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断片の使徒  作者: 草野 瀬津璃
双子山脈編
192/340

 5



「――始まりはあの魔女だった」

 イルドネは当時を思い返すように目を細め、苦々しい顔つきで切り出した。

「魔女が花畑に現れたのは、三年程前のことだ」

 木製の椅子に深く腰掛け、大きく息を吐くイルドネ。話し始めたばかりであるのに、すでに気が滅入っている様子だ。

 イルドネの後ろには、ロノとラフィオラが武器を手にして控えている。それぞれ無表情に徹しようとしていたが、わずかに鎮痛な思いが垣間見えた。

「私の村で花紋病にかかった者が出て、村人がその治療薬を採りに行った時、初めてあの魔女と出会った。魔女は、今日からこの花を研究するから、ここは立ち入り禁止だと言い、村人を手ひどく追い払った」

 村人は怪我をしたが、治療師(ヒーラー)にかかればすぐに治る傷だった。

 そこで、その村人は再度魔女に会いに出かけた。強力な魔女であるので、今度は下手に出て頼むことにしたのだ。


「それも駄目だったわけか」

 

 サーシャリオンが先回りして結論を口にした。イルドネは頷いた。

「ああ、その通りだ。その村人は意気消沈して帰ってきたが、一人で敵わないなら味方を大勢連れていこうと決め、村人達に魔女の危険性を説き、共に出かけて行った」

 修太はそこまで聞いて、サフィがダークエルフ達を罠にかけて殺したと話していたことを思い出した。

(そうか、これも無理だったんだな……)

 イルドネが全て話す前に、修太は合点した。イルドネの答えは、やはりそうだった。

「結果は惨敗。村人を十人も失うことになった。皆を率いていた者は、長を継いだばかりの私の一人息子だった」

 イルドネは再び溜息を吐いた。

「息子は病に侵された親友を助けようとしたのだ。だが、そのせいで大勢の村人を失うことになった。しかもその友人も遅れて病気で亡くなり、私はどうしていいかと途方に暮れた。だが、村人達の後押しもあり、再び長になることになったのだ」


「ほぉ……。さんっざんだな、そなた」


 前足に顎を乗せた姿勢で、サーシャリオンがしみじみと噛みしめるように言った。当然のように、啓介がサーシャリオンをにらんだ。

「サーシャ、ちょっとは気を遣えよ」

「そうよ、ケイの言う通りよ」

「もう少し敬意を払えよな」

 ピアスや修太も続けて言い、フランジェスカも無言で冷たい視線を送る。その非難の嵐を気にした様子もなく、サーシャリオンは眠たげに言う。


「気を遣ったのだが、通じなかったようだな。だがなあ、我としては、悲しい過去のお話なんぞどうでもいいのだ。我が知りたいのは、何故、バサンドラで実験をしていたか、だからな」


 サーシャリオンはそこで頭を持ち上げてその場の全員を見回すと、再び姿勢を戻した。


「まあ、その事件が原因だというのは、容易に想像がつくが」


「……初めに話した通り、始まりはあの魔女だった。その事件が全てだ。あの魔女のせいで花紋病に侵される者が増え、我らは治療薬を求めた。だが、魔女が独占していてそれを手に出来ない。だったらどこに求める? 外しかない!」

 イルドネは手にしていた杖の先で、地面を勢いよく叩いた。感情的になっているイルドネを、ラフィオラが心配そうに見ているが、話の途中である為か口を挟むことはなかった。

(何でそこでバサンドラ? 意味わかんねえ)

 修太は理解できなくて首を振る。話の方向が見えなかった。

 サフィに原因があることは分かった。薬を外に求めたことも。でも、それと危険な植物と何の関係があるというのだろう。

 修太はイルドネをじっと見つめた。見たからといって答えは分からなかったが、興奮していたイルドネが、深呼吸をして冷静さを取り繕うのを眺めていて、ふと気付いた。この老人の中に、嵐が吹き荒れていることに。それは怒りのようだった。あるいは絶望かもしれない。修太にはそれらを噛み殺し、平静を保とうとする横顔に見えた。

 イルドネは話を続ける。

「あの薬草は、外でも手に入れることが出来るが希少でね、とても高価なのだ。我らのような、安易に外貨を手に入れることが出来ない、閉鎖的な集落に住んでいると、資金を集めるのも一苦労なのだ。そこで考えたのが、バサンドラの品種改良だった」

 イルドネの話はますます要領を得ない。修太は怪訝な顔で首を傾げた。無言で疑問を積もらせる修太に対し、啓介はそれをすぐに口に出した。

「あの食虫植物は、元からあんなではなかったんですか?」

「そうだ。元々は膝丈程の高さしかなく、動かない普通の植物だった。二十年前、この山で、植物だけがかかる病気が流行ったことがある。その時、バサンドラが巨大化し、動物のように動き始めたことがあった。それはある虫の毒のせいだったのだが、まあそれはいい。我らはそこに目を付けたというわけだ」

 そこでイルドネは、啓介へと質問を返す。

「少年、君は、高価だが売れやすい物が何か分かるか?」

「装飾品や衣類だと思います」

 啓介はすぐに答えた。

 修太も同じ答えだ。高価と聞いて思い浮かんだのが、宝石細工のアクセサリーや高価な衣類だったからだ。

 イルドネは鷹揚に頷いた。

「あながち間違いではない。他にも、家畜と答える場合もあるだろう。だがね、大量に、しかも高い値で売れるとなると、物は限られてくる。ここでの正解は、武器だ」

「武器……」

 目を丸くした啓介が単語を繰り返す。

(武器か、なるほどな。確かに、高価で、大量に流通してる。俺達が平和な国に住んでたからとっさには思いつかなかっただけで、ここでなら普通だ)

 街の外に出れば、モンスターや盗賊が出る。身を守り、生き延びる為に必要な品だ。

「バサンドラを武器――生体兵器にするってことか? でも、あんな危険なもの、誰が使うんだよ」

 修太がイルドネへ胡乱な目を向けると、イルドネは意外そうに目を細めた。

「子どもの癖に生体兵器なんて言葉をよく知っていたな」

「本で読んだんだよ」

 修太はそう答えながら、こっちの世界の十二、三歳くらいの子どもは、生体兵器という言葉を知らないものなのかと思った。日本なら、映画や漫画から聞きかじり、中学生なら聞いたことがある者は結構いると思う。だが、ここでうかつに話すと怪しい目で見られるかもしれない。

「本で……? いったいどんな本を読んでいるんだ」

 ますます怪訝そうにするイルドネの態度に、修太が冷や汗をかいていると、やおらフランジェスカが荒い口調で言った。

「貴様、それでパスリル王国の話を出していたのか!」

 なにやら激昂しているフランジェスカ。生体兵器とパスリルに何の関係があるのだろうか。いぶかしく思う修太だったが、今度は啓介が合点した声を上げた。

「領土拡大でよく戦争しているパスリル王国に、生体兵器としてバサンドラを売って、そのお金で薬を買おうとしたということですか?」

「えっ」

 修太は啓介を凝視した。

(なんでたったあれだけの遣り取りで、そこまで答えが導きだせるんだよ)

 パスリルの事情に明るいフランジェスカならまだ分かる。啓介はちょっと聞きかじった程度のはずだ。修太は、啓介の頭の回転の速さに改めて舌を巻いた。

 イルドネは否定せず、代わりに続けた。

「商品価値としてのデータをとる目的で、我らはあちこちで実験をしていた。初めは山でモンスターの相手をさせていたが、戦争の武器として使う以上、人間や妖精相手にどこまで対応できるかのデータも必要だった」

「ダンジョンは良い実験場だったってわけか。モンスターが出るのは当たり前だからな」

 グレイが静かな声で、皮肉げに言った。フランジェスカは怒りで顔を真っ赤にし、剣に手を添えて、今にも抜きそうだ。

「許せん! 冒険者にどれだけの犠牲が出たと思っている。最後には町人まで襲っていただろう、卑劣だ!」

 フランジェスカの正論を含んだ非難にも、イルドネは動じない。それどころか、不遜にもふんと鼻を鳴らし、冷たい目でフランジェスカを一瞥した。

「私がこの話をしたのは、事情を説明する約束をしていたからだ。お前達に断罪される為ではない。私は、ここで生き延びる為の選択をした。他種族にどう言われようと関係ない。私の正義は、同胞を生かすことだ」

 ゆっくりと言葉を紡いだイルドネの鈍く光る金の目を見て、修太はふいに背筋がゾクッと粟立った。

 暗い、闇のようなものを覗いているような、そんな心地がした。

 イルドネにこれ以上深く関わってはまずい。なにがいけないのか、はっきりしないが、染められるという言葉が近い。洞窟の暗がりにある淀んだ影、そこに引き込まれそうな、そんな予感だ。

(どっか壊れてるんじゃないか、この人)

 仲間想いと片付けるには、一筋縄ではいかない気がする。

「フラン、もういいだろ」

「なにがだ、シューター。そういうわけには」

「やめとけって。これ以上、深く追及してどうする? サフィはもう立ち去った。バサンドラを生体兵器として売る必要はない。また同じことにならない限り、こいつらがここを出てくることはない。――そうだろ?」

 半ば強引に断定して、修太はイルドネを見やる。

 握った手の平にじわりと冷や汗がにじむ。足の震えを、地面を強く踏むことで押さえつけた。

 そうだ。修太はこの男の闇を知っている。あれは失ったものが一度は見るものだ。そこに戻りたくないのだ。

「……ああ、そうだな」

 イルドネが静かな声で肯定した。そのことに、ほっとする。イルドネの後方にいるラフィオラの顔も、若干緩んだ。

「申し訳ありませんが、イルドネさん。俺はこのことを冒険者ギルドに話そうと思います」

 フランジェスカよりも怒りそうな啓介は、意外にも冷静な態度でそう告げた。イルドネはそうかと小さく呟いて、椅子を立つ。

「好きにするがいい。これで話は終わった。私は部屋に戻らせてもらう」

 確認するように、サーシャリオンを見上げるイルドネ。


「戻ってよい。だがなあ、我はそなたに、引退をすすめるぞ。まあ、そなたには分かっているだろう。そこにいる限り、底無しで果てが無く、周りを引きずるだけだとな」


「――ふん」

 イルドネはそれには何も答えず、洞窟へと去っていった。ロノやラフィオラはその場に居残る。

「そこ? サーシャ、いったい何の話だ?」

「私も分からないわ」

 フランジェスカやピアスは、疑問を露わにしている。

「ピアスは、分からないなら分からなくていい。フラン、お前、長に不用意に関わるな。あんたは一度あれを見てるはずだ。引きこまれるぞ」

 修太はもう関わりたくなくて、つっけんどんな口調になった。どこでもいいから、帰りたくてたまらない。

 フランジェスカはますます怪訝そうにした。母親をモンスターに喰われた時、あの闇にさいなまれたはずなのに、元々前向きなのか、良いエネルギーに転化しているのかもしれない。

 フランジェスカを見ていると、修太はときどき眩しくなる。彼女は心に根を持っている。だからトラブルに見舞われても折れない。

「シュウ、落ち着けよ。怖いのは分かるけど。今のお前、威嚇(いかく)してるハリネズミみたいだぞ」

 啓介が修太の肩を軽く叩き、やわらかい口調で諭した。日の光の下を歩いている、穏やかさを感じ取り、修太はすとんと落ち着いた。啓介はいつも変わらない。修太の浸る日常で、だからそれを見ると安心する。自分もまた、両親が生きていた頃の自分と変わらないのだと思える。

「わかったよ。でも、なんだよ、その例え」

「フグでもいいけど」

「どっちでもいいよ、もう」

 変な方向に論点がずれ、修太は呆れた。

 この後、一時間近く待ち、ようやく治療薬が出来た。


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