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断片の使徒  作者: 草野 瀬津璃
双子山脈編
190/340

 3



「ここなるオルファーレンの断片、お前の役目は終わった。我はオルファーレンの使徒。断片よ、ここへ戻られたし!」

 霧深い花畑に、修太の声が響き渡る。呪文を唱え終えると、修太のいる目の前の空間が円状に揺らぎ、光の波紋が出来た。そして、霧がその場所へ吸い込まれ、光の中心点に辿り着くと細い線へと変わり、修太が両手で持つ本へと飲み込まれていく。霧が全て本に封印されると、音の無い衝撃がきて、修太は思わず目を瞑ってしまった。

 すぐに目を開けると、眼前を覆い尽くしていた霧は消え、山の一画にぽっかりあいた花畑が広がっているだけだった。

 修太は目をパチパチと瞬いて、狐につねられたような変な気分になりながら、手元を見下ろす。

 左のページに、四角い枠の中に灰色の霧が描かれ、絵の中でふわふわと揺れ動いた。

「相変わらず不思議だ……けど、それはいい。恥ずかしい! なんだこのいたたまれなさ!」

 修太は封印の本を閉じて手を放した。ポンという音とともに、白煙が起きて分厚い本が豆本へと姿を変える。

(まさか口に出してファンタジーじみた呪文を唱える日が来ようとは……)

 頭を抱えて悶えていると、トリトラが拍手して笑顔で褒めた。

「えー? 格好良かったよ、シューター。隠者みたいだった」

「そうかあ? 邪教徒(じゃきょうと)の儀式じゃね? イデ!」

 すぐ後にシークが余計な事を言い、トリトラに頭を殴られた。

(隠者も失礼だぞ、トリトラ。せめて賢者で。駄目だ、それも嫌だ!)

 どうとも表現したくない。啓介はいつもこの気恥ずかしさを味わっているのかと思うと心の中で合掌してしまう修太だが、啓介が同じ事をしても美形が綺麗なことをしてるなあという程度の認識しかなく、変ではないのだ。

「サフィは逃がしてしまったが、一つ収穫があったのだ。それで良しとしようではないか、隠者殿」

「あら、漆黒の賢者様とお呼びした方が素敵ですわよ、クロイツェフ様」

 にやにやと笑うサーシャリオンの横で、ガーネットが曇りの無い目で言った。

「だ、そうだぞ? 漆黒の賢者サマ」

 フランジェスカが楽しげに笑いながらとどめを刺し、我に返った修太は右手で拒絶を示す。

「やめろ! それ以上言うなっ! ガーネットは頼むからその目でこっちを見ないでくれ!」

「辛いな、シューターよ。汚れてヘドロまみれの藻色(もいろ)をしたお前の心では、ガーネット様の純粋な眼差しは耐えきれないか……」

「俺の心はそんな腐れかけた色してねえよ!」

 同情めいた態度をしているが、その実、毒を塗りこんでくるフランジェスカの暴言に、修太は即座に言い返す。

(俺のことを何だと思ってるんだ、この女)

 胡乱(うろん)に思う修太だが、訊いたら散々な言葉が返ってきそうなので口に出すのはやめておいた。これ以上話していても泥沼なので、無理矢理話題を方向転換する。

「霧は封印したから、花を摘もう!」

 自ら進んで花畑の真ん中へと行き、しゃがみこんで花を拾い集める。どれくらい必要か分からないので、山になるくらい持っていこう。余ればダークエルフ達が使うだろう。

「使徒様、これくらいあればいいですよ。それから、根は必要ありませんので、茎の半ばから折って下さいね」

 赤色のドレスの裾をふわりと揺らしてガーネットが隣に座り、腕を広げて量を示してから、アドバイスをくれた。その上、手伝ってくれるようだ。

(花が似合う……!)

 こうしているとガーネットは清楚な美女だ。花畑にいるのが当たり前のように見えた。

 少し見とれてしまった修太は、慌てて視線を花に戻して、プチプチと茎を手折っていく。

 しばらく摘んだ後、ふと右を見ると、少し離れた位置でグレイが花を集めているのが見えた。

(恐ろしいくらい似合わないな……)

 グレイと花畑は並べるものではないようだ。グレイが花を手にしていると、葬式用の花の準備に思えてゾッとした。

(すげえ。癒しのアイテムでも、グレイが持つと殺伐アイテムになるとは……)

 変に感心して視線を動かした修太は、目に移りこんだ光景に思わず噴き出した。

(ぐっ、トリトラ、花が似合いすぎて乙女みたい。やべえ……!)

 そのまま微笑んだら宗教画になりそうだ。目を合わせないようにして笑いを耐え、花を摘むことに集中する。指摘したら怒ることは間違いない。

「貴様は何をさっきから百面相をしてるんだ」

 修太の左側、ガーネットの向こうで地面に膝をついたフランジェスカが、気持ち悪そうに言った。むっとしてそちらをねめつけた修太だが、フランジェスカの青みがかった黒い髪色と白いマント姿の騎士姿は、思ったよりも花畑とマッチしているのに気付いて文句ではなく褒め言葉を口にした。

「フラン、お前、意外と花が似合うな」

「それが褒めているつもりなら、顔を洗って出直して来い」

 皮肉を返し、目を逸らすフランジェスカ。彼女の耳が赤いのを見て、サーシャリオンが茶化す。

「おお、照れておるのか、珍しい」

「え? どれどれ、見たい!」

 トリトラが反応して振り返る。他の者も興味をひかれたのか、フランジェスカへと視線が集中する。フランジェスカの眉が一瞬にして吊り上った。

「うるさい!」

「何も言ってないだろうが」

「視線がうるさい!」

 修太がツッコミを入れると、フランジェスカは怒鳴るように言い返した。

(照れると怒るなんて、面倒な奴……)

 修太は呆れたが、すぐに笑いがこみあげてきて、口元が勝手に吊り上る。くっくっと喉の奥で笑いながら花を一本摘んだところで、唖然とした顔のフランジェスカと目が合う。

「……なんだよ」

「お前、ケイ殿がいなくてもそういう顔をするのだな」

「はあ?」

 訳が分からず、自分の頬をつねってみる。やっぱりよく分からない。だが、フランジェスカの機嫌が直ったようなのでまあいいかと、深く考えないことにして手元に視線を戻し、作業を再開する。

 やがて、ガーネットが花摘みの終わりを告げた。

「これだけあれば十分ですわ。あとはダークエルフ達に薬を調合して頂いて下さい」

「ありがとうございました、ガーネット様」

 フランジェスカが律義にお辞儀する横で、修太達も礼を言う。

「いいえ、妹が面倒をおかけしてすみませんでした。良い子なので、誤解しないで頂けると嬉しいですわ」

 ガーネットは苦笑し、ドレスの裾を持ち上げて一礼する。

「それでは皆様、失礼します。おやすみなさい」

 最後にそう言って、ガーネットは空間に溶け込むようにして、封印の本へと姿を消した。ガーネットが退席したのを見届けると、修太は集めた花の山を旅人の指輪へと仕舞う。

「よし、あとは戻るだけだな」

 修太がそう言うと、グレイが頷き返し、険しい声で懸念を挙げた。

「ああ。しかし奴ら、俺達が死ぬと決めてかかっていたように見受ける。戻ってすんなりとケイの治療薬を作るだろうか?」

「えっ、約束したじゃないか」

 修太には意外な疑問だった。そもそも約束を破られるとは思っていない。

「シューター、お前達は本当に平和な場所に住んでいたのだな。親しくて信頼している者相手ならその在り方で正解だが、親しくもない上に信頼出来ない相手なら、約束が守られないことをまず疑っておくべきだ。そして、守らなくてはならない状況を作っておく」

 フランジェスカが溜息混じりに言い、講釈を始める。

「立会人が同席しての誓約書というのが一番安全だな。だが、これはセーセレティーやレステファルテ、パスリルのような一定の文化圏内で有効になる。ダークエルフ達のような独自の文化圏に邪魔をしている今の形だと、通用しない」

「つまり?」

「守らないとあちらが決めたら、我々は皆殺しにされてもおかしくないというわけだ」

「なんだよそれ!」

 理不尽さに不平の声を上げる修太だが、それが出来る閉鎖的な環境なのだと頭ではなんとなく理解している。

「ふふふ、そこで我に提案がある」

 にやっと笑ったサーシャリオンが、一歩前に出た。自信満々な様子に、修太達は顔を見合わせる。

「うわ、嫌な予感」

「私も同感だ。サーシャが何か提案し始めた時は、大抵ろくなことが起きない」

「右に同じ」

「俺も」

「僕も」

 修太の言葉に、フランジェスカ、グレイ、シーク、トリトラが揃って頷いた。

「失礼だぞ、そなたら。我はただ、あのイルドネという男をぎゃふんと言わせた上で、こちらに従うように持っていきたいだけだ」

 子どものように口を尖らせ、サーシャリオンは言った。修太は疲労を覚えて、額に指先を押し当てる。

「お前、言ってることが結構えぐいんだが、気付いてるか?」

「そなたは忘れておるかもしれぬが、シューター、相手はどんな理由があるにせよ、バサンドラを放って不意打ちで殺戮(さつりく)をするような輩だぞ。フランジェスカの言うように、分が悪くなれば我らを殺そうとするだろう」

 サーシャリオンはくすりと楽しげに笑う。

「力で我らを押さえ込もうとするのなら、我らも同じことをすればよい。上回る力でな。圧倒的な力の差を見せつけるのは、降伏させる方法としては簡単だし効果的だ。抵抗する心をへし折ってやればよいのだ」

「うわあ、ますますえぐい」

 修太は苦い顔をした。サーシャリオンの言い分は分かるし、自分達の安全を得る為にはこれが良いことも分かる。それでも抵抗を覚えるのは、サーシャリオンが楽しんでいるからに他ならない。命がかかっているのにゲームのような態度なのが修太の心をもやっとさせるのだ。

「で、あるからだな。奴らの集落の位置は分かっているのだ。そこへ我が本来の姿――竜の姿で現れたら、随分効果的とは思わぬか?」

「はああ?」

 目を見開く修太。本来の姿とは、黒い竜の姿のことだ。サーシャリオンのいる地底の塔で見て以来である。

「本気……なのは言うまでもないか」

 流石に頬を引きつらせたフランジェスカだが、すぐに思い直した様子で頷いた。

「しかしサーシャの言う事は一理ある。とても分かりやすい力の差だ。いっそ暴力的だが、ああいう連中相手にはちょうど良かろう」

「認めるのかよ、フラン! こいつ、こんなもっともなこと言ってるけど、ようはサフィに逃げられた八つ当たりをしたいだけなんだぞ!?」

 修太はビシッとサーシャリオンを指差して、叫ぶように言った。サーシャリオンの真面目な顔という仮面は、修太には通用しないのだ。

「おや、ばれたか」

「ばれたか、じゃねえ!」

 目を丸くし、肩をすくめておどけて見せるサーシャリオンに噛みつく修太。そんな大がかりな八つ当たりは性質が悪すぎるとうろたえるのに、黒狼族達の反応は不思議そうなものだった。

「何でシューターはそんなに嫌そうなの? 脅かすんならダークエルフの旦那の手で良いんじゃない?」

「俺もそう思う。別に旦那は竜の姿で奴らを喰いつくすわけじゃねえんだろ?」

 トリトラが首を傾げ、シークは確認するようにサーシャリオンを見る。サーシャリオンは大きく頷いた。

「当たり前だ。殺戮をしたいだけなら、わざわざ元の姿をとらずとも、中へ入って全員を魔法で氷漬けにすればよい。目的はそうではなく、脅かすことだ」

「では決まりだな」

 グレイが話を纏めた。

「嘘だろ!? そんなあっさり、いいのか?」

 瞠目(どうもく)する修太に、全員が肯定を返した。思わず頭を抱えてしまう。

(駄目だ、俺、こいつらの常識についていけないどころか、置いてけぼりだ)

 エレイスガイアに来て以来、随分柔軟な思考になったと思っていたが、まだまだ足りていないようだ。

(でもなんか、ついていったらそれも問題な気がする……)

 どっと疲労を覚えつつ、修太は渋々白旗を挙げ、ほぼ押し切られる形でサーシャリオンの提案に乗ることを決めたのだった。


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