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断片の使徒  作者: 草野 瀬津璃
双子山脈編
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第二十六話 病は白き花の形をとりて 1

 しょっぱなから残酷描写があります。注意。



「じい様、じい様、しっかりして!」

 鍾乳石(しょうにゅうせき)が垂れ下がる洞窟に、少女の声が響き渡る。

 少女は敷物に座りこみ、寝台に横たわる老人の肩にすがりついている。

 灰色の混じった白い髪をした老人は静かだ。かすかな呼吸の音しか聞こえない。その褐色の肌の首元には、白い花の形をした斑点(はんてん)が浮かび上がっている。

「ラフィオラ……」

 老人は、かすれた声で呟いた。

 ラフィオラと呼ばれた少女は、飛びつくように、老人の口元に耳を近づけた。そうしなくては聞こえない程の、ささやかな声しか、老人は発することが出来ないのだ。

「なあに、じい様」

「ラフィオラ……」

 うわごとのように、ラフィオラの名を呟く老人。

「もう……別れが近い……。村守(むらもり)を呼べ……」

 ラフィオラはバッと体を離した。信じられないという顔で老人を見下ろすその目には、涙が浮かんでいる。気休めも否定の言葉も口に出来ない。ラフィオラはずっと、この日が来るのを恐れていたから。

「やだ……やだよ、じい様……」

 涙を零し、鼻をぐずつかせながらも、ラフィオラはふらふらと歩き出す。扉を開けて、洞窟の別の区画へ向かい、村守という、村を守る役目を負う村人達の部屋に入り、そこで我慢が出来なくて泣き崩れた。

 それだけで村守達は事情を察して顔を見合わせ、担架を手にしてラフィオラの祖父がいる部屋へと三人で駆けていく。

 この後、ラフィオラの祖父は、自分達ダークエルフ達の安息の住処であるこの洞窟から外へと運ばれ、入り口から離れた森の開けた場所に捨て置かれるのだ。

 あの病にかかった者は、命が尽きると体から芽が出てくる。その芽が出る瞬間に傍にいると、病がうつってしまうのだ。

「うう……ううう……」

 うなり声のような泣き声を上げるラフィオラを、村守から話を聞いた村の女性が抱きしめて、共に泣く。

 皮肉にも、遺体から発芽した植物はやがて花を咲かせ、それは一人分の治療薬になる。

 祖父の死が、誰か別の者の命を救うのだ。

 それでも、喜べない。

「うう……、嫌だこんなの。あの魔女がいなければ、誰も苦しまなくて済んだのに!」

 衝動的に洞窟から走り出そうとしたラフィオラを、村の女性や村守が止める。

「駄目よ、ラフィ! あの魔女に、何人が殺されたと思っているの!」

 ラフィオラの頬を平手でたたいて正気に返らせた女性は、そのまま泣きだし、ラフィオラを抱きしめる。

「お願いだから、あなたまで死に急ぐのはやめて」

「ごめんなさい……」

 悲痛な思いが伝わってきて、ラフィオラはうなだれて謝る。

 村守の男の一人が、耐えかねたように叫んだ。

「もう、この村は終わりだ! 村を捨て、他の地に旅立つべきだ!」

「お前、祖先が守り続けたこの地を捨てるというのか! この裏切り者!」

「何とでも言え。この地にしがみついて、共に朽ち果てるなんてごめんだ!」

 男達が言い争いを始め、それに女性が眉を吊り上げて怒鳴る。

「やめて! この子は、祖父を亡くしたばかりなのよ!」

 悲鳴のような声に、ぴたりと口論はやむ。男達は気まずげに視線を交わした。その息苦しい沈黙をカツと杖が鳴る音が遮った。騒ぎを聞きつけたのか、村長が姿を現したところだった。

「落ち着きなさい、皆。大丈夫、あの計画が達成すれば、ここにいても誰も犠牲者はでなくなるだろう。我らはここで暮らしていける」

 その言葉に、村人達は希望に満ちた顔になった。

 ラフィオラもまた、ぎゅっと目を閉じて頷く。

 もう誰も犠牲者が出なくなるように、あの計画の為に、自分はもっと働こう。

 祖父が花になったその日、ラフィオラは心に誓いを立てた。


     *


 今日も蒸し暑いセーセレティーの街道を、修太達はアリッジャから南下していた。一度国境を抜けなければいけないので、国境手前の町である境町フェデクを目指している。

 街道とはいえ、一番大きな街道から西に一つずれた脇道なので、石畳(いしだたみ)舗装(ほそう)されているわけではない。朝方のスコールで道がぬかるんでいて、歩きにくい中を進んでいる。

 とはいえ、今回は貸しグラスシープに乗ることにした修太にはあまり関係がない。面白がった啓介や、修太の次に体力がないピアスも乗っているので、他の五人が面倒そうである。フランジェスカやグレイ、シークやトリトラは「羊になんか乗らない」の一点ばりだし、サーシャリオンは、「暑い中で生き物の上なんて余計に暑いから嫌だ」の一言で突っぱねたから、仕方がない。コウはというと、水たまりを踏むのが楽しそうなので問題ないようだ。

「なあ、啓介」

「ん~?」

 グラスシープに乗れて最高潮に機嫌が良い啓介は、緩みきった顔で振り返った。

「……お前、ちょっと気ぃ引き締めろ。動物好きなのは分かるけど。その顔はやばい」

「うるせっ。少し眠くなっただけだろ。ほとんど揺れないから、うとうとしちまうな。それで、何?」

「ふと不思議に思ったんだけど。俺は双子山脈に行くのは構わないんだけどさ、サーシャが冒険者ギルドに疑われてるのに、ダークエルフの本拠地に近い所になんて行って平気なのか? 疑ってくれって言ってるように思えるんだが」

 オルファーレンの断片らしきものの噂のことしか考えていなかったが、まずいような気がした。

 修太の指摘に、啓介はハッとした顔になる。

「やべ! 俺、そのこと全然考えてなかった! 不思議な霧の観測が出来るって浮かれてて……」

「あー、うん。観測帳を作るのに忙しかったもんな、お前……」

 修太は幼馴染からそっと目をそらした。

 クリムの件が片付いた後、傷が治るという奇跡の霧を探しに行くことに決まったのだ。そして啓介は楽しそうに計画を立て、買い物に行き、羊皮紙を買い集めてノートブックのような物を作った。これに、双子山脈に入ってからの日記のような記述と、観測日付とおおよその時間帯、場所や地理条件を書き込むつもりらしい。

 日付は、国ごとによって暦が違うのだが、それは普段使うと不便なので、それぞれの国の歴史家か国の行事の時くらいにしか使わないそうだ。もっぱら使うのはセーセレティー暦だ。あちこちにある冒険者ギルドがセーセレティー精霊国発祥であることもありセーセレティー暦を使っているから、他の土地でも統一してセーセレティー暦を使用しており、一つに統一した方が便利なので商人達もそれを使うので、自然と大衆も使うようになったんだそうだ。

 セーセレティー暦は、月は十二で、一月は三十日。虹の七色であらわされた七つの曜日がある。月の満ち欠けの計算で日が足りなくなると、最後の月にその分の日が増える形式だ。少し違うが、地球で慣れていたものと似通っているので分かりやすいのは助かる。月の名前は数字で呼ばないから覚えづらいけど。

「うーん、でも、アーヴィンさんにはちょっと観光に行ってくるって手紙を書いておいたから、大丈夫だと思うんだけどなあ。それに、ビルクモーレの皆も、俺が変な噂が大好きなの知ってるし」

 啓介はにこにこと微笑んだ。

 こんな風にぶっちゃけている割に、啓介には変人ではなくロマンチストの称号が与えられているのだから、世の中は不平等に出来ている。人気者ってずるい。

「何か問題があるとすれば、帰ってきた後だな。尋問を受けるやもしれぬが……」

 啓介の隣を歩いているフランジェスカが口を挟み、(あご)に手を当てる。

「サーシャがあの化け物を退治し、ダークエルフに怒鳴られていたことは、ベディカ殿も見ている。クリム殿を監視につけたのは、ギルマスである為の体裁上のものではないか? 本気で疑っているなら、もう少しマシな冒険者を寄越すだろう」

 フランジェスカの推測は筋が通っている。グレイも同意するように頷いた。

「その可能性が高いだろうな。――それより、俺としては、本気で双子山脈を当てもなく駆け回る気なのかを訊きたいが」

「え? 冗談でこんなこと言わないよ!」

 啓介が輝かしい笑みを返す。

「……だろうな。待ち合わせの時刻に間に合わねばならんのだろう? 期限は一ヶ月と決めておいた方が賢明だ」

「師匠の言う通りだね。帰路のことも考えないといけないし……、もしあの山で迷ったとしても帰還しようと思うなら、二週間の方が良いと思うけど」

 トリトラが少し考えた後、そう言った。

「なに、そんなに広い山なのか?」

 修太が眉を寄せて問うと、ピアスがあっけらかんと笑う。

「広い上に、ちょっと迷いやすいわね。双子山脈って呼ばれてるのは、双子みたいにそっくりな山が二つ並んでいるせいよ。北の山か南の山か、どっちにいるか分からなくなることがあるのよ」

 街道を外れなければそういうことはないんだけどね。

 そう付け足され、双子ってそういう意味でつけられていたのかと感心してしまう修太だった。


 

 第二十六話はダークエルフ編です。

 しょっぱなから気持ち悪い感じの残酷描写を出してます。すみません。苦手な方は流して下さい。 

 

 あと、曜日が虹の七色で呼ばれてます。冒険者やその他の職業のランクといい、この世界はとにかく色に左右されている設定です。

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