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ラヴィーニャ王女の住まう西の塔は、二階建てで円筒形をしていた。
白い石を積み上げて造られた塔の壁には、濃い緑の蔦が生い茂っている。修太は、あの二階の大きな窓から、ドレスを着た美しい女性が手を振ったらさぞ絵になるだろうと思ったが、あいにくと濃緑色のカーテンは閉まっていた。
門で修太達を出迎えた侍従に案内され、塔の裏庭へ向かう。赤や黄色の原色をした花々のアーチを幾つか潜り抜けると、真っ白なテーブルクロスが敷かれた大きなテーブルが現われた。
その一番奥の席には、真っ白な日除けの傘があり、その下で貴婦人がカップを傾けている。
まるで陶器で出来た人形のよう、というのがラヴィーニャ王女を初めて見た修太の印象だ。透き通るような白い肌をした彼女は、豊かに波打つ金色の髪に白い花の飾りを付けている。小さな水晶のアクセサリーは仄かに輝き、深緑色のドレスと合わさって、朝露に濡れる葉を思わせた。
ラヴィーニャ王女はこちらを見ると、深緑色の目を緩ませて微笑んだ。
それで夢から醒めた修太達は、すぐに礼を取った。
我に返ってよく見ると、ラヴィーニャ王女の傍には二人の侍女が控えているが、彼女達は人間では無かった。鼻と口の輪郭はあるだけで顔の無い、焦げ茶色のマネキンに似ている。大きな羽扇子で王女を仰いでいるのを見ると、あれが前にトルファの言っていた「マッドレディー」、略して「マッディー」なのだろうと推測出来た。
「いらっしゃいませ、どうぞお掛けになって下さいませ」
金髪のエルフの侍女がそう言って、テーブルを示す。他にもテーブル脇に置かれた台車の傍に立っていたようだ。ラヴィーニャ王女が目を惹きすぎて気付かなかった。
それぞれ椅子に座ったところで、ラヴィーニャが口を開いた。
「わたくしのお茶会へようこそ、皆さま。わたくしはラヴィーニャと申します」
にこりと微笑むラヴィーニャの背後に、ぶわっと白い百合の花が咲いた。
(こっちは百合か……)
さすがはアーヴィンの妹だ。この程度では驚かない。
修太はそう思いながら、ちらっと向かいの席に座る啓介を見た。とても面白いものを見たと言わんばかりに、銀の目がキラキラと輝いている。
(お、ちょっと回復した。単純な奴め)
何を言っても落ち込んでいたのに、変な物を見た途端テンションが上がるなんて、期待を裏切らない。
「皆様もご挨拶を」
侍女が促すので、修太達は順番に名乗った。すると、満足したようにラヴィーニャは頷き、茶菓子を楽しむように言った。
しばらくの間、ラヴィーニャの言葉に従い、茶菓子を楽しんでいたが、フランジェスカが痺れを切らしたように言う。
「発言のご無礼をお許し下さい、王女殿下」
ラヴィーニャが構わないと促すと、フランジェスカは続ける。
「本日はお話があると伺い参上したのですが、もしやご用事は茶会のみですか?」
「そうではありませんが……。せっかちですわね。そんなに急がなくともよいではありませんか」
ラヴィーニャ王女はのんびりした口調で言い、小さく息を吐く。
この調子だと、気付けば夕方になりそうだと修太は考えた。
「もう少しお茶を楽しみたかったのだけど、仕方ありませんわねえ。わたくし、あなた方にお兄様を助けて頂けないかとお話したかったのですわ」
「アーヴィン殿下をですか? しかしかの方には優秀な家臣が大勢いらっしゃいます。わたくしどものような旅人の出る幕ではありますまい」
一瞬眉が寄りかけたものの、冷静な態度を崩さずにフランジェスカは返した。
ラヴィーニャは不思議そうに小首を傾げる。
「ですが、あなた方はトルファ様を連れていきたいのでしょう?」
「……ええ」
「今の状態が落ち着くまで、トルファ様はお返し出来ませんわ。いったいいつまで待つつもり? わたくしどもにとって、一年や二年はあっという間ですわよ」
そう言うや、ラヴィーニャはお茶を口に運び、一口飲むと、茶器をテーブルに戻す。
「脅しているのか?」
グレイが静かに問いかける。ラヴィーニャはまた不思議そうにした。
「脅すだなんて、物騒なこと。わたくしはただ、利害の一致をお話しているだけです。わたくしとお兄様でしたら、お兄様の方が人気がありますの。昔からそうね。どちらが王になりやすいか、お分かりでしょう?」
ですから、とラヴィーニャは付け足す。
「お兄様の味方をした方が、きっと事は動きやすいはずですわ。残りの理由は、お兄様のお気に入りの冒険者がどんな方達か見てみたかったの。素敵ね。自分の人生をきちんと歩んでいる者の顔付きだわ」
ラヴィーニャはふんわりと微笑んだ。
「もしお兄様の味方をするつもりがおありなら、一週間後に開かれる狩猟で、是非お兄様を助けて差し上げて。止雨期の恒例行事なのだけど、わたくし達が国に戻って最初の大きな行事ですもの、ネズミが湧くと思うのよ」
言外に、問題を解決するチャンスでしょう? と話し、ラヴィーニャは話を締めくくる。
「あらやだ、お話が終わってしまったわ。せっかちな方とのお茶会はいつもこう。あっという間に終わってしまうのよね」
つまらなさそうなラヴィーニャは、ヘソを曲げてしまったようである。綺麗な面持ちを不機嫌そうに歪ませて、指先で払う仕草をする。侍女が頷き、修太達に出口を示す。
「お話は終わりです。どうぞお帰り下さいませ」
急な態度の変化に驚いた修太達だが、特に反論する必要が無いのでそれに従った。