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「こちら一体の足止めは任せろ!」
長剣を構えたフランジェスカは言い放ち、一番左のゴーレムに向けて駆けだした。野原の草が風にそよぐ中、白いマントを翻し、まるで矢のように飛び出していったフランジェスカの姿に修太は度胆を抜かれた。
「お、おい!?」
「シューター君、フランさんなら大丈夫よ。それより君は得意の魔法で、一体くらい消してくれると嬉しいわ」
焦る修太に、ピアスがのんびりと言いながら、ドレスの袖口から取り出した保存袋から丸い玉を取り出す。導火線にピアスの魔法で火を点けて、それを思い切り振りかぶる。
大きな弧をえがいて飛んでいった丸い玉は、一番右のゴーレムの右肩にぶつかった瞬間、爆音をとどろかせた。
「え?」
ぎょっとしたのは修太である。
「よーし! 当たったぁ!」
嬉しそうにガッツポーズするピアス。修太達の前で、煙とともにゴーレムの右肩が地面に落ちた。
「ピアス、すげえ……」
「あら、これくらい序の口よ。冒険者なめないでよね!」
可愛らしくウィンクするピアスはいつも通り綺麗可愛い。つい先ほど爆弾を投げた人物とはとてもではないが思えない。
(良い子なんだけど、そうだよな、啓介が好きになるんだから普通なわけないんだよな……)
初めてその事実に気付いて、修太はふっと小さく笑った。
その時、周りで歓声が上がる。見れば、フランジェスカがゴーレムの右足首を切り、そのせいでゴーレムが右へと崩れ落ちたところだった。
「皆さん、私達も続きますわよ! 〈黄〉の方、ゴーレムの足元に穴を作ります。それ!」
エトナの合図とともに、三体のゴーレムの足元に穴があく。それによってゴーレムはバランスを崩す。真ん中のゴーレムの肩に乗っていた敵が慌てた様子で飛び下りた。フランジェスカもゴーレムから距離を取る。
「次、〈緑〉の方! つむじ風です。えい!」
女性達の「えい!」という声が重なる。風が渦を巻き、ゴーレムを包み込んで表面を削り取っていく。
「〈黄〉の大地属性魔法の弱点は、〈緑〉の風よ。上手いことやるわね」
隣でピアスが感動したように呟いた。
「なるほどな」
修太は頷きながら、これは自分の出番はないなと思った。やがてゴーレムは風によってバラバラになり、小さな岩となって散らばった。
完膚なきまでに倒すと、女性達は歓喜の声を上げた。互いに魔法の力量を褒め合う。
――だが、小さな岩石は震え出し、盛り上がった地面に飲み込まれ、再びゴーレムの形となった。
「喜ぶのは早くってよ」
敵のエルフは冷たく言う。出来上がったゴーレムは、驚く程の素早さで駆けだした。女性達はすぐに構えを取り、〈黄〉のカラーズが瞬く間に岩壁を作り上げてゴーレムの動きを止める。
ゴーレムが壁にぶつかる音がすると、辺りは急に静かになった。
かと思えば、ガッガッと壁を叩くような音がする。
「おい、上だ!」
フランジェスカが叫んだ。
そちらを見上げた修太は、壁をよじのぼったゴーレムが、こちら側を覗くように見下ろしているのに気付いた。ゾッと背筋に寒気が走る。
「ゴーレム、邪魔者を殺しなさい!」
壁向こうから甲高い女の声がする。ゴーレムは頷くような動作をし、こちらに向かって飛び下りてきた。
踏み潰す気なのは一目瞭然だ。
悲鳴が上がる中、エトナが叫ぶ。
「止まりなさい!」
地面から斜めに突き出した岩の棒が、ゴーレムの横腹にぶつかる。ゴーレムの落下地点は僅かに反れたが、その先には女性が三人はいた。
「駄目だ!」
彼女達の末路を想像した修太は、見ていられずに目を強く閉じた。
更に続く悲鳴を予期する。
だが、何も聞こえない。
恐る恐る目を開けた時、ピアスに左肩を叩かれた。
「シューター君、やるじゃない!」
「は?」
いったい何だと思えば、危なかった女性三人を包むように、青色に輝く魔法陣が出現していた。ゴーレムの姿はどこにもない。
(俺の魔法か!)
咄嗟に無効化の魔法を発動させたらしい。
相変わらずの無意識での使用に、自分に呆れたが、今回は万々歳だ。
修太はすぐに頭を切り替え、すぐ近くにいるエトナに問う。
「エトナさん、あの人の魔法、俺が消すから、後は任せていい?」
「捕縛ですね? もちろんです」
力強く頷くエトナに、修太も頷きを返す。
残り二体が壁の上から飛び下りてくるのを見つめ、一度目を閉じて、再び開ける。二体の足先に魔法陣が浮かぶイメージを持つと、それがそのまま形になり、魔法陣にぶつかったゴーレム達はパッと砂をまき散らして消えた。
「壁を消すから、よろしく!」
続けて、修太はそびえたつ壁も魔法で消した。
一瞬にして視界がひらける。
その向こうで、驚いた顔をしている敵が、地面から生え出た蔦に絡み取られるのが見えた。魔法を使うのを防ぐ為、両手が合わさらないように捕縛されている。
修太は目を閉じ、魔法陣を消した。肩に重石がのせられたような負荷を感じ、うなだれて溜息を吐く。心臓はバクバクと鳴っている。
(とっさだったけど、成功して良かった……!)
あんまりにも急だった為、悪い想像をしている暇がなかったのが良かった。成功する確信が強く、よく分からない力を使うのに迷いが無かったのだ。
(疲れた……。疲れたのは分かるけど、やっぱりどう使ってるのかいまいち分からん)
どうやったら使っている感覚が分かるのか修太には理解出来ない。そのうち分かるのだろうか。
「ありがとう、助かりました、シューター君。どうぞそちらで休んでいて。ピアスさん、付添よろしくお願いします」
エトナが優しく修太の肩を押し、近くのベンチに導いた。ピアスが承知した様子で、すぐ隣に座る。
すぐさま駆け寄ってきたフランジェスカとともに、エトナは敵に近付いた。
彼女はじたばたと暴れながら、恐ろしい目つきでこちらを睨む。
「なによ! 冬の二百年を知らないくせに! お前達に私達を止める権利なんかないわ!」
怒りに燃えている敵に、エトナは困ったように首を傾げて言う。
「そうですねえ、確かにわたくしはこの国でのあなた方の生活は知りませんわ。ですがアーヴィン殿下やラヴィーニャ殿下を追い出したのはあなた方なのですし、わたくしどもにはどうにもならない問題ですわねえ」
「我らに怒るのはお門違いというものだろう」
フランジェスカが大きく頷いてエトナの言い分を肯定する。
うううと、獣がうなるような声を上げながら、敵はこちらを睨む。金色の目には薄らと涙が浮かんでいる。
「あの王の血を引く者が王位に就くなんて、そんな恐ろしいこと、許せるものか! 今に見ていなさい。新たな統治者が聖樹から現れるのだから!」
「そうですか、あなたの言いたいことは分かりますが、わたくしどもの主はアーヴィン殿下ですもの、あの方のご意志に従うのみです。ひとまず、あなたは眠っていて下さい」
エトナがそう言うと、地面からライラ草が生えてきた。エトナの魔法だ。それにより敵を眠らせ、ライラ草を消す。
「エトナ殿、この女をどうするんです?」
フランジェスカの問いに、エトナは相変わらず困った顔のまま答える。
「夫や殿下に任せますわ。わたくし、血なまぐさいことって苦手なの。きっと公正な判断が出来ないわ。だってこの方、わたくし達は眠らせておこうと気遣いされてましたし……。ひとまず魔法を使えないように動きは封じておきます」
「ええ、それが賢明でしょう」
フランジェスカがエトナの意見に賛同すると、離れた所から声が聞こえた。
啓介やサーシャリオン、黒狼族三人の姿が見える。
(あっちも無事か。良かった……)
休んでいた修太はほっと息を吐いた。未だ混乱のさなかにいるが、ひとまず最悪の事態は免れた。