表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
断片の使徒  作者: 草野 瀬津璃
双子山脈編
185/340

 8



「病気ぃ!?」

 ロノというダークエルフの男から一通りの事情を聞いた修太達は、声を揃えて驚いた。

「大丈夫なのかよ、お前」

 修太が啓介に詰め寄ると、啓介の代わりにロノが答えた。

「大丈夫ではないから、山から出さないと言ってるんだ」

 死亡時に傍に誰かがいれば感染するのなら、確かに山の外には出せないだろう。

「人間達、今すぐに準備しろ。村での対応を確認次第、お前達には魔女の討伐に向かってもらうのだからな」

 長い前髪の隙間から、鋭い金の目が修太達をじろりと一瞥した。殺気立った山猫のような威圧がある。

「村に連れて行くのか? だが、ロノ殿、その女はもしかしたらあの魔女の手先かもしれんぞ。何もないところから現れた。しかも、そっちの子どもなんて、ポイズンキャットを従えて……。ん? そういえば、子ども、あのモンスターはどうした」

 修太達の野営地を囲んでいた方のリーダーの男はそこまで言って、違和感に気付いたようだった。

 左からだけでなく右からもにらまれた修太は、どうしたものかとそれぞれを見比べる。すると、修太が何か答えるより先に、フランジェスカが右の男を険をたっぷりこめて見た。

「私は、魔女でも魔女の手先でもない! 失礼な輩だな。私はむしろ、敵対している方だ。別の魔女に呪われたせいで、ポイズンキャットに変身できるようになってしまってな。ああ? なんだ、その疑いの目は。よく目をこらして見ていろ!」

 どこのチンピラだ、お前。

 機嫌の悪いフランジェスカは、そう毒づくと、一瞬後、ポイズンキャットの姿に変身した。

 周囲のダークエルフ達がどよつく。

 彼らが見たことをしっかり確認すると、フランジェスカは人間の女性の姿に戻った。

「中途半端に解けた呪いのせいで、このざまだ。私は呪いを完全に解く為にこいつらと旅してるんだ。分かったら、魔女呼ばわりをやめるんだな。やめないのならば……」

「ならば?」

 リーダーの男が繰りかえすと、フランジェスカは先程殴り飛ばしたダークエルフの男をちらっと見てから、右の拳を握って宣言した。

「殴る」

 しん、と辺りが静まり返った。一瞬でダークエルフ達をどん引きさせたフランジェスカは、にやりと悪役じみた笑みを浮かべる。

「何て勇ましくて綺麗なんだ」

 しかし、ダークエルフ達の中から、誰かがぽつりと呟いた言葉は、想定していないものだった。

「ああ。こんなに堂々とした女が人間の中にいるなんて」

 別の誰かが言った。

(……ん?)

 修太は眉を寄せる。何かがおかしい。

 さっきは敵対心たっぷりだったダークエルフ達だが、協力関係を結んだせいか、見方を変えたらしい。

(っていうか、なんか、ぽやーっとした目でフランのことを見てねえ?)

 気のせい? 気のせいなのか?

 不気味に思っていると、ロノが咳払いをした。

「お前達、しっかりしろ」

「ハッ、悪い、ロノ殿」

 我に返った誰かが謝った。

「うちじゃ、女の美徳は好戦的なことだ。エルフ達みたいな弱虫どもとは違ってな」

 修太達の疑問の視線を読み取ってか、ロノが弁解するみたいに言った。

「うわあ、すげえ。まさかフランがモテモテになる日が来るとは……だっ!?」

「一言余計だ、クソガキ」

 修太が思わず呟くと、修太の頭にフランジェスカの鉄拳が落とされた。

 ――この野郎、本気で殴りやがった。

 痛みを我慢して震える修太を見て、啓介が笑う。

「あはは、今のはシュウが悪い」

「うるせえ」

 修太は負け惜しみで啓介をじろっとにらんだ。

「人間の女、お前が魔女ではないことは分かった。他に反対者はいないようだから、とっとと用意しろ」

 ロノが準備を急かすと、ピアスが口を挟んだ。

「ねえ、待って。どうしてケイが感染したって分かるの? これが集落に近付きすぎた人間への罠なんてことはないの?」

 ダークエルフの村へ行くことに対し、ピアスは不安を隠せないようだ。警戒気味にダークエルフ達を見回している。

 だが、その問いには、少女の高い声が答えた。

「証拠だったら簡単よ」

 ざっと草の鳴る音がして、上から小柄な少女が降ってきた。すとっと着地する少女に、ロノは渋い顔をする。

「ラフィオラ、先に集落に戻れと言ったはずだ」

「人間が何かおかしな真似しないってどうして言えるのよ、ロノ。私はこいつら出来損ないのことなんか、信用してないんだから」

 腰に手を当て、少女は憤然と言い切った。そして、つかつかと啓介の方に歩いてくると、ピアスを振り返る。

「これが証拠だ、人間」

 ラフィオラは啓介が着ている灰色の上着の裾をむんずと掴むと、何の躊躇もなく引き上げた。

「うわっ!?」

「きゃ!」

 啓介とピアスの驚く声が重なる。

「ちょっと、何目ぇ隠してんのよ。見なさいよ!」

「あ、ごめんなさい。ついっ」

 びっくりしたのか、ピアスは両手で顔を覆ってしまったが、ラフィオラの怒り声で指に隙間を開けて見た。

 いや、そこまでするんなら手ぇ下ろせよ。

 修太は内心で突っ込んだが、恥ずかしそうにしているピアスは可愛らしいと思った。フランジェスカなんて全く気にしていない。

「なるほどな、確かに花紋だ。白い花の(あざ)がある」

 それどころかしげしげと眺め、フランジェスカは指摘した。

 確かに、啓介の腹のヘソのすぐ右隣に、白い小さな花の形をした痣があった。

「えーと、もういいかな……?」

 肌を露出させることに抵抗があるのか、啓介は非常に複雑な顔をしてラフィオラに問う。ラフィオラはぎろりと啓介を睨む。

「何恥ずかしがってんのよ、男の癖して情けない!」

「いや、そんなこと言われてもさ。俺、ヘソ出して歩く趣味ないしさ」

 ラフィオラの剣幕にたじたじになって身を反らしつつ、啓介はやんわりそう主張する。

(こいつ、服装はきちんと派だから、そりゃ抵抗あるよな……)

 育ちの良さが出ている。啓介はノースリーブのシャツなら大丈夫だろうが、水着でもないのに上半身裸や、中途半端にヘソを出すなんてありえないんだろう。

 そう結論付けた修太も、きちっと着込む派だ。だらしない服装が大嫌いな母親のしつけのせいである。とにかくしつけに厳しい母親だったので、だらけた格好をしていたら膝を叩かれるのだ。気付けばこうなるのも頷けるというものだろう。

 ラフィオラはふんと鼻を鳴らし、乱暴に手を離した。そして、今度はピアスをにらんだ。

「これで分かったでしょ、人間。ごちゃごちゃ言ってないで、とっとと準備しなさいよ!」

 かりかりしているラフィオラを横目に、ロノがやれやれと息を吐く。

「相変わらず、きゃんきゃんとうるさい娘だな」

 呆れ果てた声が落ちた。そう言ったのは、サーシャリオンだった。青や緑や銀に見える不思議な色の目を半眼にしている。面倒くさいと思っているのが分かりやすい。

 ラフィオラはバッと後ろに下がり、びしっとサーシャリオンを指差した。

「あ――っ! あの時の裏切り者! 何でここにいるのよ!」

 突然の大声がうるさくて眉間に皺を刻みつつ、修太はサーシャリオンをちらと見る。

「何だよ、サーシャ。このちびっ子と知り合いか?」

「うっさい! お前だってチビでしょ! っていうか! 子どもに言われたくない!」

 ふーっと威嚇する猫みたいに肩を怒らせるラフィオラ。ロノが、ラフィオラの頭にポンと手を置いて、後ろに下がらせる。

「ああもう、ラフィオラ。お前はさっきからうるさい」

「ちょっとロノ! 可愛い恋人が馬鹿にされてんのに、何で怒らないのよ?」

「お前が発育不良でチビなのは、村の皆が知ってる事実だ。おい、子ども。この娘はこれで四十はいってんだ。大人なんでな、口には気を付けろ」

 ロノが溜息混じりに忠告した。

 この二人、兄妹にしか見えないのに、恋人同士なのか。

 意外に思った修太だが、それよりもラフィオラが大人だということが意外で、ついじろじろと眺めてしまう。

「大人なのか? 小さくない?」

「どこ見て言った! こんのクソガキーっ!」

「やめんか、馬鹿」

 修太は身長のことを言ったのだが、何か勘違いしているラフィオラが怒って暴れている。そんなラフィオラの後ろ襟を掴んで引き留めるロノ。

「ラフィオラ、論点がずれている。何でそこの“はぐれ”を知ってるんだ?」

「ビルクモーレで実験の邪魔をされたのよ」

 ぶすっとむくれ顔で答えるラフィオラ。

「ふぅん、なるほどね……。こいつらがバサンドラを退治したって人間どもか? 何だお前ら、ギルドにでも頼まれて嗅ぎまわってたのか?」

 ロノの気配が敵意を帯びたものになった。ぎくりとする修太だが、サーシャリオンはのんきなもので、マイペースに欠伸(あくび)までしている。

「我らは傷をたちまちに癒すという奇跡の霧を見にきただけだ。まあ、そなたらが何を企てているか、気にならないこともないが、我としてはどうでもいい。それよりも、ケイの病を治す方が大事だ」

「サーシャ……」

 感動した様子で呟く啓介。

「ふん、それならお前達にとっては一石二鳥だな」

 敵意を引っ込め、ロノは静かな口調で言った。

「その霧は、あの魔女が居座っている場所に湧いているからな。俺達に犠牲者が出ても、あの魔女やモンスターは傷が癒える。――面倒な奴らだよ」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ゆるーく活動中。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ