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断片の使徒  作者: 草野 瀬津璃
ミストレイン王国 王位継承編
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 2



 午後のうららかな日差しが、〈円月亭(えんげつてい)〉の裏庭に降り注ぐ。

 熱気に湿り気が混じっていることに気付き、修太はコウを洗う手を止めて、空を仰ぐ。スコールが来るかと思ったが、空は雲一つない快晴だ。しばらくは平気だろう。

「オンッ」

 泡だらけのコウが、続きをしてくれと催促するように吠えた。

「はいはい」

 修太はおざなりに返事をして、ヘチマに似た植物から出来たスポンジを再びコウの背中で動かし始めた。

 ガシガシと音がして、コウが気持ちよさそうに目を閉じる。

「お前、ほんと水が好きだよなあ。ま、暴れられても困るけど」

 洗われることを嫌がる犬の方が多いと思っていた。コウが狼型の魔物とはいえ、洗われるのが好きで良かった。そうでないと、洗う度に格闘になってこちらが疲弊する。

 綺麗好きな修太は、多い頻度でコウを洗うから、毎回大人しく洗われるコウの態度には本当に助かっている。

 ビルクモーレに戻ってから、二ヶ月が経った。

 銅の森のエルフ達の到着を待っている間、修太はのんびりした日々を送っている。他のメンバーは、ダークエルフの一件が解決した為に封鎖が解かれた為、たまにダンジョンに潜っているが、修太はすることがないのでバイトしたり読書したりと気ままに過ごしていた。

「こんなもんかな」

 しばらく洗い、出来に満足した修太は、ちらりと井戸の方を見た。

 洗濯場へと水を流す為の井戸の傍で、グレイが煙草を吹かしている。

「もういいのか?」

「ああ、頼むよ」

 修太が首肯を返すと、グレイは口端に煙草を引っ掛けたまま水を汲み、それをコウにかけた。

 泡が流れ落ち、コウがぶるぶると体を震わせて水を飛ばす。

「おい、まだ洗い流してないんだから暴れるな」

「ブフッ」

 鼻に水が入ったのだろうか、コウは変なクシャミで返事をした。

 しようがない奴だと思いつつ、修太はグレイが差し出す桶を取り、少しずつコウにかけて丁寧に石鹸と汚れを洗い流していく。

 修太にとって井戸での水汲みは重労働だが、グレイにとっては些末なことのようだ。コウを洗う時は結構な割合で手伝ってくれるので助かる。

(そういえば、俺が井戸の傍にいる時って、グレイって結構近くにいること多いよなあ)

 前にそれをグレイの弟子達が指摘して、過保護だと言って笑って、グレイに鉄拳をくらっていた覚えがある。

 そんなまさかと思っていたが、確かに多いような。

(んー? いや、単に煙草を吸いに出てきた時とタイミングが重なっただけだろ)

 グレイは確かに面倒見が良いが、わざわざ気に掛けたりしないだろう。修太は一人で結論を出し、洗い終えたコウの水気をタオルで拭ってやった。もちろん、グレイに礼を言うのも忘れない。

「あ、いたいた。シューター君!」

 明るい呼び声にそちらを見ると、宿の裏口からピアスが小走りに駆けてくるところだった。

 ピアスは修太の傍まで来ると、グレイをちらりと見た。

「あら、今日も一緒なのね。グレイったら見た目と違って意外と過保護よね。そんなにシューター君のことを気に入ったんなら、もう養子にしちゃえば?」

「ピアス、そういう笑えない冗談を言うなよ」

「やだなあ、冗談でこんなこと言わないわよぉ。あ、コウ、綺麗にしてもらったんだ、良かったね」

「オン!」

 コウが嬉しげに尾を振った。それを見たピアスもにっこりする。

 修太はといえば変な冗談に冷や汗をかいていた。グレイが気を悪くしただろうかとそちらを伺えば、何故か無言で考え込んでいるグレイの姿があった。

 気のせいか真面目に考えてないか。いやきっと気のせいだと修太は見なかったことにして、ピアスに訊く。

「ピアス、俺に何か用事があったんじゃないのか?」

「あ、そうだった。ケイが探してたよ。アーヴィンさんの仲間が到着したらしくて、代表者が冒険者ギルドに来てるんですって。それで、アーヴィンさんが、彼と旅程を詰めるようにって」

「旅程だけなら、フランと啓介だけで十分じゃねえか?」

 一緒に行っても、傍に座っているだけなのだが。

「その代表者があなたにも会いたがってるそうよ。村長らしいわ。いったいどういう知り合い?」

「魔力欠乏症でぶっ倒れた時に助けてくれた医者のお父さんで、おしゃべり好きな人かな。とても良い人だよ。あの魔動機(オートマ)、スノーフラウはその人にもらったんだ」

「ああ、魔動機の……」

「セスさんがそう言うんじゃ、行ってくるよ。スノーフラウを壊したことも謝らないといけないしな」

 そう決めるや、修太は道具を片付け始め、最後にグレイを見る。

「手伝ってくれてありがとう、グレイ。コウ、行くぞ」

「オン!」


 修太がコウと共に裏庭を立ち去ると、ピアスは小首を傾げてグレイに問う。

「ねえ、さっきの養子のこと、結構いいかもって思わなかった?」

「……弟子達を養子にするよりはよっぽどいい」

 グレイは短く答え、裏口から宿へ入っていく。ピアスはうーんとうなりながら、顎に指先を当てる。

「それってかなり良いって意味なんじゃないのかな。シューター君には保護者がいた方が安全だと思うから、良い考えだと思うんだけどなあ」

 家族だから。その一言で守れるっていうのは、最強の理由だとピアスは思うのだが、ピアスが横から口出ししても仕様のない話である。

「シューター君のお嫁さんが強い人だったら一番良いんだけどねえ。まあ、他人のことより私の方が先だけど」

 ピアスは独り言をつぶやいて、裏口の扉を閉めた。


     *


「やあ、君達、久しぶりだね。こんな場所で再会するとは思わなかったよ」

 冒険者ギルドに顔を出した修太達を待っていたのは、エルフのセス・マッカイスという男だった。

 以前、修太達が銅の森で会った、ヘリーズ村の村長だ。あの時と変わらず、整った彫りの深い顔立ちと、体格は良いがしなやかに見える身体つきをしている。違うのは、草木染の普段着が、頑丈そうな旅装に変わっていることと、弓矢を背負っていることだった。

 セスの挨拶に、啓介が再会を喜んで、人懐こい笑みを浮かべる。

「ご無沙汰してます、セスさん。またお会い出来て嬉しいです!」

「あの時は世話になった。息災そうでなによりだ」

 啓介の隣では、武人然とした態度で、フランジェスカが頷いた。

「……お久しぶりです」

 修太もぺこっと会釈すると、セスはそこで初めて修太に視線を向けた。

「もしかして、シューター君かい?」

「はい」

 修太がフードを目深に被り、目元を隠しているからか、気付かなかったようだ。

「君こそ、元気そうで良かったよ。体調はどうだい? 具合が悪かったらウェードに言うといい。薬草ジュースを作ってくれるから。なあ、ウェード」

 セスは良心のこもった態度で、斜め後ろに立つ息子のウェードに声をかける。右目が青、左目が黄という稀なカラーズであるウェードは、セスとよく似た顔立ちだが、セスよりも鋭い目つきで修太を一瞥する。

「とびきり苦いのを作ってやろう」

「遠慮します! 薬なら持ってるから、お気持ちだけで結構です!」

 修太は青くなって即答した。

 魔力吸収補助薬は、草団子よりもジュースの方が飲みづらいのだ。

 啓介やフランジェスカが耐え切れず失笑するのも気にせず、修太は薬草ジュースを回避する為に言葉を続ける。

「セスさん、俺、最近は体調管理が出来るようになったので大丈夫です。すみません、ありがとうございます」

「ん? そうかい? そうだ、後でお茶にしないか。それからスノウフラウのメンテナンスもしてあげよう。そういえば、新しくバ=イクを作ったんだよ。それに君は見たことないだろうから、ルマやグマも見せ……」

「あなた」

 久しぶりに良き話し相手と再会したセスは、ここぞとばかりに話し始めて、傍にいた妻エトナの声にぴたりと口を閉じた。

「他に言うことがあるのではなくて?」

 穏やかで優しげな微笑みを浮かべ、エトナはセスに問いかける。静かな態度ながら、圧迫してくる空気が漂っていた。

 セスはむやみに空咳をして、誤魔化すように目を泳がせる。

「あー、そうだった。そうだったな。トルファ様からの頼みだというのは聞いているが、アーヴィン様と連絡を取ってくれてありがとう」

「いや、それはたまたまです……。アーヴィンがエルフの王族だっていうのは知ってましたけど、銅の森に幽閉されていた王子だとは思わなくて」

「幽閉されているというのに、問題は無かったのか?」

 フランジェスカの問いに、セスは頷いた。

「ああ。アーヴィン様の幽閉が決まって、もう二百年だ。ミストレイン王国から確認に来るようなこともなかったし、アーヴィン様はひどい方向音痴で、気付けばいないことがあったから最初は誰も気に留めていなかったんだ。そのうちひょっこり戻ってくるだろうと」

「仮にも王族に、そんな対応でいいのか……?」

 フランジェスカが信じられないというように目を見開いて、ひくりと頬を引きつらせる。

「まずい対応だとは分かっているが、アーヴィン様を探しに行ったところで、見つけることが出来た者はいないんだ。戻ってくる方が早い。不思議と無事に戻られるから、次第に探すのを諦めたんだよ。そうだね、あの方が旅に出た時も、一ヶ月が経つまで気付かなくて」

「おいおいおい」

「ええええ」

 修太と啓介は思わず口を挟んだ。それは流石に気付けよ。

「いつもよりも帰還が遅いなと、アーヴィン様のお屋敷を訪ねたら、旅に出るという置手紙があって驚いた。使用人達も、いつもの発作だと放っていたらしくてね。完全に気付くのが遅れた」

「…………」

「うわあ……」

「いいのか、それで」

 三者三様の反応を見せていると、セスは肩をすくめた。

「普段でも見つけられないのに、外に旅に出て見つけられる可能性は限りなく低い。私はすっぱり諦めて、お帰りになった時に安心して過ごせるよう、住まいを整えていたんだ」

 加えて、幽閉が決まった時にアーヴィンが決めた為、銅の森で新たに生まれたエルフには、一部の例外を除いて、アーヴィンの正体は教えていないとセスは語った。

(道理で、近所の困ったお兄さん扱いされてたんだな)

 アーヴィンが旅に出たきり戻ってこないと話すエルフの若者達は、心配そうにはしていたが、呑気なものだった。

「そんな方なので、トルファ様から連絡が来た時は困ったよ。君達が連絡役になってくれて助かった。ありがとう」

「いや、たまたまなんでそんなお礼を言われることじゃ」

「啓介の言う通りですよ、セスさん」

「ああ、だが、感謝はきちんと言葉にしないとね。君達は私達の故国の話は聞いているのだろう? 私も銅の森で生まれたエルフだから、故国の話は古老から聞くくらいでね、詳しいことは分からないんだ。ここに辿り着くのだってごたごたしたくらいで……。旅程を詰めるというよりアドバイスが欲しいんだが、構わないかい?」

 修太達は大きく頷く。

「もちろんだ、セス殿。私達もミストレインまでは行ったことはないが、途中の道は行ったことがある。幾つか注意は出来ると思う」

「ですね。じゃあ、あっちの席が空いてるので、あそこで話し合いをしましょう」

「ああ、よろしく」

 こうして、ミストレイン王国までの道程の話し合いをすることになった。


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