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断片の使徒  作者: 草野 瀬津璃
ミストレイン王国 王位継承編
203/340

 10



「……何の騒ぎだ?」

 ベランダでの騒動から十五分程が経った頃、客室に戻ってきたグレイが怪訝に眉を潜めて訊いた。

 その瞬間、エルフ達に詰め寄ろうとするトリトラを宥めすかすのに必死になっていた修太とシークは文字通り凍りついた。修太は酔い覚ましにと用意した水入りグラスを落としかけ、慌てて持ち直す。

「ぐ、グレイ? 何でここに……」

 保護者登場に喜ぶ気持ちもあるが、弟子の醜態に怒るのではないかと不安になる。

「宴は?」

 修太が問う横で、シークが「まじで起きろぉぉっ」とトリトラを揺さぶっている。動揺しているのは目に明らかだ。

 グレイは出入り口から食堂の真ん中辺りまで歩いてくると、ベランダの様子を一瞥した。

「ほんの少しだけ抜けると言ってたそいつらが戻らねえから、様子見にな。問題を起こしたら連帯責任は免れないだろう。――もう遅かったようだが」

 グレイは琥珀(こはく)色の目をすっと(すが)めた。

 じめじめと暑いはずなのに、部屋の気温が五度くらい下がったような気がした。修太はとっさに声を上げた。

「違う! 二人は助けてくれただけ。そっちの二人も! これはよく分からないが、部屋に仕掛けられてた罠だったんだよ」

 トリトラが酔って暴れてベランダを破壊したと勘違いしているような気がしたので、誤解を解く為に修太は急いで言い切った。

 ますます厄介な展開になってきた。

 ひとまず取り成すつもりで、四人を背にして、ベランダの戸口に立つ。冷たい空気を放つグレイに、久しぶりに恐怖を抱いた。

(ベランダから落ちるよりこえーっ!)

 いっそのことそこから飛び下りて逃走したい。狼に睨まれた兎のような気持ちだ。膝が震えてきた。

「師匠、こいつ、酔ってて話を聞かないだけで、何かしたんじゃねえっすから。むしろそのチビを助けましたから!」 

 トリトラを羽交い絞めにして押さえたまま、シークが叫ぶような声で弁解する。


 ――何でこうなった。


 謎の睨みあいの構図に、修太が冷や汗をかいていると、後方から長閑な声がした。

「どうしたよ、騒がしいなぁ」

 ふんわりと広がる薔薇に似た甘い花の香り。

 ぎょっと振り返った修太は、壊れた手すりのすぐ前に、牧歌的な少女の姿を見つけた。モカブラウンのエプロンドレスの裾が、ふわっと風に揺れる。

「黄石の魔女! いったいどこから」

「そりゃあ上からさ」

 修太は思わず、見えもしない屋根を確認する為に上を見た。

 この魔女、また面倒だからと変な道を使ってショートカットしてきたんだろうか。神出鬼没で心臓に悪い。

「んー……」

 トルファは小首を傾げる。三つ編みに結われた薄茶色の髪が揺れる。彼女は大雑把な動作で全体を見回すと、最後にエルフの老人に視線を定めた。

「こりゃまた見事にやられたな。イファ、詰めが甘いんじゃねえの?」

「全くもってその通りで……」

 ベランダに座りこんだまま、ソルジアはうなだれた。

(イファ? なんかその名前、どっかで聞いたような……)

 修太が思い出す前に、グレイが指摘した。

「その名、宰相だったか? あの王子と敵対してるはずの奴が、ここで何してる」

 ただでさえ冷たい空気をしているというのに、グレイの声に更に険が混ざった。修太は怖いと思ったが、それよりも混乱がひどい。

「え? でも、さっきは薬師って。名前もソルジアって……」

 するとラインが立ち上がり、気まずげに口を開く。

「イファ・ソルジア様です。嘘はおっしゃっておりません。薬師でもあり、宰相でもありますから。宮廷付医師がひどい人間嫌いなので、具合が悪い客人を心配された閣下が代わりに診察にいらっしゃったんですよ。決して他意はございません」

「ええ……?」

 分かりやすい説明だが、修太にはさっぱり理解出来ない。何故、わざわざ対立している相手が擁護している部外者の面倒を見るのだ。偵察や罠なら理解出来るが、他意が無いとなると意味不明だ。

 修太は呆然と、その場にいる面々の顔を順番に眺める。

「とりあえずさ、黒狼の兄ちゃん、その物騒な殺気を引っ込めてくれねえかな? ちゃんと説明してやっから」

 面倒くさそうに右手を振るトルファ。

 だが、グレイは従わず、トルファをにらむ。

「魔女、お前はどいつの味方だ?」

「おっかねえなあ。最初に言っただろ、オレは王子と王女と宰相の味方だってな」

 ここに来て初めて、修太は違和感に気付いた。

 王子と王女と宰相が対立しているという王宮で、トルファはこの三役の味方なのだ。事を治めたいのなら、どれか一つに就けば話は早いのに、何故それをしないのだろう。

(この不良女、とんだ食わせ者ってことか)

 サーシャリオンと似た空気を感じる。

 老獪な魔女は一筋縄ではいかないということらしい。

 トルファはくすりと、愉快そうな笑みを唇に乗せる。

「王宮ってのは面倒くせえのさ。分かりやすい対立だけが全てとは限らない」

 まるで劇中の道化のようにうそぶいて、猫のように目を細めて大きく笑う。

 一瞬、眉をひそめたグレイだが、結局頷いた。

「分かった。魔女、お前の話とやらを聞くとしよう」


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