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断片の使徒  作者: 草野 瀬津璃
パスリル王国辺境編
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 2 

 ※2019.12/7 前回にP1を修正した時に、一部の文章を削っていたようです。変なところから始まっていたのですみません。



「ここが遺跡か」


 修太は辺りをきょろりと見回して、一言つぶやいた。

 ノコギリ山脈は岩山で、野花が生えている程度でひっそりしている。灰色の岩肌は、日の光を弾いて白く見える。そんな山の中腹に、ちょっとした広場のような場所があり、砂色の煉瓦が敷き詰められていた。


 それが正方形をえがいているので、一目で人工物と分かる。四隅には、やはり砂色の石材を用いた柱が立っている。風化し、上部は崩れていて、コケや蔓科の植物がくっついている。


「遺跡だけど、塔じゃないな」


 啓介もまた、興味深そうに遺跡を見て回る。


「だが、この山のどこかに塔があるのだろう? なんと言ったか、神竜サー……?」


 フランジェスカは腕を組んでうなる。名前を覚えていないようだった。かくいう修太も思い出せず、啓介を見る。


「シュウも覚えてないのか? 神竜サーシャリオン、だよ」


 意味を飲み込んだ啓介がおかしそうに笑って答えた。

 さすが、記憶力が良い。


 ――なんじゃい、ヌシら、クロイツェフ様に用なのかね?


 急に聞こえた声に三人揃ってびくりとした。

 人がいないと油断していただけに、かなり驚いた。修太など、バ=イクの座席から危うく地面に転がり落ちそうになった。

 フランジェスカはすぐに剣を抜いて、声の主を探す。


 ――恐ろしい娘じゃの。ここじゃ、ここ。上を見るがよい。


 老婆のようなしわがれた声が、軽快に言う。

 言われるままに顔を上げると、柱の一つのてっぺんに極彩色の鳥が一羽とまっている。隻眼の緑目をもった片足の鳥だ。

 フランジェスカは双眸(そうぼう)を細める。


「モンスターか?」

 

 ――左様。ワイはクロイツェフ様にお仕えしておる者じゃ。珍しく客人があると思えば、ここを仮の宿にするのではなく、クロイツェフ様の御名を呟いておったから、出向いてみたまでよ。


「俺は春宮啓介といいます。こっちは塚原修太で、そっちの女性はフランさん」

「フランジェスカ・セディンだ」


 啓介がフランジェスカだけ縮めて紹介すると、フランジェスカがすかさず口を挟んだ。啓介は気にとめず、続ける。


「この山にあるっていう塔を探してるんです。オルファーレンちゃんの断片集めをしていて……、もし知っていたら塔の場所を教えてくれませんか?」


 ――ほうほう。礼儀正しい童じゃの。ワイはワーズワース。では、ヌシらが断片の使徒か。クロイツェフ様より話は聞いている。まずは証を見せよ。


「証……?」


 戸惑う啓介に、修太は啓介の首に下がる豆本を示す。


「それが証になるはずだ。啓介、見せてやれ」

「ああ、そうだな。これでどうかな?」


 啓介が豆本を手に取ると、ポンと音がして白煙とともに本が辞書ほどの分厚さの本に変わる。


 ――確認した。確かにヌシらがそうであるようじゃ。ワイはここなる扉の門番ゆえ、ヌシらを塔へ導こう。


 ワーズワースはちらりとフランジェスカを見る。


 ――その前に、武器を仕舞え。客人ゆえ、ヌシらに危害を加える真似はせぬ。


「承知した」


 フランジェスカはあっさり頷いて、剣を鞘におさめた。クラ森での一件があるから、いらない反抗はすべきではないと思ったのかもしれない。

 啓介も本から手を放した。音とともに豆本へと変わる。


 ――ハルミヤとやら、中央より退け。


「あ、すいません」


 慌てて煉瓦敷きの床を後ろへ下がる啓介。修太はバ=イクに乗ったまま、何が起こるのかと見守る。

 啓介が中央から退いてすぐ、煉瓦敷きの床の中央部が四角く光った。光が消えると、階段が現れた。


 ――クロイツェフ様が住処となる塔への入口じゃ。


「ワーズワースさん、そのクロイツェフってなんです? サーシャリオンが名前じゃないんですか?」


 啓介の問いに、ワーズワースは隻眼をぎょろつかせて啓介を見た。


 ――それで合っているが、正しくはない。正確には、クロイツェフ=サーシャリオン様じゃ。


「なるほど、そういうことですか」


 啓介は納得して頷く。

 ワーズワースは一つ頷いてから、フランジェスカに視線を据えた。


 ――娘、クロイツェフ様は寒い所がお好きで、塔の中は極寒じゃぞ。氷の中を歩くようなものじゃ。その服では心もとなかろうて。


 フランジェスカは赤茶色の短衣を見下ろす。


「しかし、私は防寒着を持っていない」

「とりあえずあのマントを着てみたらどうだ。無いよりマシだろ。それか、ここで待っていてもいいぜ?」


 修太が気を利かせて言うと、フランジェスカはふんと鼻を鳴らす。


「私は護衛を請け負った。お前達を二人だけで送り出す真似はできない。それに、お前の側にいなくては夜が来た時に面倒だ。……不本意だが」


 渋い表情でうなるように呟いてから、フランジェスカは啓介に頼んで指輪からマントを出して貰った。

 修太はフランジェスカのことなど好きではないが、ここまで力いっぱい嫌そうに言われるとそれはそれで傷つくものがある。


 マントを着て口布を鼻の頭まで引き上げているフランジェスカを横目に見つつ、修太も苦い顔をする。それから、バ=イクを下りて、バ=イクを旅人の指輪の中に収納した。あまり不思議なことには関わりたくないが、この指輪はとても便利だ。


 ――話が片付いたようだな? 塔を地の底へと一番上まで上れ、クロイツェフ様はそこにおられる。


「上る? 下りるの間違いじゃないのか?」


 修太の問いに、ワーズワースはふふんと笑う。


 ――ヌシ、ヌシにとっての上は、何故、上なのだ?


「え? 上って……、空があるほうが上だろ?」


 奇妙な問いかけに、眉を寄せつつ答える。ワーズワースはまた笑う。


 ――塔は地の底に向かって建っている。また、ヌシにとっての当然が全てと思わぬことじゃ。ワイにとっての上は空のことじゃが、地の妖精(ノーム)たちにとっての上とは地下のことなのじゃ。ゆえに、塔のある領域に棲む地底の民たちに敬意を払い、地底を上というわけじゃ。それから、地の妖精たちは眩しいのが嫌いだからな、明かりは一つだけにしろ。


 ワーズワースの言葉に従い、ランプを一つにして、その灯心にフランジェスカが火打ち石ですぐさま火を灯す。


「よーし、じゃあ、出発!」


 啓介のテンションの高い掛け声とともに、三人は階段を下り――いや、上りだした。……ややこしいな、おい。


     *


 階段を一つ下りると、足元から冷気が絡みつくようだった。(下りるか上がるかはややこしいので、修太の常識で呼ぶことにする)


 ゾクリと寒気を覚えながら、冷蔵庫のような気温の塔へと下りていく。


 白い息を吐きながら階段を下り終えると、広間に出た。砂色の石材を用いた、飾り気の無い塔内部だ。目につく飾りといえば、天井から吊り下がっている氷柱くらいだ。明かりが無いから、ランプの光源範囲しか見えないけれど。


 修太は光の隅を影が動いた気がして、ごくりと唾を飲む。手に力が入って無意識に握り拳を作ってしまう。


「……な、なあ、啓介。何かいないか?」


 先頭を行く啓介とフランジェスカにじりりと近付いて、修太は声を潜めて問う。

 啓介はちらりと修太を振り返る。目が好奇心に輝く。


「え? 何かいるのか?」


 あからさまにわくわくした調子の声に、修太は顔をしかめた。


「小人がいるようだな。ワーズワース殿が言っていた地の妖精だろう」


 落ち着き払った声で呟くフランジェスカを、修太は見上げる。


「なんだ、あんたは見たことがあるのか?」

「あるわけがないだろう。地の妖精は人の前には決して姿を現さない。ドワーフがそういう妖精がいると言っていたのを聞いたことがあるだけだ」


 それから、フランジェスカは僅かに修太を振り返る。面白そうに口元を歪めていた。


「なんだ、お前、怖いのか?」

「怖いわけないだろ!」


 反射で言い返すが、実際のところは怖い。こんな頼りない明かり一つを手にしているだけの暗い場所で、得体の知れない妖精というものがうろついているのだ、怖いに決まっている。


「フランさん、あんまり言わないでやって。シュウは怪談ものが大の苦手なんだよ」

「ほお~、そうなのか。それは良い事を聞いた」

「啓介てめえ、余計なことを言うな!」


 フランジェスカが素晴らしく悪い笑みを浮かべたのを見てとって、修太は啓介をにらみつける。


 ――親友の弱点を敵にばらすとは、少しは気遣いというものがないのかお前は!


 その後、氷の中を歩くような寒さの中、暗闇で何かが動くさわさわとした気配を感じながら、修太達は塔を下へ下へと下っていった。


 途中、ゲームに出てきそうな宝箱を見つけて触ってみたら、宝箱がぴょこぴょこはねて逃げていったり、壁際に立っている甲冑に啓介が声をかけてみたら返事があったり、居眠りしていたベトベトスライムを踏みつけてしまい、驚かせてしまって危うく消化されかけたりした。


 ――ボクね、ヒノコ。クロイツェフ様ね、下にいるよ。案内してあげる~


 そして今は、ウィスプという名の、火の玉の姿をしたモンスターが幼い男の子の声で喋りかけてきている。

 ふよふよと宙を頼りなく浮かぶ青白い火の玉に先導され、修太達は最後の階へと進む。


 ――クロイツェフ様、寒いのが好きだから、ボクみたいな火が好きなんだって。青いのが涼しげで良いって言ってた。ボク、温度なんてないのに、おかしいよね。


 ヒノコはお喋り好きらしく、さっきから楽しげに一人でくっちゃべっている。


 ――だからね、創造主様にね、ご褒美を貰える時に、クロイツェフ様、熱くない火を下さいってお願いしたんだって。


「それが神の断片ってこと?」


 啓介の問いに、ヒノコはボッと青白い炎を膨らませて肯定を示す。


 ――そだよ。あ、もう着くよ。クロイツェフ様ぁー!


 階段を下りきると、ヒノコが一目散に宙を飛んでいく。修太達はその先にいるものに、その場で足を凍りつかせた。


 黒い巨体がそこにあった。闇の中、目が爛爛と輝いている。ガラス玉のような目は、ラメ入りのビー玉みたいで、広間の左端にあるレリーフ前にある青白い炎に照らされ、青や銀や緑にゆらゆらと光っている。


 真っ黒い鱗をもった、竜だ。


 竜は修太達を目にとめて、僅かに目を細めた。


「よく来たな、断片の使徒とその護衛よ。我は神竜クロイツェフ=サーシャリオン。全てのモンスターの生死を見守る者だ」


 高くも低くもない、耳に馴染む声がのびやかに広間を支配する。もっと聞いていたいと思わせるような声だった。


「話はオルファーレン様より聞いている。遠慮せず、ほれ、その炎をオルファーレン様にお返しせよ」


 サーシャリオンはあっさりと言って、顎でもってレリーフ前で煌々と燃える青白い炎を示した。

 あまりにあっさりしすぎて、修太達はそろって唖然とした。


「い、いいんですか……?」


 確かめるように問う啓介に、サーシャリオンは頷く。


「ああ、よい。それは我の目を楽しませることくらいにしか役に立たぬ。何ら問題はない」


 サーシャリオンの促しとともにレリーフの前まで進み出て、啓介は豆本を掴んで本の形状に戻した。

 ちらりとサーシャリオンをもう一度見て、やはり何も言わないと分かると、言葉を口にする。


「ここなるオルファーレンの断片、お前の役目は終わった。我はオルファーレンの使徒。断片よ、ここへ戻られたし!」


 啓介の呟きとともに、目の前の空間が水面のように円状に揺らぎ、さざなみがたった。しゅるしゅると渦を巻いて青白い炎が吸い込まれ、それが一本の細い光の糸となって本へと吸い込まれていく。


 本の中に全て吸い込まれてしまうと、啓介はページをめくって最初の方に戻した。二ページ目に、青い炎を宿した燈台の絵が描かれていた。ページに触れている右手の親指が、ひやりと冷たい。冷たい炎のせいなのか、ページ自体が冷たくなっているみたいだ。


「オルファーレン様が弱体化なされているのは気付いていた。だが、かの方は大丈夫だと言うばかりで、我に頼って下さらぬ。そなたらには、まこと感謝する」


 巨大な黒い竜は首を持ち上げ、感謝のこもった不思議な色の目で修太達をじっと見つめた。

 修太達はサーシャリオンを見つめ返す。


 耳が痛くなるような静寂の中、サーシャリオンは冷たい空気を震わせて言葉を紡ぐ。淡々としているのに、声音には温かみを感じさせる。


「かの方が頼る気になったのは、そなたらがこの世界の民でないからだろう。この世界の民であれば、オルファーレン様が関われば影響はまぬかれぬ。五百年前もそうであった。小さな歪みを封じようと人に手を差し伸べになり、その為に今ではその小さな綻びが巨大なひずみを生んでいる」


 ふっと自嘲するような息が漏れる。


「白教の布教による〈黒〉への弾圧がそれだ。まったく、最悪だ。よりによって、世界を上手く循環させる力の一つを大幅に減らすなどと。あの娘、レーナが聞いたら憤怒(ふんぬ)間違いなかろうて」


 この言葉にはフランジェスカがぴくりと反応する。やや興奮気味に問う。


「貴公は聖女レーナ様をご存知なのですか!」


「知っているよ。あの娘はオルファーレン様に選ばれた者だ。争いを嫌う、心優しい、けれど強い娘であったな。そなたはあの娘に弟がいたのを知っているか?」


「え……? 存じませぬが」


 フランジェスカは目を丸くする。

 サーシャリオンはクスリと笑む。


「五百年前のことだ。人で知る者は少ないだろう。あの娘の弟は、〈黒〉だった」


「……!?」


 息を飲むフランジェスカ。余程衝撃的だったのか、僅かに体が傾ぎかける。しかしすぐに持ち直し、頭を振った。


「真のことだ。人間は都合良く忘れ去ったようだがな。モンスターが大量発生したのも、人間達が激しい戦争を繰り返した為だ。そのせいで、毒素(クイス)が増えに増えて、仕方なくモンスターを増やしたのだ。それでも片付かず、世界のあちこちに毒素溜まりができてしまい、やむなくあの娘に浄化して回ってもらったのだよ」


「なあ、その“毒素”ってのはいったいなんなんだ? モンスターはそれを食べるのが使命だって、森の主が言ってたけど」


 修太の問いに、サーシャリオンは頷く。


「そなたらは知るべきだな。毒素は、世界中に漂っている。モンスターには見えるが、人や妖精の目には見えぬ。毒素には、人の憎悪や悲しみから生まれるものと、人間が精霊と呼ぶ、我らモンスターは始元素(しげんそ)と呼ぶものから生まれるものがある。始元素から生まれる場合は、誰かが魔法を使うことで始元素が疲弊し、その疲労が毒素となる」


 啓介があっと声を上げる。


「だからさっき、戦争のせいでって言ったのか?」


「そうだ。すぐに理解するとはそなたは聡いな」


 サーシャリオンは感心気味に呟いて、更に続ける。


「毒素が増えると、始元素が死んでしまう。毒素は始元素にとって、人間にとっての水のようなものだ。水の中で息はできまい? それゆえ、毒素を減らす者が必要となり、我らモンスターが生み出された。モンスターは毒素を餌とする。別に違うものを食べる者もいるが、毒素は必ず食べる」


 だが、とサーシャリオンは深刻な声で言う。


「毒素とは害のかたまりだ。憎悪や悲しみや始元素の疲労など、いかにも胸焼けしそうであろう? モンスターは毒素を喰らえば喰らう程に意識が闇に飲み込まれ、心が荒れ狂い、凶暴化していく。それを正す為、〈黒〉と〈白〉がいる」


 サーシャリオンは目を笑みの形にし、修太と啓介を見る。


「〈黒〉はモンスターの心を鎮め、その間に〈白〉が毒素を浄化する。それこそが、オルファーレン様の抱いた理想の姿だ」


 そして、次にフランジェスカを見る。


「だから、〈白〉だけでは駄目なのだ。あの娘に弟がいたように、〈白〉が本来の力を発揮するには、必ず〈黒〉の力が必要になる」


 フランジェスカは困惑したようにサーシャリオンに問いかける。

「何故、そのようなややこしいことを? それならば、〈白〉と〈黒〉だけがカラーズとして存在していればいいのでは? 他の四色はいりますまい」


「始元素が世界を循環するには、どちらにせよ手を貸すものが必要だ。〈赤〉〈黄〉〈緑〉、それからそなたのような〈青〉もまた、世界から欠けることの出来ない要素なのだよ」


 サーシャリオンは目を細める。


「そなたの目は、なんと美しい青なのだろう。我は青いものが好きなのだ。あの冷たき色は、心を和ませる」


「お褒めに預かり光栄です」


 少し気まずげに目を反らし、フランジェスカは端的に返す。ランプの明かりだけであるが、頬が赤いのに修太は気付いた。


「照れてるのか? 柄にもなく」


 じろりとフランジェスカに睨まれる。


「……私の面の皮が厚いとでも言いたいのか?」

「ちょっと聞いただけだろ。怒るなよ、気の小さい奴だな」

「貴様は背が小さいがな」


 イラッときたが、修太は賢明にも口を閉ざした。ここで言い合いをするわけにはいかない。うるさいと言われて、竜に一呑みにでもされたらたまらない。


「そなたらは面白いな。面白いものは好ましい。我は退屈していたのでな、暇つぶしに良いやもしれぬ」


 何か良い事を思い付いたというようにぶつぶつ呟きだすサーシャリオン。


「我もそなたらの旅に同行しよう。面白そうだ」


 サーシャリオンが楽しげに紡いだ言葉に、ヒノコが反応する。


 ――えー、クロイツェフ様、出てっちゃうのぉ?


「なに、出かけるだけだ。ヒノコよ、そうむくれるでない。可愛らしい青の炎が赤くなってきているぞ?」


 ――だってだって、クロイツェフ様がいないとつまらないよぉ。


「ふふ、可愛い奴め。だがそなたを連れていくわけにはゆかぬ。ここで留守を守れ。何かあれば、連絡するのだぞ」


 ――ちぇー、わかったよ、クロイツェフ様。ボク、しっかりお留守番してるよぉ。


 何だか妙な会話をしている竜と火の玉を修太は目を白黒させて見る。なんか、自分達についてくるとか言ってないか、このでかい竜……。


「サーシャリオンさん、一緒に来るのか?」


 のほほんと問う啓介。

 こいつ、このでかい竜がついてくる不味さを分かってねえな。

 修太は啓介の呑気っぷりに内心で断定する。


「ああ、そうすることにした。なに、そなたらと過ごす時間など、我にはささやかな時間に過ぎぬ。我の役割はどこにいてもできるから、森の主と違ってここを離れても構わぬし、問題ない」


「いやいやいや、問題ありまくりだろ。そんなどでかい竜が一緒なんて、俺達、町にも入れなくなるじゃねえか」


 啓介では心もとないので、修太は大急ぎで口を挟んだ。


「そういうことか。これならどうだ?」


 ふわりと黒い竜を白い吹雪が包んだかと思うと、次の瞬間には妙齢の女性が立っていた。腰の下まである真っ黒なストレートの髪と、光の加減で青や銀や緑に見えるオパールみたいな不思議な色の目が印象的だ。肌は褐色で、耳が尖っている。まるでエルフのような美しさだが、肌が褐色だからダークエルフという感じだ。


 見た目の不可思議さが気になるよりも、厳然としたおごそかな雰囲気の為に、目が合うと思わず背筋を正してしまう迫力があった。

 しかし、だ。爪先まである真っ黒いドレスで旅に出るというのはどうだろう。


「どうだ? 我は影の化身ゆえな、どんな姿にも変身出来るのだぞ。(しん)なる姿は竜であるが」


 女性らしい高めの声で言うサーシャリオンは、楽しげにドレスの裾をつまんで、くるりと一回転する。黒いドレスが闇の中でひらりと揺れた。妖艶とした美しさがある。でも同時に、無闇に近付いたら痛手を受けそうな強さもある。


「じゃあ、男にもなれるのか?」


 好奇心と憧れとで目を輝かせ、啓介がずいずいっと前に出てくる。


「なれるぞ」


 吹雪とともに、声が低くなり、短い髪と男物の服に変わっただけの二十代くらいの美丈夫が現れた。

 おおーっ! と歓声を上げる啓介。矢継ぎ早に問う。


「子どもは?」

「ほれ」

「老人は?」

「これでどうじゃ?」

「おおーっ! すっげ――――っ!!!」


 啓介の問いとともにパッと変わる姿。啓介は両手を握りしめ、心の底から感動の声を上げた。


 ……乗るなよ。


 修太はしらっとした目で啓介の要求に応えているサーシャリオンを見ている。フランジェスカは空気にのまれて唖然としているようで何も言わない。

 妙齢の女性の姿に戻ったサーシャリオンはくつくつと愉快そうに笑う。


「面白い(わらべ)だな。姿が変わるのが、そんなに面白いか?」

「そりゃあもう! かっけーっ!」


 興奮気味に叫ぶ啓介。


 ――どこが格好良いんだ。


 こいつの思考回路は相変わらず意味不明だ。修太は、自分の幼馴染ながら変な奴だと、怪しいものを見る目を啓介に向ける。


「あ、でも、旅するのにドレスだと歩きづらくないっすか?」


 しばらく感心していた啓介だが、冷静になるとそう問うた。


「どうせ姿を変えるのなら、愛らしい姿が良いのだ。我はこういうひらひらしたものが好きなのだよ。可愛らしかろう?」


 小首を傾げる様は確かに可愛らしいような気がしたが、この姿だと可愛らしいというより綺麗という言葉の方がしっくり馴染む。

 しかし、この竜、意外に乙女な思考回路の持ち主らしい。

 啓介があのノリなので自分がしっかりしなくてはと思ったのか、フランジェスカが申し訳なさそうに口を出す。


「似合いますが、しかし、旅にそれではとても目立ちます。我々はあまり目立ちたくないのです……」

「そうか、それもそうだな。だが、塔を出てから服を変えるとしよう」


 サーシャリオンは勿体なさそうにドレスを見下ろし、それでもしぶとく言い募った。そして、ドレスの裾をひらひら揺らして広間にあるレリーフの方へ歩いていく。


「さあ、おいで。地上まで送ってやろう」


 レリーフの前に描かれた魔法陣に乗るように促すサーシャリオンに三人が従うと、冷たい風が吹き抜けたと思った瞬間、暗闇から明るい光の中に放り出された。


 ※頂いた感想で、火の子って妖精みたいで可愛いですねって言われまして、確かに可愛かったので、勝手に名前を採用しました。火の玉ちゃんの名前です。

  ウィスプで通すつもりだったので、可愛いなーって思いまして。

  ヒノコって片仮名にしましたけども。

  もしお嫌でしたら言って下されば変えますので、一応、ここにも書いておきますね。

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