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断片の使徒  作者: 草野 瀬津璃
ミストレイン王国 王位継承編
196/340

 3



 旅程を詰めた後、セスに再び茶に誘われた。

 そこで、報告の為に先に帰るフランジェスカとギルドの待合室で別れた。そして残った修太と啓介とコウは、セスの後について冒険者ギルドを出た。

 案内されたのは、住居区にある屋敷だった。周りを囲む白い煉瓦の塀沿いに歩き、門から中へ入る。鉄製の門扉はあちこち青色の塗装が剥げて錆びが浮いていた。敷地の中に一歩入ると、白壁に青い瓦屋根が映える屋敷が悠然と出迎えた。二階建てで、こちらも壁の漆喰(しっくい)がところどころ剥げ、煉瓦が覗いている。門から玄関の間にある前庭には、あちこちに茶色のテントが張られていて、込み合った印象だが、実際はもっと広いのだろう。

(まるで仮装カーニバルの会場にでも来てるみたいだな)

 とがった耳と、美しい容姿のエルフ達が、屋敷やテントを思い思いに行き来して、ゆったりと過ごしている。仮装カーニバルなんて行ったことはないが、そのうちピエロや猛獣使いが飛び出してくるのではないか探してしまうくらいには、異国情緒にあふれた光景だ。

「広い所ですね」

 修太の当たり障りない感想に、セスが笑う。

「はは、そんなにきょろきょろして、珍しいかい?」

「まあ……」

 自分では落ち着いているつもりだったが、態度に出ていたようだ。修太は首を固定しようとしたが、やっぱり気になってテントの方を見てしまった。

「買い手がつかない屋敷を、一週間だけ借りたんだ。この方が、宿に泊まるより費用が浮くのでね」

「子ども、お前、銅の森から出ない引きこもりのくせに、よくそんなことを知ってるなと思っただろう」

 ウェードがいちゃもんをつけてくるので、修太はまさかと返す。

「そんな思ってもないことを、さも俺の意見みたいに言わないで下さいよ」

 まあ、ちらりと考えたが、それは内緒だ。

 ウェードは信じていない目をしてふんと鼻を鳴らし、補足する。

「俺達は行商や税の支払いで短期間の旅をすることはままあったからな、大所帯での旅は慣れている。流石に、ここまで来るのは簡単じゃなかったが」

「レステファルテの砂漠が大変だったってことですか?」

 啓介の問いに、否と返すウェード。

「砂漠は確かに慣れないが、バ=イクがあるから平気だ。レステファルテは人買いと盗賊が面倒だった」

「ああ、あれには参ったよ。奴隷市場に売る商品を見る目でねえ。補給以外は町には立ち寄らず、ほとんど野宿で過ごしたんだ。彼らを警戒するのは勿論、行商の品を売ったとしても、金子(きんす)には限りがあるからね。節約しないと」

「セーセレティーに入ってからは、格段に安全になったし、食べ物が豊富で助かるわ」

 エトナがおっとりとした口調で言い、嬉しそうに微笑んだ。

「蒸し暑さはまだ慣れないが、穏やかで良い国だ」

 セス達とそんな話をしている間に、屋敷の玄関ホールを通り抜け、食堂に通された。エトナが手早く茶を淹れてくれ、クッキーをつまみながら、セスやウェードと五人で世間話に花を咲かせる。

「ここ半年の間で、パスリル王国は大きく様変わりをしたよ。聖樹が消え、民は王と大司祭を引きずり下ろせと騒ぐ。大司祭は存命中の代替わりという異例の事態になったし、王も引退して、今は新王がついた。この動揺のせいで、辺境の方から荒れてきているようだ」

「あれには呆れる。そのうち、内乱にでもなりそうだ。俺達が故国に戻ることになったのは、タイミングが良かった。過激な白教徒に断罪の水を向けられるところだ」

 難しい顔をするセスと、冷ややかに断定するウェード。修太と啓介は、思わず顔を見合わせた。そのきっかけを作ることになったのは自分達なので、ちょっとどころかかなり気まずい。

(いや、でも、このまま放っておいたら世界が滅ぶんだから、必要だったんだ)

 そう言い訳してみるが、やはり気まずい。

「どうせ、長くないうちにあの国は崩壊すると思っていた。大きくなりすぎていたからな」

 国が亡びそうだというのに、ウェードは興味も無さそうに言った。

「無理矢理押さえつけていた小国だった場所から、ほころび始めるだろうね。レステファルテがここぞとばかりに横槍を入れてくるだろう。銅の森が戦場になる前に移動できて、本当に良かったよ」

「ええ、そうね。あなた」

 セスやエトナはしみじみと頷いている。争いを好まないエルフ達にとって、戦争に巻き込まれるのは論外ということなんだろう。

「戦争か……」

 啓介がぽつりと呟いた。苦い顔つきの啓介に、セスは静かに語りかけるように問う。

「君達はパスリルから逃げてきたんだ、分かるだろう?」

「何をです?」

「?」

 啓介が問うのに同意して、修太もセスの方を見た。

「例えば〈黒〉を排除するような、そんな、何かを排除して得られる幸福なんてないんだよ。そうして不幸になるのは、決まって排除した側だ。民話や物語ではそう締めくくられることが多い」

 そこでセスは一口茶を飲んだ。

「現に、ミストレイン王国の前王は王子と王女を排除して、最後には食中毒なんてあんまりな死に方をした。トルファ様の手紙を読んだが、故国は以前よりも荒れているらしい。次の王が立て直して下さればいいが……、まあ、見た事もない故国より、私はアーヴィン様や村の皆の方が大事だから、不穏な場所なら立ち去るさ」

 セスは穏やかな語り口だが、シビアなことを言ってまとめた。

(なんか嫌な予感がするなあ……)

 一つの村の長を務めるセスだ。危険の予測はある程度しているのだろう。その不穏な影が目の前をちらついて、修太は膝の上で両手を握った。修太の緊張を読み取ったのか、足元に伏せていたコウがちらりとこちらを見上げた。

 修太や啓介の表情に、気落ちしたのが表れたのか、セスは一つ咳払いをすると話題を変えた。

「陰気くさい話題はこの辺にしよう。そういえば、シューター君。私があげたバ=イクの調子はどうだい? メンテナンスをしてあげようか」

 セスは魔動機(オートマ)の話をすると、とても楽しそうにする。今も重苦しい空気から一転して、明るい雰囲気になった。

 が、代わりに修太の空気は重くなった。

「すみません、セスさん! 本当にごめんなさい!」

 バ=イクを壊してしまった罪悪感と重圧に耐えきれず、修太は椅子を蹴立てて立ち上がると、テーブルに手を付いてガバッと頭を下げた。

 その動作にマッカイス家の面々は驚いて、びくりと肩を揺らす。

「え? なんだ、どうしたんだ……?」

 動揺しているセスに、修太は壊れたバ=イクを見せることにした。



「ああああ、スノーフラウが。こんな、悲しい姿に……!」

 屋敷の庭に出て、スノーフラウの残骸を旅人の指輪から出したところ、セスは魂が抜けたように肩を落とし、頭を抱えてしまった。

 父親贔屓なウェードが、セスからバ=イクを貰ったのに壊した修太に怒るかと思いきや、感心したように残骸を眺めた。

「これは見事な壊しっぷりだな。どうやったらここまで粉々に出来る? 何でお前は無事なんだ?」

「えーと……」

 修太が切り株山での一件を説明すると、セスは落ち込みから一転、目を丸くした。エトナは口元を手で覆い青ざめて、修太の方に詰め寄ってきた。

「まあ! 崖から落とすだなんて、なんて野蛮なの。あなたに怪我は?」

「無事です。聖剣の勇者って人に助けてもらったんで」

「そうなの……。良かったわ」

「そうだな、エトナ。物は壊れてもまた作り直せばいいが、肉体はそうはいかない」

 心底安堵した様子のエトナが、目を潤ませて、修太を見下ろす。そんなエトナの肩をセスが叩いて慰めた。

「白教徒のなんて恐ろしいこと。色改めにくる彼らから、子どもを守るのがいかに大変なことか……」

 エトナは溜息を吐いた。

 色改めというのは、白教徒が〈黒〉を探しに来る異端審問のことで、それで〈黒〉が見つかると子どもを取り上げられ、殺されてしまうらしい。だからエルフ達は、子どもが〈黒〉や黒に近い目の色をしている時は、彼らが来る間、地下室や森の奥に隠れてやり過ごすんだそうだ。

 元々、人間に対して良い感情を持っていないエルフ達が、尚更警戒するのは彼らのこともあるようだった。

 エルフは長命種としての性か、子どもが生まれにくい。その為、子どもを大切に育てる。そんな子どもを無為に殺されるのは絶対に認められないことなのだという。

「あなた、暇な時にでもまたバ=イクを作ってさしあげて。逃げる足がなくては、彼にとっては良くないことでしょう」

「もちろんだよ、エトナ。シューター君、この残骸は私の方で引き取るよ。リユース出来る部品もあるからね。ここじゃ材料が足りないが、故国に行けばあるはずだから、また作ってあげるよ」

「すみません、よろしくお願いします」

 また作ってくれるらしい。

 太っ腹な発言をするセスに申し訳ない気分になるが、バ=イクがあるのは助かる。よっぽどの場合はコウの背中に乗って逃げればいいが、コウがモンスターなのは隠しているので、大っぴらにはこの方法は使えない。

(だけど、セスさんとエトナさん、仲良いよなあ……)

 距離感が狭いので、いちゃついているようにしか見えない。夫婦なのだから、仲が良いのは歓迎すべきだが、邪魔しているみたいで居心地が悪い。

 しかもまたセスにバ=イクを作ってもらうことになったせいか、ウェードがじろっと修太をにらんできた。こそこそと啓介を盾にしながら雑談に興じ、帰り際にヘリーズ村の面々にも挨拶してから屋敷を出た。



 その帰り道。

 修太と啓介はお互い、神妙な顔をして通りを歩いていた。コウが心配そうにちらちらと見てくるが、あいにくと嘘でも大丈夫だと言える気分じゃない。

「なんか、すごいことになっちゃったな。パスリル……」

 啓介が溜息混じりに心中を吐露した。

「戦争が起きて、更に毒素が増えたらと思うと落ち込むよ。俺はオルファーレンちゃんを助けたいだけなのに、色んな人に影響が出てる」

 後ろ頭を支えるように腕を組み、啓介は空を仰いだ。修太もつられて視線を上げると、オレンジ色に染まった雲が見えた。急いで帰らないと、すぐに暗くなるだろう。

 修太は再び前へと向き直り、啓介に返事する。

「そりゃあ、影響するだろ。オルファーレンは、人間や妖精の社会に良い影響が起きる物を置いてったんだ。それを回収するんだから、摩擦や衝突くらい起きる」

「分かってるよ、避けられない反応だっていうのは。でも、それで傷付く人が出ると思うとやりきれない気持ちになるんだ」

「――でも、後悔してないんだろ?」

 修太の問いに、啓介が歩みを止めた。修太も立ち止まる。

 後ろを歩いていた人が、急に立ち止まった少年二人を迷惑そうに見て、横を通り抜けていく。

 啓介は、肯定しがたいという表情でこっちを見た。修太はことさらゆっくりと、もう一度言う。

「お前は後悔してない。傷付く人間が出ることに落ち込んでるのは本当だけど、どっちかというと、後悔してないことが後ろめたいんだ」

「……何でそう思うんだ?」

「慰めて欲しいわけじゃないだろ。お前は頭が良いんだから、こういうことが起きることくらい、予想がついてたはずだ。それでも迷わずに断片を回収してる。つまり、自分のしてることが正しいって信じてるってことだ」

 ずばずばと指摘すると、啓介は諦めたように首を振った。

「ああ、そうだよ。俺は後ろめたいんだ。オルファーレンちゃんを助けることが出来て、変な物をたくさん見れて、その状況を楽しんでる。楽しいから、結果を見ると悪い気分になる」

「俺だってそりゃあパスリルの現状は悪い気分になるけど、ああいうのは放っときゃそのうち落ち着くだろ。でもオルファーレンはそうはいかない。こんな移動ばっかの厳しい旅、楽しまなきゃやってられないとも思う。だからお前は正しい」

 共犯者のような気持ちで、修太は口端を上げて笑った。

 それを見た啓介は唖然と黙り込んだが、しばらくしてぶはっと吹き出した。

「ははは、そうか。俺は正しいんだ?」

「そうだよ、正しい。間違ってる時は止めてる」

「蹴りを入れて、か?」

「拳でもいいぜ?」

 今度は顔を見合わせてにやっと笑い、修太と啓介は右の拳をかち合わせた。

 啓介は憑き物が落ちたようなさっぱりした顔で、明るく笑う。

「そう来なくっちゃな。よろしく頼むぜ、相棒!」

「はいはい、暑苦しいから離れろ、バーカ」

 肩を組んで騒ぐ啓介に手厳しく返しながら、修太も薄い笑みを浮かべる。

 今のパスリルの変化は、きっと遠くない未来でも起きたことだ。この影響で、〈黒〉差別が減ればいいと祈る。たぶんそれは難しいことだが、出来ないことはないはずだ。フランジェスカという生き証人がいるのだから。

 すでに杯は傾いていた。そこに啓介が石を放り込んで、さざなみを立てて変化の波を大きくしたに過ぎない。

(あんまり使命にこだわりなんかねえけど、オルファーレンには持ち直してもらわねえとな)

 迷い込んだ世界で、世界滅亡に巻き込まれて死ぬなんてあんまりだ。

 ひとまずエルフの問題を解決しなくては。

 気合新たに顔を上げると、空の端で、一番星が明るく輝いていた。


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