第二十八話 雨降りの国ミストレイン 1
熱帯雨林の間を通る石畳の街道を、不可思議な隊列が進んでいく。
宙に浮かぶ機械に乗るのは、白い肌と尖った耳をしたエルフ達だ。彼らは列の中心にある、宙に浮かぶ馬車の荷台に似た箱を大切に守っている。
その箱の中、長椅子やクッション、テーブルが置かれた豪奢な部屋の中で、桐の扇子を手にしたエルフの女性がくすくすと笑っている。
深緑色のドレスに身を包み、金の髪に白い花を連ねたカチューシャをつけた女性の前には、牧歌的な雰囲気をした人間の少女が座っている。薄茶色の髪を二房の三つ編みにし、モカブラウンのエプロンドレスに身を包んだ少女はいかにも侍女のようだったが、その口から飛び出したのは不遜な言葉だった。
「随分ご機嫌だな、ラヴィーニャ」
ラヴィーニャと呼ばれたエルフの女性は、朝露に濡れた葉のような、しっとりとした深緑の目を少女へと向けた。
「どういう意味ですの? トルファ様」
「オレは、お前がもっと嫌がって、ルマの中でも膨れ面をしてると思ってたんだよ。意外だ」
ルマとは、馬車の荷台に似た箱の四隅に浮遊装置を取り付けた魔動機の名だ。人を運ぶ時に使うとルマ、ただの荷運びだとグマと呼び名が変わる。
非力なエルフが重い物を運ぶ為に作り出したのが魔力を動力にした浮遊装置で、それは様々な物に応用されて、エルフ達の掛け替えのない手段になっていた。
それはともかく、黄石の魔女トルファには、ラヴィーニャが大人しく鉄の森から出てきたことの方が予想外だった。
手紙では、トルファが迎えに行けば国に戻ると言っていたが、実際にはもっとごねると思ったのである。
しかしラヴィーニャは鉄の森を出る準備を終え、大人しくルマに乗っている。穏やかそうな外見に反し、実は感情的で、時にヒステリックな彼女なことを知るトルファには、今のラヴィーニャが不気味で仕方ない。
「何企んでやがる」
「失礼ですわねえ。わたくし、アーヴィンお兄様にお会いするの、とっても楽しみにしていますのよ。これがレディオットお兄様の呼び出しでしたら、反発しますけど」
だって暗殺されるじゃないですか。
にこっと微笑み、ラヴィーニャは不穏な言葉を口にした。
「確かにあの馬鹿王は死んだけど、あいつの配下はごろごろ生きてんだぜ? 暗殺の危険が去ったわけじゃねえ」
不本意ながら、トルファはその事実を教えた。
「ですが、トルファ様はわたくしを守って下さるのでしょう? 知の賢者が傍にいるのですもの、安全ですわ」
「まあ、そうだけどよお」
大地の属性を持つトルファにとって、植物や鉱物に含まれる毒を見抜くのは容易いことだ。
「それよりアーヴィンお兄様の方が問題ですわ。お兄様、嫌々戻っておいでになるでしょうね。お優しいから、わたくしのことを見捨てられず、絶対にいらっしゃるはずですもの。わたくしに同情して、王になるつもりなんじゃないかしら」
ぽつりと呟くラヴィーニャを、トルファは再び驚きを混ぜて見る。
「なんだ、お前、王になるつもりなのか?」
「お兄様が嫌なら、なっても良くってよ。だってわたくし、お兄様と違って、ミストレインのことは嫌いではありませんもの。正直、部屋から出ないので、鉄の森にいようがミストレインの城にいようが、あまり差異はありませんの」
「ああ、お前、そういや筋金入りの引きこもりだったな……」
トルファは大きく息を吐き、方向音痴の王子といい、引きこもり王女といい、変な奴ばっかだなと胸中で呟いた。