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結局、サーシャリオンが起きてきたのは午後三時頃だった。
「寝すぎ! だらしない!」
「我をなめるな。こんなもの、惰眠とは言わぬ!」
「意味分からん開き直り方すんな!」
手厳しく言う修太に、サーシャリオンが胸を張って堂々と反発をする。変な奴だと溜息を吐きつつ、修太は取っておいた食事をチェストの上から運んできた。
「とっとと食えよ。この暑さだ、いたんじまう」
「おお、ありがとう、シューター。口やかましい奴だと思うたが、良い奴だな」
「……下げるぞ」
「すまぬ!」
嬉々として魚と野菜を挟んだサンドイッチを頬張り始めるサーシャリオン。口うるさくて悪かったなと内心でぼやきつつ、ついでに茶も用意して並べていると、トリトラと目が合った。トリトラが苦笑して言う。
「君が甘やかすのもいけないと思うよ。『寝坊する奴は食事抜き』くらい言えばいいのに」
「こいつが空腹になって、食事を探しにあちこち移動し始める方が面倒」
「それは一理ある」
修太とトリトラの遣り取りに、サーシャリオンが良い笑顔で返す。
「そんなことになったら、影を渡って、適当に狩りをしてくるから大丈夫だぞ」
「……そうかよ」
なにが大丈夫なのか修太には分からないが、真面目にサーシャリオンの相手をするのが面倒になったので、流すことにした。
だが、話すことがあるので、自分の茶を用意して、サーシャリオンの前に座る。
「一応、お前にも話しておきたいことあるんだけど、いいか? フランにも話そうと思ったんだけど、あいつ二日酔いで撃沈してるんだ。それにピアスと啓介は喧嘩中でまともに話し合えそうにないからさぁ、せめてお前だけでも話しとく」
「なんだ、まだピアスは怒っておるのか? 何があったのか知らんが、あの娘を怒らせるとはケイはいったい何をしたんだろうな」
「それはあいつらの問題だから放っといてやれよ。俺も今回は様子見かな。変に口出すと啓介が怒る」
「そなたには荷が重いということか。よし、ここは最年長の我が仲裁を買って出てやろう!」
サーシャリオンは浮き浮きと、青と緑と銀に見える不可思議な目を輝かせる。止め方を間違えたと、修太は焦った。
「頼むからおかしな茶々を入れないでくれよ。あいつが怒ると今の俺じゃ止めきれねえし、落ち込んでるのを見るのもこっちがへこむし」
朝以来、啓介は寝室に引きこもっている。何か声をかけても上の空だ。
普段が能天気に笑っている啓介なので、珍しく元気が無い様子を見ると、修太はどうしていいか分からず困っている。正直、そのうち啓介から話し始めるまで、そっとしておくくらいしか対応が思い浮かばない。
だが修太の心配を他所に、サーシャリオンは呑気に言う。
「そう心配するな。どーんと任せておけ。我は一ダンジョンのボスだぞ? 手下達の喧嘩の仲裁をすることもある」
「……モンスターと一緒にするなよ」
修太は大きな溜息を吐く。余計に不安を覚えたが、修太が止めてもサーシャリオンは言う事を聞かないだろう。
「俺からは何も教えないからな、お前が聞き出せ」
「分かっておる。そこからが醍醐味じゃて」
サーシャリオンはにやっと笑い、サンドイッチにかぶりつく。むしゃむしゃと豪快に食べる、見た目は白い肌をした金髪の美青年を眺める。食べ方が荒いのに、品が良く見えるのが不思議だ。
修太はサーシャリオンの食べっぷりを眺めながら、とりあえず昨晩の出来事を話した。トリトラにはすでにシークが説明している。
話を聞き終えると、サーシャリオンは「ふむ」とうなって、茶の入ったカップを右手に持ちながら椅子に背を預ける。皿は綺麗に空になっていた。
「面倒な話だが、敵が一つに絞れて良かったではないか」
「そういうポジティブな見方もあるんだな」
サーシャリオンの答えに、修太は目を丸くした。
「この際、宰相の追放云々は放置しておけばいいのだろ? だったら残るは因習派と革新派の争いだな。――しかし、聖樹リヴァエルから新しいハイエルフを呼び出そうなど、どこで調べてきたのやら」
「ん? 俺は無理だと思ったし、黄石の魔女も同じ意見だったけど、実はそうじゃないのか?」
修太はサーシャリオンの意外な反応に、テーブルへ身を乗り出す。長椅子でくつろいでいたグレイや、リビングルームの端で柔軟体操をしていたシークやトリトラも動くのをやめ、サーシャリオンに注目する。
「やろうと思えば出来ないこともないぞ? なんせ、そこにある雨降らしの聖樹のうろは、オルファーレン様のおわす場所にある聖樹リヴァエルのうろと繋がっているからな」
修太はめいっぱい目を見開き、思わず叫んだ。
「何だって――!? おおお、おい、何だよそれ、初めて聞いた!」
「まあ、話しておらぬから知らぬだろうな」
「ああもうっ、本当に、お前のその落ち着きぶりが腹が立つ!」
サーシャリオンのゆるい態度に苛立ち、修太はテーブルを叩く。
「でも、だったらどうして俺と啓介はクラ森に出たんだよ。俺ら、オルファーレンにリヴァエルのうろに突き落とされたんだぜ?」
「リヴァエルからはあちこちに行けるが、雨降らしの聖樹からだと一方通行というだけだ」
「なるほど……」
そういう仕組みなのかと、修太は納得して頷いた。サーシャリオンは背もたれに体重を預けたまま、白い手袋のはまった左手の人差し指を振る。
「ただし、しかるべき手順を踏まねば道は開かぬ。方法を知っておるのはハイエルフだけだろうが、愚王が酒にでも酔って秘密を話したのかもしれぬなあ。だが安心せよ、まだ一度も道は繋がっておらぬからな」
「何故そう思う?」
グレイが怪訝に問うと、サーシャリオンはにやりと笑う。
「我には分かる。それに証も出る。空に浮かぶ聖樹リヴァエルに虹がかかるからな」
「でもサーシャ、ここからじゃそんなもん見えねえよ」
「シューター、我が分かるのだからそれでよいのだ。オルファーレン様の危機には我は必ず駆けつける。それに、失礼な来訪者があの方に手出しするようなことがあれば、我がすぐに仕置きしてくれる」
左目にかけたモノクルをギラリと光らせ、サーシャリオンは重々しく呟いた。
修太はあまりの怖さにぶるりと身震いし、素直に感想を返す。
「サーシャ、お前、その姿だとドSに見えてすげえ怖いぞ」
ダークエルフの姿の時よりもずっと冷たく見える。
「どえす? 何を言っているか分からぬが、そんなに怖いか? おかしいな、この見た目だと女にモテるから、優しく見えるのだと思っていた」
不思議そうに首を傾げるサーシャリオン。
(優しい? どう見ても氷の貴公子とか呼ばれてそうなんだけど……)
外見が綺麗なら、クールな男は女子受けが良い。そのせいで勘違いしているのだろうなと修太は苦く笑った。