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断片の使徒  作者: 草野 瀬津璃
セーセレティー精霊国 断片探しの寄り道編
170/340

 9



 翌日。

 町長の娘の結婚式は、暑い日中(にっちゅう)を避けて午前中に行われた。

 あちこちを生花で飾った極彩色の衣装を身に着けた花嫁は、花で飾られたグラスシープに乗せられ、花婿の待つ家を目指す。その道程(みちのり)は、町の人達に祝福されながらの遠回りのものになる。

 花嫁は酒瓶とコップを持ち、コップに注いだ酒を道に少しずつ撒いて通り過ぎる。


「花と酒のにおいで気持ち悪いな」


 修太は花嫁行列を見送りつつ、小さな声でうめいた。

 むしっとした暑さの中、濃い香りの花ときつい酒のにおいが混ざりあい、何とも言えない香りにブレンドされている。


「こうやって遠回りをすることでね、道端にいる悪霊を遠ざけて、嫁ぎ先に連れて行かないようにするのよ。お酒を撒くのも、悪霊を酔わせて足止めさせる為なの」


 ピアスの講釈に、アクセサリーをたくさんつけることで魔除けにする風習があるだけあって、セーセレティーの民は迷信深いのだなと修太は感心を覚えた。


「ちょっと、クリムさん、もう少し離れて……」

「ええ~? 何ですか、ケイ様。よく聞こえませんでした」

「……えーと」


 明らかに作っている高い声に修太は悪寒を感じて振り返ると、クリムが人込みにいるのを言い訳にして、啓介の左腕に自身の右手を絡ませているところだった。黒猫のナッツは、クリムの左肩に乗っている。

 啓介は困った顔をしているが、周りの人込みに押されるせいで、上手くかわせないようだ。


「聞こえてんだろ、おめぇ……」


 離れた所にいる修太にもはっきり聞こえたのだから、聞こえないはずがない。思わず呟くと、ちらりとこちらを見たクリムに睨まれた。

 地獄耳かと恐れを抱く修太は、コウがクリムと啓介を邪魔しに行く任務に行こうとして、物見客に尻尾を踏まれ、すごすごと戻ってくるのに気付いた。


「クゥーン……」


 コウは修太の左足に鼻先を押し付け、弱った声で鳴いた。

 余程痛かったのか、耳も灰色の毛もすっかりぺたんと垂れている。

 流石に可哀想になった修太は、腰を屈めてコウの耳の裏を撫でる。


「よくやったよ、うん。そんなに嘆くな」

「グゥゥン」


 萎れた尻尾を見せるコウ。痛みを主張したいらしい。


「頑張った頑張った」


 わしゃわしゃと撫でていると、修太が視界に入らなかった物見客が背中にぶつかり、修太は前につんのめる。その勢いのせいでコウに(つまづ)いて転びかけると、ピアスに左腕を引っ張られ、道端に誘導された。


「こっち、シューター君」

「あ、わり……い?」


 礼を言って顔を上げた修太は、ピアスが膨れ面をしているのに気付いて身を引いた。不愉快そうに啓介とクリムを睨んでいる。


「ピアス?」

「シューター君」

「うわ、何?」


 掴まれたままの左腕を、そのまま引っ張られ、修太はまたよろめいた。予想していない動作だったので、踏ん張りがきかなかったのだ。


「いくら花嫁行列だからってさ、あんなベタベタすることないと思わない? 腹立つから、シューター君、一緒に屋台巡りしよ!」

「はあ? 俺?」

「だって食べるの好きじゃない」

「いやいやいやいや」


 何だこの展開は。


「皆、私達、ちょっと出店巡りしてくるから、おばばの家で再会しましょ」

「ああ、分かった。気を付けろよ」

「また後でね」

「よし、トリトラ。酒飲もうぜ!」

「酒か、よいな。我も混ぜよ」


 黒狼族三人は、この町がピアスの故郷ということもあって安全だからかあっさり頷き、列から離れる。それに、酒と聞いたサーシャリオンがついていく。フランジェスカは修太と啓介を見比べた末、啓介の方に残った。


(その方が助かるけど、あいつ、ぜってえ俺がいるから啓介を選んだな……)


 分かりやすい奴だ。


「シューター君、行くよ。もう!」

「ああ、悪い。うわたた、人、人にぶつかるから!」


 ぴりぴりしているピアスに引っ張られ、足をもつれさせながら人込みを歩き出した修太は、ちらりと後方を振り返り、啓介が衝撃を受けた様子で固まっているのに気付いて冷や汗をかく。


(ちょ、何この修羅場みたいなの。誤解だぞ、啓介! つーか、お前があいまいな態度なのが悪いんだけど!)


 修太は心の中で必死に言い訳しつつ、思いがけずピアスと二人で食べ歩きすることになった。


(この反応がまず意外なんだが、もしかして、ピアス、やきもちとか)


 それだったら啓介は脈有りということになって、修太は嬉しい。が、ピアスが荒んだ表情をしているのを見て、その怖さに浮き上がった心が急降下した。


「やっぱ胸なの? 男って、サイッテー!」


 ぶつぶつぼやいているピアスの口から、そんな言葉が聞こえてきた。

 確かにピアスは痩せていて、胸の辺りは豊かとはいえないかもしれないが、それなりにあるので問題無いというか、むしろ清楚に見えて良いと思うのだが。


 修太はそんなことを考えたが、もちろん口に出来るはずもなく――豊かとはいえないの辺りで恐らく鉄拳が飛んでくるに違いない――ただ、豊満な体つきが美しいとされるセーセレティーでピアスは不細工扱いなので、コンプレックスを刺激されたようだというのは理解した。クリムは年齢の割に発育が良いようなので。


 だが、そういう気持ちはよく分かる。周囲が美形ばっかりで、凡庸な修太はときどきむしゃくしゃするのだ。

 そう思うと、ピアスが戦友のように見えた。

 というより、思い出して修太もイライラしてきた。


「ピアス、思いっきり食べるぞ!」

「その意気よ、シューター君!」


 意気投合した二人は、それぞれ拳を突き上げて、露店の並ぶ通りに突撃していった。


「ウォン……」


 ただ、コウだけは、仕方ないなあという目で二人を見上げ、大衆に踏まれないようにと尻尾を庇うようにして、駆け足になっていた。


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