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ピアス達の視線の意味がよく分からぬまま食事を楽しんでいた啓介は、横合いから声をかけられた。
「やあ、ケイ君。気持ち良い食べっぷりだね」
「セスさん!」
啓介は誰か分かるやパッと笑顔を浮かべ、食事の手を止めて立ち上がる。
セスは緑色のエルフの正装に身を包み、穏やかに微笑んでいる。その目がきょろりと何かを探しているのを見て、啓介は思わず笑ってしまった。
「シュウなら客室ですよ。今日はちょっと具合を悪くしてて……」
「ああ、そうなのかい? さっき食べた料理があんまりおいしかったから、是非オススメしようと思ったんだが。君も食べる方だが、彼はもっとよく食べるだろう?」
「あはは、そうですね」
啓介は笑って頷いた。修太の小柄な体躯のどこに食べ物が消えるのかと不思議になる程度には、修太はよく食べる。
「父さん、そんなこと言って、あの子どもとお喋りしたいだけでしょう? それも一方的に話しかけるだけの」
グラスを片手に現れたのはウェードだった。薄緑色の正装に身を包んでいる。
「なっ、彼はちゃんと合槌や返事もしてくれるぞ!」
「俺だったらごめんですけどね、あの長話」
「こら、ウェード、父さんを老人扱いするんじゃない!」
セスが叱るが、ウェードは聞き流している。そして、ちらと啓介達を見て言う。
「お前達、こんな所で食事ばかりしていないで、少しは庭にも出たらどうだ? 見事な庭園がある。そこの出入り口を出ればすぐ前だ」
「ウェードはな、せっかくだから美しい庭園を見るといいとすすめてるんだ」
セスが解釈を付け足すと、ウェードがむすっと不機嫌になった。
「そういうんじゃありませんよ、父さん。室内に引きこもってだらだらしている暇があるなら、少しは外も見ろと……」
「ありがとう、ウェードさん。早速見に行ってみるよ。そうだ、一緒に見学なんてどうですか?」
啓介が名案だとばかりに問うと、ウェードは苦い顔をした。
「何故俺がお前なんかと庭を見ないといけないんだ」
きつい否定に啓介が固まっていると、フランジェスカが楽しげに問う。
「では私とはどうだ、ウェード殿」
「だから、何故俺がお前達と見ないといけないんだ。お前達だけで行って来い」
ウェードは面倒そうに言うと、啓介達のテーブルを離れた。セスが苦笑を浮かべて謝る。
「すまないね、ウェードは気難しい子だからなあ。まったく、誰に似たんだろう。私の父かな? ウェードは村の仲間には優しいんだが、人間嫌いだからどうも素直になりきれないらしい。庭が綺麗だから見て欲しいと言えばいいだけなのに」
やれやれと肩をすくめ、セスは首を振る。
「だが本当に綺麗な庭だったから、少し見学してくるといい。酔い覚ましの休憩スペースだから気兼ねしなくていい」
セスはそう言うと、「では宴を楽しんで」とにっこり笑い、テーブルを離れていった。セスの向かう先には美しく着飾ったエトナがいて、啓介と目が合うと優しい笑みを返した。
啓介は立ったまま、テーブルの面々に問う。
「ねえ、誰か一緒に庭園を見に行こうよ」
「私は遠慮する」
「我は遠慮する」
奇しくもフランジェスカとサーシャリオンの声が重なった。フランジェスカは一瞬嫌そうに眉を寄せたが、すぐにその感情を引っ込めた。そしてちょっとだけ申し訳なさそうに返す。
「今、ほろ酔い加減でな。無暗に動く気分ではない。安全圏だし、気を付けて行ってくるといい」
「我は面倒だから椅子から動きたくない」
その言葉通り、サーシャリオンはテーブルに肘をついてだらけている。金髪碧眼の見目麗しい青年の姿をとっているので、サーシャリオンをよく知らない者から見れば、サーシャリオンの気だるげな様子は怪しげな魅力があったが、啓介にはただのだらしのない青年にしか見えなかった。
「あたしは行く! エルフのお城の庭園よ。面白い仕掛けがあるかもしれないじゃない!」
ピアスは俄然乗り気で席を立つ。
啓介は、突然舞い込んできた二人きりのチャンスに、心が一気に浮き立った。
「う、うん。じゃあ、行こう」
「行こう行こう」
啓介はピアスと並んで歩きだしながら、どうして二人になると途端に緊張して、どもったり噛んだりとみっともないことになるのだろうと、内心で頭を抱えていた。
一方、テーブルに残ったフランジェスカは、意外だとサーシャリオンを見やる。
「サーシャ、お前も気を回すなんてことがあるんだな」
「……何が?」
フランジェスカは、てっきりサーシャリオンが啓介とピアスを二人きりにさせてやろうと計らったのかと思ったが、至極面倒くさそうなサーシャリオンの態度に、ふっと小さく笑う。
「いいや、何でもない。しかしお前はどんな姿でも変わらんのだな。もうちょっとぴしゃりとしたらどうだ?」
「我なんぞマシな方だ。あっちを見てみろ」
ちょいちょいっとフランジェスカの後方を指先で示すサーシャリオン。振り返ったフランジェスカは溜息を吐いた。
酔っぱらったエルフの男達が、敷物の上に寝転がって眠っている。
「あれは確かにはめを外しすぎだな」
そう言ったものの、そのうちサーシャリオンがあの中に混ざりたいと言い出すのではないかと危惧を覚えたフランジェスカだった。