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断片の使徒  作者: 草野 瀬津璃
双子山脈編
183/340

 6



花紋病(かもんびょう)……?」

 緊張で張りつめた空気の中、啓介は少女の言葉を繰り返した。少女は頷いて、啓介とまっすぐに向き合った。

「そう。本来は、雪花蝶(せっかちょう)鱗粉(りんぷん)に含まれる毒を浴びすぎると発症する病よ」

「蝶? でも、俺、ここに来て蝶を見た記憶がない」

「本来はと言ったでしょう? 人間、お前はセネシャ――そこに寝ていた女性の最後を看取(みと)った為に感染したの」

「どういうこと……?」

 啓介はそう聞いたが、脳裏に浮かぶ光景があった。

 女性が亡くなった時、何かが啓介に降りかかったような、そんな気がしたのだ。あの時に感染したのかもしれない。だが、認めたくないという気持ちが先だって、それを否定する。

 啓介の心情などお構いなしに、少女は淡々と話を続ける。

「いいから、話を聞け。まず、雪花蝶はモンスターではなくて、大型の昆虫に過ぎないわ。それでも私達にとっては脅威になる。でも、数はそれほど多くは無いから、姿が見えたら隠れれば済んだし、花紋病を発病しても特効薬になる薬草があったから問題無かった。幼虫を見つけたら殺すようにもしていたし」

 啓介は話の中から違和を感じた部分を抜き出す。

問題無かった(・・・・・・)?」

 どうして過去形なんだろう。

 啓介が答えを求めて少女を見ると、少女は弓をぎゅっと握りしめた。

「あの魔女のせいで、薬草を採りに行けなくなった! それに、あの魔女は実験と称して雪花蝶の飼育まで始めて……! こんなに被害が出たのは初めてよ! これも全部あの魔女のせい!」

 まるで呪いを吐くように、少女は憎悪の言葉を紡いだ。

 言い終えると、少女は感情的になった自分を恥じるように、口元を手で覆って大きく息を吐いた。

「花紋病にかかると、肌に白い花の斑点が浮かび上がる。それが徐々に上に上っていって、頬に到達すると、もうすぐ死ぬ合図。発病から死亡までは約半年。その間、下がらない熱と嘔吐にさいなまれながら、苦痛のうちに死んでいく。死ぬと、その体は花になる。――分かった? つまり、その花は、セネシャっていう私達の仲間の遺体なのよ!」

 血を吐くように少女は叫ぶ。

 だが、グレイはそんな少女を無言で見つめるだけで、ジッポライターをどけなかった。それにイラついたように、少女が怒鳴る。

「だから、とっととその汚い手を花からどけなさいよ!」

「駄目だ」

 対するグレイはあくまで冷静な態度を崩さない。

「ケイが花紋病とやらに感染したのは分かった。その原因も。だが、それでどうするつもりなのか聞いていない。お前らからすれば、たまたま奥地に入り込んだ旅人など、始末すればそれでいいだけの話だ」

 グレイの言い分は、周囲を囲まれて追い詰められている側からすれば、至極当然のものだった。

 森の奥から男の声が問う。

「つまり、黒狼の、お前は身の安全を保証しろというのだな?」

「そうだ。それから、何故、最後を看取ると感染するのかという理由も聞きたいものだ」

 森に沈黙が落ちた。

 やがて、男の声が「ラフィオラ」と誰かの名を呼んだ。

 それは少女の名だったらしく、悔しげに歯噛みしながら、少女――ラフィオラは口を開いた。

「そこのクソガキが感染者だっていうのは、病人の死亡時に傍にいると、その者に病がうつるせいよ。遺体の体から芽が生えだした瞬間に、病人の身にたまった毒が外に放出されるの。だから、私達は病人が死ぬ前に集落から離れた場所に置き去りにする。それがこの場所よ」

「先程言っていた特効薬を使わないのか?」

 グレイが更に問うと、ラフィオラは自嘲気味に笑う。

「使えないのよ。魔女が薬草を独占しているから」

「その、先程から話題に出ている魔女とは何だ?」

「知らないわよ! いきなり現れて、私達の生活を混乱に陥れた女よ。〈青〉の魔法と、モンスターを手なずけて、薬草を採ろうとした私達の仲間を何人も殺した。あれが魔女でなくてなんだっていうの?」

 ラフィオラは激しい口調でそう言い捨てた。

「――なるほどな。では、こうしよう」

「………」

 ラフィオラや周囲のダークエルフ達は、グレイに注目する。この男は次に何を言い出すのかと警戒しているように啓介には見えた。

「俺達がその魔女とやらをどうにかする。そうだな、場合によっては殺すことになるかもしれないが、交渉の余地があるならそうする。だから、手に入れた薬草で、こいつの治療薬を作れ」

 周囲にどよめきが起きる。

 啓介もまた、意外な言葉を耳にして驚いた。グレイが啓介を助けようとしている。そんなことはありえないと思っていたから、何か天変地異の前触れのようにすら感じた。

「グレイ、俺、シュウじゃないんだけど」

「知っている。シューターはお前のような変人ではない」

「…………」

 ひどい肯定の仕方だ。

 だが、きちんと啓介だと理解している上での話なんだと納得は出来た。

「お前の言うことなんか信用出来ない! そう言っておいて、逃げるつもりだろう!」

 ラフィオラが仲間達を代表して、グレイを真っ向から非難した。

「勘違いするな、これは取引だ。俺はこの花をお前達に返す。その代わりに、俺達は身の安全を買うんだ。その条件が、今提示した内容だ。お前達にとって益にこそなれ、不利益にはなるまい?」

 ハルバートを肩にもたれさせ、あいた左手で紙煙草を指先で挟み、グレイはふぅと煙を吐く。悠然とした態度は、余裕たっぷりだ。

「しばし待て!」

 決断に迷ったらしきラフィオラは、一度森の奥へ姿を消す。何かを話し合うざわめきが森から聞こえてくる。グレイと啓介は、結論が出るのを、その場で待つ。

 その話し合いの間、啓介は今のうちにとグレイにへらりと笑いかけて礼を言った。

「ありがとう、グレイ」

「……何が」

「何がって、助けようとしてくれていることだよ。意外だったけど嬉しいよ。俺のことは確実に見捨てるだろうなと思ってたけど、そうでもなかったみたいだな」

 感動を噛みしめて啓介がそう言うと、対するグレイは無感動に返す。

「お前を見捨てたら、俺がシューターに一生恨まれるだろうが」

「……ああ、うん。なるほど、そっちか」

 せっかくの感動がどこかに吹き飛んだ。

(俺、グレイにとって、シュウのおまけ程度の位置なんだろうなあ……)

 そんな気はしていたが、確認できても嬉しくない。それなりに戦える啓介なので、それなら平気だろとあっさり放り出しそうな感じがしてはいたのだ。そもそも、黒狼族はそんなものだと聞いているから余計に。

 やっぱり一筋縄ではいかないなあと啓介がうなだれていると、しばらくして、話し合いを終えたラフィオラが戻ってきた。

「分かった。お前の提案を飲む」

「取引成立、だ」

 グレイはにやりと口端を歪ませ、右手の中でパチンと音を立ててジッポライターの蓋を閉じる。そして、ジッポライターを懐に押し込んだ。

 啓介はそんなグレイの隣で、胃が痛くなる気分を味わって、苦い顔をしている。悪に加担している気がしてきて、良心が痛むのだ。

 セネシャの遺体である花の群生地から火がどけられたことに、ダークエルフ達は安堵の息を漏らした。

 それを耳にして、啓介はますます居たたまれない気分になる。

「さて、一時休戦ってことで、俺はグレイだ」

「俺は春宮啓介だよ。ケイって呼んで」

 グレイに顎で促され、啓介も名乗った。

「私はラフィオラ。村守(むらもり)の一人よ」

 離れた位置に立つラフィオラは、渋々というように名乗り返す。そんなラフィオラにグレイは問い返す。

「警備ってとこか? お前がリーダーか?」

「いいえ。私はセネシャと親しかっただけ」

 だから仲間の誰も、ラフィオラを止めなかったのか。啓介は遅れて理解する。

「リーダーはあっち。ロノ!」

 ラフィオラの呼びかけに応じ、腰に剣を佩いた青年が森の奥から出てきた。猫のようなすらりとした体躯の男だ。涼やかな金の目が、伸びた前髪の間から覗き、こちらを警戒たっぷりに睥睨している。ダークエルフの誰にも共通する綺麗な顔をしているが、男くさい顔立ちをしていた。男はゆっくり歩いてくると、花畑の入り口で立ち止まる。草木染の深緑の衣服のお陰で、森に紛れれば見つけにくいだろう。

「俺が村守の束ね役をしているロノだ。黒狼族の、あの魔女の討伐に行くのは止めねえが、そのガキは村に連れて行く。異論は受け付けない」

「人質として、だろう? 分かっている。だが、その前に連れの元に一度戻り、お前達の村に行ってこいつの待遇がどうなるかを確認してから行く」

「何? お前一人で行くのではないのか?」

「俺は、“俺達で”どうにかすると言った。連れに武芸に秀でた者がいるから、共に行く」

「――ふん、まあいい。あの魔女をどうにかしてくれるのならな」

 ロノはそう言ったが、本当に出来るとは思っていないようだ。侮りのこもった調子である。

「では俺と仲間が監視でついていく。お前達の野営地はすでに仲間がおさえているのだ、逃げるのは諦めるのだな」

「しつけえ奴だ。俺は一度口にした約束は違えない。一族の誇りにかけて」

 グレイが琥珀色の目に険を込めてロノをにらむと、その眼光の鋭さに、ロノは認めざるをえなかったようで、悔し紛れに鼻を鳴らした。

「グレイ、落ち着いてよ」

「落ち着いているぞ。普段通りだ」

「……そうですね」

 啓介はすぐに諦めた。そして、ふと思い出して、足元に放っていたフリッサを拾って鞘に戻す。

「じゃあ、行きましょうか」

 とても友好的とは言い難いぎすぎすした空気に苦笑しつつ、啓介はグレイとダークエルフ達にそう声をかけた。


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