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断片の使徒  作者: 草野 瀬津璃
ミストレイン王国 王位継承編
209/340

 6



 パーティー会場から一歩外に出ると、美しい庭園が広がっていた。

 陶器製の照明から淡い光が漏れ、ぼんやりと辺りを照らしていた。アーチや柵に巻き付いた蔦が風に揺れている。合間から赤や黄色、白い花が顔を出している。花壇の間には、白く塗られた木製の椅子が置かれ、そこで酔いを冷ましているエルフの姿があった。恋人同士のような姿もある。

「うわあ、とても綺麗ね! あれは魔具の照明器具だと思うわ。素敵! 見て、あっち。気温を下げる為の魔法陣のモニュメントがあるわよ。効果的な使い方ね!」

 ピアスがはしゃいだ声を上げ、庭のあちこちの仕掛けを暴露していく。つい啓介は笑ってしまった。

「あはは、ピアスらしい感想だね」

 ロマンチックな雰囲気の庭も、ピアスにかかれば魔具の展覧会に早変わりだ。ピアスのお陰で良い具合に緊張が抜けた。

 だが啓介は笑いすぎたらしい。ピアスがすねたように言った。

「なによ、綺麗だとか可愛いっていう当たり前の感想が欲しいんなら、その辺のお嬢さんでも誘ったら?」

「そういうんじゃないよ。それに、ピアスはそういう素を出してる方が良いと思う。可愛いから大丈夫」

 気付けば本音が口から出てしまい、啓介は自分にぎょっとした。ピアスがむすっと黙り込んだので余計にたじろぐ。もしかして気持ち悪いと思われて引かれたんだろうか。

「ケイはちょっと優しすぎると思うのよ」

 ピアスが真面目な顔で言った。

「へ?」

 予想と違う言葉に、啓介は肩すかしをくらった。

「私みたいな地味子ちゃんに、そんな風に気遣って褒めなくていいわ。不細工なのは分かってるんだから」

「ピアスのどの辺が不細工なのか、俺はよく分からないんだけど……」

「もおお、それよ、それ! こんなに痩せっぽちな子のどこが不細工じゃないっていうのよ。皆、おかしいわよ!」

 ピアスは急に怒り出した。啓介はどうしていいか分からず、後ろ頭をかくしかない。

(いや、だから、セーセレティー精霊国の人達の感覚が特殊なんだよ!)

 そう言いたいが、セーセレティーの民であるピアスには、他の国の人間の方が変に見えるわけで、こればっかりはどうしようもない。

「ねえ、良い機会だし、すっごく恥ずかしいけど訊くわ。あなたにはあたしってどう見えてるの? ちなみにあたしから見ると、ケイはとっても普通よ」

「そ、そう」

 ピアスの気迫に圧されながら、啓介は頷く。

 啓介の評価が不細工ではないから良かったのだろうか。啓介自身は自分を普通だと思っているので、そんなものだろうと思った。

 啓介はコホンと一つ咳払いをした。

 ちらりとピアスを見ると、ピアスはむすっと眉を寄せた顔で、しかし気になるのかこちらをじっと見ている。

 やはりどう見たってピアスは可愛いし綺麗だ。

 思わずぼーっと見とれてしまい、ピアスに叱られる。

「ちょっと、私は教えたじゃないの。さっさと答えてよ」

「あ、ごめん。うーん、そうだなあ。どう言ったらいいのか……。銀色の髪はさらさらしてて綺麗だし、紫色の目は宝石みたいだ。ほっそりしてて、そうだな、白い小鳥みたい」

 啓介は満足して頷いた。

(そうだ、白い小鳥だ。まさしくそんな感じだよ)

 そう思いながら、啓介は周りを見回した。植込みの白い花を一本失敬し、ピアスの髪に挿してみた。

「それで、花がよく似合いそう。ほら! やっぱり似合う!」

 啓介は心から褒める。嬉しくなってにこにこ微笑んでいると、ピアスが黙り込んでいることに気付いた。

「あれ? ピアス?」

 正直に答えたのだが、まだ怒っているのだろうか。

 啓介が恐る恐るピアスの顔を覗き込むと、ピアスは顔を真っ赤に染めていた。啓介が見たのに気付くと、ピアスは突然啓介に足払いをかけてきた。

「イタッ!? え? 何で!?」

 気を抜いていた上、不意打ちだったので、啓介は派手に尻餅を着いた。

「ししし信じられない! そういうことはもっと綺麗な人にしないと、誤解されても知らないんだからね! 馬鹿! 馬鹿馬鹿馬鹿!」

 訳が分からずに首を傾げる啓介に、ピアスは真っ赤な顔をしたまま一方的に罵倒すると、憤然と歩き去った。

「なんなんだ、いったい……」

 啓介はぽかんと座りこんでいる。

 どの辺りでピアスの逆鱗(げきりん)に触れたのか分からなかった。

 考え込むあまり動けずにいると、近くでブッと吹き出す音がした。そちらを見ると、花のアーチの陰で腹を抱えて笑っているエルフを見つけた。啓介がきょとんと見ていると、やがて彼と目が合った。薄茶色の短い髪を綺麗に撫でつけた彼は、紫色の目をしていた。エルフに共通の美貌は、柔らかさよりも男らしさが目をひいた。

 彼はすくっと姿勢を正し、ゴホンと咳払いをする。

「すまない、あんまり面白くて笑ってしまった。私はサイラス・レッツェンだ。どうぞよろしく、人間の客人殿」

 笑ったのを誤魔化す為だろうか、サイラスはそう挨拶してきた。

「俺は春宮啓介です。ケイと呼んで下さい」

 啓介も挨拶を返す。そして、いい加減立ち上がることにした。そして、ズボンについた草を手で払い落とす。

(ヘリーズ村の人以外のエルフに話しかけられたの、そういえば初めてだな)

 サイラスを観察して、ヘリーズ村で見た顔ではないと啓介は判断した。サイラスには気品が感じられたし、どことなく所作が綺麗だ。お祝い事に挨拶に来た城仕えのエルフなのかもしれない。

「あの、サイラスさん。もしかして、彼女がどうして怒ったのか分かるんですか?」

 啓介は思い切って聞いてみた。啓介の様子を見て笑っていたのだから、何か知ってるのだろうと思ったのだ。

「うん? 勿論だよ。なんだ、そんなに良い外見をしているのに、分からずにしてたのか? てっきり振られたのかと」

「振られる? なんですか、それ!」

 泡をくって問う啓介に、サイラスは答える。

「セーセレティーの民は、プロポーズする時に相手の髪に花を差すんだ。了承する時はその花を返す。駄目な時はそのまま立ち去る」

「ええっ!」

 啓介は驚きのあまりのけぞった。

(だから誤解したらどうするって怒ってたのか……)

 女の人の夢を壊していないと良いのだが。啓介は後でピアスに謝ろうと決めた。

 啓介の様子に、サイラスは再びクツクツと笑い出す。

「面白いな、君は。確か君だろう? アーヴィン殿下のお気に入りの、えーと、『銀星の君』だったかな? 銀の目をした人間は君しかいないから、そうだと思ったんだが、どうかな」

「え……っ、アーヴィンさん、まさかその恥ずかしい呼び名を皆に話してるんですか?」

 啓介は顔を強張らせる。恥ずかしさでみるみるうちに顔が赤くなっていく。

「ああ、そうだ。綺麗なあだ名じゃないか、羨ましい」

 サイラスはふぅと溜息を吐く。

(羨ましい!?)

 だが、啓介はそちらの言葉に驚いて、再び固まってしまった。

「ははは、今度、殿下と並んで絵師に書いて頂くといい。殿下も絵師も喜ぶ」

「ええっ、ちょっと……」

「では失礼」

 言うだけ言うと、サイラスはひらひらと優雅に右手を振りながら、庭を立ち去った。

「あ、ありがとうございました……」

 とりあえず教えてくれたことへの礼は言ったが、啓介は釈然としない気持ちで立ちつくす。

 ――羨ましいのだろうか、謎だ。


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