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断片の使徒  作者: 草野 瀬津璃
セーセレティー精霊国 断片探しの寄り道編
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第二十五話 恋する三角 1



「お前ってさ、実のところ、啓介のことに気付いてんの?」


 フランジェスカをピアス宅の裏庭に呼び出すと、修太は直球で訊いた。

 ピアスが曲解(きょっかい)していたこともあり、本当はフランジェスカも気付いているのではないかと思ったのだ。

 だが、当のフランジェスカの反応はきょとんとしたものだった。


「ケイ殿のこと? 何の話だ?」

「まじかよぉーっ」


 修太は頭を抱え、きっとフランジェスカを睨む。


「このにぶにぶ女!」

「はあ? 何だ貴様、呼び出したかと思えば、意味の分からない罵倒をするな! 貴様など、無自覚トラブル吸引体質だろうが!」

「そっちこそ、意味分かんねえこと言うなよ! だから! 啓介が……」


 そこで我に返り、修太は声を小さくする。


「何だ? よく聞こえん」


 怪訝な顔をするフランジェスカを手招きし、しゃがむように指示する。フランジェスカは面倒そうな表情をしたが、修太の真面目な空気を読み取り、渋々しゃがみこむ。修太はフランジェスカに聞こえる程度の声で告げる。


「だから、啓介がピアスに惚れてるってことだよ」

「惚れ? はあ!?」


 フランジェスカは仰天し、思わずというように声を上げた。急いで口に手を当てて黙り込むと、誰かを呼ぶ真似をしなかったか周りを確認してから言う。


「それは本当なのか? 全く気付かなかったが……」

「いや、サーシャとお前くらいだから、気付いてねえの。ピアスは違う意味にとってたからちょっと違うけどさ。サーシャと同レベルとか、くくく」


 修太は、つい笑いを零してしまう。


「あいつ、分かりやすいじゃんか。俺、あいつがピアスと会ってすぐに落ちたの、すぐ気付いたぞ? ついでに言うと、グレイやコウも気付いてる」

「グレイ殿はともかく、モンスター以下か……」


 フランジェスカは自身の鈍さに焦りを覚えたのか、眉を寄せた。修太の足元に座るコウを見て、すぐに目を反らす。


「いいか、啓介自身はそれに気付いてない。あいつが女子に惚れるなんてこれが初めてだから、俺は出来れば応援してやりたい。でも、ピアスは、“啓介が優しいのは皆にであって、勘違いしていない。自分みたいな地味っ子にも優しくて良い人だ”と言ってた」


「それは……気の遠い話になるのではないか?」


 事態を飲みこんでしまえば、フランジェスカにも厄介なことだとすぐに分かったようだった。


「だから俺、あいつに自覚させたくて、啓介と話し合いをしたいんだ。で、あんたも協力者になって欲しいってわけ」

「…………」


 フランジェスカは思案気に右頬を手で撫でる。

 そして、ふっと鼻で笑った。


「私はパスだ。放っておけ。こういうことは、なるようになるものだ。お前があがいたとて、ただの取り越し苦労で終わるだろうよ」

「……にぶにぶ女の癖に、やけに知った口きくな」


 予想と違った反対意見に、修太は眉間に皺を刻む。


「うるさい。だいたいだな、私は青春時代を全て剣に捧げてきたのだぞ? 恋だの愛だの、遠い場所での出来事だったし、こんな傷だらけでは結婚などできないと思っていたから、無関係のことだったのだ。だが、同僚や後輩、先輩を見るにつけ、結婚する輩というのはどうも、付き合うべく付き合うのだ。神の采配のようなタイミングでな。だから、ケイ殿が気付いていないというのなら、もう少し後で気付くべきタイミングが来るのだろう」


「それより先にピアスと離れたらどうなるんだ?」

「それはピアス殿がケイ殿と縁がなかったというだけだ。そもそも貴様、何故、ピアス殿なんだ?」


 真っ向から質問され、修太は戸惑った。言われてみれば確かに、ごり押ししなくてもいいのかもしれないという考えが頭を過ぎったが、あんないい子はそうそういないという気持ちもあったので、すぐに言い返す。


「今まで啓介に惚れて面倒くさかった女子と違って、性格的に良い人間だからだ。親友が変な女に捕まるのなんか見たくねえんだよ。そりゃあ、二割くらいはあいつに女ができりゃ、女絡みの面倒事が減るかもなっていう俺の希望もあるが」


「確かにピアス殿は私から見ても善良な人間だ。ケイ殿とはお似合いだとは思うが、その二割が問題だな。結局のところ、お前が楽になりたいだけなんじゃないか?」

「それもあるけど、それだけじゃねえよ」

「どうだかな」


 フランジェスカは冷たく返し、立ち上がる。修太もつられて立つ。


「私は邪魔はしないが、協力もしない。恋愛事には関わらない主義なのだ。面倒な目を見るのはこっちなのでな」

「なんだよ、つめてえ奴」

「そういうお前はお節介だ」

「無駄でも俺はやるからな」


 立ち去る背中に宣言をするが、フランジェスカは、適当に頑張れとでも言いたげに左手を軽く振り返すだけだった。




 フランジェスカが立ち去った裏庭で、修太はむすっと黙り込んで立っていた。

 もしかして本当にお節介なんだろうかと考え込んでいると、後ろから声をかけられた。


「分かってんじゃねえか、あの姉さん」

「おわあ!? おまっ、どこから!」


 予想外の所からの声だったので、飛び上がらんばかりに驚いた。驚かせた張本人であるシークは、不思議そうに青い目を瞬いた。


「え? 反対側から回ってきただけだぞ」

「何だ、サーラさんからお遣いでも頼まれたのか?」

「いんや、ただの暇潰し」

「あ、そう……」


 シークののんきな態度を見ていると、これくらいで怒る自分の心が狭く思えたので、それ以上は責めるのはやめた。

 シークはというと、したり顔で何度も頷く。


「あの姉さんの言う通り、出会うべくして出会っちゃうんだよなあ、これが」

「お前が言うと気持ちわりい」

「ああん? どういう意味だ、チビ」


 聞き捨てならないと眉を吊り上げるシーク。修太は正直に答える。


「お前が恋愛とか、柄じゃねえだろ。つか、似合わねえ」

「るっせえな。言っとくけどな、俺、結婚の約束してる奴がいんだぞ」

「はあ!?」


 突然の爆弾投下に、修太はのけぞって驚いた。


「何、黒狼族ってこと?」

「いんや。人間でレステファルテ人。あ、お前、知ってるか? イェリのおっさんが拾って育ててる人間で、アリテって奴」

「おまっ、アリテって、はあああ!?」


 アリテはレステファルテで会った、治療師(ヒーラー)の娘だ。今の修太と同年代くらいの、物静かで話しやすい雰囲気の女の子だった。

 修太はさーっと青ざめる。


「アリテとお前、年齢差がありすぎだろ!」

「あー、五歳差だっけか? 昔は気にしたこともなかったけど、言われてみると離れてるかもな? 五年前にイェリのおっさん家で師匠と会ったんだけど、その時にあいつとも会ったんだ」

「五年前……。えーと、アリテが八歳か九歳くらい? お前は成人したてってことだから、十三歳だよな。それでも結婚を決めるのはちょっと早すぎじゃねえ?」


 混乱した頭を抱えつつ、修太は逆算して更に遠い目をした。


「んなこと言われてもな。気に入っちまったんだから、仕方ねえじゃん。十六になったら迎えに来るから結婚してくれって言ったら、その時にまだ好きだったら良いって言われたんだよな。これってオーケーってことだろ?」

「いや、わかんねえぞ。冗談と思われている可能性がある」


 それ以前に、子どもの口約束で終わっている可能性がある。


「でも俺は本気だ。とりあえず、あいつとガキを養える程度の一人前になるのが目標なんだ」

「お前、馬鹿だけど男らしいよな……」


 修太は初めて、心の底からシークに感心した。


「馬鹿は余計だっつの」

「でも、またどこをそんなに気に入ったんだ? 子ども相手だぞ?」


「あいつ、精神的にタフだからなあ。そこかな? 俺が会った時、アリテはイェリのおっさんの養子になってすぐでさ。実の父親に暴力を振るわれたせいで、片目を失う大怪我して、路地裏に倒れてたのをイェリのおっさんが拾ったんだよ」


 シークは天気の話でもするような調子でさらりと話したが、内容はかなり重い。聞いて良かったのかとどぎまぎする修太にお構いなしに、シークは続ける。


「だからさ、俺、あいつに、なんだったら殺してきてやろうかって聞いたんだ」

「何でお前、そんな物騒なの? いきなり殺すってそれはねえだろ」


 段階をすっ飛ばしすぎだ。

 修太は顔を引きつらせ、無理矢理苦笑を浮かべる。その返事にシークは首を傾げ、付け足す。


「俺の前に師匠も同じ質問したらしいぞ」

「……うん、分かった。もう言わん」


 何でこう、黒狼族っていうのは殺伐としているんだろう。


「でも、あいつ、いらないって言うんだ。自分は悲しいだけだって」

「……そうなのか」


「あいつの父親、母親が死んだ後から荒れ始めたらしくてな。自分が我慢していたら、元の優しい父親に戻るって信じてたんだと。でも、無理だった。それで、自分はそんな父親を良い方に変える価値もないって気付いて、それが悲しいんだって言ってた。たったこれっぽっちのガキがだぜ? で、俺は、嫁にするんならこいつだって思ったんだ」


「分からねえぇぇ。いや、分かるけど、でも何でそうなるんだ。そこは同情するなり慰めるなりする場面じゃねえの?」


 思考回路が意味不明すぎる。

 修太は頭を抱える。しゃがみこみたい衝動に駆られるが、意地で耐える。


「だからな、会う時に会うんだよ。チビが気にしすぎなんだ。放っとけよ」

「そこは譲らねえぞ! 啓介を放置してたら、百年くらいあっという間に過ぎるに決まってる!」

「……何だよ、その自信は」


 シークは胡乱な目付きで修太を見た。


「じゃあ、言い方を変える。教えてどうすんだ? 自分で気付かなきゃ、気にしすぎてぎこちなくなるんじゃねえの?」

「……。それは考えてなかった」

「どうせ応援するんなら、さりげなく気付くように手伝えばいいんじゃね?」

「なるほど、そうすりゃいいのか」


 修太は表情を明るくし、パッとシークを見上げる。


「サンキュー、シーク。まさかお前が相談に乗るのが上手いとは思わなかったぜ。お前にも良いとこの一つや二つくらいあるんだな!」

「うっせえよ、チビ! 遠まわしに馬鹿にすんじゃねーっ」

「褒めてるのに、なに切れてんだよ」


 急に怒り出したシークを謎に思いつつ、修太は計画を練る。

 ひとまず、ピアスをどう思っているか考えさせるとこから始めてみよう。


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