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「奴ら、本当にやってのけおった!」
影の中からアーヴィン達の様子見をしていたサーシャリオンは、気付けば叫んでいた。
創造主オルファーレンのいる庭と、雨降らしの聖樹のうろとが道で繋がったのだ。
もし聖樹リヴァエルが見える場所なら、空にかかる大きな虹を見ることが出来ただろう。
焦るサーシャリオンをよそに、エルフ達は気付いていない。時の泉が一瞬光っただけで、他にそれと分かる変化が無いせいだ。
怒ったサイラスがアーヴィンの背を泉へと突き飛ばした。アーヴィンは水面にぶつかった瞬間、その姿が消え失せる。それでサイラスは秘密に気付いた。サイラスが後に続くのを見て、サーシャリオンはこれ以上黙って見ていられない。
うろの床面に落ちる影から飛び出すと、何が起きたか飲み込めないでいるエルフ達を叩きのめす。
あっという間に五人を地面に這いつくばらせるや、サーシャリオンもまた泉に飛び込んだ。
*
サーシャリオンが動いたのを目にして、啓介とフランジェスカも隠れていた木陰を飛び出した。わずかに遅れ、トリトラが渋々といった体で続く。
「闖入者だ! 押さえろ!」
「魔法隊、撃て!」
敵が武器を構えて叫ぶ。
フランジェスカは水の盾を作り出して魔法を弾き飛ばし、一番前にいたエルフを弓矢ごと切り伏せる。その右隣のエルフに向けて突っ込んだ啓介は、剣を交えたまま力押しで進み、敵のみぞおちに蹴りを入れた。
「ごめんな!」
咳をしながらうずくまる敵を横目に謝りながら、啓介は右手の人差し指を立てて、奥のエルフに向けて魔法により雷撃を飛ばす。空気中に一瞬だけ光の線が浮かび上がったと思えば、遠方のエルフが三人、「ぐわっ」と声を上げてその場に倒れた。
そして啓介が振り返ると、敵で立っている者は二人だけになっていた。
怯えにとりつかれたらしい敵が、青ざめた顔で悲鳴を上げながら弓を絞る。矢が飛ぶ方向を予測して避けた啓介だが、思ったより緩やかな飛び具合だったので、危うく当たりかけた。
恐慌状態らしき彼らは、すぐ傍に仲間が倒れているのも忘れて、魔法や矢を撃ってくる。手練れのトリトラも、この状態には流石に近付く気になれないようで、飛んでくる攻撃を冷静に避けながら様子を伺っている。
「ケイ殿」
「うん」
フランジェスカの呼びかけに、一つ返事で〈白〉の魔法を使うことに決めた啓介だが、結局使わなかった。残った敵が突然その場に倒れたからだ。
「後ろががら空きだな」
冷たい声での呟きが聞こえた。雨降らしの聖樹の幹の影から現われた人影を見て、啓介は明るい声を上げる。
「ウェードさん! それにセスさんも。無事だったんですね!」
「なんだ、嫌味か? 殿下を護衛しきれずに気絶した落ち度を笑っているのか?」
「落ち着きなさい、ウェード。彼はそんなことは一言も言ってないだろう」
啓介をにらむウェードの肩を軽く叩き、セスが苦笑する。
「よかった、二人とも。アーヴィンしか見当たらないから殺されたのではないかと心配していたのだ」
長剣を手にしたまま、フランジェスカがマッカイス親子に話しかける。セスは朗らかに笑い返す。
「心配ありがとう。この通り、ぴんぴんしているよ」
「さっきまで腕が痛いとうるさかったのに、なにがぴんぴんですか」
「ウェード、それは言わない約束だっただろう!」
慌てるセスに、駆け寄った啓介は問う。
「どこか怪我でも?」
「俺は医者だぞ。すでに治療済みだ」
ウェードはぴしゃりと返し、雨降らしの聖樹を見上げる。正確には、幹にあいたうろを。ウェードが気にしている内容を察し、啓介はアーヴィンの状況を教える。
「アーヴィンさんならあちらにいます。連れていかれるのが見えました」
「王女殿下は?」
「王女様?」
覚えが無い啓介は、フランジェスカとトリトラの方を伺った。フランジェスカは知らないと首を横に振って示し、トリトラは首を傾げる。
「あちらに移動した別部隊と一緒かもね。ちょうどこの樹の反対側」
「そうか……。すまないが、黒狼族の君、私とそちらに向かってくれないか? ウェード、殿下のことはお前に任せる。怪我をされているはずだ、治療して差し上げろ」
「分かりました、父さん」
セスの指示に素直に頷くウェードに対し、トリトラは不満顔になる。
「はあ? ちょっと、勝手に決めないでよ。何で僕が君の指図を受けなきゃいけないんだ」
「トリトラ殿、頼む。サーシャならこちらで止めるし、そっちが片付いたらそのままグレイ殿のもとに戻って構わぬから。なあ、ケイ殿」
フランジェスカが手を合わせて頼み、啓介も頷く。
「俺からもお願いだ、トリトラ。シュウの所に戻っていいからさ」
「君達、師匠かシューターの名前を出しておけば頷くと思ってるんじゃないだろうね」
「ん? 違うのか?」
「え? 違うの?」
フランジェスカと啓介が驚いて声を揃えると、トリトラは苦虫を噛み潰した顔になる。
「僕が何でも師匠の言うことを聞くと思ったら大間違いだよ。断ることもある」
フランジェスカの青い目が愉快そうに光る。彼女は「ふうん」と意味ありげに呟いて、その先を続ける。
「だが、シューターの頼みを断っているのを聞いたことがないが」
「そもそも彼が僕に頼み事をすることは滅多にないだろ。あの子が頼み事をするのは師匠」
「頼み事をされたら? 断らんだろ」
「場合による」
「いいや断らないね。私だったら、親しい相手の滅多にない頼み事は、気分が良くなるから断らん。お前だってそうじゃないのか? 認めた相手の頼みだぞ?」
「しつこいなあ。場合によるって言ってるだろ」
頑として肯定しようとしないトリトラが言い返すのを皮切りに、啓介は二人の間に割って入った。
話をぶった斬った後、それぞれの顔を見て、我ながら作った笑みを浮かべる。
「二人とも、それは後でゆっくり話し合おう。今は王女様の安否と、サーシャの暴走が気になるから……」
「ああ、すまない、ケイ殿。――トリトラは意外とからかうと面白いな」
「ちょっと女騎士、聞こえてるよ」
「だからそこまで! セスさん……」
啓介がセスに助けを求めると、セスは力強く頷いた。
「トリトラ君だったか? 案内してくれるのか? してくれないのか? どっちだい」
「はいはい、分かったよ。案内する。それで僕はとっとと師匠達の所に戻る。君らが危なかろうと知らない」
しっしっと追い払う仕草をするトリトラ。苦笑を深くする啓介の隣ではフランジェスカが腹を抱えて笑っている。セスは気にせず頷いた。
「では行こう。ウェード、後は任せたよ」
「承知しました、父さん。気を付けて」
セスはウェードにもう一度頷きかけ、トリトラを振り返る。セスの準備が出来たことを知ったトリトラは、何も言わずに身を翻す。二人が雨降らしの聖樹の大きな根を回り込んで進んでいくのを見送ると、啓介達はもう一度聖樹のうろを見上げた。
「――行こう」
フランジェスカの呼びかけに、啓介とウェードは緊張を含んだ面持ちで首肯した。