも真顔で返す。
二人はしばしにらみあった。
やがてフランジェスカが鞄から銅貨を取り出した。それを親指の上に置いた後、ちらとウェードを見て宣言する。
「表」
「……裏」
ウェードがそう返したのを見て、指で銅貨を弾き飛ばす。出たのは裏だった。フランジェスカがぽんとウェードの肩を叩くと、ウェードは渋々泉と向き直る。
「変な場所に出たら責任を取れよ」
「安心しろ。一緒に迷ってやる」
「まったくありがたい話だな」
悪態を吐くと、ウェードは泉の水面に手を触れた。ウェードの姿が消えると、フランジェスカは天井を仰ぐ。
「こんなことばっかりだな」
まともな出入り口はないのだろうかと恨めしく思いながら、フランジェスカは勢いよく泉に飛び込んだ。