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宴の会場は明るいざわめきに包まれている。
ご馳走を食べる者、話に花を咲かせる者、酒杯を上げては騒ぐ者など様々な者がいた。テーブルについてのんびりと食事を楽しんでいた啓介だが、扉の方を見ながらピアスやフランジェスカに問う。
「なあ、グレイ達、遅くないか?」
「言われてみれば確かに遅いな」
果実酒入りのグラスを片手に、フランジェスカが頷きを返す。彼女はほんのり酔っているようで、頬が薄らと赤くなっている。そういう様子が、蝋燭の落ち着いた明かりの中で、普段よりもどこか女性の色気を感じさせた。
「グレイ、お説教でもしてるんじゃないの」
とてもおいしそうに果物を口に運びながら、ピアスが適当な返事をした。
「グレイ殿なら、後回しにするくらいの機転はきかせるだろう。我々は客だからな、こちらで歓迎を楽しむのが最優先事項だ。シューターのことを気にかけているとしても、シークとトリトラはここに戻すと思うが」
フランジェスカは思案気に呟く。
「こんな宴で真面目に何を話している。どうだ、あちらで我と一緒に踊らぬか?」
ひょっこりとテーブルに戻ってきたサーシャが大仰に嘆いた後、ウィンクをした。金髪碧眼の貴族の青年然とした“リオン”の姿を取っているサーシャの笑顔は輝かんばかりだ。楽しくて仕方がないといった様子である。サーシャが示す先では、陽気な音楽に合わせて踊る男女の姿があった。
「その辺りにいる娘でも誘って来い、サーシャ。私は踊りより酒が良い」
「私も今は食事してたいわ」
フランジェスカやピアスが断ると、サーシャは期待をこめて啓介を見た。啓介は苦笑する。
「そんな目で見ないでよ、サーシャ。男二人で踊ってる人はいないだろ。俺もパス」
「つまらぬ奴らだなあ!」
サーシャは大袈裟に嘆く。そして、すねたように空いている席に座った。
「まったく、それで何を気にしているのだ?」
「グレイ達がなかなか戻らないわねって話。グレイならともかく、トリトラとシークが戻らないのってなんだか不安になるわ」
ピアスの返事に、サーシャは笑みを返す。
「ははっ、あの二人とて愚かではあるまい。自分の行動の責任くらい取れるだろう、気にしなくていい」
「正論なんだけど、何でかしら、サーシャが言うと不安になるのよね」
「まったくだな、ピアス殿」
ピアスとフランジェスカは互いに頷き合う。
そこへ、黄色い悲鳴が突如湧きあがった。何かとそちらを見た啓介は、アーヴィンが女性達に微笑みを返しながらこちらに歩いてくるのを見つけた。フランジェスカとピアスがさっと立ち上がる。ぽかんとそちらを見た啓介に、フランジェスカは促す。
「パーティーのホストのお出ましだぞ、ケイ殿。礼儀を返さねば」
「あ、はい」
彼女達が立ち上がったのは挨拶をする為だったらしい。こういう場に慣れない啓介はそういうことだったのかと理解するや素直に立ち上がり、ついでに右隣のサーシャも立たせる。サーシャは煩わしそうな顔をしたが、渋々という体ながら立ち上がった。
「やあ、皆さん。今宵は楽しくお過ごしですか?」
グラスを片手に持ったまま、啓介達のテーブルにやって来たアーヴィンはにこりと微笑んだ。盛装姿のアーヴィンは、普段よりも輝いていた。濃い緑色の衣装は白に近い金髪を綺麗に引き立たせているし、額に付けている細やかな細工が施された銀の髪飾りは、彼の繊細な面立ちと見事に調和している。
アーヴィンがどんな人物か知らなければ、繊細な容貌をした妖精に見とれていたに違いない。それくらい、煌びやかな格好をしたアーヴィンは魅力的に見えた。さっきの歓声といい、エルフの淑女達の間でも、すでにファンクラブが出来ていそうだ。
「お招きに感謝します、殿下。このようにすっかり満喫していますよ」
フランジェスカはそつない挨拶を返す。啓介もその流れに乗る。
「旅の疲れが癒されました。ありがとうございます」
ピアスも笑顔で会釈した。
アーヴィンはにこやかに頷く。
「それは良かった。あなた方と私の家臣達の為に開いた宴です。楽しんでいって下さい」
そう返すと、アーヴィンはちらとテーブルを見た。
「黒狼族の方々や小さなお仲間君の姿が見えないようですが」
「あ、すみません。シュウは体調を崩しているので部屋で休んでいるんですよ。トリトラやシークはそんなシュウにご馳走をお裾分けしに行くと出かけていってまだ戻っていなくて。グレイが呼び戻しに行きました」
「そうですか、相変わらず小さなお仲間君は彼らと親しいのですね。少しうらやましいです。あんなに見目麗しい方々が傍にいたら、心まで明るくなりそうですよ」
少しと言う割に、アーヴィンはとてもうらやましそうだ。
啓介はというと、返事に困って愛想笑いを返す。
(確かに格好良い人達ばっかりだけど、心が明るくなるかは分からないな。むしろ寒く? いや、怖くなるような……)
彼らは見た目こそ綺麗だが、非常に物騒な考え方をしているから冷や汗をかくことが多い。仲間意識が芽生えた相手にはとても親切だから、修太といてくれて安心するが、啓介はあまり積極的に関わろうとはしていない。見えない壁を感じるので、近付きにくいのもあった。
(シュウですら、ときどきビビってるもんなあ。アーヴィンさん、そんなに毎日冷や汗をかきたいのかな?)
啓介自身、彼らを仲間と認めているが、心が落ち着くかは別問題だ。アーヴィンも一日彼らと共に過ごしてみてはどうだろうと考えたが、すぐに却下する。そもそも、アーヴィンを嫌う彼らの忍耐力がもつとはとても思えない。それこそ血の雨が降りそうで恐ろしい。
アーヴィンはふと気付いた様子で、フランジェスカやピアスを見て付け足す。
「ああ、もちろん、あなた方の麗しさも心を穏やかにさせますよ。女性が美しいと平和に思えて良いですね」
「はは……それはどうも」
「うふふ」
フランジェスカとピアスは若干引きつった笑みを返した。褒め言葉があまり嬉しくなさそうだ。
(まあ、こんな綺麗な顔の人に褒められてもなあ。素直に受け取れないよ)
自分で比較して落ち込んでしまう。
啓介達の複雑な心境に気付いているのかいないのか、アーヴィンはグラスの酒を一口飲むと、淡い笑みを浮かべた。
「トルファ様からの後ろ盾があるとはいえ、あまりふらふらされませんように。安全だとは私からもとても言いにくいので」
小声で忠告すると、アーヴィンは華やかな笑みを残してテーブルを離れていった。
「あ奴が注意するとなると、かなり危ないのだなあ。というか意外だ。我らのことを思ったより案じておるのだな」
アーヴィンが完全に離れると、サーシャリオンが感心気味に言った。それにフランジェスカが深く頷いて同意する。
「ああ、私も驚いている。ああいう気遣いというものもするのだな、あの男」
「アーヴィンさんは確かに色々面倒なところがあるかもしれないけど、良い人だと思うよ」
啓介が取り成すと、フランジェスカらは信じられないという顔をした。
「ケイ、あなたって本当に良い人ね」
「そうだなピアス殿。まっすぐな育ち方をしたのだろう」
「なるほど、シューターが苦労しておるわけだな」
互いに呟く三人を、啓介はきょとんと見返す。それから、言葉が足りていないのだなと思い、付け足す。
「とても変わっていて面白い人だよね」
「……うん、いいのよ。無理して付け足さなくて」
「良い所しか見ていないのはよく分かった。ケイ殿、あなたにはそのままでいて欲しい」
ピアスが苦笑し、フランジェスカが生真面目に言う。
「え? う、うん……」
どうして彼らが眩しそうに目を細めるのかよく分からなかったが、啓介は首肯を返しておいた。