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断片の使徒  作者: 草野 瀬津璃
双子山脈編
184/340

 7



「う……?」

 テントの中で目を覚ました修太は、隣に横たわっているものを見つけて、目を細めた。

「お前、またいるのかよ」

 ポイズンキャット姿のフランジェスカが、すみっこで丸くなっている。このテント、テント内が快適な気温になるような魔法陣が縫い付けられているせいか、以前から野営する際にフランジェスカはこうやって紛れ込むことがあった。

 今では自分の意思でポイズンキャットに変身できるせいか、夜の間だけポイズンキャットになっていた時より遠慮が無くなった気がする。月光の呪いが半端に解けて以来、フランジェスカはあまりポイズンキャットに変身しなくなったが、野営の夜だけは別らしい。火の番はグレイが買って出ることが多く、ゆっくり出来るから余計にだ。何でも、猫姿だと狭い場所でものびのびと眠れるのが良いらしい。呪いを完全に解きたがっているくせに、よく分からん奴だ。

 とりあえず見なかったことにした修太は上体を起こして座り、溜息を吐く。

「あー、だりい……」

 昨日は魔法を使いすぎた。まだ回復しきっていないようで、体を起こした途端、くらくらした。またサーシャリオンに湧水を汲んで来てもらおうかと考えていると、野営地が騒がしいことに気付いた。よく聞き取れないが、誰かが怒っていて、ピアスやサーシャリオンが何か返事している。

 何となく不穏な雰囲気だ。修太は何が起きたのか把握する為、テントを出ようと出口に這い寄る。

「ニャア!」

 いつの間にか起きたらしいフランジェスカが、修太の前に回り込んで鳴いた。ピンと立った尻尾からするに、気を付けろと言っているようだ。

 フランジェスカは、ポイズンキャットから人間に戻る時は、広い場所でないと戻らない。狭い場所にいる時に戻ると、壁が近づいてくる感覚がして怖いんだそうだ。

 修太は胸中で「分かってるよ」とフランジェスカに言い返しつつ、出入り口の掛け布を手で払いのける。

「何の騒……ぎ?」

 眼前に刃物が突き付けられている。そのことに遅れて気付き、修太はぴたっと動きを止めた。

 刃物を突き付けている本人――黒い髪と褐色の肌、尖った耳が印象的なダークエルフの青年は、その赤の目でじろっと修太を見下ろした。

「――こっちは子どもが一人だ」

 誰かに話しかけるのを目で追ってみて、初めて野営地がダークエルフ達に囲まれているのに気付いた。トリトラやシークは縄をかけられていて、ピアスは気まずげに両手を上げ、サーシャリオンはどこか楽しそうに周りを見ている。啓介とグレイの姿は何故か見当たらない。

 青年はふと修太の足元に目を向けた。

「それと、ポイズンキャットか……?」

「あ……こいつは……」

 修太はちらりとフランジェスカを見て、とっさに腕に抱えた。

「ペットです、ペット。俺のペット」

 何となく、声色的にフランジェスカが一番危険な目に遭いそうな気がした。

「クゥン……」

 テントの入り口に寝そべっていたコウも、不安げに鼻を鳴らして身を寄せてくる。

(ちょっ、ここだけ見たら俺、動物大好き人間みたいじゃん)

 別に動物は好きじゃないんだけど。

 修太の返事を聞いた青年は、ふと何かに気付いたように声を上げた。

「お前……モンスターを手なずけるなど、さてはあの魔女の手下か!」

「は? 魔女?」

 突然怒り出した青年をきょとんと見上げる修太。だが、青年は怒りのせいか目の前のことが見えていないようで、修太の手からフランジェスカを取り上げた。フランジェスカが「ぶみゃーっ」と情けない悲鳴を上げる。

「わーっ、ちょっと待って!」

 青年が猫の首の後ろの皮を掴んで持ち上げるなんていう乱暴なことをするものだから、修太は刃物を突きつけられているのも忘れて、青年の右手に飛びついた。幸い、青年が左手に持った剣先は、フランジェスカを捕まえる際に横に向けられた為に当たらずに済んだが、少し離れた場所でピアスが小さく悲鳴を上げるのが聞こえた気がした。

「そいつ、そんなだけど、俺達の大事な仲間なんだ! 返してくれ!」

「モンスターが仲間? 何を言ってるんだ。イカレてる」

 青年は、完全に精神異常者を見る目をしていた。修太はたじろいだが、フランジェスカが「ぶみゃぶみゃ」としきりと鳴きながら、蝙蝠に似た羽をばたつかせているのを見て、青年の右手を揺さぶる。

「いいから離せって! そいつ、痛がってるだろ!」

 見るからに痛そうなものだから、修太もすっかり動揺している。もし普通の猫がそんな扱いをされていても、痛ましくて止めただろう。

 だが、青年は背が高いので、手を頭上へと上げられれば、子どもの姿である修太の身長ではフランジェスカに手が届かない。

「シューター、大人しくして!」

「やめてよ、フランジェスカさんが可哀想!」

 トリトラとピアスの声が同時に聞こえた。

「触るんじゃない! 汚らわしい人間が!」

 修太に飛びつかれたのが気持ち悪かったらしく、ダークエルフの青年は嫌悪感たっぷりに怒鳴った。その時に左肩を強く押されたせいで、やむなく修太はテントの方に尻餅をついた。

「――ふん、こんなモンスター、こうしてやる!」

 青年は、右手に持っていたフランジェスカを天高く放り投げた。

「ぶみゃー!?」

 フランジェスカが驚きの声を上げている。

(な、投げた!)

 目を丸くしてそれを見た修太は、青年が左手の剣を構えるのを見て、どうする気なのか瞬時に悟り、跳ね起きるようにして、今度は剣を持つ左手に飛びついた。

「うわっ、このガキ! 離せ!」

「やめろって言ってんだろ!」

 引きはがそうとする青年だが、修太も負けていない。相手が非力なダークエルフだったのもあり、渾身の力でしがみつけば、例え人間の子ども程度の力でも、青年は修太を引きはがすに引きはがせないようだ。

 一方、落ちてきたフランジェスカは、コウが背中でキャッチした。

 だが必死な修太はそれに気付かず、武器を使わせないことに躍起になっている。やがて焦れた青年が右手を拳にして振り上げた瞬間、それは横合いから伸びた手に止められた。

「――そこまでだ」

「なっ」

 ひとけの無かった場所に、急に立った人影を、青年はぎょっと見る。青みがかった黒い髪と濃い青の目をした女が、凄烈な笑みを浮かべていた。一瞬の隙に元の姿に戻ったフランジェスカだった。

「よくも放り投げてくれたね。女の扱いがなってないんじゃないか?」

 静かに切れているフランジェスカは、青年に威圧たっぷりに笑いかけ、右手をグーの形にする。そして、さっきのお返しとばかりに思い切り青年の顔面を殴りつけた。

「ぐっ」

「うわ」

 地面へと倒れる青年に巻き込まれかけた修太だが、すんでのところでフランジェスカに後ろ襟を掴まれて引き戻された。

 青年は地に座りこみ、低くうめいて顔を両手で覆う。その手の隙間から、血が零れ、草むらに点々と赤い跡をつけた。どうやら拳は鼻に直撃したらしい。

「助かった、クソガキ」

「……そう思うんなら、クソガキって呼ぶなよ」

 パッと手を放したフランジェスカはそう礼を言ったが、修太はそれにケチを付けた。ひどい言い草だ。

「急に現れたぞ、この女!」

「やはり魔女の手下だ!」

 そんな遣り取りをしている間にも、周囲を囲んでいるダークエルフ達は、矢の向きや魔法の向きをフランジェスカと修太に据える。

「――おい、どうすんだよ。最悪の状況なんだけど」

「どうするもこうするも、返り討ちにするしかあるまい!」

 好戦的に言い放ったフランジェスカは、長剣を抜き放つ。

 場の空気は、完全に睨みあいの状態になった。フランジェスカの放つ凛とした威圧感に、周囲のダークエルフは弓を引き絞る。

 しかし、誰も攻撃に移らない。それどころか、剣を構えたフランジェスカに気圧されて、じりっと後ろに下がる者もいた。

 隣にいる修太も、本気で戦う気でいるフランジェスカの傍にいると、肌の産毛がちりちりと逆立つ不快感がある。

 ここで動けば負ける。

 そんな空気のせいで、修太も身を固くしている。

 大多数に囲まれながら、一人で相手をすくませているフランジェスカ。修太はフランジェスカの戦士としての格の違いを、改めて見せつけられた。

「ふっ」

 ふいに、フランジェスカは息を吐くように笑いを零した。剣を構えたまま、右手の人差し指を軽く動かす。

「これで人質は無意味だな」

 その言葉とともに、鈍い音が響いた。

 縄が解けたトリトラとシークが、傍にいたダークエルフを、シークは殴り飛ばし、トリトラは腕を掴んで投げ飛ばしている。更に、ピアスとサーシャリオンに剣を向けていたダークエルフ二人は宙を吹っ飛び、何故かびしょ濡れで地面に倒れた。

「気を付けろ! その女、〈青〉だ! あの魔女と同じだ! 構えろ」

 周囲を囲むダークエルフの内、誰か一人が叫んだ。

 フランジェスカはぴりっとするような気配を放ち、不機嫌そのものの顔で問い返す。

「魔女だと? 私が……? おい、貴様! その不愉快極まりない誤解を正してもらおうか!」

 ぎろっと一瞥するフランジェスカ。その鋭い眼光に、輪が少し広まる。

(ちょっと、あんたらビビりすぎ!)

 怖いのは理解出来るけど。

「ええい! ひるむな! 撃て!」

 リーダーらしい人物の声が、いっせい号令をかける。その合図で持ち直したダークエルフ達は、躊躇いを捨て、四方八方から矢と魔法を飛ばしてきた。

(ぎゃーっ)

 心の中で悲鳴を上げる修太。フランジェスカは魔法を使い、周囲に水の壁を張る。そして、取りこぼした分を払う為に剣を構えた。――が。

「まったく、仕方ないの」

 彼女が剣をふるうより先に、サーシャリオンののんきな声がぽつりと野営地に落ちた。その瞬間、凍えるような冷風がごうっと吹き抜けた。

 そして、パキン、と何かが凍りついたような音がして、鳥や虫の声が聞こえなくなった。突然の無音に違和感を覚えた修太は、顔を庇っていた腕を恐る恐るどける。

 そうして見た光景に、唖然とする。

 野営地一帯が凍りつき、ここだけが真冬の高原のような状態になっている。

 地面には、氷漬けにされた矢や石、元は水の魔法だったのか、氷の塊が落ちている。更に周囲を見回すと、ダークエルフ達が持つ武器は全て氷漬けになり、更には彼らの足も氷で固められているのが分かった。

 彼らは何が起きたのか分からなかったらしい。声も出せずに驚いている。

「うわぁん、サーシャ、ありがとぉーっ!」

 ピアスがへなへなと地面に座りこみ、心底安堵した様子でサーシャリオンにお礼を言う。あの危機的状況が怖かったのか、短剣を構えてはいるものの、若干涙目だ。修太も似たような状態だったので、ピアスの気持ちはよく分かった。

 サーシャリオンは胸を反らし、満足げに頷いた。

「うむうむ、感謝するがよい」

「お前、ちょっとは謙遜しろよ……」

 確かに助かったけど。

 修太はそう突っ込んだが、サーシャリオンは笑い飛ばしただけだった。

「助かった、サーシャ。流石にちと肝が冷えたな」

 ふうと息を吐き、フランジェスカは剣を鞘に戻した。周囲を覆っていた水の壁が空中に溶けるようにして消える。

「うむ、別に構わぬ。我はその(わらべ)のついでに守ってやっただけだからな。――シューター、そなた、向う見ずな真似をするでない。武器を持つ相手に、素手で戦いを挑むなど阿呆のすることだ。そうだな、我のように素手でも平気なら構わぬのだが」

 少し怖い顔をして説教をした後、サーシャリオンはにやりと笑い、フランジェスカが殴り倒した青年の剣を拾い上げる。

「例えば、こんな風に」

 そう言うや、サーシャリオンは、長剣の刃部分と柄を両手で握り、無造作に手に力を込めた。

 ベキッとものすごい音がし、剣は半ばで真っ二つに折れた。

 周囲で、唖然と息を飲むような音がした。修太もまた、サーシャリオンが地面に捨てた剣だったものをぽかんと見て、思わず拍手する。

「おお、すげえ」

「すごいだろう? なあ、我は金属でもこうすることが出来るのだ。人の身ならどうなるであろうな?」

 そう言って、サーシャリオンは青年の前にしゃがみこみ、にっと笑って青年の右腕を掴んだ。青年の表情が凍りつく。

「のう、ダークエルフの。別にそなたらがこの辺りをテリトリーにしているのは構わぬが、山に入り込んだ者に対して、ここまでの仕打ちをする必要があるのか? そなたらのしておることは、山賊と変わらぬように思えるが……」

 やんわりと腕を握られているだけであるが、青年の顔は恐怖で引きつっている。

「ひ、ま、待て。落ち着け」

「我は落ち着いているぞ? そなたこそ、落ち着いたらどうだ」

「やめろ。折らないでくれ!」

「ふむ、どうだろうな。よく聞こえぬ。そうさな、お前達が我らを見なかったことにして巣穴に帰るというなら、聞いてやってもよい」

 サーシャリオンは、愉快そうに悪魔じみた笑みを浮かべた。

 震え上がった青年は、仲間達に叫ぶ。

「頼む、助けてくれ! 殺される! なあ、撤収しよう!」

 その悲鳴のような叫びに、凍り付いていたダークエルフ達もまた震え、先程のリーダーらしき者の声が返事をした。

「俺達は里に戻る! だからそいつを離してくれ。それに、その為に、この足もどうにかしてくれ!」

 サーシャリオンの脅しは効果てきめんだった。

(まあ、剣を目の前で素手で折られたら、誰でもこんな反応になるよな……)

 しかもその手で腕を掴まれているだなんて気が気ではないだろう。実際、青年は蒼白な顔をしていて、今にも泡を吹いて倒れそうだ。

「いいだろう」

 サーシャリオンは愉快げに頷き、青年の腕から手を離した。青年は、すぐさまサーシャリオンから距離を取るべく、飛び退った。左手は相変わらず鼻を押さえたまま、ぜいぜいと肩で息をしている。

 その怯え具合が気の毒になった修太は、つい大丈夫かと声をかけそうになったが、やめておいた。どう見ても大丈夫ではない。それどころか散々だ。

「旦那、話がついたんならこっちも溶かしてよ」

「巻き添えにすんなよな!」

 静かだなあと思えば、トリトラとシークもダークエルフ達ともども、足を氷漬けの憂き目にあっていたようだ。不満いっぱいの顔でサーシャリオンをにらんでいる。

「おお、すまぬすまぬ。そういえばそなたらもおったな。早々に捕まっておったから忘れておった」

「仕方ねえだろっ、落雷の魔法を使われて、痺れで動けなくなったんだよ。俺らは好きで魔法に弱い体質をしてんじゃねえ」

 シークが毛を逆立てるようにして怒りをあらわにする。トリトラも首肯することで、気持ちを表している。

「身体能力は高いくせして、魔法耐性の無い連中は面倒だな……」

 本気で面倒くさそうにぼやきつつ、サーシャリオンはパチンと指を鳴らす。その音とともに、氷は弾けるようにして青い光の残滓を残して消えてしまった。

 サーシャリオンはぐるりと野営地を見回す。

「ではな。約束通り、帰れ」

「分かっている!」

 ダークエルフ達を束ねていた男が、激しい口調で答え、仲間に撤退だと手で合図する。そして、森の暗がりへとその姿を消そうとした時、啓介やグレイがダークエルフの男二人と共に戻ってきた。

「どうしたの、皆」

 異様な空気を肌で感じたのか、心配そうに駆けてくる啓介。

「いったい何があった?」

 啓介と共にやって来た、この中でも一番風格のあるダークエルフの男が、鋭い声で仲間に問いかける。

 ダークエルフ達は勿論のこと、修太達も訳の分からない状況だ。修太達は、説明を求めて互いに顔を見合わせた。


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