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断片の使徒  作者: 草野 瀬津璃
ミストレイン王国 王位継承編
197/340

 4



 二週間後。

 修太達はミストレイン王国の国境手前の町であるリストークにいた。

 ヘリーズ村のエルフ達の隊列の後ろから貸しグラスシープに乗ってついていきながら、修太の疲弊は最高潮に達していた。

「ああ、やっと着いた。疲れた」

 体が勝手に前のめりになってしまう。肉体的な疲れというより、精神的なものが大きい。

「まったくだよ、シューター。あの花畑野郎を監視するのが一番疲れた」

 トリトラが修太のすぐ左を歩きながら、綺麗な顔を不機嫌に歪めてぼやく。負のオーラ全開で、隊列の半ばにあるルマの荷台をにらみつけている様子は、(のろ)いをすりこんでいるようで恐ろしい。

(こわっ。顔が良いから余計に怖い)

 修太はさっと目を逸らした。

 ただ、トリトラが不機嫌になるのは理解出来る。アーヴィンが方向音痴を発揮して、目を離した隙に違う方向に進もうとするから、呼び止めるのが大変だったのだ。最終的には、「疲れるだろうからルマに乗れ」とか「王子様なんだから格付けしろ」などと言葉巧みに言いくるめ、アーヴィンをエルフ達の所有する魔動機の荷台に押し込めることで解決した。

 だが、それでも休憩中などに姿を消そうとするので、皆、ピリピリしてアーヴィンの行動を見張っていたのだった。

 今度はピアスが溜息を吐いた。グラスシープの動きに合わせて、身に着けたアクセサリーがチャリチャリと音を立てている。

「アーヴィンさんとの旅はきついだろうなあとは思ってたけど、想像以上だったわ」

「……うん。方向音痴なのは面白いんだけど、一緒に旅するとなると大変だね」

 啓介は言葉をにごしたが、顔は苦渋に染まっている。

 なにかというと、アーヴィンに構われている啓介だ。修太達よりもよっぽど疲労が濃い。

(こいつも可哀想に……。なんであんな奴に気に入られてんだ)

 アーヴィンを迷宮都市のダンジョンで助けて以来だ。啓介が自分で撒いた種なので、どうしようもない。

 アーヴィンと啓介が並ぶと絵になるせいか、美しいものを好むエルフには受けている。絵師が暗躍しているのも見かけた。啓介とピアスが並んでいる時も、絵師がこそこそ描いてたのを見かけたので、どうやらセーセレティー精霊国にいるエルフ達の美的感覚は、修太達の持つものと近しいようだ。

 アーヴィンに対して温厚な啓介やピアスですらこの有様なので、アーヴィンと出来るだけ関わりたくないフランジェスカやグレイのイラつきは言うまでもなく最悪だ。八つ当たりを恐れ、仲間達は出来るだけそちらを見ないように気を付けている。

 ではサーシャリオンはどうかといえば、アーヴィン達と合流した時から、姿を人間の男“リオン”に変えている為か、エルフからの敵視もなく、朗らかに歩いている。その為、アーヴィンのことを全く気にしていない。

 いや、シークも気にしていないから、この二人だけがマイペースさを保っているというのが正しい。

 そんな風に、主にアーヴィンのせいで精神力をがりがり削られながら、リストークのメインストリートを進んでいると、セスが一番前のバ=イクからこちらを振り返った。

「ケイ君、シューター君、今日はここで一泊するよ。私は王国への入国申請をしてくるが、その結果次第で滞在日程が決まると考えていてくれ」

「はい、分かりました。セスさん」

「よろしくお願いします」

 修太や啓介のはきはきした返事に、セスは親しげに笑みを返し、一人、隊列から離れた。ここからは息子のウェードが指揮を執るようだ。ついてくるように指示を出している。

 それに合図を返すと、隊列の速度が若干上がった。

 ウェードはセスに比べるとせっかちなので、こういうところに差が表れる。普段からつんけんしているが、根は良い人なのは分かっているので慣れてきた。たまに言葉の槍が突き刺さる程度だ。

 修太はウェードの背中から視線をずらし、ちらと空を見た。薄い雲がかかっているが、雨が降る兆しはない。

「この辺はまだ雨が降ってないんだな」

 エルフ達の住むミストレイン王国は、雨降(あめふ)らしの聖樹(せいじゅ)の影響で、一年のほとんどが雨なんだそうだ。

 町を囲む壁の向こうには、霧に包まれた大樹がそびえており、灰色の幹と青みがかった緑の葉が幻想的に浮かび上がっている。秘境。そんな言葉が似合う場所だ。

「王国の方も降ってるように見えないよ。今日は晴れてるんじゃないか?」

 興味深げに雨降らしの聖樹を眺めていた啓介が、じっくりと目を凝らして問いを返す。

 そうなんだろうか、遠すぎて修太にはよく見えない。

 飽きもせずに聖樹を眺める修太と啓介がおかしかったのか、ピアスが小さく笑って言う。

「そのうち、嫌でも雨に降られるんだし、晴れてるならいいじゃない」

「それもそうだな」

 修太はひとまずそれで納得することにした。確かに、雨でずぶ濡れにならないで済むのは、とてもありがたい。



 リストークの町は、木と石が上手く調和した街並みだ。

 焦げ茶色をした(かし)材と漆喰(しっくい)が塗られた白い壁の対比が綺麗で、鮮やかな緑の中に落ち着いた(いろどり)を添えている。

 二階建ての建物がほとんどで、窓は丸窓が多いから、洒落た雰囲気なのに小人の家のような可愛らしさもあった。女子が好きそうな感じだ。

 その町の宿の二階で、修太はコウと留守番をしていた。大部屋が取れなかったので、隣の宿とここの宿に分かれている。修太はグレイや啓介との三人部屋だ。隣の部屋にはトリトラとシークがいるが、皆、買い出しなどで出かけている。

 修太は疲労がひどかったので宿に残ったが、くれぐれも宿から出ないように言われているし、部屋にいる間は鍵をかけて、知らない者相手に扉を開けるなとも言い含められた。

「そこまでガキじゃないんだけどなあ。なあ、コウ」

「ワフッ」

 ベッドに寝転がったまま言うと、コウが返事をした。内容を分かっているのかいないのか、嬉しそうに尻尾を振っている。

 過保護度が増している気がするのは、エルフ達と行動を共にしているせいだろう。リストークはミストレイン王国に最も近い位置にあり、人間やエルフ以外の妖精族が来られる境界線の町だ。ここに観光や商売に来る人は、皆、エルフ達に興味津々だ。

 だから、エルフの隊列と一緒に行動している人間や黒狼族を珍しがっているんだろう。彼らに近付く為の秘訣を聞き出したいのかもしれない。

 ミストレイン王国に入れもしないのに、この町に人が集まるのは、エルフが外貨を手に入れる窓口にしているという理由が大きい。ここでなら、滅多と手に入らない魔動機が売られることもあるし、質の良い薬を買うことも出来る。それに加え、飲めば寿命が延びると噂される名水が湧いているらしい。

 リストークは保養地でもあると同時に、医術が盛んな町なのだ。その上、どの国にも属さない自治都市であることもあって、自由な空気に溢れていた。

 疲労が濃い上に魔力欠乏症の影響で気分が悪い修太は出歩けないが、自然に魔力を含む湧水はありがたい。啓介やピアスが買い出しがてら汲んできてくれると言っていた。あの二人の人の好さにも感謝だ。

「よ!」

 ――ん?

 修太はぱかっと目を開けた。

 今、ありえない場所から声が聞こえた気がする。振り返ると、窓辺にエプロンドレス姿の牧歌的な少女が座っていた。挨拶(あいさつ)するように右手を上げていた少女は、きょろりと室内を見回す。

「なんでえ、お前しかいねえのか、クソガキ」

黄石の魔女(トパーズ・ウィッチ)かっ?」

 寝起きに急に起き上がったせいで、眩暈(めまい)がして枕に突っ伏した。ぐぬぬとうなり声を上げていると、黄石の魔女トルファが近くに寄ってくる気配がした。

「クソガキ、お前、顔色真っ青だな! 貧血か? それならいいもんがあんだよ。花ガメの花粉スープやるよ」

「いらねえよ、そんなまずそうなもん」

「馬鹿にすんなよ。味はまあ、粘土みてえだけど、貧血改善に効果的なんだぜ?」

「いらねえって。んなもん飲んだら、グレイ達黒狼族が戦線離脱しちまうだろうが」

 ポケットから出した試験管を振ってみせるトルファに、修太は面倒くささ半分で返す。そして、大きく息を吐き、今度はゆっくりした動作で起き上がる。

 トルファは、そっか黒狼族には辛いよなあと笑いながら、試験管をスカートのポケットに仕舞い直した。

「で? あんた、なんつう場所から来るんだよ。それにどうしてここが分かった?」

「ああ、セスって奴が入国申請に来たから、お前らの話を聞いたんだ。先にアーヴィンの所に寄って、そこで滞在場所を教えてもらったから、そのまま来た。玄関から入るのが面倒だったんで、ちょっと近道したけどよ」

 そう言って、トルファはにかっと歯を見せて笑い、親指で背後の建物の屋根を示した。

(豪快だな、おい)

 この魔女からも変人臭がプンプンする。

「お前らが入国する前に幾つか注意をしておこうと思ったんだが、いないんじゃ仕方ねえな。クロイツェフ様だと尚良かったんだが」

「あいつらなら、今、買い出し中だよ。ミストレインで何があるか分からないから、色々仕入れるんだとよ。夕方には戻ると思う」

「夕方まで待ってられねえから無理。ラヴィーニャの護衛に戻らねえといけねんだ。オレのマッディー達が傍についてるけど、ちっと心配だしな」

「マッディー?」

 なんだそりゃ。

 修太が眉を寄せると、トルファは目を瞬いた。

「あ、泥人形のことだよ。あだ名で呼んでるだけ。マッドレディーの略」

「そう……」

 なんだろう。こいつのネーミングセンスは、啓介に近しいものを感じる。

 トルファは腕を組み、無造作に修太のベッドの足元に腰掛け、足をパタパタさせてしばらく悩んだ後、修太がびくりとする動作でこちらを振り向いた。

「もういいや、面倒くせえ」

「うわ、こええよ。急に振り返るなよ」

 思わずバタバタしている爪先の動きを見ていたから、余計にびびった。

「クソガキ、お前に言っとくから、耳穴かっぽじってよーく聞きやがれよ。覚えろ。いいな」

「あんた、そのいちいち親父くさい喋り方はどうにかなんねえのか?」

「うっせえ。黙らねえと、この部屋一面、キノコだらけにするぞ」

 よく分からない脅しだが、そうされると困る。カビだらけよりはマシだが。

「正直な、今のミストレインは不穏だ。前王が政治に不真面目だったんで、イファ――宰相なんだけど、そいつがほとんど国を動かしてたんだ。だから、それもあって上役どもが宰相派、王女派、王子派に分かれて対立しちまっててなあ」

「面倒くさそうだな……」

「面倒なんてもんじゃねえよ。クソ面倒だ。次期王選定の為にアーヴィン王子を呼び戻して、お前らはそれにくっついてくる形だが、十中八九巻き込まれるから心して来い」

「はあ? お前との取引、アーヴィンを連れてくることだったじゃねえか。だから俺ら、お前と会う為にミストレインに入国するつもりだったんだぜ」

 修太がすかさず突っ込むと、トルファはチチチと舌打ちして、人差し指を振った。

「すぐには無理だ。オレは、お前らとの約束よりも先に、安全になるまでラヴィーニャを守るって約束した。ある程度、事が落ち着くまではお前らとは行けねえ。それに、アーヴィンも連絡役になってくれたからと歓迎会をしたいと言ってるし……。まあ、あいつのことだ、んなこと言ってるが、防波堤だか盾だかにする為に巻き込む気なんだろうよ。他の意図はお前らで読んでみろ。ま、のらりくらりとしてやがるが、あれで策士だから気ぃ付けな」

「…………」

 アーヴィンめ、ますます嫌いになりそうだ。

「宰相は敵なのか?」

「敵というと?」

「王になりたいのかという意味だ。事を荒立てたいという意味でもいい」

 修太の問いに、トルファはくくっと楽しげに喉の奥で笑う。

「お前、ガキの癖に頭回るじゃねえか。良い質問だ。あいつは王になる気はねえよ。だが、周りが放っておかない。だから身動きが取れねえんだ。ちなみにオレはイファの味方でもあるし、王女や王子の味方でもある。でも、それだけだ。他の上役どものことなんかどうでもいい」

 そう言って目をすがめるようにして、トルファは妖しげな笑みを浮かべた。はしばみ色の瞳が、窓の光を弾いて、鈍く金に光る。どっしりと落ち着いた、年を重ねた者が有する安定さを感じさせて、見た目通りの少女ではないことを修太に痛感させた。

「ま、王城に来て、実際に見てみな。人間がミストレインに入るなんざ前代未聞だが、オレとイファのゴリ押しで許可が下りたから安心しろ」

 ちょっと冷たい目で見られるとは思うけどな。

 トルファはそう付け足して、ひょいとベッドから飛び下りた。すたすたと窓辺に向かい、窓枠に足を掛ける。

「じゃあな、忠告はした。姉様達やクロイツェフ様にはよろしく伝えておいてくれ」

 そう言うや、薄茶色のお下げと、モカブラウンのスカートの裾を揺らし、トルファは窓から飛び下りた。

 トルファがいなくなった窓辺では、何もなかったかのように、カーテンがひらひらと風にそよいでいる。

「言うだけ言っていなくなりやがった。ったく、なんでこう魔女ってのは変人ばっかなんだ」

 頭痛を覚えた修太は、再び掛け布に収まって、啓介達が戻るまで、ひとまず眠ることにした。


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