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断片の使徒  作者: 草野 瀬津璃
ミストレイン王国 王位継承編
206/340

 3



 茶の席が整うと、お茶をぐびっと飲んだ後、トルファは話を切り出した。

「よーし、じゃあ、説明してやっから、真剣に聞けよお前ら。特にそこの兄ちゃん」

 左の片頬をつく行儀の悪い姿勢で、トルファはびしっとグレイを指差した。爪に塗られた緑色のマニキュアがランプの明かりにキラリと光る。

 名指しされたグレイは眉間に皺を寄せてにらみ返す。

 グレイが何も返さない代わりに、修太が叫ぶように声を上げた。

「おい、魔女! やめろ、そういう怖い振りはいらねえんだよ! いいからとっとと話せよ」

「知の賢者様に失礼ですよ」

 ラインが眉をひそめて修太に注意する。それをトルファは右手をぶらぶらさせて追い払う。

「あーうるさいうるさい。侍従君は引っ込んでろ。こいつは良いんだよ。特別だからな。なあ?」

 にやりと笑うトルファ。修太は顔を引きつらせる。

「ほんと嫌な奴だな! おっさんくせえし。サーシャの時と態度が全然違うじゃねえか」

「おお、チビスケ。女ってのは色んな顔を使い分ける魔性の生き物なのさ。人生経験の浅い小童にゃ分からないか?」

「知ってるよ、うるせえな! なんだよ、あんたも酒飲んでんのか?」

「まさか。オレは酒より茶を愛してるんだ。お前が思ったより面白い立場にいるから愉快になってるのさ。黒狼族に、それも三人に守られてるなんて面白い! 見た目、ただのガキだ。まあ、漆黒だけどよ」

 かかと笑うトルファ。

「まー、普通じゃないガキだ。他と違う境遇でも驚かないね。片割れの銀髪はどんな感じだ?」

「どんどん話がずれてる。本題に入ってくれませんかね、黄石の魔女」

 修太が手厳しく返すと、「つまんないガキだね」とトルファはぼやき、ようやく切り出した。

「このガキをからかうのはここまでにして。そうだねえ、見た目よりややこしい問題になってると話しておこうか」

 ちゃらけた雰囲気をすっと消し、真面目な顔でトルファは言った。

「それだ。俺達は初めに、王宮は前王派でもある宰相派、王子派、王女派に分かれていると聞いていた。これ以上どうややこしくなるっていうんだ?」

 グレイの静かな問いかけに、トルファはニヤとはしばみ色の目を細める。

「ああ、あたしも実際にここで生活してみて気付いたんだが、これはどうも表面的なことらしい。実際には、派閥は大きく二つだ」

「二つ? つまり、宰相派と王族派ってことか?」

 シークが首を傾げながら聞く。トルファは残念なものを見るような目つきでシークを見た。

「単純そうな奴の出す答えだ。オレがわざわざややこしいと言ってるのに、そんな訳ねえだろうが。馬鹿め」

「んだと! そこまで言わなくてもいいだろ!」

 シークが怒るが、トルファは取り合わない。

(まあ、馬鹿だけどさ。これは可哀想だ)

 ここまでけなされるのは憐れである。修太はシークに同情した。

「因習派と革新派ってとこだ。古くからのやり方を引き継ごうとしてるエルフと、そこから脱却しようとしてるエルフに分かれてる。そうだろ、イファ」

「いやはや、トルファ様には敵いませんな。鋭い洞察力、感服致します」

「うさんくせえ褒め方するな」

 顎髭を梳きながら穏やかに頷くイファに、トルファは嫌そうに言った。

「つまり、どういうことだ?」

 修太は意味が分からず問う。ふと、前にアーヴィンが「雨ばかり降る土地で、狭く、古くからの因習に囚われた国だ」と言っていたことを思い出した。因習派はそちらのことだと思えたが、革新派がどんな存在か分からない。

「古来から続くように、ハイエルフを王に据えようとする一派と、そうじゃない一派ということだ。正しくは、古来から続く血統のハイエルフと、別に擁立しようとしているハイエルフ、だがな」

「どういうことだ? ハイエルフの生き残りはあの腹の立つ王子と、その妹だけじゃなかったのか?」

 グレイが修太の聞きたいことを全て代弁してくれた。修太もこくこくと頷いて、トルファを見据える。

「オレも詳しくは知らねえよ。だけど、革新派の奴らは別にハイエルフを用意しようとしてるんだ。ハイエルフはオルファーレン様のいる庭園の木から生まれるんだがなあ、どうする気なんだろう。あ、ちなみに庭園の花から生まれたのがエルフだぞ」

「庭園の木と花……?」

 修太の記憶に、オルファーレンと会った場所の光景が蘇った。灰色の葉を付ける大木と、その根元に咲き乱れる白い花。そこに佇む真っ白な美少女と儚い笑みを思い出し、修太は眉を寄せる。

「霊樹リヴァエル……。あの木がそうなのか?」

「世界の真ん中にある木ってやつのことか? 空に浮かんでるっていう」

 シークが興味を惹かれた様子で身を乗り出す。

「流石、よく知ってるじゃねえか、チビスケ。まあ、そこだ。どうやってだか知らねえが、そこからハイエルフを呼び出そうとしてるらしい」

「無理だろ」

 修太はきっぱりと断定した。

(ただでさえオルファーレンは弱ってるってのに、訳の分からん力を使わせるわけにもいかねえ。俺らに力を貸してくれた時でさえ、ふらついてたんだ)

 トルファは頷いた。

「ああ、無理だ。だが、“出来ると信じている”ってのが問題なのさ。因習派とバチバチにらみあってやがる」

 椅子の背もたれにもたれかかり、静かに話を聞いていたグレイが口を開く。

「なるほどな。魔女、つまりお前は、そいつらが暴れてるのが問題だって言いたいわけか」

「兄ちゃん、何でそう思った?」

「因習派がそこの爺さんなんだろ。そして王子と王女、この二人は当然因習派だ。お前はこの三人の味方だと前提していた。それ以外はお前にとっては敵なんだ。つまり、あんたにとっての敵は革新派ってわけだ」

「ふふ、顔が良くて頭も良いなんて、恵まれた奴だねえ。表情筋には恵まれなかったようだが」

 トルファがここぞとばかりに茶化したが、グレイはそれを無視した。

「シューターがそこから落ちかけたってのも、そいつらの仕掛けたことか?」

 グレイの問いに、イファが頷く。

「ああ、そうじゃ。事前に罠の確認をしていたのだが、完全に見落としておったよ。すまなかったな、人の子」

「もういいよ、それは。あと、俺の名前は塚原修太な。修太で構わないから、その呼び方はやめてくれ」

「分かった、シューター」

 イファはすぐにそう返事をした。イファと修太の遣り取りを横目に、グレイがトルファに質問を投げる。

「ややこしい事情は分かったが、俺にはお前の意図が分からない。魔女、お前はいったいこの状況をどうするつもりだ? 落としどころはどこだ」

「オレとイファの計画じゃ、王子か王女のどっちかを王にするつもりだったんだ」

 トルファはちらとイファを見た。ふてぶてしい態度はなりをひそめ、憐みのようなものがその目に浮かんでいる。トルファはイファを物悲しげに見ていた。

 イファはそんなトルファを安心させるように微笑んだ後、修太達をぐるりと見回し、穏やかに告げる。

「私の望みは、王女や王子殿下に嫌われ、城を追い出されることにより、彼らの地位を盤石なものにすることです」

 その驚きの発言に、客室は凍りついた。


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