表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
断片の使徒  作者: 草野 瀬津璃
双子山脈編
179/340

 2



「あれが双子山脈か。空から見てもそっくりなんだな」

 セーセレティー精霊国の南の国境を越えた修太達は、今はサーシャリオンが呼んだ子分――もとい、サーシャリオンを敬うモンスターの背に乗って空を飛んでいた。このハナドリという名の鳥のモンスターは、頭の羽の形が薔薇にそっくりだ。鳥自体が薔薇(ばら)の香りまでするので、珍妙なモンスターである。鼻が良い黒狼族達にはちょっと不評だが、このモンスターの羽を集めてクッションにするのがセーセレティーの貴族の流行らしい。

「えー? 何だってー?」

 右隣に座る啓介が、左耳に手を当てて問うてくる。

「空から見てもそっくりなんだなって!」

「聞こえない!」

「もういいっ」

 ただの独り言なので、何度も説明したくない。

 修太は会話を打ち切ったが、返事が聞こえなかったらしき啓介は怪訝な顔をしている。風の音で修太の声が聞き取れないのだろう、気持ちはよく分かる。だから、会話の打ち切りを、首を振ることで示した。

 やがて、先頭を飛んでいたサーシャリオンが、ハナドリに下に下りるように促し、修太達が乗るハナドリも滑空を始め、浮遊感と落下の不安で、修太はしがみつく手に力をこめた。



「やっぱりダークエルフの旦那ってずるいよね。歩いて二週間はかかる距離を、空を飛んで四日に縮めるんだから」

 双子山脈のふもとに着陸したハナドリから降りると、先に降りていた面々の方にトリトラが歩いて来て、呆れ混じりにサーシャリオンを称賛した。言われたサーシャリオンはにやりと笑みを返す。

「影の道を使っていいなら、一瞬で済むぞ? 大雑把な場所に飛ぶだけならな」

「うわ、やっぱり反則」

「トリトラ、サーシャはこの世界の神様の一番の部下なんだぞ。存在自体が反則だから諦めろ」

 修太は短く口を出し、風で外れたポンチョのフードを被り直す。そして、周囲を見回した。

 木々は鬱蒼と生い茂り、細くうねるように伸びた枝や幹からは気根(きこん)が垂れている。ヤシの葉に近い木々や、シダのような植物が多いので、熱帯雨林の中にいるのがよく分かる。

「それで? ここは双子の兄弟のどっちなんだ? それとも姉と妹か?」

「双子山脈は兄と弟よ。北の方が兄。こっちは兄の方ね、北だから」

 ピアスがさらりと返し、それから怪訝な顔を作る。

「ねえ、それより今言ったこと、本当? サーシャって魔王じゃなかったの?」

「それ、僕も聞きたい」

 トリトラも自分の存在を主張する。

「魔王っていうのは、一般的に見た立場の話。サーシャリオンは神竜(しんりゅう)だ。世界的に見ると、サーシャリオンはオルファーレンという神様の側近」

 修太の説明を聞いて、シークがしかめ面になる。

「何だそれ、ややこしいな」

「見る立場で変わるんだよ。モンスターの頂点に立っている、神様の側近で、ぐうたらな竜って覚えておけば完璧だ。な、サーシャ」

 修太はサーシャリオンの腕をポンと叩いた。しっかりと頷くサーシャリオン。

「うむ。その通りだ」

「認めるなよ」

「サーシャって素直よね。何言われたら怒るのか分からないわ」

 シークとピアスはそれぞれ呟いた。

「そうだな。オルファーレン様のことを悪く言われたら、竜の姿に戻って一飲みにしてやるぞ?」

 サーシャリオンは楽しげに言ったが、目は笑っていなかった。蒸し暑い山にいるというのに寒気を覚える。

「絶対に言わないわ!」

 大声で宣言するピアスに同調し、皆、頷く。サーシャリオンは満足げに首肯する。

「うむ。その方が身の為だ」

「ははは……」

 啓介が困ったように笑い、変な空気になった場をごまかす。修太もまた、フードの下で苦い顔になっていた。

(こいつ、ときどき危ないよな。気を付けよう)

 飄々として自由気ままに過ごしているから、うっかり忘れそうになるのだが、巨体を持った竜なのだから危ないのだ。

「お前の逆鱗(げきりん)が分かったのは良いとして、この山、歩き回るには準備が足りていなかったな。ヒルがうようよいそうだ」

 フランジェスカが嫌そうに眉を寄せて呟くと、ピアスも同意の声を上げる。

「ほんとね! ズボンに着替えてくるんだった。ちょっと着替えてくるから、君達、こっち見るんじゃないわよ」

 うんざりしたように言い、ピアスは地面に座ったままのハナドリの向こうに行く。巨体を持つ鳥モンスターなので、そうするだけで姿が見えなくなった。

「何でズボンに着替えるんだ? それに何してるの、フランさん」

 啓介が不思議そうに呟き、フランジェスカを見る。そのフランジェスカはというと、ブーツを脱ぎ、靴下の中にズボンの裾を押し込み始めていた。

「肌の露出を控える為だ。ヒルは靴のちょっとした隙間などから中に潜り込んで、肌に吸い付いて血を吸うからな。しかも痛みがないから、気付いた時には血まみれになっているということもある。どうだ? 想像するだけでうんざりするだろう?」

 確かにうんざりした。

 想像した修太はすぐにフランジェスカの行動を真似した。啓介もそうだ。サーシャリオンは何もしなかったが、グレイ達も手慣れた様子でズボンの裾を靴下の中に押し込み、荷物から塩を取り出して、靴下に揉みこみ始める。

「ほら、お前達も塩を揉んでおけ」

 グレイが塩の入った皮袋をぽいと投げ渡し、修太は慌てて受け取り、目を丸くする。

「塩? 何で?」

 修太の問いには、トリトラが説明する。

「ヒルは一度吸い付くとなかなか離れないからね。こうしておくと、うっかり靴の中に入っても離れやすくなるから」

「間違っても無理に取るんじゃないぞ、血が止まりにくくなるからな。火であぶって取った方が良い」

 修太や啓介がきょとんとしているのに気付いたグレイが、更に付け足した。

「ふうん? 見たことねえから、よく分かんねえな」

「だね」

 修太と啓介は顔を見合わせ、首をひねりながら、言われた通りに念入りに塩を揉みこんだ。見よう見真似で一仕事を終えて顔を上げると、グレイがトランクから、両端に紐が付いた黒い布を取り出して、ブーツの上に巻いて、上と下を結んだ。

「ったく、面倒だな……」

 本当に面倒くさそうにグレイは呟いたが、紐が緩まないようにしっかり結びつけている。

 布は足首から膝の高さまであるようだ。

 いったい何をしているのだろうと修太がじっと見ていると、気付いたグレイが教えてくれた。

「これくらい念入りにした方が良いんだ。奴ら、ほんの隙間から潜り込むからな」

「そうなのか」

 ヒルという生き物については知っているが、そんなに面倒な生き物なのか。

「はい、準備出来た! いつでも行けるわよ~」

 ちょうどそこに着替えたピアスが戻ってきた。いつもはキャミソールのような上着とヒラヒラのスカート姿だが、肌の露出を減らすために薄い生地の白色の長袖と、青いズボンに変わっている。革製の手袋をはめ、後ろにベールのような布がついた帽子まで被る重装備だ。

 こういう探検家のような恰好をしていると、綺麗で格好良く見える。美人って得だ。

「すごくよく似合ってるね。格好良いよ」

 啓介が笑顔で褒めた。

「ありがとう。でも、格好良さではフランジェスカさんには負けちゃうわ」

 ピアスもにこやかに返しながら、茶目っ気のある事を言い、フランジェスカに微笑んだ。

「それはどうも、ピアス殿」

 気を良くしたのか、フランジェスカはおどけて返す。

(お前ら、とっとと付き合えよ)

 こんな風にナチュラルに仲良くされると迷惑なんだが。

 塩の入った袋を手の中で無駄に握ったり開いたりしながら、修太はヒルよりもげんなりして、心の中でうめいた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ゆるーく活動中。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ