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パーティー会場から一歩外に出ると、美しい庭園が広がっていた。
陶器製の照明から淡い光が漏れ、ぼんやりと辺りを照らしていた。アーチや柵に巻き付いた蔦が風に揺れている。合間から赤や黄色、白い花が顔を出している。花壇の間には、白く塗られた木製の椅子が置かれ、そこで酔いを冷ましているエルフの姿があった。恋人同士のような姿もある。
「うわあ、とても綺麗ね! あれは魔具の照明器具だと思うわ。素敵! 見て、あっち。気温を下げる為の魔法陣のモニュメントがあるわよ。効果的な使い方ね!」
ピアスがはしゃいだ声を上げ、庭のあちこちの仕掛けを暴露していく。つい啓介は笑ってしまった。
「あはは、ピアスらしい感想だね」
ロマンチックな雰囲気の庭も、ピアスにかかれば魔具の展覧会に早変わりだ。ピアスのお陰で良い具合に緊張が抜けた。
だが啓介は笑いすぎたらしい。ピアスがすねたように言った。
「なによ、綺麗だとか可愛いっていう当たり前の感想が欲しいんなら、その辺のお嬢さんでも誘ったら?」
「そういうんじゃないよ。それに、ピアスはそういう素を出してる方が良いと思う。可愛いから大丈夫」
気付けば本音が口から出てしまい、啓介は自分にぎょっとした。ピアスがむすっと黙り込んだので余計にたじろぐ。もしかして気持ち悪いと思われて引かれたんだろうか。
「ケイはちょっと優しすぎると思うのよ」
ピアスが真面目な顔で言った。
「へ?」
予想と違う言葉に、啓介は肩すかしをくらった。
「私みたいな地味子ちゃんに、そんな風に気遣って褒めなくていいわ。不細工なのは分かってるんだから」
「ピアスのどの辺が不細工なのか、俺はよく分からないんだけど……」
「もおお、それよ、それ! こんなに痩せっぽちな子のどこが不細工じゃないっていうのよ。皆、おかしいわよ!」
ピアスは急に怒り出した。啓介はどうしていいか分からず、後ろ頭をかくしかない。
(いや、だから、セーセレティー精霊国の人達の感覚が特殊なんだよ!)
そう言いたいが、セーセレティーの民であるピアスには、他の国の人間の方が変に見えるわけで、こればっかりはどうしようもない。
「ねえ、良い機会だし、すっごく恥ずかしいけど訊くわ。あなたにはあたしってどう見えてるの? ちなみにあたしから見ると、ケイはとっても普通よ」
「そ、そう」
ピアスの気迫に圧されながら、啓介は頷く。
啓介の評価が不細工ではないから良かったのだろうか。啓介自身は自分を普通だと思っているので、そんなものだろうと思った。
啓介はコホンと一つ咳払いをした。
ちらりとピアスを見ると、ピアスはむすっと眉を寄せた顔で、しかし気になるのかこちらをじっと見ている。
やはりどう見たってピアスは可愛いし綺麗だ。
思わずぼーっと見とれてしまい、ピアスに叱られる。
「ちょっと、私は教えたじゃないの。さっさと答えてよ」
「あ、ごめん。うーん、そうだなあ。どう言ったらいいのか……。銀色の髪はさらさらしてて綺麗だし、紫色の目は宝石みたいだ。ほっそりしてて、そうだな、白い小鳥みたい」
啓介は満足して頷いた。
(そうだ、白い小鳥だ。まさしくそんな感じだよ)
そう思いながら、啓介は周りを見回した。植込みの白い花を一本失敬し、ピアスの髪に挿してみた。
「それで、花がよく似合いそう。ほら! やっぱり似合う!」
啓介は心から褒める。嬉しくなってにこにこ微笑んでいると、ピアスが黙り込んでいることに気付いた。
「あれ? ピアス?」
正直に答えたのだが、まだ怒っているのだろうか。
啓介が恐る恐るピアスの顔を覗き込むと、ピアスは顔を真っ赤に染めていた。啓介が見たのに気付くと、ピアスは突然啓介に足払いをかけてきた。
「イタッ!? え? 何で!?」
気を抜いていた上、不意打ちだったので、啓介は派手に尻餅を着いた。
「ししし信じられない! そういうことはもっと綺麗な人にしないと、誤解されても知らないんだからね! 馬鹿! 馬鹿馬鹿馬鹿!」
訳が分からずに首を傾げる啓介に、ピアスは真っ赤な顔をしたまま一方的に罵倒すると、憤然と歩き去った。
「なんなんだ、いったい……」
啓介はぽかんと座りこんでいる。
どの辺りでピアスの逆鱗に触れたのか分からなかった。
考え込むあまり動けずにいると、近くでブッと吹き出す音がした。そちらを見ると、花のアーチの陰で腹を抱えて笑っているエルフを見つけた。啓介がきょとんと見ていると、やがて彼と目が合った。薄茶色の短い髪を綺麗に撫でつけた彼は、紫色の目をしていた。エルフに共通の美貌は、柔らかさよりも男らしさが目をひいた。
彼はすくっと姿勢を正し、ゴホンと咳払いをする。
「すまない、あんまり面白くて笑ってしまった。私はサイラス・レッツェンだ。どうぞよろしく、人間の客人殿」
笑ったのを誤魔化す為だろうか、サイラスはそう挨拶してきた。
「俺は春宮啓介です。ケイと呼んで下さい」
啓介も挨拶を返す。そして、いい加減立ち上がることにした。そして、ズボンについた草を手で払い落とす。
(ヘリーズ村の人以外のエルフに話しかけられたの、そういえば初めてだな)
サイラスを観察して、ヘリーズ村で見た顔ではないと啓介は判断した。サイラスには気品が感じられたし、どことなく所作が綺麗だ。お祝い事に挨拶に来た城仕えのエルフなのかもしれない。
「あの、サイラスさん。もしかして、彼女がどうして怒ったのか分かるんですか?」
啓介は思い切って聞いてみた。啓介の様子を見て笑っていたのだから、何か知ってるのだろうと思ったのだ。
「うん? 勿論だよ。なんだ、そんなに良い外見をしているのに、分からずにしてたのか? てっきり振られたのかと」
「振られる? なんですか、それ!」
泡をくって問う啓介に、サイラスは答える。
「セーセレティーの民は、プロポーズする時に相手の髪に花を差すんだ。了承する時はその花を返す。駄目な時はそのまま立ち去る」
「ええっ!」
啓介は驚きのあまりのけぞった。
(だから誤解したらどうするって怒ってたのか……)
女の人の夢を壊していないと良いのだが。啓介は後でピアスに謝ろうと決めた。
啓介の様子に、サイラスは再びクツクツと笑い出す。
「面白いな、君は。確か君だろう? アーヴィン殿下のお気に入りの、えーと、『銀星の君』だったかな? 銀の目をした人間は君しかいないから、そうだと思ったんだが、どうかな」
「え……っ、アーヴィンさん、まさかその恥ずかしい呼び名を皆に話してるんですか?」
啓介は顔を強張らせる。恥ずかしさでみるみるうちに顔が赤くなっていく。
「ああ、そうだ。綺麗なあだ名じゃないか、羨ましい」
サイラスはふぅと溜息を吐く。
(羨ましい!?)
だが、啓介はそちらの言葉に驚いて、再び固まってしまった。
「ははは、今度、殿下と並んで絵師に書いて頂くといい。殿下も絵師も喜ぶ」
「ええっ、ちょっと……」
「では失礼」
言うだけ言うと、サイラスはひらひらと優雅に右手を振りながら、庭を立ち去った。
「あ、ありがとうございました……」
とりあえず教えてくれたことへの礼は言ったが、啓介は釈然としない気持ちで立ちつくす。
――羨ましいのだろうか、謎だ。