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断片の使徒  作者: 草野 瀬津璃
ミストレイン王国 王位継承編
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 12



「おやおや、まったく……。僕だけでなくラヴィーニャまで連れてくるだなんて、君達は欲張りさんだね」

 雨降らしの聖樹の根元へとやって来たラヴィーニャの姿を見て、アーヴィンは困ったように言った。アーヴィンは襲われた際に額と左腕を負傷し、そこだけ血が付いているが手当てもされず、縄を巻かれた状態で地面に座っている。

「うるさいぞ、黙れ!」

 傍に立っているエルフがアーヴィンの軽口に短く注意したが、アーヴィンは気にした様子もなく淡く微笑んでいる。

 そこへ、敵のエルフ達に連れられて――正確には自分からついてきたラヴィーニャが近付き、ほっと息をついた。

「お兄様、ご無事で宜しかったですわ」

「そちらこそ怪我が無いようで良かった、ラヴィーニャ。僕の可愛い妹。ご機嫌いかがかな?」

「まあ! この状況で麗しくいられるとでも? お兄様ってジョークがお上手ね」

 敵地のど真ん中でのびやかに会話する兄妹の様子に、先程注意したエルフが早速口を開こうとしたが、それを制する手があった。その、白手袋をはめた手の持ち主は、薄茶色の髪と紫色の目を持った、気品漂う青年だった。

「アーヴィン殿下、あなたはまだご自分の状況を理解出来ていないようだ。私達があなた方を生きたまま連れてきたのは、必要だったからだ。用が無くなれば死んで頂く予定だと話さなければ分かりませんか?」

「分かっているから、こうして妹と会話を楽しんでいるのではないか。君はまだ若いようだね。もう少し余裕を持ったらどうかな」

 アーヴィンがにこやかに嫌味を返すと、敵のエルフ達の目つきが冷ややかになった。だが、アーヴィンは気にせずに言葉を続ける。

「君のことは覚えてるよ。サイラス・レッツェン。若いがなかなか有望な文官という話を聞いた。見る限り、君がこの会のリーダーかな?」

「その通りだ」

 サイラスは誤魔化すこともなく、真っ正直に頷いた。

「我らは、あの愚王の下、耐えながらじっと隙を伺ってきた。だが、思いがけなくあの王が死に、エルフだけでの新体制を築くことを願い、イファ殿を代表に推したのに、あの方はよりにもよって愚王と血を同じくする者を呼んでしまった!」

「なるほど。失望したのかい?」

 そう問いかけるアーヴィンは普段通りだ。サイラスはそれを否定した。

「まさか! あの方はいつだって公正だ。もし時代が変化を望むなら、あなた方を呼び戻した後に決まった王が誰かで分かるとおっしゃっていた。あの方の言い分は理解出来る。だが、この国は変化を嫌うのだ」

 サイラスは額に手を当てて、嘆く仕草をし、大きく息を吐く。

「あなた方が戻るや、民衆は新しい王に期待を持った。このままではイファ様の出る幕は無い。この国は古い伝統に縛られ続けている。どうあってもハイエルフでなければ王と認めない。だとしたら、新たなハイエルフを呼べばいい。そうすれば、少なくともあの愚王と同じ血を王とせずに済む。――その為には、あなた方の血が必要だ。我ながらとても皮肉だと思うけどね」

「君の言うことは間違いではないが、僕も兄のことは大嫌いでね。同じ扱いをされるのは気に入らないな。――協力して欲しいならそう言えばいい。僕は宰相さえ追放してもらえるのなら、幾らでも協力するよ」

 アーヴィンは微笑んでいるが、その目には異様な光があった。冷たささえ感じられる、暗い笑みだ。

 サイラスはフッと鼻で笑った。眉をひそめるアーヴィンの前で、サイラスの斜め後ろに立っていたエルフの男が、まるで道化のような仕草で両手を上げた。

「残念ですが、殿下。それは出来ない約束です。この冬の二百年、この国がなんとかなったのは、ひとえにあの方の尽力の賜物だ。前王は愚王ではあったが、馬鹿では無かった」

 そちらの男は、フードを目深に被っているせいで顔は見えないが、サイラスよりも理知的な雰囲気をしている。男は続ける。

「それでいて残酷な面も持っていた。犠牲になりそうな臣下をことごとく救ってきたのはイファ様だ。だからこそ、誰もがあの方を尊敬しているのです。――あなた方だって救われた側ではありませんか」

「なにを言って……」

 アーヴィンのマイペースな態度が、初めて崩れた。

 男は構わず、右手に持った杖で左手の平をペチペチと叩きながら、その場を歩き回る。

「あなた方があのまま国にいたら、どうなっていたでしょう? 魔女様が“裏切り者”と未だ親しいのは何故でしょう? ――親しい友人に裏切られた痛みは、冷静な判断を狂わせますか。いやあ、安心しました。あなたのような方にもそんなところがあって」

 どこか嬉しそうに、男は話す。

 サイラスが口を挟む。

「ベリルイード、無駄話はそこまでにしよう」

「そうでしたね、サイラス様。――ああ、ご安心下さい。あなたの犠牲で成功すれば、ラヴィーニャ王女には今まで通り幽閉して過ごして頂きますからね」

 ベリルイードが指示を出すと、他のエルフがアーヴィンを立たせる。

「お兄様!」

「ラヴィーニャ、大丈夫。でも分かってるね?」

「ええ……」

 心配するラヴィーニャにアーヴィンはそう言う。二人にしか分からない遣り取りだった。アーヴィンはやれやれと息を吐き、雨降らしの聖樹のうろへと根を上るサイラスらに続きながら、陽気に語りかける。

「こんな目に遭うのは災難だが、良いきっかけだね。そういえば僕は、宰相と話し合うということをまだしていなかったことを思い出した。余裕が足りていなかったのは僕の方だったらしい」

「そうですか、きっと話し合うまで長い待ち時間になるでしょう。天の国に行くには、イファ様はまだ時間がかかりますからね」

 ベリルイードの返答に、アーヴィンは肩をすくめて何も返さなかった。


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