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断片の使徒  作者: 草野 瀬津璃
パスリル王国辺境編
20/340

 3 



「おお、すまぬ。暗い場所から急に明るい場所に出すとは、不注意だった」


 三人そろって目がくらんで地べたに座り込んでしまったのを見て、サーシャリオンがやや慌てたように謝った。


 ――クロイツェフ様ではありませんか、どうされたのじゃ?


 乾いた音を立てて羽ばたき、傍らに降り立つワーズワースを、サーシャリオンは見る。


「久しぶりだな、ワーズワース。なに、暇つぶしに、彼らと旅を共にしようと思うてな。しばし留守にするゆえ、よくよく門を守るのだぞ」


 ――左様ですか。分かりましてございます。クロイツェフ様、お気を付けて。


 サーシャリオンとワーズワースがのんびりと挨拶を交わしている間に、ようやく立ちくらみから回復する修太達。急激な気温変化もまた、少しこたえていた。


「それで、そなたらはここからどこへ行くのだ?」


 サーシャリオンの問いに、修太は啓介を見る。啓介はすらすらと答える。


「とりあえず、国境を越えて隣国に行きます。この国はシュウには危険なんで」

「そうか。そういえば、そなたらの名を聞いていなかったな。名を教えよ」


 サーシャリオンの言葉は古めかしい命令口調だが、嫌な感じはしない。厳然とした空気にしっくり馴染んでいる。

 三人がそれぞれ自己紹介をすると、サーシャリオンは自分の胸元にポンと手を当てる。


「我のことはサーシャと呼ぶがよい。長ったらしい名ゆえ、呼びにくかろう」

「では、そうさせて頂きます」


 僅かに頭を下げるフランジェスカ。サーシャリオンは楽しそうに頷く。


「我はそなたらについていくが、そなたらのペースに合わせるゆえ、自らの足でついて参ろう。まあ、危険になれば手助けくらいはしてやるから、当てにして良いぞ」


「ありがとう。助かるよ、サーシャさん」


 元いた遺跡の中央部に立った啓介が、人好きのする笑みを浮かべる。

 サーシャリオンも笑みを返し、それから自身の服装を見下ろして、少し思案した。吹雪が巻き起こり、一瞬、サーシャリオンの姿を覆い隠す。吹雪が消えると、灰色のマントの下に黒いヒラヒラとしたワンピースと胸から腹にかけてを覆う簡易鎧を着て、膝丈まである茶色いブーツを履いた姿へと変わった。シンプルであるが、容姿が良いので、気品がある。


「これで良かろう?」


 確認するようにフランジェスカに問うサーシャリオン。荷物が一つもないのが不自然ではあったが、問題はない。フランジェスカは首肯する。


「そうですね、問題ありません」

「じゃあ、行きましょうか。フランさん、あっちで良いんですか?」

「ああ、そちらで合っているぞ、ケイ殿」


 方角を確認する二人を横目に、修太は旅人の指輪からバ=イクを取り出して、白い機体に座る。ハンドルの中央部についている小さな水晶に親指を押し当てると、そこから微量の魔力が吸い取られ、エンジンがかかった。


 サーシャリオンは少し驚いた顔でバ=イクを見たが、何かに納得した様子で何も言わない。フランジェスカが先導し、その次に啓介、修太とサーシャリオンの順に歩きだす。


 ノコギリ山脈は春の日差しの中、長閑な空気に包まれていた。高い山であるので、少し空気がひんやりとしているくらいだ。


 人の姿に化けた神竜を旅の仲間に加え、四人は再び旅立つ。

 今のところ、とても順調な旅だった。


     *



「――夕刻か」


 フランジェスカはレステファルテの向こうに見える海へと没しようとしている夕日に、目を細めた。コバルトブルーにオレンジの光がキラキラと反射して美しい眺めだ。


 ちょうどノコギリ山脈の峰――尖った岩と岩の間に当たる頂上に差し掛かった所で、皆、自然と足を止めた。雄大な眺めに圧倒されていたのだ。


 この場所が、ちょうどパスリル王国とレステファルテ国の両方を見ることのできる場所だ。だから、振り返ればパスリル王国の王都も遠くに望める。


 森と草原が多く、緑豊かな土地であるパスリル王国と違い、パスリル王国の北に位置するレステファルテ国は荒野と砂漠が目立つ無味乾燥とした土地だ。ノコギリ山脈を隔てるだけでこれだけの差があるのだから不思議なものである。


 フランジェスカは遠くにかすむパスリル王国の王都を見つめ、白に輝く王城を見つけ出す。右手を左胸に押し当て、王城に住まう王へ礼をする。


「砂漠か、初めて見るな」


 バ=イクに乗ったままでレステファルテを眺めて呟きを漏らす修太に、啓介は首を傾げつつ言う。


「ここも、地球と同じで、砂だけの砂漠は少ないんじゃないかな。砂漠より(れき)砂漠のほうが多いって聞いたことがある」

「櫟砂漠って?」


「砂だけの砂漠じゃなくて、岩や石の多い砂漠のことだよ。そっちはラクダよりも馬のほうが旅に適してるらしい」

「砂漠って、みんなラクダに乗るんじゃないのか……」


 フランジェスカも感心をこめた視線を啓介に向ける。


「ほお、そうなのかケイ殿。私は国を出たことが無いゆえ、勉強になる」

「ありがと、フランさん。本の受け売りなんだけどね」


 少し照れたように返す啓介。


「我は砂漠は嫌いだ。あんな暑い場所は好かぬ。やはり雪と氷に閉ざされた我が塔が一番だ」

「サーシャさんは黒い色の鱗してるから、余計に暑そうですね」


 納得というように頷く啓介。


「その通りだ。ところでケイ、我のことはサーシャと呼べ。“さん”はいらぬ。そなたらもだ。言葉遣いも普通にせよ、面倒だ」

「そう? 分かったよ」


 啓介が了承し、修太とフランジェスカも頷く。

 フランジェスカはふと眉を寄せ、周囲に目を配る。人の気配がある? 灰色の岩がごろごろと転がっている峰を見回すが、姿は見当たらない。


「サーシャ、ここいらには賊が出るのか?」

「もし出るのなら、東の端の街道だろう。こんな人の通らぬ場所では、誰も待ち伏せする気など起こすまい」


 それもそうだ。

 フランジェスカは剣の柄に添えていた手を放す。


「ただの勘違いか? まあいい、峰を越えてから、どこかで野営の準備をしよう。夜が来る前に」


 見通しの良い、斜面のなだらかな岩陰があればベストだ。

 そしてレステファルテの方へと視線を戻した時、風切り音が聞こえて顔を上げた。


「―――!」


 岩場から飛び降りてくる白い人影を認めた瞬間、フランジェスカは修太の横へと駆け寄りざま、長剣を抜き放った。

 激しい剣げきの音とともに、火花が散る。


 力に物を言わせて、フランジェスカは切りかかってきた人間を払い飛ばす。


 人間はすかさず離れ、軽やかに地面に着地する。フランジェスカは体の前で静かに剣を斜めに構え、わずかに腰を落とし、いつでも対処できるようにしながら、周囲をそっと探る。他にも二人、武器を持った者がいて、フランジェスカ達を囲むように立っている。


「フラン、その子どものことは守っているわけでもかばっているわけでもなかったのではなかったか?」


 ひやりと冷たい声が響く。先程、払い飛ばした人物からだ。フランジェスカは目を見開く。


「ユーサ団長……?」


 西日差す中、ユーサレトの顔は影になっていてよく見えない。だが、ぴりぴりとする空気から、ユーサレトが静かに怒っているのを感じ取った。


「げっ」


 フランジェスカの後ろで、修太が苦虫を噛み潰したような声を出す。


「副団長! 団にお戻り下さい!」

「そうですよ! 悪魔の使いなんかの口車に乗ってはいけません!」


 槍や長剣を構えた部下二人が口を揃えて言うことに、フランジェスカは少し驚いた。この口ぶりだと、〈黒〉である修太に騙されていると思っているようではないか。


「すまぬが、それはできぬ。私は、私の問題を解決する為に、この二人のことを守る約束をした」

「ですから、その問題とはなんなのです! 我らにも言えないことなのですか?」


 フランジェスカは難しい顔のまま黙り込む。

 言えるわけがない。

 モンスターになる呪いにかかっているなど。


「ああ、なるほど!」


 緊迫する場に、場違いな明るい声が落ちる。

 サーシャリオンはポンと両手を叩き、呟きを続ける。


「なにゆえ、使徒らとともに騎士団の剣士がいるのかと思えば、そういうことか。なるほど、なるほど。それならば人の中に戻れまい」

「サーシャ、それ以上は」

「ああ、分かっている。言わぬよ。我は傍観者でいるつもりだからな」


 ユーサレトの眉がぴくりと上がる。


「そこのダークエルフよ、私の部下の事情を知っているというのか?」

「知っているのではなく、気付いたというべきだな。教える気はない。その娘が望んでおらぬ」


 我関せずというようにあくびをして、サーシャリオンはひょいと修太の乗っているバ=イクの荷台に座った。傍観者に徹するという宣言通り、高見の見物といくつもりらしい。

 ユーサレトは忌々しそうに眉を寄せ、サーシャリオンからフランジェスカへと視線を戻す。


「何があるか知らぬが、戻ってこい。半年も副団長の席が空くなど、仕事に差し支える」

「それについては弁明のしようもございませんが、戻れないのです。どうか、私のことは捨て置き下さい」


 フランジェスカは徐々に沈んでいく夕日に焦りながら、必死で頭を下げた。


     *


 面倒くさそうなことになってきたなと思いながら、修太はこそこそと啓介に問う。


「つーかさ、こいつらどうして先回りできたんだ? ストーカーみたいで気持ち悪いんだが」

「俺に訊くなよ……」


 武器を突きつけられている為、啓介もまたフリッサを抜いたまま、修太の側に立っていた。緊張が抜けたみたいに、戸惑った表情を浮かべる啓介。


「追跡など、我らには容易なことです! 第三師団などとあなどらないで下さい、我らはこう見えて精鋭なのですからね!」


 こそこそ話を聞きつけた部下の一人が青筋を立てて怒る。


「そうだぞ! 途中で足跡を見失って、とりあえず高い場所から探そうなどと短絡的なことを考えたわけではないのだからな!」

「あっこら、ジーダ。余計なことを口にしないで下さいよ! 私が短絡的みたいに!」


 なにやら部下同士で言い合いを始める。


 うーん、精鋭なのだろうが、少し抜けているのか。これを束ねている団長も少し抜けていたりは……するわけないか。


 修太は眼光鋭いユーサレトを見て慌てて否定する。手詰まりになって部下の提案に乗ったというところが妥当ではないかと考えられる。


 修太はユーサレトに戻って来るように重ねて説得され、困り切った顔で断っているフランジェスカを見るともなく見る。夕日を気にしているのか、だんだん表情に焦りと緊張が浮かんできているようだ。

 そして、それに気付いている啓介の表情もだんだん厳しいものになっていく。


「シュウ」


 修太が啓介を見ると、啓介はキリリと眉を吊り上げて、フリッサを構えてフランジェスカの部下達二人を牽制しながら声をかけてきた。更に啓介が何か言う前に、修太は啓介が言いそうなことは見当がついていたが、視線で問い返す。


「それで空を飛んでいただろ。フランさん連れて、先に行ってくれ。このままじゃ、かわいそうだ」


 優しい啓介が、そう言い出さないわけがなかった。


「お前はどうする?」

「足止めしとく。大丈夫だよ、サーシャもいるんだし。手を貸してくれるって言ってたよね?」


 にっと口の端を上げる啓介。荷台に腰掛けていたサーシャリオンはちらりと呆れた視線を啓介に向ける。


「さっそくこきつかう気か。竜使いの荒い童だな」


 口ではやれやれと悪態をついているが、オパールのような不思議な双眸は愉快そうにゆらめいている。

 サーシャリオンはクスリと微笑み、荷台の上に立ち上がる。瞬間、ぶわりとサーシャリオンを吹雪が包み込む。

 民族的な極彩色の衣装を纏ったダークエルフの青年姿に変わったサーシャリオンは、荷台に片膝をついた姿勢で双剣(そうけん)を胸の前でクロスさせ、不思議な色の瞳でユーサレトを見据えた。


「――仕方ない。蹴散らしてやろう」


 低い声が静かに呟く。


「奇術を使うぞ、こいつ!」


 部下の一人、ジーダが驚いたように声を漏らす。


「おい、通り魔騎士!」


 修太はフランジェスカを呼ぶ。するとフランジェスカがキッと修太を振り返る。


「だから私の名はフランジェスカだと……!」

「うるせえ、こっち来い! 荷台に乗れ!」


「――え?」


 予想していなかったのか、きょとりとするフランジェスカ。

 同時に、サーシャリオンが荷台を蹴って宙を舞った。くるりと身をひねり、そのままの勢いでユーサレトの懐へ飛び込む。


 ガキン!


 硬質な音が場に響く。

 反射でサーシャリオンの剣をユーサレトが長剣で受け止めたのだ。それにより、青年姿のサーシャリオンが、フランジェスカとユーサレトの間に割り込む形になる。


「さあ、お行き。夜が来る前に」


 振り返らず、サーシャリオンはフランジェスカに行くように促す。フランジェスカは感謝をこめた視線をサーシャリオンの背に注ぐ。


「ありがとうございます!」

「礼ならケイに言うといい。我とここを引き受けると言い出しおった」

「それでも、ありがとうございます!」


 フランジェスカは、再度、礼を口にし、身を翻す。


「ケイ殿、恩に着る!」


 啓介にも感謝の言葉を言い、バ=イクの荷台に飛び乗る。啓介は明るく返す。


「いいよ、レステファルテで会おう!」

「ああ。レステファルテで!」

「ケイ、気を付けろよ。じゃあ先に行く!」


 修太は啓介に声をかけると、フランジェスカが乗ったのを確認して、ハンドルのボタンを押す。バ=イクの浮遊率に変化を与えるものだ。バ=イクの下から風が巻き起こる。一瞬のための後、一気に空へと浮上する。


「ああっ、副団長! 待て、悪魔の使い! 副団長を返せ!!」


 ジーダが叫び、ピュイと口笛を吹く。〈緑〉であるジーダが風の魔法を呼び起こし、小さな竜巻が起こる。


「おっと、させないぜ!」


 そこへ啓介がフリッサでもってジーダに斬りかかり、ジーダはやむなく剣を受け止め、集中が切れたせいで竜巻が霧散する。


「フラン! 待て!」


 空に向かって叫ぶユーサレトに、サーシャリオンはにこりと笑う。


「やめておけ、しつこい男は嫌われるというのが、古からの常の理だ」


 そして、まるで遊んででもいるかのように楽しげに双剣でユーサレトに斬りかかり、連続で刃を打ちあう。そのせいで、ユーサレトは目の前の敵に集中するしかなくなった。


     *


 あっという間に空高く浮上すると、上空の風にあおられ、車体が揺れた。

 修太はハンドルをしっかり握って風に耐え、出来るだけノコギリ山脈から離れようとレステファルテの方へバ=イクを走らせる。

 遠くに見える海に、オレンジ色の太陽が見えた。水平線よりは上にあるが、すぐに沈んでしまうだろう。


「フラン、痛い。真面目に痛い。あんた、握力強すぎだ」


 荷台に乗っているフランジェスカが修太の肩を両手でギリギリと掴んでくるので、かなり痛い。位置がずれていたら軽く窒息していただろうと思われる。


「し、しかしだな。私は空など飛んだのは初めてで……」


 やや焦ったような声がすぐ後ろから返る。


「俺だって初めてだっつの。いいから手を緩めろ、俺を殺す気か」


 首の付け根、ちょうど大動脈の辺りを押さえつけられているせいか、だんだん息苦しくなってきた。軽く生命の危機を感じ、切羽詰まった声で修太は催促する。しかしフランジェスカは手を緩めない。


「無理だ! 手を離したら落ちる!」

「いいから、つかまるなら腰にしろ! くそ、クラクラしてきた。俺が死んだらてめえも死ぬんだぞ! 早く離せ!」

「わっ、分かったから、早まるな!」

「自殺するみたいに言うなよ!」


 修太とフランジェスカはぎゃあぎゃあと言い合いながら、バ=イクの上で騒ぐ。

 やがて、フランジェスカがようやく決意を固めて肩から手を離した瞬間、太陽が海の向こうへと消えた。


「あ」

「フギャ!?」


 ポイズンキャットに変わったフランジェスカの身体が、風に吹っ飛ばされてバ=イクから放り出される。


「やべ!」


 修太は舌打ちし、バ=イクのハンドルを切ると、フランジェスカを追って空を急降下していく。


「ニギャアアアア!」


 悲惨な声を上げて真っ逆さまに落ちていくフランジェスカ。

 羽があるんだから飛べよ! 修太は無様に落ちていくポイズンキャットの黒い蝙蝠の羽根を見て思う。元が人間だと飛べないのかもしれないが、こんな時くらい、根性で飛べっての!

 内心で無茶苦茶な言いがかりをつけながら、そこまで慣れているわけではないバ=イクを操作する。


「――っと!」


 宙に左手を伸ばし、ポイズンキャットを左腕で抱え込む。そしてそのまま、無理な姿勢でハンドルを両手で握り、手前に力いっぱい引く。機体の下から風が逆噴射して、ブレーキがかかる。


「くぅおのぉ――っ! 止まれぇぇ―――っ!!」


 勢いがついていたのもあり、宙を滑り落ちていく。――が、地面すれすれでギリギリ止まることに成功した。


「はあっはあっはあーっ!」

「ニギギギ」


 肩で息をしてハンドルにばたりともたれかかる。遅れて冷や汗が背中に浮かんだ。い、生きてるよ。すげえな俺。


 腕の中のポイズンキャットは、奇妙な声を上げてぶるぶる震えている。白目を剥いていないだけマシか。


 修太は大きく息を吐くと、原付と同じように椅子の形になっているバ=イクの足元にフランジェスカを置く。ここの方が安定しているから、猫の姿でも怖くないだろう。フランジェスカはまだショックの中にいるらしく、ニギギギフギギギと妙な声を漏らしながら、ガチガチと固まって身じろぎ一つしない。


 とりあえずショック死してるわけではないからオーケーとしておこう。

 修太は頷いた。


「さーて、と。ここはどの辺だ……?」


 日は沈んだが、まだ空はほんのりと明るい。バ=イクにはライトは点いていないので、とりあえず旅人の指輪からランプを取り出し、火打ち石で火を灯す。今日は火花を落とすのに成功するのが早く、十五分くらいで点けられた。最短記録だ。油のついた芯に火を付けるので、薪に火をつけるより楽だ。

 ランプをハンドルに引っかけ、その明かりを頼りに、取り出した地図を見る。


「えーと、あっちが海で、あっちがノコギリ山脈だから……。だいたいこの辺かぁ? オジェ荒野かな」


 ノコギリ山脈を越えてすぐの所にある国境はすでに越えたようだ。関所自体は東にしかないから、本来なら遠回りしなくてはならなかったはずだ。パスリル王国を警戒してか、地図を見る限り、防壁が国境沿いに建てられているようである。


 ノコギリ山脈からはずっと離れられたようだから良いが……どうしよう。啓介はレステファルテで会おうなどと言っていたが、そういえばどこで会うか決めていないではないか。だがここでこうしていても仕方が無い。地図を見ると、このまま海の方へ行けばグインジエという街に着くようだから、そこを目指すことにする。


 ――とはいえ。


 修太はちらりとフギフギ言っているポイズンキャット姿のフランジェスカを見下ろす。


 モンスターが一緒で街に入れるだろうか? 


 少し考えて、すぐに首を振る。

 自分が街の人間なら、そんなことは許さないだろう。


「今日はこの辺で野宿だな」


 岩がごろごろ転がっている荒野だ、気を付けるのは猛毒をもつ蛇や蜘蛛や、いるか分からないがサソリだろうか。

 修太は辺りを見回し、大きい石がでんと転がっている場所に目をつけると、そこまでバ=イクを走らせ、適当に野営することにした。


 山一つ越えただけでこうも砂っぽくて空気が乾燥しているのか……。藍色の空に顔を出した双子月を眺め、小さく息を吐く。エルフ達の村では風呂を貸して貰えたから良かったが、次の街に着いたらシャワーで良いから風呂に入りたいものだと思った。顔の表面に土埃がついてザラザラするのだ。タオルで拭いたら悲惨なことになりそうだ。


     *


 クスクスと楽しげな笑いが空気を揺らす。


「なかなか良いオブジェだな。ああ、安心しろ。四半刻(※三十分ほどのこと)もすればどちらの魔法も解けるからな」


 青年姿のサーシャリオンは、とても楽しそうだ。少し呆れたような啓介が曖昧な笑みを浮かべて“オブジェ”を見ていた。

 二人の視線の先には、剣を持った姿勢のまま、腰から下が氷に覆われたユーサレト達三人の姿があった。

 視線だけで人を射殺せそうなどぎつい目で睨むユーサレトをサーシャリオンは涼しげに見る。うるさいのが嫌だと言って、サーシャリオンが沈黙の魔法をかけたせいで、口を開けないのである。

 神竜だけあって、人には使えない魔法がいくつか使えるらしい。


「さて、と。ケイ、行こうではないか。〈黒〉の子どもをアレと二人で放り出すのは、ちと不安だ」

「あはは、大丈夫だよ。シュウはしっかりしてるから」


 啓介はフリッサを腰の後ろに提げた鞘へしまい、朗らかに笑う。


「そうか……。まあ、我の杞憂で済めばいいが」


 何か心配する要素があるのか、サーシャリオンは歯切れ悪くそう呟く。

 啓介は首を傾げたものの、ふと気になったことを問う。


「ところでサーシャ、姿は戻さなくていいのか?」

「よい。そなたと二人旅になるのなら、こちらが楽だろう」

「そうなのか? まあ、いいけどさ。じゃあ行こう。シュウに追いつかないと」


 啓介はくるりとユーサレト達を振り返る。


「ごめんな、団長さん達。フランさんも帰れない事情があるんだよ。良かったら待っててやって」


 少し申し訳なさそうにそう言うと、軽く会釈をしてからレステファルテ方面へ歩きだす。


「己に剣を向けた相手に……、そなたはお人好しだな」


 不思議なものを見る目を啓介に向けるサーシャリオン。


「? 俺は単にフランさんが心配なだけだよ」


 特に何も考えず、啓介はそう返す。


「ふふん、なるほどな。そなたはまさしく〈白〉だな」

「何を言ってるか分からないけど、ありがとう?」


 啓介は首を傾げたものの、とりあえず礼を言っておいた。

 そして、峰を越え、遥か遠くに海を望みながらノコギリ山脈を下りていきながら、はたと失態に気付く。


「あ。まずい、待ち合わせ場所を決めてなかった」

「…………」


 なんとも言えない沈黙が、二人の間に落っこちた。


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