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ラヴィーニャの変化を訝しく思いながら西の塔の門を出ると、そこでトルファと再会した。塔を囲む壁に背を預けて立ったトルファは右手を上げる。
「よう、思ったより早かったな。その顔じゃあラヴィーニャに追い払われたか? あいつ、短気だから面倒くせえだろ」
「黄石の魔女様! どういうことですか?」
宝石姉妹の一人と対面し、パッと明るい顔になったピアスが問いかける。
「ラヴィーニャはころころと感情が変わる上、マイペースだ。それでペースを乱されるとふてくされる。子どもみたいだろ? うん百年も生きてるってのに、全然成長しないんだ」
トルファはラヴィーニャを容赦なくこきおろした。
(あれはすねてるんじゃなくて、ふてくされてたのか……)
せっかちだとしきりと文句を言っていたラヴィーニャを思い出し、修太は納得した。彼女はきっと、のんびりお茶をしてから本題に入りたかったんだろう。その予定をフランジェスカに狂わされたせいで機嫌を損ねたらしい。
「では、私が用事は何かと聞いたのは悪かったのですか?」
フランジェスカは困惑した顔でトルファに聞く。トルファは迷いなく頷いた。
「そうだろうな。あいつを機嫌良くいさせたかったら、あいつが話しだすまで何も話しかけないでいることだ。ま、ハイエルフと人間じゃ感じている時間の流れが違うから、きついだけだ。気にするな。怒らせておけばいいんだ。――自分の機嫌くらい自分でとれと何度も言ってるのに、聞きゃしないんだからなあ」
トルファは溜息を吐き、首を横に振る。
「面倒くさいだろ? だから自然とアーヴィンが人気になるのさ。アーヴィンはナルシストだが、美しいものを好むエルフにはアーヴィンは好ましく見えるし、あいつはだいたい機嫌が良い。世迷言は聞き流しておけばいいからまだ楽」
「……そこまで言わなくても」
啓介が悲しげに眉を寄せて取り成そうとするが、トルファは取り合わない。
「オレがあいつらと何年付き合ってきたと思ってる? オレだから言っていいんだ。――さて、本題に移る。ラヴィーニャが話していた狩猟だが、あんた達には是非参加して欲しい」
「暇潰しになるから構わぬが、何故そなたがわざわざやって来てまで頼む?」
サーシャリオンは裏を探るように、トルファを見つめた。トルファは頬を指先で掻き、困ったような仕草をする。
「そんなに睨まないで下さいよ。ちょっとキナ臭い動きがあるんですが、決定打には欠けているんです。この狩猟は、晴れの恵みを神に感謝し、供物として獣を捧げる貴い儀式です。そこで騒動を起こすとは思えませんが、念の為。ラヴィーニャが動きがあると確信してるみたいだから余計にね。あいつ、異常なくらい勘が鋭い奴なんで」
トルファがそう話すうちに、ラヴィーニャの変な箇所が追加された。
(あんなに美人なのに、アーヴィンの妹だけあって変人でもあるんだな……)
修太は残念に思ったが、アーヴィンのように苛立たしさを感じないだけ、ラヴィーニャの方が好ましく見える。
サーシャリオンは口端を上げて頷く。
「なるほど、面白そうだ」
「良かった。狩猟はチームごとに分かれて行いますから、今年は面白くなりそうです。クロイツェフ様や黒狼族は狩りの達人だ。エルフ達にも良い刺激になりますよ」
トルファも楽しげに笑い、詳しくは侍従に聞くように言った。
「あ、そうだ。サーシャ、鍛錬場か庭のこと……」
「そうだったな、シューター。トルファ、いつまでも室内にいるとつまらぬ。鍛錬場でも庭でもいいから、外出出来る場所を用意せよ」
「それなら鍛錬場がいい。庭なんて何が起きるか分かったもんじゃありませんから。イファに話しておきます」
トルファは少し考えた後、そう答えた。
「――いいんですか、そんなあっさり」
少しは反対される可能性が高かったので意外なのだろう。驚く啓介に、トルファは大丈夫だと請け負う。
「エルフ達も宴にお前らが出たことで、少しは慣れただろ。もっと慣らすには人目に触れる必要がある。鍛錬場なら好奇心に駆られたエルフが観察しに来る程度だ」
「なあ、黄石の魔女。俺達を王城に引き止めたがるのって、まさかエルフに外の事に慣れさせようって魂胆もあるのか?」
ふと気付いたことを修太が問うと、トルファは驚いたように目を見開いた。
「それもあるけど、よく分かったな。ここの閉鎖ぶりはどうにかしねえとまずいレベルなんだ。手っ取り早く開かせるには、外からの風が吹けばいい。――ま、オレにとって王位継承問題が一番なのは本当だが」
「それで『慣れさせる』か。確かに、見慣れてしまえば意識も変わるよなあ。思ってたのと違うと気付く可能性もある。トルファさんは頭良いんだね」
啓介がしきりと感心して褒めると、トルファは真顔で頷いた。
「当たり前だろ。オレは知の賢者。教え導く存在だ。役割を全うしているに過ぎない」
「そ、そっか……」
気圧されたように、苦笑いを浮かべる啓介。
(少しまともに見えたけど、やっぱり変だ、この魔女)
修太はトルファの変人ぶりを再認識し、一人頷くのだった。