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断片の使徒  作者: 草野 瀬津璃
レステファルテ国編
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第四話 君を呼ぶ声  1 



 双子月が輝く紫紺の空の下、穏やかな波音を響かせていた海原に、どこからともなく霧が出てきた。


 ギィ、ギィ……


 (きし)んだ音が、水音に混じって辺りに響く。


 乳白色の霧の中に見えたのは、崩れ落ちないのが不思議な帆船だった。船体の木は痛み、穴が空き、帆はボロボロで頼りなく風に揺れている。人気の無い船は、霧を引き連れて海を行く。


 その甲板。ちょうど船の舳先(へさき)のほうに白い人影が立っていた。若い青年の姿をした人影は、霧の向こうを見つめ、呟く。


「エディーラ……」


 静かな声は、聞く者の心を打つように哀しげだった。

 船は海を進んでいく。

 霧と青年とを連れ、夜闇の海を。


      *


 荒野と砂漠の国レステファルテの大都市グインジエ。そこはアラナ海に面したオアシス都市だ。


 日干し煉瓦で造られた家並は砂色で、行き交う人々は主に白い衣服か極彩色の衣服かのどちらかを身に着けており、胸焼けするような香水の匂いを引き連れて通りを闊歩している。露天で香辛料を売る者やロバや馬を引いた人々もいて、香辛料の独特なにおいと獣臭さが混ざって、むっとした空気が漂っている。


 お世辞にも綺麗とは言い難い街に、フードの下で顔をしかめつつ、修太はフランジェスカと共にグインジエの街を歩いていく。


 白フードを目深に被るフランジェスカと、やはり黒いポンチョのフードを被っている修太が並んで歩く様は、人混みの中では浮いていた。


 オルファーレンが用意してくれていた着替えの中に、フード付きの黒いマントがあったので、修太はそれをフランジェスカに貸した。フランジェスカにとって敵国である国で、騎士団の紋章入りのマントなんて着るべきではない。だが、何も上から着ないのでは、熱中症になるだろうと思ってのことだった。


 だというのに、この女ときたら、不可思議なものを見るような目でこう言いやがった。


「貴様にも気遣いの心というのがあるのだな」


 余計なことを言う前に礼を言えとぶち切れかけたが、それよりも熱中症のことを忠告するのを優先させた。毎年、夏になると熱中症がニュースになる日本で育ったせいか、修太は熱中症について重く考えている。


 とりあえず黒いマントを着ることを受け入れたフランジェスカだが、修太だと膝丈までの高さになるマントが、フランジェスカが着るとちょうど足の付け根辺りの高さになり、分かってはいたけれど物凄くムカつくし悔しかった。だから、フランジェスカには街に着くなり真っ先に新しいマントを買って貰った。簡素なフードと口布が付いた白いマントだ。資金は修太が出した。フランジェスカの荷は啓介が持っており、財布もそこにあったらしく金が無いと言うからだ。


 仕事を探さなくてはとぶつぶつうるさかったので、旅人の指輪の中にあったコイン入りの革袋と、宝石や天然石の詰まった箱を渡してみたら、フランジェスカは仰天した後にとっとと仕舞えと突き返してきた。更に、宝の山を堂々と見せびらかすなと怒っていた。どうやら、ここではただの天然石も宝に分類されるらしい。


 ――とにかく、新しいマントを買ったフランジェスカは、貸した黒マントの上から白マントを着ている。なんでも、修太の黒マントには気温調節の魔法陣が刺繍されているとかで、着ているだけで涼しいのだそうだ。

 ギラギラと攻撃的な太陽光線には、流石の騎士様も敵わないらしい。


(だけど、この赤い糸が血染めの糸なんてな……。不気味だ)


 修太の着ているポンチョにも、赤い糸で魔法陣が刺繍されているのだが、この糸はカラーズの血で染められているのだそうだ。力の強いカラーズの血ほど効果が強い為、その分、値段が跳ね上がるとか。血染めの糸での刺繍など、聞いていると呪われた品みたいで気持ち悪い。


 オカルトはオカルトでも、黒魔術方面だ。怖すぎる。

 弱っているとはいえ創造主がくれた品だから、呪われていることはないだろうけれど、精神的な問題である。


「フラン、どこか目的地でもあるのか?」


 人混みを歩くのに嫌気が差し、修太が隣を歩くフランジェスカを見上げると、フランジェスカは首を振る。


「いや、特に無い。地理を頭に叩きこんでいただけだ」

「どこかで休まないか」

「それはいい、私も似たようなことを考えていた」


 どうやら暑さと人混みにうんざりしているのはフランジェスカも同じだったようだ。

 時間的にも昼食にちょうど良かったので、飲食出来る場所を探すことになった。


     *


 街を歩き回り、うんざり感がだいぶ増してきたところで、ようやく食堂らしきものを見つけた。

 表にメニューの書かれた黒板が置かれている。


 ケデの和え物、チコビーンズのサラダ、チコビーンズのアストラテ風スープ、と書かれているが、聞いたことのない食材なのでどんなものか想像もつかない。


 食堂に入ると、時間帯が時間帯なので人でごった返していた。煙管で煙草を吸っている者が見うけられ、室内は紫煙で煙たかった。それに独特な香辛料のにおいが食欲を減退させる。


 思わずうっとうめき、フランジェスカを見上げる。フランジェスカも嫌そうな表情を一瞬浮かべたが、やっと見つけた食堂だからと諦めてここで食べることにした。


 かろうじて空気が綺麗そうな場所はないかと食堂内を見回し、端の席に行くことにする。が、横合いから歩いてきた人に気付かずにぶつかり、跳ね飛ばされた修太は床に尻餅をついた。


「お、悪いな坊主」


 修太を跳ね飛ばした男は、どことなく柄が悪そうだった。だが、子どもが相手だからか困った顔をして謝り、助け起こしてくれた。


「いえ……」

「怪我ねえか? 席を探してたから気付かなくてよ」


 そう言ってしゃがみこんだ男は、ふいに目を見開く。

 それに不思議に思うと同時に、思い切りフードを目深に押しつけられた。


「はぐれるな。ちょろちょろするな。チビだから見失いやすいと心に刻め」


 上から嫌味をたっぷりこめた声が降って来た。考えるまでもない。フランジェスカだ。


「っるせえな、チビって言うな!」

「チビにチビと言って何が悪い」


 フランジェスカは鼻を鳴らす。

 そして、男に軽く謝る。


「私の連れが失礼した。さあ、行くぞ」

「おい、イテテテ。フード押さえるなよ、転ぶだろ!」


 上から頭を押さえつけたまま、隅の席に修太を引きずっていくフランジェスカに抗議の声を上げる。


 なんなんだよ、いったい!



「シューター、お前、ここでも目を隠せ。この国は我が国ほどの差別はないが、〈黒〉は〈白〉と同じく、カラーズの中でも生まれにくいからな、目をつけられると面倒だ」


 席について、運ばれてきた茶に手をつけながら、フランジェスカがぼそぼそと言った。


「目をつけられるって何だよ」


 修太の問いに、フランジェスカは修太の方に顔を寄せる。耳を貸せと言うので、顔を寄せ合うようにすると、フランジェスカは周りに聞こえない程度の声でひそひそと言う。


「この国には野蛮極まりない奴隷制があるのだ。ただでさえ物騒な国だ、気を抜けば身ぐるみはがされる上に、家畜のごとく売り飛ばされかねぬ」


 修太は頬を引きつらせる。


「あんだよ、そんな危険な国なのかよ。先に言えよ」


「まあ、噂だと金があれば融通がきくらしいがな。商人どもの巣窟だ。貴族の巣食う王宮よりも性質が悪い。言っておくが、〈青〉とはいえ、カラーズである私にも危険な場所なのだぞ」


 そこでフランジェスカは姿勢を戻して椅子に座り直す。


「今日は食事をしたら宿をとって休もう。ケイ殿達を待つにしても、情報収集をしなくてならぬからな。異論はあるか?」

「ねえよ。むしろ賛成」


 修太の言葉に、フランジェスカは小さく頷いた。


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