第二十九話 雨の国の裏事情
「おや、中でパーティーを楽しまれませんので?」
面差しの鋭いエルフの男が、庭園のベンチに座る彼に話しかけた。物思いにふけっていた彼は顔を上げ、眉間に皺を寄せる。
「いささか飲みすぎでは? この距離でもにおうぞ」
「おや失敬。誰も彼もが酒を飲んでいるので、そのにおいが移ったんでしょう。私はグラス一杯しか飲んでいませんので」
男はそう言い訳をした後、彼のベンチの隣を見た。
「そちら、座っても宜しいか?」
「……ああ」
彼は頷いた。この男が不必要に近寄ってくる時は、たいていにおいて彼に話がある時だった。
「随分不服そうなお顔ですな」
男がぽつりと言った。
「不服だらけだ。ハイエルフだか知らないが、国王気取りで酒宴とは。図々しい」
「口にお気を付けなさいませ。周りには誰もいませんが、不敬罪になりますぞ」
男は冷静な態度のまま、鋭くたしなめた。見た目は二十歳頃だが、男の方が彼よりも年上だ。そのせいかずっと落ち着いている。
「ふん。するなら好きにしろ、と言いたいところだが、そうなると計画に差し障る。分かった、控えよう」
彼がそう返すと、男は頷いた。
「それで? 俺に何の用だ」
彼の問いに、男は返す。
「パーティーにいなかったので、呼び戻しに来たんですよ。いつ罠が動くと知れない。怪しまれる行動は慎むべきでしょう」
「あれだけ騒いでいれば、抜け出す者は何人といよう。気にしすぎだ」
彼は手短に返しながら、ふと罠の一つを思い出す。
「そういえば、あの客室に王子の客が入ったんだって?」
「ええ」
頷く男を眺め、だからこの男はわざわざ彼を迎えに来たのだと悟った。
「レディオット王のもとで苦労した我らのことも知らず、のんきなものだ。しかも人間を招き入れるとはな」
「宰相の計らいもあって実現したんですよ。命乞いでの点数稼ぎでしょう」
ふっと小さな笑みを零し、男は断定する。彼もそれには同意見だった。
「ああ、王子と王女の追放を決めたのは、イファ宰相だったらしいからな」
レディオット王が玉座に就いた頃の出来事は、彼には知りえないことだ。まだ生まれてもいなかったのだ。
彼はベンチから立ち上がる。
男が迎えに来た理由も分かったので、会場に戻ろう。酔いを冷ましていたと言えば、誰も疑問にも思わないだろう。
(あの宰相がどうなろうと構わない。だが、俺はレディオット王の血を引く彼らを王に据えるなんて御免だ。冬の二百年が再び訪れるのは許せない)
心の中で呟く。口に出せば、男が怒るのは目に見えていた。男は同じ考えの同志だ。目的達成の前につまづくわけにはいかないと、慎重になる。
彼は暗い庭園から歩き出す。遠くにパーティー会場の明かりが見えた。
未だ混沌の続く王城の中で、彼の目指す希望の光のように見えた。