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断片の使徒  作者: 草野 瀬津璃
ミストレイン王国 王位継承編
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 7



「王子や王女に嫌われたいって……いったいどういうことだ?」

 宰相イファの言葉に、修太は面食らったまま問う。イファは落ち着いた態度で、顎髭(あごひげ)をゆるりと撫でる。

「私は旧体制の象徴みたいなものだからなあ、どちらが後を継ぐにせよ、そんな私を次代が追い払うパフォーマンスを行えば、新体制の到来が分かりやすく響くだろう。これは派手である程よろしい」

 自分の未来のことだろうに、イファはまるで他人事のように冷静に説明した。

「処刑という形が一番分かりやすいのだが……」

「おい、その案は却下だと言っただろ! また繰り返す気じゃねえだろうな、ふざけんなよ、イファ!」

 突然、トルファが怒ってテーブルを叩いた。茶器がガチャンと音を立てて揺れる。イファはにっこりと微笑む。

「この通り、トルファ様がお怒りになるので、もう少し加減したパフォーマンスになるようにしたいと考えています」

「この狸が……っ」

 トルファがぎろっとイファを睨むが、イファはこたえていないようだ。

(ああ、本当にこの爺さん、食えねえわ)

 二人の遣り取りを見て、修太は心の中で呟く。トルファですら手玉に取っているのだから驚きだ。

 シークが首を傾げ、不思議そうに問う。

「というかさ、敵対してるんならすでに嫌われてんじゃねえのか?」

「そういやそうだな」

 修太も同じ意見だ。

 イファは頷いた。

「左様、私はすでにアーヴィン殿下には嫌われております。ですが彼は長く生きているし、したたかな方だ。表向きには友好的に演じられておられる。私はその面からも嫌われたいと思っているのだよ」

「正々堂々と嫌われたいってことか。そんなに嫌われたいんなら、あいつの前で悪口言ってやればいいんじゃね?」

「お前、何言ってんの。ガキくさっ」

「んだと、チビスケ。クソガキにガキって言われたくねえよ」

 修太のツッコミに、シークが眉を吊り上げる。しばし二人でにらみあっていると、イファが愉快げに笑った。

「それも単純で良い案ですな。殿下への暴言は、地位失墜への良いきっかけになるでしょう。ですが、それだと投獄だけで済みそうだ。私が望むのは追放ですからなあ」

「ほら見ろ、俺も良い事言うだろ?」

「ああ、良かった良かった。単純らしいけど、良かったな、シーク」

「なんかすげえ腹立つぞ、その言い方……」

 胸を張るシークに修太がそう返すと、シークは納得のいかないという顔をした。褒めてはいないので正しい反応だ。

 ここでグレイが口を挟む。

「俺達の目的は、その魔女との約束を果たすことだ。あの王子をこの国に連れてくること、それはもう果たした。これ以上、お前達の茶番になんぞ付き合ってられるか」

 グレイは心の底から煩わしそうだ。珍しく溜息まで吐いている。シークが夢から醒めたように、青い目をパチパチと瞬いて頷く。

「言われてみればその通りっすね、師匠」

「でも、グレイ、旅に戻りたいならこれをどうにかしねえと。黄石の魔女が動けないんじゃ、話が一歩も進まねえ」

 修太は眉尻を下げて言う。

 これは修太や啓介の事情だが、ついてきてくれているグレイの事情にも変わりない。気が乗らないことに付きあわせていることは、とても申し訳ないけれど。

 トルファが右手を振りながら返す。

「こういう落としどころだって説明してるだけだ。お前らに手伝わせる気はねえよ」

「だが、巻き込む気ではいるんだろう?」

 うろんな目を向けるグレイに、トルファは「そうだな」と頷いた。

「オレじゃなくて、アーヴィンの野郎がな。ミストレインに入る前に、あいつは策士だと忠告しただろ? ――まあ、あいつも、イファを追い出す為なら手段は選ばない気もするな」

「なんだ、じゃあ、嫌われ方を考えなくてもいいじゃん。良かったな、爺さん」

 シークが呑気なことを言うと、その頭をグレイが右手でわし掴んだ。

「シーク、お前はしばらく黙ってろ。うるさい」

「はっハイッ、すみません!」

 シークが青ざめた顔で返事をし、すぐに静かになった。

(シークにイラッとするのは分かるけど、怖え……。さっきから機嫌悪かったしなあ)

 修太はハラハラしながらも、グレイに同情した。シークはシリアスな会話に向いていないと思う。

「ここまでの話を整理する。表面的には、宰相と王子と王女という派閥に分かれているが、実際は因習派と革新派が対立している。魔女の望む落としどころは、王子か王女が王となり、宰相を分かりやすく追放して新体制を知らしめること。そして、王子は宰相を追放する為に、俺達も利用する気らしい。――それで? 貴様はあの王子に何をしてそこまで嫌われた?」

 グレイは琥珀色の目を細め、イファに問う。

 イファは涼しげにグレイを見返し、顎髭を梳きながら言う。

「簡単だ。アーヴィン殿下とラヴィーニャ王女を国外へ追放することを決めたのが、この私だからだ」

 客室内が再び静まり返った。

 修太はものすごい混乱と、イファの襟首を掴んで揺さぶりたい衝動の狭間で戦う。

(なにを冷静に暴露してくれてんだ、この爺さん! そりゃあ、あいつだって怒るわ! 仕返しに追放したくもなるって)

 無言で頭を抱える修太や、額に指先を押し当てて沈黙するグレイを、トルファやラインは気の毒そうに見る。その横で、シークはぽかんと間抜け面をしていた。

 トルファが落ち着けというように、両手を広げた。

「まあ、カッカするな。難しく考えなくていい。お前らはここでのんびりオレの用事が片付くのを待ちながら、アーヴィンやラヴィーニャの誘いに乗ってやりゃあいい」

 さっき手伝わせないと言ってたじゃないかと、修太がトルファをにらむと、トルファは苦笑して言う。

「そんなにらむなよ。早く事を片付けて旅に戻りたいんだろ? お前らは水面に投じる一石としちゃあちょうどいい。旅人だし、余所者だから多少の失礼も大目に見てもらえるし、利用しやすいと思われる。それにだ、エルフ達の感覚に任せてたらあっという間に老いちまうぞ! 奴ら、変化を嫌うからな、普通にやってたら遅々としてしか進まねえ!」

 トルファの言い分に、イファが大きく頷いた。

「まあ、よろしく頼む。人間と黒狼族諸君。私も穏便に追放されるように頑張るからな」

 相変わらず穏やかな態度でおかしな宣言をするイファ。

「あんた、絶対におかしい……」

 イファの神経はどういう作りをしているのだろうかと、修太は疲労とともに呟いた。


    *


 トルファとイファは修太達の客室を出た後、なにげなく廊下をぶらぶらと歩いていた。

 やがて中庭に出ると、夜空に浮かぶ双子月を揃って見上げる。

「何でこんなことになっちまったんだろうなあ」

 トルファはぽつりと呟いた。どこか疲れをにじませた声に、イファは申し訳なさそうな顔をしたが、すぐに元の落ち着いた表情に戻る。

「さて、私にも分かりません。ただ、レディオット王が即位されるまでの二十五年が、私にとって楽しい日々であったのは確かだ」

「ああ、そうだな。ああなる前は、お前とアーヴィン、仲良かったしなあ。お前らを見てるのは面白かった。あいつはお前を許さないだろうけど、オレはお前のことを分かってるからさ。老い先短いからって、とっととくたばろうとするなよ?」

 トルファは月からイファへと視線を移す。年若い外見とは不釣り合いな、落ち着いた慈愛がその眼差しには含まれていた。

 イファも微笑みを返す。

「トルファ様、この冬の二百年、時折顔を出して下さるあなただけが私の拠り所でした。感謝しております」

「うっ、お前がそういうこと言うと気持ち悪いな。変な頼み事してくるなよ? オレが与えられるのは知恵と、一杯の茶くらいなもんだ」

 居心地悪げに後ろ頭をかき、トルファはイファにくるりと背を向けた。

「じゃあな、お姫様が待ってるから行くよ。――気を付けろ」

「ええ。ありがとうございます。良い夜を」

 挨拶をするイファに、トルファは僅かに振り返って頷き返す。そして、中庭に向けて走り出すと、三歩で空高く飛び上がった。

 小柄な影が夜闇に消えてしばらくしても、イファはトルファのいた場所に深々と頭を下げていた。


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