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「啓介? なんだ、その怪我!」
こちらに近付くにつれ、啓介の怪我に気付いた修太はそちらに走り寄ろうとして、べちゃっと蛙が潰れるようにして転んだ。傍らでピアスが「えっ」と驚きの声を上げる。
思ったより膝に力が入らなかったのであり、ドジで転んだのではない。修太が内心でそう言い訳しながら、のそのそと起き上がると、フランジェスカが呆れ混じりに言う。
「お前、何を遊んでるんだ? 泥遊びがしたいんなら、もっと森の奥に行くといい」
「うっせえ、分かってて茶化すなよっ」
恥ずかしいやら腹立たしいやらで、修太は顔を真っ赤にしてフランジェスカに叫ぶ。そしてベンチを支えに立ち上がろうとしていると、先に啓介の方が到着した。
「大丈夫かよ、シュウ。泥まみれだぜ? お前の方がどこか怪我してるのか?」
「いや、俺のは久しぶりに魔法を使ったせいだから……。啓介こそ、小さい怪我をあちこちしてるじゃねえか。お前も敵に襲われたのか?」
ベンチに座り直し、啓介の様子を観察する。啓介はあっけらかんと頷いた。
「うん、襲われた。草の塊に飲み込まれて……」
そこでちらりとピアスを見た啓介は、誤魔化すように咳払いをして結論を口にする。
「ええと、とにかくこれはその時の怪我だな」
「怪我だな、じゃねえだろ。草の塊ってのがどういう状況かさっぱり分からないけど、魔法で攻撃されたんだろ? 無事で済んで良かった、本当に。お前、運は良いし、強いけどさ、生身の人間なんだってこと忘れんな」
修太はそう言いながら、だんだん冷たい恐怖が足首から這い上がる感覚がした。こうして少し離れていただけで、お互いに二度と会えない事態が起きうるという、当たり前のことに気付いたせいだ。
啓介は首を傾げる。
「シュウ? 顔色悪いぞ。少し横になって休んでろよ」
「もう、鈍感ねえ! ケイが怪我して現われたから、シューター君、心配してるんじゃないの。他に目立った怪我は無いの? どうなの?」
勢いよく立ち上がったピアスが啓介に詰め寄り、啓介の肩や背中を軽く叩き始める。
「え!? なに? いたっ。ピアス? あれ? 怒ってたんじゃなかったの?」
「怒ってるわよ。でも、もういい。変な意地張って、あんな状態でお別れになってたらって考えたらたまらなくなったわ。ケイ、ごめんね。同じ明日が来るか分からないってこと、あたし、よく分かってたはずなのに……!」
怪我の状態を診ながら、だんだんピアスの声が涙混じりになっていく。修太がよく見ると、菫色の目にじんわりと涙が浮かんでいた。啓介だけでなく、修太も焦る。
「お、おい、ピアス!? 落ち着け、な、泣くなよ」
「声がひっくり返ってるぞ、シューター」
「だからうるさいって、フラン! こういう時だけしゃしゃり出てくるな!」
すかさず口を出すフランジェスカに、修太は素早く言い返す。勿論、当然のごとくフランジェスカには睨まれたが、この際どうでもいい。
「いや、ピアス。俺も悪かったよ。もうちょっと考えて物を言うようにするから……」
啓介は困り果てた様子で、幾度目かの謝りの言葉を口にし、ピアスはこくんと頷いた。
「うん、そうして。じゃあ、そこ座って。手当てしよう。他の問題なんか、その後でもいいでしょ」
「ありがとう、ピアス」
ピアスの気遣いが嬉しかったのか、啓介は穏やかな笑みを返す。
笑い合う二人の隣で、修太は気まずく思って身じろぎする。
(なんでこれで付き合ってないんだ、この二人……)
女子の涙に滅法弱いせいで、さっきまで慌てていた修太だが、今は心が寒くて悲しくなってきた。
半ば自棄な気分になり、旅人の指輪から取り出した魔力混合水の瓶の蓋を開け、ぐいっとあおる。飲み終えると、気分の悪さが薄らいだ。
啓介の細かい切り傷を、ピアスが魔法で癒していくのをなにげなく眺める。ピアスは〈赤〉と〈青〉のハーフで、小さい威力の魔法しか使えないらしいが、小さな切り傷程度は治せるようだ。
そちらに気を取られていると、フランジェスカの声がした。
「グレイ殿、貴殿らも無事だったのだな」
「まあな。不味い雰囲気だったんで、隠れてやり過ごしてきた。あの花畑王子はいなかったし、俺の役割はそいつの護衛だから構わんだろ」
つまり、敵を見かけたが修太を優先してスルーしてきたらしい。シークやトリトラも同意というように頷いている。
「ああ、それで構わない。所詮はエルフ達の争い事。余所者が変に引っ掻き回すとこじれる恐れがあるからな」
フランジェスカは肯定を返し、次にサーシャリオンを見る。
「で? お前はどうした」
「なんだその扱いの差は。まったく失礼な輩だな。我はケイを心配して探しに行き、倒れておったケイを助け、こうして連れてきたのだぞ」
文句じみた返しをするサーシャリオンの言葉に、修太とピアスは声を揃える。
「倒れたのかよ!」
「倒れたのっ?」
目の前と右隣から凝視された啓介は、苦笑を浮かべる。
「あー、うん。と言っても、他のエルフ達も気絶してたんだ。草の塊に締め付けられて、そのせいだと思うんだけど。格好悪いから言いたくなかったんだけどな……」
「格好悪いとかそういう問題じゃねえだろ、馬鹿!」
「そうよそうよ!」
修太とピアスの剣幕に、啓介はたじたじになって身を引く。すると耐え切れないというようにフランジェスカが笑い出した。
「はっはっは。ケイ殿も、親友とピアス殿の前では形無しだな! しばらく心配されて怒られているといい。この後のことはこちらで考えておく」
「ええっ、フランさん!?」
啓介は助けを求めるようにフランジェスカの名を呼んだが、大人達は啓介に微笑ましげな視線を返しただけで、真面目な顔付きで話し合い始める。
「その程度の怪我で大袈裟だなあ」
「しゃあねえよ、トリトラ。人間は俺らよりずっと脆いからなあ」
トリトラが怪訝そうに呟く横で、シークがそう取り成した。