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「病気ぃ!?」
ロノというダークエルフの男から一通りの事情を聞いた修太達は、声を揃えて驚いた。
「大丈夫なのかよ、お前」
修太が啓介に詰め寄ると、啓介の代わりにロノが答えた。
「大丈夫ではないから、山から出さないと言ってるんだ」
死亡時に傍に誰かがいれば感染するのなら、確かに山の外には出せないだろう。
「人間達、今すぐに準備しろ。村での対応を確認次第、お前達には魔女の討伐に向かってもらうのだからな」
長い前髪の隙間から、鋭い金の目が修太達をじろりと一瞥した。殺気立った山猫のような威圧がある。
「村に連れて行くのか? だが、ロノ殿、その女はもしかしたらあの魔女の手先かもしれんぞ。何もないところから現れた。しかも、そっちの子どもなんて、ポイズンキャットを従えて……。ん? そういえば、子ども、あのモンスターはどうした」
修太達の野営地を囲んでいた方のリーダーの男はそこまで言って、違和感に気付いたようだった。
左からだけでなく右からもにらまれた修太は、どうしたものかとそれぞれを見比べる。すると、修太が何か答えるより先に、フランジェスカが右の男を険をたっぷりこめて見た。
「私は、魔女でも魔女の手先でもない! 失礼な輩だな。私はむしろ、敵対している方だ。別の魔女に呪われたせいで、ポイズンキャットに変身できるようになってしまってな。ああ? なんだ、その疑いの目は。よく目をこらして見ていろ!」
どこのチンピラだ、お前。
機嫌の悪いフランジェスカは、そう毒づくと、一瞬後、ポイズンキャットの姿に変身した。
周囲のダークエルフ達がどよつく。
彼らが見たことをしっかり確認すると、フランジェスカは人間の女性の姿に戻った。
「中途半端に解けた呪いのせいで、このざまだ。私は呪いを完全に解く為にこいつらと旅してるんだ。分かったら、魔女呼ばわりをやめるんだな。やめないのならば……」
「ならば?」
リーダーの男が繰りかえすと、フランジェスカは先程殴り飛ばしたダークエルフの男をちらっと見てから、右の拳を握って宣言した。
「殴る」
しん、と辺りが静まり返った。一瞬でダークエルフ達をどん引きさせたフランジェスカは、にやりと悪役じみた笑みを浮かべる。
「何て勇ましくて綺麗なんだ」
しかし、ダークエルフ達の中から、誰かがぽつりと呟いた言葉は、想定していないものだった。
「ああ。こんなに堂々とした女が人間の中にいるなんて」
別の誰かが言った。
(……ん?)
修太は眉を寄せる。何かがおかしい。
さっきは敵対心たっぷりだったダークエルフ達だが、協力関係を結んだせいか、見方を変えたらしい。
(っていうか、なんか、ぽやーっとした目でフランのことを見てねえ?)
気のせい? 気のせいなのか?
不気味に思っていると、ロノが咳払いをした。
「お前達、しっかりしろ」
「ハッ、悪い、ロノ殿」
我に返った誰かが謝った。
「うちじゃ、女の美徳は好戦的なことだ。エルフ達みたいな弱虫どもとは違ってな」
修太達の疑問の視線を読み取ってか、ロノが弁解するみたいに言った。
「うわあ、すげえ。まさかフランがモテモテになる日が来るとは……だっ!?」
「一言余計だ、クソガキ」
修太が思わず呟くと、修太の頭にフランジェスカの鉄拳が落とされた。
――この野郎、本気で殴りやがった。
痛みを我慢して震える修太を見て、啓介が笑う。
「あはは、今のはシュウが悪い」
「うるせえ」
修太は負け惜しみで啓介をじろっとにらんだ。
「人間の女、お前が魔女ではないことは分かった。他に反対者はいないようだから、とっとと用意しろ」
ロノが準備を急かすと、ピアスが口を挟んだ。
「ねえ、待って。どうしてケイが感染したって分かるの? これが集落に近付きすぎた人間への罠なんてことはないの?」
ダークエルフの村へ行くことに対し、ピアスは不安を隠せないようだ。警戒気味にダークエルフ達を見回している。
だが、その問いには、少女の高い声が答えた。
「証拠だったら簡単よ」
ざっと草の鳴る音がして、上から小柄な少女が降ってきた。すとっと着地する少女に、ロノは渋い顔をする。
「ラフィオラ、先に集落に戻れと言ったはずだ」
「人間が何かおかしな真似しないってどうして言えるのよ、ロノ。私はこいつら出来損ないのことなんか、信用してないんだから」
腰に手を当て、少女は憤然と言い切った。そして、つかつかと啓介の方に歩いてくると、ピアスを振り返る。
「これが証拠だ、人間」
ラフィオラは啓介が着ている灰色の上着の裾をむんずと掴むと、何の躊躇もなく引き上げた。
「うわっ!?」
「きゃ!」
啓介とピアスの驚く声が重なる。
「ちょっと、何目ぇ隠してんのよ。見なさいよ!」
「あ、ごめんなさい。ついっ」
びっくりしたのか、ピアスは両手で顔を覆ってしまったが、ラフィオラの怒り声で指に隙間を開けて見た。
いや、そこまでするんなら手ぇ下ろせよ。
修太は内心で突っ込んだが、恥ずかしそうにしているピアスは可愛らしいと思った。フランジェスカなんて全く気にしていない。
「なるほどな、確かに花紋だ。白い花の痣がある」
それどころかしげしげと眺め、フランジェスカは指摘した。
確かに、啓介の腹のヘソのすぐ右隣に、白い小さな花の形をした痣があった。
「えーと、もういいかな……?」
肌を露出させることに抵抗があるのか、啓介は非常に複雑な顔をしてラフィオラに問う。ラフィオラはぎろりと啓介を睨む。
「何恥ずかしがってんのよ、男の癖して情けない!」
「いや、そんなこと言われてもさ。俺、ヘソ出して歩く趣味ないしさ」
ラフィオラの剣幕にたじたじになって身を反らしつつ、啓介はやんわりそう主張する。
(こいつ、服装はきちんと派だから、そりゃ抵抗あるよな……)
育ちの良さが出ている。啓介はノースリーブのシャツなら大丈夫だろうが、水着でもないのに上半身裸や、中途半端にヘソを出すなんてありえないんだろう。
そう結論付けた修太も、きちっと着込む派だ。だらしない服装が大嫌いな母親のしつけのせいである。とにかくしつけに厳しい母親だったので、だらけた格好をしていたら膝を叩かれるのだ。気付けばこうなるのも頷けるというものだろう。
ラフィオラはふんと鼻を鳴らし、乱暴に手を離した。そして、今度はピアスをにらんだ。
「これで分かったでしょ、人間。ごちゃごちゃ言ってないで、とっとと準備しなさいよ!」
かりかりしているラフィオラを横目に、ロノがやれやれと息を吐く。
「相変わらず、きゃんきゃんとうるさい娘だな」
呆れ果てた声が落ちた。そう言ったのは、サーシャリオンだった。青や緑や銀に見える不思議な色の目を半眼にしている。面倒くさいと思っているのが分かりやすい。
ラフィオラはバッと後ろに下がり、びしっとサーシャリオンを指差した。
「あ――っ! あの時の裏切り者! 何でここにいるのよ!」
突然の大声がうるさくて眉間に皺を刻みつつ、修太はサーシャリオンをちらと見る。
「何だよ、サーシャ。このちびっ子と知り合いか?」
「うっさい! お前だってチビでしょ! っていうか! 子どもに言われたくない!」
ふーっと威嚇する猫みたいに肩を怒らせるラフィオラ。ロノが、ラフィオラの頭にポンと手を置いて、後ろに下がらせる。
「ああもう、ラフィオラ。お前はさっきからうるさい」
「ちょっとロノ! 可愛い恋人が馬鹿にされてんのに、何で怒らないのよ?」
「お前が発育不良でチビなのは、村の皆が知ってる事実だ。おい、子ども。この娘はこれで四十はいってんだ。大人なんでな、口には気を付けろ」
ロノが溜息混じりに忠告した。
この二人、兄妹にしか見えないのに、恋人同士なのか。
意外に思った修太だが、それよりもラフィオラが大人だということが意外で、ついじろじろと眺めてしまう。
「大人なのか? 小さくない?」
「どこ見て言った! こんのクソガキーっ!」
「やめんか、馬鹿」
修太は身長のことを言ったのだが、何か勘違いしているラフィオラが怒って暴れている。そんなラフィオラの後ろ襟を掴んで引き留めるロノ。
「ラフィオラ、論点がずれている。何でそこの“はぐれ”を知ってるんだ?」
「ビルクモーレで実験の邪魔をされたのよ」
ぶすっとむくれ顔で答えるラフィオラ。
「ふぅん、なるほどね……。こいつらがバサンドラを退治したって人間どもか? 何だお前ら、ギルドにでも頼まれて嗅ぎまわってたのか?」
ロノの気配が敵意を帯びたものになった。ぎくりとする修太だが、サーシャリオンはのんきなもので、マイペースに欠伸までしている。
「我らは傷をたちまちに癒すという奇跡の霧を見にきただけだ。まあ、そなたらが何を企てているか、気にならないこともないが、我としてはどうでもいい。それよりも、ケイの病を治す方が大事だ」
「サーシャ……」
感動した様子で呟く啓介。
「ふん、それならお前達にとっては一石二鳥だな」
敵意を引っ込め、ロノは静かな口調で言った。
「その霧は、あの魔女が居座っている場所に湧いているからな。俺達に犠牲者が出ても、あの魔女やモンスターは傷が癒える。――面倒な奴らだよ」