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断片の使徒  作者: 草野 瀬津璃
双子山脈編
193/340

 6



 啓介が治療薬を飲んで一時間が経ち、ヘソの横にあった白い花の(あざ)が消えたのを確認して、ようやく旅立てることになった。

「魔女のことは、感謝している」

 別れ際、ロノが呟くように言ったのが印象的だった。本当に感謝しているのか疑わしい程、仏頂面だったが。

 ラフィオラはサーシャオンを恐れながらも、修太達を最後まで出来損ない呼ばわりして、つんけんしていた。

 この二人、似た者同士の恋人なのかもしれない。と、修太はこっそり思った。

 サーシャリオンは、竜体が人目に触れて騒がれるのを避ける為、双子山脈を出る少し手前、山の中に着地した。

 皆がサーシャリオンの背から下りると、黒竜の姿が吹雪に包まれる。そして一瞬後、鮮やかな朱色の長衣を身に着けた、ダークエルフの青年が立っていた。

「やれやれ、断片は見つけたが、厄介なことに首を突っ込んだな」

「え、それ、旦那が言う?」

「本当だよ、自分が一番掻き回しといて……」

 トリトラが唖然と問う横で、修太も呆れ果てる。サーシャリオンが楽しそうに提案したのは、ほんの二時間程前だ。

「事情を知ったからそう思うのだよ」

「そうだね。いつ爆発するか分からない爆弾を、部屋の隅に置いてるようなものだしね」

 啓介が分かりやすく例えて言った。

「爆弾か……。上手い例えだな」

 爆弾は、ダークエルフ達の排他的な考え方と、彼らの所有するバサンドラだ。

 エレイスガイアの端にいて、彼らの生存をおびやかす火種があれば、各地の争い事を悪化させる燃焼剤を放り込む立場にいるのだ。無差別に周囲を巻き込む爆弾となりえる可能性は充分にあった。

「でも、冒険者ギルドに報告するんでしょう? あそこは中立だから、きっと上手い事解決してくれるんじゃないかしら」

 ピアスの希望をこめた答えに、グレイは首を振って返す。

「確かに冒険者ギルドはどこの国にも属さない立場だが、対策に動くかは分からんぞ。奴らは商売人でもあるんだ。利益のないことに首を突っ込んだりはせん。被害が出て損害が出るとか、そういった場合は動くことが多いがな」

「そういう目で見ると、確かにギルドが動くとは思えぬな。放っておけば、ダークエルフ達からはもう何もしない。解決したし、彼らは外界を嫌っている。むやみに沼をつついて、ドラゴンを出す真似はギルドもすまい」

 フランジェスカもまた、難しい顔をしてそう結論付けた。

「だが、秩序を保つ為に国の衛兵が動くことなら、大いにありうる」

「うーん、それはどうかしら。人間と妖精との均衡を崩す真似はしないと思うわ。ダークエルフ達が、実験を繰り返し続けていたら分からなかったけど、やめるんでしょう?」

 困った顔をして、ピアスは指摘する。

「分かったぞ。結局、あいまい闇の中ってやつだな。いいんじゃねえの、それでもさ。白黒つけるとこえーじゃん」

 ぼけっと話を聞いていたシークが、よく分からないというように首を傾げつつ、面倒そうにそう言った。

 皆、思わずシークを見る。

「な、なんだよ」

 居心地が悪そうにするシークを、修太は褒める。

「いやあ、シーク。お前、馬鹿だけどたまに核心をつくこと言うよな」

「僕もちょっと感心したよ。馬鹿なのにね」

「馬鹿だからだろ。直感で生きてる奴ならではだな」

 続けてトリトラとグレイも称賛すると、シークは眉を吊り上げた。

「結局馬鹿にしてんじゃねえか! お前らや師匠が褒め詐欺してるのくらい、分かってんだぞ!」

 こんなに褒めているのに、詐欺なんて失礼な奴だ。修太はふぅと小さく息を吐いて、首を横に振った。

「とりあえず、さ。ギルドに報告して、後はあちらの判断に任せよう」

 啓介が呑気に口を挟み、結論を口にした。フランジェスカが腰に手を当て、一つ頷く。

「それが無難だな。旅人の分際で、この国の問題に深く関わるのは無責任だ」

「ああ。それにサーシャの件もある。無実だという証拠の為に探ってきたとの言い訳も通るからな」

 グレイが賛同し、確認するように全員を見回した。啓介を筆頭に、皆、その結論に肯定を返す。

「ではビルクモーレに戻るとするか」

 サーシャリオンが言うと、それぞれ返事をして、双子山脈をセーセレティーの国境目指して歩き出した。


     *


「ダークエルフ達に、そんな事情があったの?」

 ビルクモーレの冒険者ギルド、そのギルドマスターであるベディカ・スースの執務室に、部屋の主の声が響いた。驚きに呆れが混じっている。

「こっちが調査団を編成して、国と調整している間に、あっさりと……。理由が、奇跡の霧観光をしに行って、病気にかかったせいで巻き込まれたってのがまた……」

 ベディカは頭痛をこらえるように、額に指先を押し当てる。

「ごめん、言わせて。馬鹿じゃないの? あなた達」

 代表して報告に来たフランジェスカと啓介は苦笑し、サーシャリオンは不思議そうに首を傾げる。とりわけフランジェスカは苦味を噛み潰した顔になっている。

「ぐ……。そう言われると、面目の余地もない」

「どこがだ、フランジェスカ。我らは元々、変な事象を探して旅をしているのだ、馬鹿なことではあるまい。真っ当な理由だ」

「サーシャに庇われると、余計にな」

 フランジェスカが複雑そうに眉をひそめる隣で、サーシャリオンはのんびりと笑っている。

「で、結局、サーシャが彼らを脅しつけて言う事をきかせたんでしょう? 呆れるわ。よく無事だったわね」

 ベディカは信じられないと言いたげに、天井を仰いだ。

 サーシャリオンの正体が、黒い鱗を持った神竜なんて言えないので、ベディカにはそこを伏せて伝えたのだ。

「まあな」

 サーシャリオンは得意げにふんぞりがえった。

 そこまでアピールしなくてもいいんだけどと啓介は思ったが、嘘ではないので誤魔化し笑いを浮かべるにとどめた。

「分かった。あとはこちらに任せて。会議を開いて、対応を検討するわ」

 ベディカはそう言い、ほの暗い笑みを浮かべた。

「ビルクモーレに手を出した責任くらいはとってもらわないとね」



 こうして、ビルクモーレを襲った謎の事件は、犯人不在のまま決着を見せた。

 だが、ベディカに報告して二日後。

 どこから話が漏れたのか、街はダークエルフの話でもちきりになっていた。

 街の住人や冒険者達は、格好の話のネタを話し合う。

「おい、聞いたか。あの化け物事件の真相!」

「聞いたよ。ダークエルフが裏にいたんだろ?」

「そうそう。で、そんなダークエルフ達を、賊狩りグレイがひと睨みで怯えさせて、降伏させたってんだろ?」

「すごいよなあ。流石、血も涙もない賊狩り!」

「おっと、グレイの旦那だ。皆、散れ!」

 こんな風に、サーシャリオンではなく、何故かグレイの名前に変わって、噂が独り歩きしていった。

 最初、自分の方を見て何か話す周囲の面々にいぶかしげにしていたグレイは、真実を知るや、宿に戻ってサーシャリオンに詰め寄った。

「おい、サーシャ。この噂はどういうことだ。どうして俺がにらんだだけで解決したことになってる」

 サーシャリオンの襟首を掴み、凄みをかけるグレイ。サーシャリオンは楽しげにわははと笑っている。

「その方が面白いだろう?」

「やはりお前の仕業か! 他の連中があの話を漏らすわけがない」

「分かってないな、グレイ。いいか、我よりもそなたの名前の方が信憑性が高まると思ったからでな」

「白々しい嘘をつくな。顔が笑っている」

「おや」

 サーシャリオンは左頬に手を当て、きょとんとした。部屋のテーブルで、啓介やピアスと果物を摘まんでいたフランジェスカが、たまらないという様子で笑う。

「ははは、グレイ殿。ここまできたらもう覆しようがないよ。だって見てみろ。ひと睨みで解決するような者だぞ。ちゃらんぽらんのサーシャと、死の無表情のグレイ殿。この二人を並べたら、どう見たってグレイ殿に軍配が上がる」

「誰が死の無表情だ」

 グレイが射殺しそうな目でフランジェスカを見た。フランジェスカは動じることなく、また笑う。

「その目つきだ。それだ、それ」

「フラン! やめとけよ、からかうの!」

 ベッドで本を読んでいた修太が、青ざめてフランジェスカに口を出すが、フランジェスカは気にとめない。

 サーシャリオンは襟首を掴まれた格好で、のんきに言う。

「あまり熱くなるな、グレイ。ただでさえ暑いのだから参ってしまうぞ」

「誰のせいで熱くなっていると思ってる!」

 火に油を注いだサーシャリオンのせいで、グレイが怒り、修太達はうだるような暑さの中で冷や汗をかく羽目になった。


 第二十七話、完結。

 ダークエルフ編、終了でーす。

 白黒つけないで、グレーで終わる結末っていうのを書くのもいいなと思って、こう纏めました。

 グレイに被害が集中して終わるっていう……。サーシャの悪ふざけです。グレイがいなかったらフランジェスカが被害にあってました。


 次はエルフの王位継承編です。銅の森の面々、再登場予定です。

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