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断片の使徒  作者: 草野 瀬津璃
ミストレイン王国 王位継承編
217/340

 7



 森は鬱蒼(うっそう)としていた。

 じめっとした空気が満ち、背の高い木々からは気根や蔓草が垂れ、行く手を阻む。

 比較的通りやすい獣道を抜けた先に、少し開けた場所がある。そこで啓介達の一団は止まった。

 チームごとにおおよそのエリアが決まっており、啓介達は西のエリアが狩りの担当だ。皆が空閑地に集まると、狩りのリーダーである男が口を開いた。

「私達のエリアはその大きな岩から奥だ。あまり深く入りすぎるな。赤土の岩場が見えたら引き返せ! それより向こうは崖になっている。皆、モンスターだけでなく虫や獣にも注意すること。協力しあっての狩りだ。味方を誤射するのだけは気を付けろ」

 一息に注意すると、狩りのリーダーはちらと黒狼族の三人を見る。

「あなた方は、打ち合わせ通り、このエリアの北側を担当してくれ。他の者は西と南だ、分かったな」

 集った十五人の男達ははっきりと返事をした。男は頷く。

「では、三人ずつに分かれて行動だ。行くぞ!」

 号令がかかり、決めていた班で移動開始する。

 啓介は、あっという間に森へと姿を消した黒狼族の面々にあっけにとられた。狩りは彼らの得意なところであり、楽しげに目が爛々としていたのを思い出す。

(俺、あの三人にあの目で見られたら速攻逃げる)

 啓介は心の中で決意する。まさしく狼が獲物を狙う目なのだ、恐ろしい。

「ケイ、ぼうっとしてないで行くぞ!」

「あ、ごめん。ロット、フェル」

 同じ班の若いエルフの少年二人に、啓介はすぐに謝った。硬そうな茶色い髪と吊った赤目を持ったロットと、暗い金髪を後ろで一つに結び、若干垂れ目な青い目をしている為におっとりして見えるフェルだ。それぞれ十八歳で、銅の森にあったヘリーズ村で親しくなった少年達だ。狩りに慣れない啓介を仲間にしてくれたのも彼らである。

「いいよ、ケイ。あれは見ちゃうよ。僕も見てたし、ロットだってすごいって見とれてたし」

「フェル、余計なこと言うな。行くぞ!」

「待ってよ、フェル。もう、図星つかれるといっつもこれだ」

 黒狼族達の動きに目を奪われたのは啓介だけではなかったらしい。だが、フェルの取り成しにロットは少し決まり悪げにして走り出す。ぼやきながら追いかけるフェルに続き、啓介も木々深い森の奥へ走り出す。

 やがて、ロットが手振りで止まるように指示をした。フェルに続き、啓介も茂みの裏に座る。

「あっち見ろ、良い獲物がいる」

 ロットが小声で言い、指で示す。啓介はそちらの方をそっと窺った。茶色い毛皮の兎が、鼻をヒクヒクさせながら、木の根元に咲く小さな花を食べている。

 ロットはくいっと顎で示す。

「ケイ、物は試しだ。やってみろ」

「え? いいの?」

 まさか最初からお鉢が回ってくるとは思わない。驚く啓介に、フェルが説明する。

「ウサギも立派な獲物だけど、あまり良い点数は付かないからね。練習に良いよ」

「その通り」

「大丈夫、練習では結構良い線いってたから、きっと上手くいくよ」

 励ますフェルの優しさに、啓介は顔をほころばせる。

「ありがとう、二人とも。よし、挑戦するぞ!」

 啓介は短弓に矢をつがえ、大きく深呼吸をする。

 狩りは初めてだ。動物を殺すことに多少の罪悪感が湧くかと思っていたが、ここに至るまでの旅の合間、仲間が狩ってきた動物の処理を見ているうちに耐性がついたらしい。今の啓介にとって、ウサギは可愛いペットではなく、食材となる大事な糧だ。

(ウサギさん、おいしく料理するからな)

 心の中で呟いて、一度目を閉じ、雑念を払う。

 もう一度深呼吸をして、矢を引く。腕を後ろへとゆっくり引くと、手に糸がピンと伸びた感覚がした。

 弓の練習中、この感覚に驚いて失敗したことがあった。糸が切れるのではと不安になった時も失敗した。

 だが、気にならなければ上手く矢が飛ぶのを啓介は分かっていた。

 矢の先をウサギに向ける。一瞬、周りの音が消えた時、啓介は矢を放った。


 ――行け!


 矢は緩やかな放物線をえがいて飛んでいく。ガサッと草の鳴る音がした。ウサギの一歩手前の地面へと矢が刺さり、ウサギには逃げられていた。

「惜しかったな、ケイ」

 ロットが軽く啓介の肩を叩き、茂みから出る。そして、彼は地面に刺さった矢を引きぬく為にしゃがみこんだ。

「――あ」

 ロットのすぐ傍にいる木の枝に絡みつく蛇を見つけ、啓介は声を漏らした。このままではロットの首に噛みつくと思った啓介は、咄嗟に右手の人差し指を立てた。


 ――ドォン!


 真昼の空に、落雷の音が響く。

「ご、ごめん、ロット。大丈夫だった!?」

 とっさの事で上手く魔法を加減出来なかった啓介は、黒焦げになった木の傍で引っくり返るロットに、慌てて駆け寄った。フェルはというと、燃える木に魔法で呼び出した水を大急ぎでかけて鎮火している。

「上に蛇がいたから、それだけ退治するつもりだったのに。悪かったよ。――生きてる?」

「生きてる! 何やらかしてんだ、お前。音に驚いて獲物が逃げるだろ!」

 くわっと眉を吊り上げて怒るロット。フェルが腹を抱えてけらけらと笑う。

「その様子じゃ大丈夫だね、ロット。ケイはやんちゃだなあ。でも魔法のミスは致命傷になりやすいから、次からは気を付けるんだよ」

 フェルは穏やかな口調で注意する。

「のんびりしすぎだ、フェル! だけどまあ、俺もガキの頃はよくやった。気を付けろよ。森を燃やしたらことだ。それに、後でウェードさんに怒られると思うから覚悟しとけ」

 啓介に矢を差し出しながら、ロットはにやりと笑って言った。啓介は面目ないと頭を下げる。

「本当にごめん。――ああ、最近、怒られてばっかりだな」

「え? 何したの、悪戯? あ、靴の中に棘のついた木の実を入れるのはやめた方がいい。毒虫と勘違いして、マジギレする人が続出だから」

 真顔で注意するフェルの隣で、ロットが眉を吊り上げる。

「あの悪戯、犯人はお前かよ!」

 どうやらロットは被害をこうむったらしい。だが、フェルは涼しい顔で受け流している。啓介は首を横に振る。

「いや、悪戯じゃないんだ。風習を知らなくて、プロポーズしちゃって、それに怒られてるんだ。まだ口もきいてもらえなくて……どうしよう」

 啓介が頭を抱えると、ロットとフェルは顔を見合わせた。フェルが首を傾げる。

「それってエルフの誰か?」

「いや、俺の仲間の一人」

「そうなんだ、それなら自分で解決するように頑張って。人間の風習なんて知らないし、心の機微もさっぱりだからね。助言しようがない」

「そうだな。だけど一応忠告しておくと、エルフ流プロポーズは花冠を渡すことだから気を付けろよ。この花冠をかぶって、一緒に儀式に出て欲しいって意味な」

 フェルやロットはあっけらかんとそう返し、断るなら花冠を受け取らず、了承なら花冠から花を一本引き抜いて、相手の手首に結ぶと教えてくれた。

「そ、そうなのか。そっちも知らなかったら遊びと勘違いしてたかも。教えてくれてありがとう」

 各国のプロポーズ事情をはからずも知ることになった啓介は、もう少し複雑なら間違うこともないのにとしばし呆然とした。

「意味を持つのは成人以後だ。子どもから貰うんなら平気だぞ」

「そうそう。――あ、ロット、あっちに鹿がいる!」

 フェルが違う方向に気をとられ、興奮して指差した。

「あっちは南だな。他の班とかち合いそうだが……もう少し進むか。この辺りの獲物は隠れてしまっただろうしな」

「そうだね、そうしよう」

「ごめん、二人とも……」

 軽い身のこなしで走り出す二人のエルフ達に謝って、啓介も狩りを再開した。



「よーし、良い場所で止まってくれたな。俺はあっちの白い木の裏から狙う。フェルはケイと一緒にこっちから狙え。合図は分かってるな?」

「木の裏から手を出すんだろ」

「その通り。じゃあ作戦開始!」

 ロットとフェルは息がぴったりの言い合いをした。宣言通り、ロットが静かに茂みの裏を駆け、白い木の裏に回りこむ。

 啓介がフェルと共に弓矢を構えていると、白い木の裏から手がひらりと振られた。

 啓介はフェルを見る。フェルは小さく頷き、鹿を見つめる。啓介とフェルは同時に矢を射った。

 今度は直撃した。

 背に矢を受けた鹿は、甲高い鳴き声を上げて身を反らす。走り出そうとした時、ロットの矢が首に突き刺さった。

 鹿はよろよろと少し進んだ後、ばったりと倒れた。

「よし! 一頭仕留めたぞ!」

「良い点数になる。やったね!」

「うわあ、すごい! 大物だ」

 啓介達は興奮気味に鹿に駆け寄った。血を流して倒れている鹿の姿に、啓介の胸に可哀想という気持ちが浮かび上がったが、大事に食べようと考えるとそれも薄れた。それに、これを持ち帰ったら、仲間達がどんなに喜ぶだろうと思うと嬉しくなる。

(久しぶりの肉だ。修太も喜ぶよな)

 エルフ達は果物やキノコ、芋をよく食べるようで、酒宴の席にもあまり肉料理は並んでいなかった。こういった祭りの時以外、ほとんど食べないらしいのだ。

「なあ、これ、どうやって持ち帰るんだ?」

 ふと啓介は問題点に気付いた。

 よくよく考えると、グレイ達黒狼族は、獲物を保存袋に入れるか、もしくは担いでキャンプ地まで運んでくる。

 啓介にはそんな力は無いし、非力なエルフにはもっと無理だろう。今回の祭りでは、不正防止の為に保存袋は使用禁止になっている。

 すると、フェルが背負っていた鞄から、真ん中に四角い板のついた紐を取り出した。四角い板を鹿の首の上に置き、紐を鹿の頭や足先に結びつける。

 よく見ると、四角い板には魔法陣が書かれ、真ん中に丸いへこみがある。作業を終えたフェルが、くぼみに水晶のような媒介石をはめると、鹿がふわりと浮かび上がった。

「おおっ! すごい、面白い!」

 興奮して目を輝かせる啓介に、フェルが説明する。

「簡易版浮遊装置の魔動機だよ」

「これを引っ張れば運べるってこと」

 ロットが余った紐を引っ張ると、まるで宙を滑るように鹿の死体が動いた。

「一度集合場所に戻るよ。その途中で獲物がいたら捕まえるつもりでいろ」

 ロットの指示に、啓介は簡易版浮遊装置に目を釘付けにしたまま、何度も頷く。その様子にフェルが苦笑した。

「相変わらず変な人だね、ケイは。何がそんなに面白いの?」

「面白いよ! すげえええ!」

 両手を拳の形にして騒ぐ啓介。ロットとフェルはやはり不思議そうな目で啓介を見ている。

「何がすごいんだ?」

「さあ、僕らにはこれは普通だしね」

 ロットとフェルはきょとんと言い合い、理解を諦めた様子で首を横に振る。

「行こうか、狩りの時間が減るよ」

「ああ」

 フェルの呼びかけにロットが頷き、啓介を放置して歩き出す。

「すごいなあ、どういう仕組みなんだろう。面白いなあ」

 啓介はしきりと感心しながら、二人の横に並ぶ。少し歩いた所で、ふいにロットが足を止める。

「あれ? あんな奴、俺らのチームにいたか?」

 ロットの示す先には、木陰から獲物を狙う薄茶色の髪をしたエルフの姿があった。緑色の衣服を着ているが、確かに見覚えの無い横顔だ。このチームにはヘリーズ村の住人しかいないし、そもそもロット以外のエルフは、皆、金髪だ。

 疑問に思い、声をかけようと男に近付いた啓介は、彼が弓矢で狙う先を見て戦慄した。その先にいるのは、明らかに獲物ではなくアーヴィンだった。

(アーヴィンさんを狙ってるエルフか!)

 すぐに合点した啓介は、止めなければと走り出しながら、男の背に向けて叫ぶ。

「おい、やめろ!」

 男の意識をこちらに向けさせ、魔法を使って止めるつもりだったが、思いがけず足を取られてよろめく。

「な……にっ?」

 つんのめって立ち止まった啓介は、自分の左足に絡みつく(つた)を見つけた。背筋にゾワリと悪寒が走る。

 ――狙われているのは、こちらも同じだ。

 さっと見回した視界に、蔦に絡みつかれて倒れているロットとフェルの姿が映る。身動きが取れないのではなく、気絶しているようだ。

(まさか首を?)

 首を締められれば気絶どころではない。安否が不安だが、それを確認する暇は無かった。次に狙われるなら確実に啓介だ。

 すぐに魔法を使い、絡みつく草の一部を電磁場で熱してひきちぎる。地面にしゃがんだまま、注意深く辺りを見回す。

(辺りは緑だらけ。こんな中で〈黄〉の魔法を使われたんじゃ敵わない!)

 敵はどこにいるのか。

 辺りからは長閑(のどか)な鳥のさえずりしか聞こえない。そのことがむしろ不気味だ。

 ふと、自身に影が落ちたことに気付き、啓介は顔を上げて振り返る。

 後ろの草が伸びあがり、まるで巨大な蛇のように啓介を飲み込もうと落ちてきた。

「く……っ」

 草の塊に飲み込まれる寸前、啓介に出来たのは魔法で近くに雷を落とすことだけだった。


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