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断片の使徒  作者: 草野 瀬津璃
双子山脈編
180/340

 3



「うえー、気持ちわりい」

 山を歩き回り始めて一時間も経つと、修太はフランジェスカがヒルを指してうんざりと言った意味が分かった。

 気付いたらブーツに数匹張り付いていて、鳥肌が立った。男である修太ですら生理的な嫌悪を覚えるのだから、女子にはもっと気持ち悪いだろう。

 それに加えて、他にも気持ち悪い要素がある。

 修太は口をへの字に曲げてうめく。

「何なんだよ、この山。昆虫型のモンスターが多いのは分かるけど、足が多いやつが多すぎ。でかいから余計にきもい。啓介、お前はこんな場所でも楽しいのか?」

 前を歩く啓介は僅かに振り返り、肩をすくめて返事する。

「そりゃあ俺だって、ムカデや蜘蛛は気持ち悪いよ。でも、未来の秘密道具で小さくなったみたいな気がして面白い」

「あっちがでかいんだよ。全然面白くねえ」

 修太が啓介に反論すると、啓介の前を歩くピアスが、心底うんざりという調子で口を挟んできた。

「どっちでもいいわよ。気持ち悪いのに変わりないもの」

「ああ、私もピアス殿の意見に全面的に同意する」

 更にその前、二番目を歩くフランジェスカが僅かに振り返ってそう言った。修太は小さく溜息を吐く。

「でかい魚がうろついてる森があるかと思えば、でかい昆虫がうろついてる山か。何でもでかくなりゃ良いってもんじゃねえよ」

「まあ、そう文句を言うな。目的のものがあるか調べて、すぐに帰ればいいだけの話であろう?」

 一番先頭を歩くサーシャリオンが、困った子どもを見るような顔でなだめてくる。

「そうなんだけどさ。で、そっちはどうよ、サーシャ」

「うむ。サーラの話は当たりだったな。薄らとだが、オルファーレン様の断片の気配を感じる」

「本当か! うわあ、やったな!」

 サーシャリオンの言葉を聞き、啓介が喜びの声を上げる。

「そいつはどこにあるんだ? ダークエルフの旦那」

 シークの問いかけに、サーシャリオンは僅かに首を振って返す。

「あっちの方だということしか分からぬ。まだ気配が薄いのでな。だが、この山脈にあるのは確かだ」

「噂が本当なら、それって奇跡の霧のことなんだよね? そんなものが本当にあるんだね」

 トリトラは信じがたそうに呟く。

 修太も同じ気持ちだが、傷を癒す霧なら害はないし、怖いことはないだろう。とりあえず怪談じみたことはないはずだ。そのことは単純に嬉しい。

 胸中で安堵しながら、修太は急勾配(きゅうこうばい)の坂を、草を踏みしめ、上の平らな部分へと上る。その瞬間、ふいに違和感を覚えて顔を上げた。

「ん……?」

 今、上へと着いた瞬間、何か水の中に足を突っ込んだような変な感じがした。足元を見るが、特に何もない。

 修太は立ち止まり、周りを見回した。何か違和感があるが、その理由が分からなかった。

(この感じ、前にもどこかで……)

 何だろう。すごく嫌な予感がする。

「んだよ、急に立ち止まって。何かあんのか?」

 修太のすぐ後ろを歩いていたシークが、いぶかしげに修太の背中を軽く小突く。

「いや、なんか……」

 進みたくない。

 そう答えようとした瞬間、傍の地面から何かが飛び出してきた。



 それが地面から突き出してきた瞬間、何が起きたか分からず、修太はただ眼前の光景を見守るだけだった。

 やがて気付いた時には、修太達は地面から生え出た木の枝で作られた檻の中にいた。

「ええっ!? 何だこれ!」

 ぎょっとした修太は、思わず目の前の枝を手で掴んだ。

 その瞬間、ざわりと枝が揺れ、しゅるしゅると檻の形がほどけ、地面へ戻っていった。呆然とその様を見送った修太は、次に自分の手を見る。無意識に魔法を無効化してしまったようだ。

「シュウ、ナイス!」

 啓介が賛辞の声を上げ、修太の右肩を軽く叩いた。

 修太が何が何だか分からずに当惑している間にも、皆、それぞれの得物を抜いて構えている。

 反応良いな、おい!

「グルルルル」

 更に、コウが修太の前に出て、牙を見せてうなり始めた。

「下がれ、チビ!」

「うわっ」

 シークに突き飛ばされ、近くの木に激突して修太はうめいた。衝撃で木に抱き着く格好になりながら、シークをにらみつける為に振り返ると、さっきまで修太が立っていた位置に矢が突き刺さっていることに気付いた。えっと驚き、更に視線を転じると、右手の奥の木々の影から、水や石つぶてが流れ星のように飛んでくるのが見えた。

(うわ、当たる!)

 修太は木の幹を盾にする為に回り込み、反射的に目を閉じた。

 すぐに何かが当たる音がすると思ったが、何も聞こえない。

「ははは、やるではないか、シューター」

 その代わり、何故かサーシャリオンの褒め言葉が聞こえた。

 不思議に思って修太が目を開けると、修太達を囲むように青色の魔法陣が浮かび上がっていた。

 追加で飛んできたらしい水や石つぶてが、その魔法陣の壁に当たり、水は瞬時に掻き消え、石つぶては砂となって消える。

 その直後、森の向こうから舌打ちする音が聞こえた気がした。

 この魔法陣は、修太が手を触れずに魔法を無効化する時に勝手に浮かび上がるものだ。今回も無意識に魔法を使ってしまったらしい。

「面倒だな。そなたら、そこから出るなよ」

 サーシャリオンはそう声をかけると、極彩色の上着を翻し、魔法を無効化する魔法陣の外に出ていく。当然、森の奥から魔法や矢が飛んできたが、サーシャリオンは慌てることもなく、右手を左から右へと払う仕草をした。

「な……っ」

 修太は息を飲んだ。

 目を瞬いた後には、景色ががらりと変わっていた。

 鬱蒼とした森が凍りつき、冷たい風が吹き抜けていく。まるでマジックのようだが、この場合は種も仕掛けもある。サーシャリオンが魔法を使ったのだろう。

 腕の一振りで、周囲一帯の森を凍りつかせたサーシャリオンは、悠々とした態度で周りを見回す。

 その動作に次いで、あちこちの木から、何かが落ちる重い音がした。

 近くの木から落ちてきたそれは人だった。黒い髪や衣服が凍りついて白くなったダークエルフの若者だ。生きてはいるようで、ぶるぶると寒さに震えながら地面に倒れている。

 暑い地域で生まれ育った者が、突然、吹雪に襲われればこうもなるだろう。

 唖然とした修太は、すぐに不憫になった。サーシャリオンがさっぱり相手にしていないことも可哀想だった。

「――よし。では進むとするか」

 何事も無かったように言い、サーシャリオンはこちらを振り返った。

「うわあ、ひどい……」

 啓介が頬を引きつらせて、うめき声のようなものを漏らす。その向こうで、ピアスも苦笑している。

「やりすぎだぞ、サーシャ」

 フランジェスカですら眉を寄せ、サーシャリオンを軽くにらんだ。だが、当のサーシャリオンはどこ吹く風の態度だ。

「そうでもない。殺していないからな」

「……分かった。もういい」

 サーシャリオンに何を言っても無駄だと悟ったフランジェスカは、早々に話を切り上げる。そして、溜息を吐くと、修太を振り返った。

「今のうちに行くか。シューター、魔法を解け」

「え? ああ……」

 頷いたものの、修太はどうやって魔法を解けばいいのか分からない。

 戸惑ってきょときょとと無意味に周りを見回す。だがどこにも方法は書いていないので、結局、フランジェスカに視線を戻す。

「なあ、これ、どうやって解けばいいんだ?」

 広範囲に魔法を使っているせいか、だんだん気持ちが悪くなってきた。消さなくてはと焦れば焦る程、どうしていいか分からない。

 問われたフランジェスカは本当に面倒そうな顔をする。

「お前、いい加減、発現条件を見極めろ。この魔法を使った時にした動作があるはずだ。それをすればいいだけだ」

「えーと……」

 そういえば、魔法が飛んでくるのに驚いて、思い切り目を閉じた覚えがある。

 修太は早速目を閉じて、魔法が消えるように念じた。そして目を開けると、魔法陣は消えていた。

「お、これか! 目を閉じるっていう動作だ」

「なるほどな。それなら意識せずに使えるわけだ」

 フランジェスカが納得という調子で頷いた。修太もその通りだと思った。無意識に魔法を使うなら、呼吸か瞬きではないかと推測していたが、瞬きが正解だったらしい。

 ようやく魔法の発現条件が分かった。

 声に出さずに喜んでいると、啓介が修太に笑いかけてきた。

「シュウ、おめでとう。分かって良かったな」

「ああ、ありがとう。まあ、とりあえず、ここを離れよう。奴らの救援が来たら、絶対に怒るぞ」

「そうだね。でも、誰でも怒るんじゃない?」

 啓介がおっかなそうに首をすくめて言うのに、修太も大きく頷く。

 この近くにダークエルフ達の住処があるのだろう。彼らには用はないので、修太達は急いでその場から離れた。


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