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断片の使徒  作者: 草野 瀬津璃
ミストレイン王国 王位継承編
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 13



 他のエルフはエトナに任せ、修太達は雨降らしの聖樹に程近い場所に移動した。

 低木の裏から、雨降らしの聖樹を確認する。灰色の幹と濃い緑色の葉が生い茂る、その木の根元に幾つかの人影があった。トリトラがそちらを見つめて言う。

「あの花畑野郎、木の方に連れていかれたね」

「落ち着いたもんだな。あの緊迫感のねえ態度、大物だぜ」

 目元に手でひさしを作った格好で、シークがうなる。

「お前ら、いったい何が見えてんの?」

 修太は思わず聞いてしまった。

 人影は米粒みたいな大きさにしか見えないので、それが誰かというのは勿論、表情すら見えない。じっくりと目を凝らしてみるが、やっぱり見えない。諦めて首を横に振る修太に、親切に啓介が解説する。

「アーヴィンさんが敵に連れられて移動中なんだよ。あ、今、うろに入った。へえ、巨木だけあってうろも洞窟並みに大きいな」

「お前もよく見えるな……」

 啓介の有能さに改めてうんざりしながら、修太は呟いた。この世界の住人なら、「目が良いな」と思うだけで終わるが、啓介だと驚く。同じ現代っ子のはずなのに。

 修太は苦笑しつつ、啓介に問う。

「そこに、セスさんやウェードさんはいるのか?」

「いや、いないよ。俺と同じように襲われたのかも」

 そう返す啓介の声は硬い。啓介の心配が伝わり、修太は空気を明るくしようと努めて声のトーンを上向かせる。

「大丈夫だよ、あの二人は強いと思うし。セスさんの奥さんのエトナさんですら、有能な指揮官ぶりだったんだぜ」

「その通りだ、ケイ殿。彼らとてそう簡単にはやられはせぬさ」

 フランジェスカの励ましに、啓介は笑みを浮かべた。

「うん、そうだよな。きっと」

 力強く頷く啓介を見て、修太とフランジェスカは同時にほっと息を吐く。そのことに気付き、互いににらみあってそっぽを向いた。

「ケイ、シューター。我は先に行って、様子を見てくる。あ奴ら、どうやら本気で道を開くつもりのようだ」

「え?」

 サーシャリオンを振り返ると、サーシャリオンは普段の飄々とした雰囲気は無く、真剣な面持ちをしていた。啓介と修太と目が合うと、じゃあなというように右手を軽く上げ、自分の影へと沈むように落ちる。地面に黒い波紋が出来、それが消えるとサーシャリオンの姿は無かった。

 止める暇もない。驚き呆れる一向の中で、啓介はむすりと膨れる。

「ずるい、サーシャ! 俺も行きたかった」

「だったら、私が連れていってやろう。なに、気付かれぬよう、近くまで行くだけだ」

 フランジェスカの言葉に、啓介はパッと表情を明るくする。

「いいの? ありがとう、フランさん!」

「ああ」

 鷹揚に頷くフランジェスカ。

(本当にこいつ、啓介には甘いよな……)

 さっきから、まるで可愛い弟に接する姉みたいだ。修太は心の中でこっそり呟く。それに、もし口にしても、「だから何か?」と返される気がする。

「――トリトラ、ついていけ」

「え!? 何でですか、師匠!」

 グレイが示すと、トリトラがすかさず反発した。

「どうして僕が白い奴なんかに」

「…………」

「行きます行きます! 分かりました! にらまないで下さいよ……」

 まるで我が儘な子どもを見るように、グレイがじっとトリトラを見ると、トリトラは顔を引きつらせて叫ぶように言った。だが、少し納得がいかないのか小声でぼやく。

「シークが行けばいいのに……」

「お前の方が危機察知能力高いじゃんか。だから師匠はお前を指名したんだろ」

「うるさいなあ、分かってるよ。馬鹿シーク!」

「ああん? なんだとっ」

 いつものように睨みあいを始めたトリトラとシーク。グレイは特に何も言わず、溜息を吐いた。ビクッとする弟子二人。

 シークがぎこちなく言う。

「気を付けて行けよ」

「勿論だよ」

 トリトラはそう返すと、ちらちらとグレイの方を伺いながら、啓介やフランジェスカの傍に移動する。

 フランジェスカや啓介は、トリトラに挨拶した。

「よろしく頼む、トリトラ」

「よろしく!」

 トリトラはやれやれと肩をすくめた。

「師匠の命だ、仕方がない。では、行ってきます」

「気を付けてね、皆」

 ピアスが心配そうに声を掛ける。

「ああ、大丈夫だ。ここから敵の配置は把握している」

「フランさんやトリトラがいるから平気だよ」

「まったく、呑気なもんだよね」

 三者三様の返事をしながら、移動を始める三人を、残る修太達は見送って軽く手を振った。


     *


 雨降らしの聖樹のうろの中に、水音が響いていた。

 ここには小さな泉が絶えず湧き出し、そのままどこかへと流れて消えていく。一定以上は増えることのない泉の底は緑色に光っている。その光の正体を確かめようにも、うろの中は薄暗くよく見えない。ただ時折、底から光が気泡のように浮き上がっては消えていく。まるで蛍のようにも見えた。

 アーヴィンはとても懐かしい心地で、泉を眺めた。

 ――時の泉。それがこの泉の名だ。

(この場所は昔と変わらない)

 アーヴィンは過去、まだアーヴィンの父親が生きていた頃、一度だけこの場所に来たことがある。

 この場所は聖地だ。

 例えハイエルフだろうと滅多と立ち入ることは許されない。一年に一度の晴れを祝う儀式ですら、大樹の前で行う。

 何故ならこの泉こそが、エルフやハイエルフが神の国からこの地へと送られた軌跡そのものなのだ。

 父王に、兄である前王含め、三兄弟はここに案内され、ハイエルフに代々伝えられる秘密を授けられた。

「この場所は新たなハイエルフを呼び出す大切な場所だ。我らはエルフ達を見守り、導くのが使命。ハイエルフ最後の一人になるまで、この場所を絶対に使ってはならない」

 父は厳しい顔をして、そう言った。

 あれから何百年過ぎただろう。アーヴィンには昨日のことのように思い出せる。

 前王レディオットも、父の言い付けは守ったようだ。約束を守る主義だったのか、単にただのお伽噺と片付けていたのかは定かではないが。

 懐古に浸るアーヴィンの後ろで、サイラスが感動の声を上げる。

「ここが聖地……! なんと美しい場所だ」

 サイラスは両手を広げ、まるでこのうろに満ちる清い気を全て吸い込むかのように、大きく深呼吸をした。

「ええ、まことに素晴らしい」

 ベリルイードが溜息交じりに呟いた。鋭い面立ちが和らいでいる。

「この場所に、まさかこんな理由で再び入る日が来るとは思わなかったよ」

 アーヴィンは自嘲気味に呟いた。サイラスは頷いた。

「そうだろうな。――しかし、お前達ハイエルフは酷い奴らだ。こんな場所を自分達だけのものにしてきたなんて。ここはハイエルフだけではなく、我らエルフのルーツでもあるというのに!」

 大袈裟に嘆くサイラスを、アーヴィンはちらりと見て、そこで額から伝う生温かいものが流れるのに気付いて眉をひそめた。ポタッと雫の落ちる音がする。サイラス達に捕まった際、手荒に扱われたせいで出来た傷から血が落ちたのだ。

(聖なる地を汚してしまったな……)

 床面の木の表面についた血を目にして、アーヴィンは残念に思った。そして溜息を一つ吐く。

「エルフの若者よ、君はやはり勘違いをしているよ。君らはまるでハイエルフが皆傲慢で、欲に忠実な極悪人のように考えているようだけど、レディオットのような者の方が珍しい。私達は聖地を守り、長き命を紡ぐに辺り蓄えた知恵で、相談役として助言をするのが本分だ。独裁者ではない」

 アーヴィンは柔らかく微笑む。

「若さゆえの思い込みと暴走。懐かしくも美しい。私は君のような者は嫌いではないけど、聖地を荒らすのは許せない」

「それは面白い。縛られて膝を地についている情けない状態で、よくそんな口をきけるものだ。尊敬に値するよ」

 鼻で笑うサイラス。

 アーヴィンは怒らなかった。それよりも、サイラスの視野の狭さを面倒だと感じた。聞く耳を持たない見本だ。

「さあ、こっちだ。この泉にお前の血を入れ、呪文を口にしろ。誤魔化そうとしたって無駄だ。父親から聞いているだろう?」

「――分かったよ」

 アーヴィンはやれやれと思いながら、そう返す。

(レディオットめ、どこまで口を滑らせたんだ。ああ、お前は本当にろくなことをしなかった!)

 今は亡き兄への怒りを募らせながら、アーヴィンは記憶を掘り起こす。

 ハイエルフの血と、ハイエルフによる呪文。その二つが鍵だ。伝承では、これにより新たなハイエルフを呼び出すことが出来る、らしい。

(ここで放置したとして、彼らの怒りは収まらない。協力した後、脱出しよう。きっとただの言い伝えでしょうしね)

 アーヴィンの狙いは、新たなハイエルフを呼び出そうと躍起になっている彼らの怒りを鎮めることだった。聖地に踏み込みたくはなかったが、試してみて不可能なら少しは頭も冷えるだろう。反撃に出るのはそれからでも遅くは無い。本当は話し合いをしたかったが、頭に血が上っているから無理だ。

 アーヴィンは泉を覗き込み、額から流れる血を泉へと落とす。

 透明な水の中に、赤黒いにごりが出来た。

 そして、アーヴィンは呪文を口にした。


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