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「どうしたの、シューター君。そんなに急いで」
家に駆けこんできた修太に、ピアスが目を真ん丸にした。
十人くらい座れそうな木製の大テーブルの端っこにちょこんと座っているピアスの手元は、休憩していたのか、野菜クレープに似たものとお茶があった。
「いや、何でもない」
噂の当人と急に鉢合わせしたので、修太は挙動不審気味に視線をさまよわせる。それで結局思いついたのは、お茶菓子への感想だった。
「えーと、あ、それ美味そうだな」
「あげないわよ。この野菜ポルポレ、私が作ったんだから」
「なに? ポルポレ?」
「これのこと」
その野菜クレープもどき、ポルポレという呼び名なのか。舌を噛みそうだ。
「いや、別に欲しくて言ったんじゃねえよ。ただの感想」
「それならいいけど」
ピアスはそう言って、野菜ポルポレを手で掴んで噛り付いた。
「なあ、ケイは?」
グレイに言われたことは気になったが、とりあえず修太は自分が落ち着く為、先に家に入ったはずの幼馴染の名前を出した。
すると、ピアスの表情が曇る。頬張ったポルポレを飲みこんで、お茶を一口飲んでから行先を教えてくれた。
「工房にいるわよ。おばばが言い付けたから、下準備の手伝いをしてくれてる。断ってもいいのに、ほんと人が好いんだから」
そう言いながら、何となく上の空のピアス。そんなピアスに、修太は迷った末、違う方面の心配をした。
「そんなにアイテムクリエートって難しいのか?」
「え?」
ぱちくりと目を瞬くピアス。
「いや、何か、元気ないから……」
理由はグレイから聞いているから知っているが、そういう話を誰かが他の者に伝えたというのは気持ちの良いことではないだろう。修太なりに頑張って気遣った結果、こんな遠回りな言葉になった。
(ああ、やっぱ向いてねえ……)
誰かが何か悩んでいる時、あちらが修太に話し出すことはあっても、修太から問うことはないので、気まずい気分になる。迷惑かどうか推し量る為、ピアスの様子を伺うと、ピアスは小さく吹き出した。
「なあに、気ぃ回しちゃって。グレイに何か言われた?」
「え、えーと……」
と思ったが、すぐにばれた。
焦る修太に、ピアスはころころ笑いながら言う。
「不器用に優しいとこあるのね、グレイって。さっき、飴玉くれたのよ。元気出せってことかなあとあたしなりに推測してみた」
「優しいのかはよく分からねえけど、結構親切だとは思う」
断定はしないが、印象を語っておく。
笑いやんだピアスは、しばらく黙り込んで微妙な顔をしていたが、結局、話すことに決めたらしく、小さい声で何があったか教えてくれた。
「はあ? 告白するから手伝えって? 何だよ、あの女、激しく自分勝手だな」
一通り聞いた修太は、不愉快という感情を顔に出し、低く毒づいた。
いつか何かやらかすだろうと思っていたが、そういう方向で暴走するとは思わなかった。
(恋は盲目な女子、なめてたぜ……。しかもやることが姑息だ)
恐らくは、ピアスがもし啓介を好きだとしても、応援するように頼むことで可能性をつぶすという意味もあったんだろう。
「あたし、ああいう女子のノリって苦手なのよね。それで断ったら、クリムさん、怒っちゃって。いつも一緒にいるんだから分けてくれてもいいじゃないかって言うの。どうしたらいいのかなあ……」
「どうもしなくていいだろ。パーティーの仲間なんだから、一緒にいるもんだろう? だいたい、他人を巻き込む以前に、啓介がどう思ってるかが大事だろ」
ライバル排除の前に、意中の相手の気持ちを考える方が先決だろうと修太は思う。憤慨する修太の態度を見て、ピアスは苦笑を浮かべる。
「まあそうなんだけどね。恋する女の子って周りが見えてないこと多いから」
「そうなんだよなあ……」
それは結構見てきているのでよく知っている。
「ピアスはあんまりあいつに関わるなよ。困ったら啓介以外の所に逃げとけ」
「ちょっと、シューター君こそ、関わっちゃ駄目よ? このメンバーで一番弱いの、君なんだって分かってる?」
「知ってるよ、うるせえな。でも俺は邪魔するって決めてるから、そいつは聞かなかったことにする」
クリムの告白が明日、か。
明日は朝から止めに行こうと修太は決意し、客室の方に向かう。
「まったくもう、シューター君、何をあんなにムキになってるのかしら」
客室の方へと姿を消した修太を見送り、ピアスは小さく息をついた。
「そんなにクリムさんってケイの好みのタイプなのかな」
きっちり誤解したピアスは、クリムを思い浮かべた。クリムも痩せ型だが、胸が豊かなのでセーセレティーの民であるピアスから見ても美人に見える。
――結局、胸か。
荒んだ目をしたピアスは、野菜ポルポレに噛り付く。
「何よもう、男なんて男なんてーっ」
ガツガツムシャムシャとやけ食いしていると、フランジェスカが帰ってきた。
「ただいま、戻った。――ん? 何を荒れているのだ、ピアス殿」
僅かに首を傾げるフランジェスカの胸を見つめたピアスは、頬を膨らませる。
「フランジェスカさんには絶対に分からないことよ!」
「は?」
意味の分からない八つ当たりに、フランジェスカはきょとんと目を瞬くのだった。
*
「どうしたんですかぁ、シューターさん。こんな所に呼び出すなんて、もしかして告白ですか? でもごめんなさい、私にはケイ様っていう好きな人がいるんです。それに年下はちょっと……」
翌日、やって来たクリムを裏庭に呼び出した修太は、好きでもない相手に、告白していないのに振られた。
「んなわけあるか」
こめかみに青筋を浮かべ、怒りをこめて修太は切り返す。全く嬉しくないカウントが増えた。
「俺はまどろっこしいのは苦手だ。単刀直入に言う。啓介から手ぇ引け」
クリムのにこにこ笑顔が、途端にスッと冷えた。
「ああ、やっぱり邪魔してたんですね? そうなんじゃないかなっていう気はしていました」
そう頷くと、クリムは大きな丸い眼鏡の奥で、目を笑みの形にした。
「幾らあなたが幼馴染だからって、そこまでするのって気持ち悪いですよ?」
笑顔で投げられた毒に、修太は思わず胸を押さえてうつむきかけた。
(なんつう破壊力のある言葉を投げてきやがる……)
言われてみると、ちょっとキモイかもしれない。男友達で普通はそこまでしないだろう。だが、修太にだって今までの苦労と言い分がある。体勢を素早く立て直し、修太は反論する。
「あいつには好きな奴がいるんだよ。あんたがあいつのことを好きなのは分かるけど、引っ掻き回されたくねえの。あいつには幸せになって欲しいし、それに、その余波はどうしてか俺に来るからな! あんたが俺を邪魔扱いしてるのは忘れてねえんだぞ」
「そうですか……。ぬかりましたね。ここは懐柔に出るんでした」
真剣な顔で問題発言をするクリム。
「そういうことを口に出すなよ」
何だか疲れてきた。
「まあ、あなたの言い分は分かりました」
「じゃあ」
お、意外に話が分かるのか?
最初からこうしていれば良かったんじゃないかと思えた時、クリムはすぐに否定の言葉を付け足す。
「ですが、告白するのは私の自由でしょう。もし成功したら、ケイ様の好きな人への気持ちよりも私が勝ったというだけです」
「…………」
それはないだろうとは思うが、しつこく押されまくると啓介は頷いてしまうかもしれない。
「というわけですから、お邪魔虫太郎は引っ込んでいて下さい」
クリムがにこっと微笑み、杖でトンと地面を突いた瞬間、修太の足元の地面が消えた。声を上げる暇もなく落下し、固い地面に尻餅をつく。
「いってえ……っ」
何が起こったか分からず、周囲を見回す。
「〈黒〉って、それと認識するまでの時間がないと、魔法の無効化が出来ないんですよねえ。ご存知でした? あなたのような〈黒〉と最も相性が悪いのって、実は〈黄〉なんです。足元に魔法を使われると気付くまでタイムラグがありますから」
「てっめえ、ここまでするか!」
落とし穴にはまったと気付いたが、垂直に切り立った穴はよじ登るには向いていない。修太はしゃがみこんで穴の底を覗き込むクリムに怒鳴るが、クリムはにこにこと微笑み返すだけだった。
「それから、こうして出来た穴を無効化しても、何の意味もありませんよ」
「言われなくても分かってるよ!」
そこまで馬鹿じゃない。
修太は口をひん曲げながら、丁寧口調で話す笑顔の奴にはろくな奴がいないと確信を深めた。もちろん、そのろくでもない奴の筆頭は、エセ勇者アレンである。
「言いませんでしたけど、私の出身、パスリル王国の同盟国エシャトールなんです。だから、元々、〈黒〉って好きじゃないんですよね。ま、それはさておき、邪魔されたお返しはしましたので、これで失礼しますね」
「あっ、待てコラーっ!」
あっさり身を翻してその場を離れていくクリムに修太は叫んだが、クリムの姿はすぐに見えなくなった。
「くそーっ」
壁を軽く殴り、その場にドスンと座って胡坐をかく。
貧乏クジばっかり引いている気がする。だが今回は自分から首を突っ込んだので、自業自得だ。
修太は自分に腹を立てながら、どうやって上に戻ろうかとしばらく空を眺めた。白い雲がゆっくりと穴に縁どられた空を横切っていく。五つ程雲が流れた頃、ふいに黒い影が視界に割り込んだ。
「だから割を食うと言っただろう。少しは懲りたか?」
グレイだった。
相変わらずの無表情ながら、琥珀色の目がどこか愉快そうに見えた。修太はむっすりと口を引き結ぶ。
「よーく分かったよ。でも」
「でも?」
「例え無意味でも、必要なら何度だってするよ」
「頑固な奴だ」
グレイは呆れたように言い、一度姿を消すと、梯子を持ってきて穴に落とし入れた。修太は梯子を使って穴から出る。
「ありがとう」
「ああ。あの女の動向は注意していたからすぐに気付いたが……。あんまり無茶するな。ケイの為と動くのは構わんが、それで怪我したらケイが気にするのではないか?」
「う……、そうだな」
確かに気にしそうだ。啓介は誰かの為に突っ込んでいって怪我するのは気にしないが、他人にそれをされると落ち込むタイプだ。
(グレイ、怒鳴ったりはしないけど、なんか、こう、胸にじくじく来るタイプの説教が上手いよな……)
流石はトリトラやシークのような面倒くさい奴らの師匠をしてきただけはある。
修太は頷き、グレイに宣言する。
「ごめん、分かった。無茶しないように無茶するわ」
「……分かってないことは分かった」
二人揃って不思議な受け答えになった。
「なあ、それよりグレイ、クリムは?」
「さっきケイを連れて外に出かけていったぞ。話があるんだとか」
「くーっ、やるな、あの女!」
修太は悔しかったけれど、同時に即座に行動に移す、その清々しい勇気はむしろ称賛ものに思えた。邪魔者を排除して、任務を遂行しようとする行動力は、別の相手だったら褒めていた。
どうするつもりなんだというように、グレイが無言でじっと見てくる。
「流石に追いかけたりはしねえよ。どこ行ったか分からねえし、結果を待つだけにしとく」
「そうだな。……やはり何も変わらなかったように思うのだが」
「言わないでくれ!」
追い打ちをかけてくるグレイに、修太は耳を塞いでそれ以上の言葉を拒否した。




