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断片の使徒  作者: 草野 瀬津璃
ミストレイン王国 王位継承編
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 6



 ――一週間後。

 朝の緩やかな日差しの中、雨降らしの聖樹の根元に広がる草原に、大勢のエルフ達が集まっていた。

 空気はムシムシとしているが、彼らは一様に楽しそうで、暑さなど物ともしていない。

 エルフの男達は狩猟用の衣服に身を包み、弓矢を携えている。そんな彼らを応援する為に集まったエルフの女達は華やかなドレスを着ていた。彼女達がいる場所だけ、まるで色とりどりな花が咲き乱れている花畑のようだ。

 これから、雨降らしの聖樹の向こうにある森へ狩猟に出かける。チームは三つある。王子、王女、宰相の三チームだ。それぞれのチームカラーは緑、赤、白で、エルフの男達はチームカラーとなる衣服を着ている。見ていてどれがどのチームかすぐに分かる。

 修太達はアーヴィンのチームだから、緑だ。本当は緑色の服を着るのだろうが、黒狼族達は緑色の憲章を掛けて、目印の代わりにしている。

「皆、頑張れよ。応援してる」

 当然のように留守番になった修太は、啓介ら五人に声を掛ける。開始の合図を今か今かと待ちわびている五人は、それぞれ柔軟体操や武器の手入れをして落ち着かない様子だ。こんな時でもだらけて座り込んでいるのは、サーシャリオンくらいである。

 それぞれが応と返事をすると、フランジェスカがキッと彼らをにらんで言う。

「狩猟が男だけの参加でなかったら、私も出たのに。負けたら承知しないからな、お前達!」

 臙脂色の長袖の上着と黒いズボンの上に、白のマントを羽織るという、いつもの旅装姿であるフランジェスカは、本気で悔しそうだ。

 腕の筋肉を伸ばす柔軟をしながら、トリトラが軽やかに笑い返す。

「あはは、僕らが狩猟で負けるなんて、そっちの方が難しいよ」

「そうだそうだ。久しぶりの狩りだぜ、腕が鳴る。大物採ってきて食わせてやるから楽しみにしとけ」

 シークがガッツポーズを決める傍らで、グレイも静かに頷いた。さりげなく楽しそうに見える気がする。彼ら三人はいつも通りの武器だ。

「俺は狩りなんてしたことないからなあ。まあ、楽しんでくる」

 啓介はにこりと笑って言った。緑色のエルフの民族衣装を着た彼は、弓矢を背負い、左手に弓を持っている。今回の祭りは魔法の使用が禁止されているので、啓介は弓矢を借りたのだ。アーヴィンの計らいもあり、この一週間、セスを師匠に練習していた。

「そんなに気を張らずとも、石でも投げればすぐ捕まる」

 啓介と同じく緑色の民族衣装に身を包んだサーシャリオンが、胡坐の姿勢のまま呑気に言った。

「ああ、そうだな」

 黒狼族達三人の声が重なった。

「なんか、うーん、まあいいや」

 啓介は苦笑し、結局何も言わなかった。

(分かるぞ、啓介。お前らと一緒にするなって言いたいんだろ。分かる!)

 修太は何度も頷いた。

 石を投げるだけで捕まえられたら誰も苦労しない。少なくとも、周囲にたくさんいる、弓矢を持ったエルフ達も同じ意見のはずだ。

「あなた達がすごいのは分かったけど、それでも応援に来てるんだから、応援させてよね」

 今度はピアスが呆れ顔で言った。ピアスは薄ピンク色のシンプルなワンピースドレスに身を包んでいて、女の子らしくてとても可愛らしい。和む修太の前で、啓介と目が合ったピアスは、ぷくっと頬を膨らませて啓介を睨んだ。

(ぐああ、何だその怒り方! 可愛いんだけど!)

 修太ですら天を仰いでしまうのだ。にらまれた啓介は赤くなったり青くなったりと忙しい。

(てゆか、まだ怒ってるんだよなあ、ピアス。結構引きずるタイプなんだな)

 さばさばした性格をしているピアスなので、意外に思える。この後、啓介がまた謝るのだろうかと様子見していると、カランと甲高い音が響いた。音の方に目を向けると、一団の前方に立った金髪のエルフの男が、右手に持ったハンドベルを振りながら声を張り上げる。

「静粛に! これより晴れの恵みへの感謝を称える儀式を執り行う」

 修太は小さく息を吐く。

 やれやれ、やっと始まりだ。

 宰相が儀式開始の挨拶をすると、祭祀に移る。頭に花冠を乗せたアーヴィンとラヴィーニャが雨降らしの聖樹の根へと近付き、頭を三回下げて礼拝した。ラヴィーニャが手にした楽器を鳴らすと、リーンと涼やかな音が響く。

 ふと、傍にいるエルフ達が皆黙祷しているのに気付き、修太は慌てて目を閉じた。

 しばらく、沈黙が落ちる。

 風が吹き、葉擦れの音がざわざわと広がった。

 やがてもう一度、リーンと音が響き、祈りの時間が終わったと知る。

 すると、女性達が列から離れ始めた。修太達がきょとんとそれを見ていると、後ろから低い声が言った。

「おい、ぼさっとしているんじゃない。とっとと移動しろ」

 振り返ると、ウェードが立っていた。彼の傍らにはエトナがいる。ワインレッドのドレスがよく似合っていた。

「狩猟が始まると、殿方達がいっせいに走り出すので危ないそうですわ。一緒にあちらに参りましょう」

 優しく微笑むエトナは、女神にしか見えない。その魅力は、ウェードの暴言など、すぐに忘れてしまった程である。

 修太達留守番組はウェード達について列を離れる。

「ウェードさんは狩猟に参加しないのか?」

 修太が問うと、ウェードは鼻で笑った。

「俺は父さんと共にアーヴィン殿下と行動するんだ。護衛があちらにいてどうする」

「……そっか」

 馬鹿じゃないのか少しは考えろ。そんな幻聴が聞こえた気がした修太だが、無難な返事をしておいた。いつまで経ってもきつい物言いの男だ。

 移動が終わると、司会者が再び声を張り上げた。

「皆様、準備は宜しいですか? 狩猟の開始は宰相閣下がご案内致します。――では、宰相閣下、よろしくお願いします」

「うむ」

 イファが頷き、傍らに吊り下げられている鐘の横に立つ。そして、小さな木製ハンマーで勢いよく鐘を叩いた。


 ――カラァーン!


 涼やかな鐘の音とともに、男達の気合の入った声が響く。そして、勢いよく走り出した彼らの姿は森の中へと消えてしまう。

 遅れて、チームリーダーである王子・王女・宰相の三人が、護衛と共に続く。彼らは張り切って狩るつもりはないようで、それぞれのんびりした足取りだ。

(王女の護衛、めちゃくちゃこわっ。マッドレディー、どう見てもモンスターなんだけど)

 一人、ラヴィーニャを取り巻く護衛の異様さに、修太は顔を引きつらせた。


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