2
たまには男同士で飯に行こうという文句で啓介を誘い出した修太は、アリッジャの町でおいしいと評判の食堂に昼食をとりに来た。
「えー、ごほん。じゃあ啓介君、会議といこうか」
「どうしたんだ、シュウ。何か変な物でも食った? だから拾い食いしちゃ駄目だって言っただろ」
「んなこと言われた覚えねえし、拾い食いなんかするか!」
確かにそんなことを言いだす柄ではないとは思ったが、話の切り出し方に迷ってやっと出たのがそれだったのだ。変な心配をされて声を荒げる修太の横から、吹き出す声が二つ。
「ぷふーっ」
「ぶはっ」
修太の左隣に座るトリトラや、啓介の右隣にいるシークが、思い切り笑い転げている。修太は二人をじろっと睨む。
「あんだよ、勝手についてきておいて、馬鹿にしてんのか?」
「今のを笑うなってひどいよ」
「誰でも笑うだろー」
トリトラは口を左手で覆ってそっぽを向いているが、ぷるぷる震えているので笑っているのはばればれだ。シークは遠慮なくテーブルに突っ伏している。
修太はじっとりとトリトラを見て、威圧をかけながら小声で問う。
「つーか、何でついてくんの?」
「えー? 僕は君を応援してあげようと思ってついてきたんだよ? だって、師匠やシークに止められた挙句、あの女剣士にも協力を拒否されるなんて可哀想じゃん」
にこっと優しげな笑みを浮かべるトリトラ。修太はうろんげに見る。
「それで、本当のとこは?」
「応援したら、僕の株が上がるかなって。そうしたらほら、君が弟になる未来が近付くだろ?」
「トリトラ、まだ諦めてなかったのか。しぶてえ」
修太もシークの意見と同じだ。
「んな未来は来ねえから、帰っていいぞ。それに、シーク、てめえは反対してた癖になんでここにいる? 邪魔する気なら今すぐ帰れ」
修太がびしっと出口を示してシークに言うと、シークは頬杖をついてにやにやしながら答える。
「いやあ、こんな面白そうなこと、見逃すのはな。邪魔はしねえって、な、トリトラ?」
「そうそう。むしろ応援するよ~」
なるほど。つまりはこの二人、単に面白がっているだけらしい。
(鬱陶しい奴ら……!)
イラッとする修太に、啓介が苦笑気味に声をかける。
「なあ、よく分からないけど、話は済んだ? 俺だけに分からない話をするの、やめてくれよ。仲間外れでへこむだろ」
「あ、わりい」
こちらから誘っておいて、確かにこれはない。
修太は素直に謝ると、気まずさをごまかすように、テーブルの隅に置いてあるメニューを広げて真ん中に置く。
「とりあえず、何か頼んで、飲み食いしながらにするか」
「ん? 昼ご飯を食べに来たんじゃないのか?」
「え? あ、いや、それであってる。……何でもない」
不思議そうにする啓介に、修太は慌て気味に言い返す。動揺を隠し、メニューをひたすら見つめる。
ピアスをどう思っているか考えさせる為に呼んだと暴露するのは拙すぎる。だが、そこへの話の持っていき方ばかりを考えているせいで、勝手に口から零れ出るので困る。
冷や汗をかく修太に、隣からトリトラがひっそりと囁く。
「シューターって、こういうの向いてないと思うよ」
「うるさい」
ぴしゃりと返す。
そんなことくらい分かっている。修太は話を聞くのは苦ではないが、聞き出すのは不得意だ。会話によるコミュニケーションは啓介の得意分野である。加え、修太に関わりの無い恋愛という世界の事だ。柄じゃない。これっぽっちも柄じゃない。
(つまり……なんだ? 俺はこれから恋バナってやつをしようとしてるわけか?)
そう思うと、無性にかゆくなってきた。
「シュウ? 決まった?」
思考に没頭していた修太は、啓介に問われてはたと現実に引き戻された。
「あ? ああ、俺はこのランチセットで」
どうやらいつの間にか、修太以外は皆、メニューを決めたようだ。
「オッケー。店員さん、注文をお願いしまーす」
「はーい、すぐ行きます!」
皿の乗った盆を手に、テーブルの間を泳ぐように渡り歩いている看板娘の少女が元気良く返事をした。
(さて……どうする?)
注文の品が運ばれてくるまでの間、スムーズに会話を持っていきたいところだ。考え込む修太に、啓介の方が話題を振ってきた。
「なあ、シュウ。昨日って、結局、どうだったんだ?」
「え?」
昨日って何だっけ。考え事ばかりしていたので、思い浮かばず目を瞬く修太。
「楽しかった?」
重ねて啓介がそう質問し、ようやく修太はその内容を思い至った。昨日、ピアスと二人で屋台巡りをしていて楽しかったのかと、啓介は訊きたいようだ。主語を省かないで欲しい。
(何でこうやって気にする割に、自分のことには気付かないのかね?)
修太は無愛想の裏でひそやかに呆れた。だが、啓介は修太のそういう些細な表情を読み取るのが上手いので、表に出さないように気を付けた。まあ、フードのせいで目元は隠れているから、分かりにくいとは思うが。そして、修太は質問に答えようとして、首を僅かに傾けながら、言葉を選ぶ。
「楽しかったっていうか」
「いうか?」
「美味かった」
「……あ、そう」
意外な答えだったが、納得もした。そんな様子で、ちょっと抜けた返事をする啓介。修太の隣から、また吹き出す音が聞こえたが、修太は無視する。この二人はただのカボチャだと思おう。
「ピアスさあ」
「うん?」
「自分のこと、地味っ子と思ってるらしいぞ。昨日、言ってた」
修太が教えると、啓介は曖昧な表情になる。
「相変わらず、この国って面白いよな」
「あれが地味はないでしょ」
「だな」
トリトラやシークも声を揃えた。
「啓介のことは、普通の良い人だって言ってたな」
修太がさりげなく言うと、啓介はどこか気恥ずかしげに視線をさまよわせる。
「そ、そっか。なんか嬉しいな」
照れたように笑う啓介。
(そうかそうか、良かったなあ)
何となく白けた気分になるので、そういう照れはやめて欲しい。ピアスに言え、ピアスに。
とはいえ、これはチャンスだ。修太はすかさず会話をねじこむ。
「お前だと、ピアスのことどう思ってるんだ?」
「そういう修太はどう見てるんだよ」
ちっ。質問を質問で返しやがった、コイツ。
修太は正直に答える。
「良い子、これに尽きる。俺はあんな良い子には初めて会った。故郷でお前に群がってた連中に比べたら、天使だ。雪奈にピアスの爪の垢を煎じて飲ませたいくらいだよ」
「何でそこで妹の名前が出てくるんだよ?」
啓介は理解不能という顔をする。そして、抗議するように断言する。
「雪奈だって、良い子だよ」
「ああ、うん。まあな」
――お前の前だけな。
最後の一言は心の中で呟く。
啓介に雪奈の悪いところを直接伝えるのは、遠く離れた地から雪奈に呪われそうなのでできない。
「で、お前はどうなんだ?」
「うーん、そうだなあ。美人で明るくて良い子だよな。それで面白い。ときどき俺と考え方が似てるから、話してると楽しいよ」
啓介はにこにこと微笑みながら答えた。
ピアスの話をするだけで楽しそうだ。
(だから、何でそこまで答えられて、気付かないんだよ!)
何とかミッションはクリアしたはずなのに、進歩してないんですが、神様。
そう簡単にはいかないとは思っていたが、強敵すぎる相手だと拳を握る修太に、トリトラが僅かに身を寄せ、ささやく声で問うてきた。
「“面白い”? ねえ、それって女性への褒め言葉なの?」
修太もまた、トリトラに聞こえる程度の小声で返す。
「啓介にとってはな。こいつの“面白い”は、最上級格の褒め言葉だ。つまり、最高ってこと」
「……何それ、ややこしいなあ」
トリトラは顔を歪め、さっぱり分からないと言いたげに天井を仰いだ。
気持ちはよく分かる。そして、そんな啓介を理解している自分はどうなんだろうとしょっぱい気分になった。生まれた時からの幼馴染は伊達ではないのだ。
「お待たせしました、お客さん。注文の品でーす」
どうやって追撃しようか考える修太だったが、そこに看板娘が料理を運んできたので、話が途切れた。
その後、昼食を満喫し、くだらない話で盛り上がり、ピアスの家に戻ることになった。