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断片の使徒  作者: 草野 瀬津璃
セーセレティー精霊国 断片探しの寄り道編
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 8



「お帰り。思ったより早かったね」


 ピアスの祖母・サーラに依頼品を届けると、サーラは母屋の方に寝床を用意してくれていた。


「ピアスに頼んだアイテムクリエイトは、早くても三日はかかる。明日は町長の一人娘の結婚式でね、花嫁行列がある。ついでに観ていくといい」

「サーラ殿、我らが泊めて頂く際の対価は何なのです?」


 慎重に問うフランジェスカ。サーラはあははと声を上げて笑う。


「ああ、心配いらない。さっきのお遣いで充分に対価になる。残りの日はゆっくりしておいき。ピアスの大事な仲間だからね。――だが、そちらのお嬢ちゃんは、冒険者ギルドにお戻り。仕事を請け負ったからには、馴れ合いなんかするんじゃないよ」


 サーラはそう言いながら、銀貨の入った袋をクリムに寄越す。


「何です、これ?」

「さっきお遣いしてもらったからね。宿泊代に相当する分さ。貸し借りは嫌いでね」


 煙管を外し、ふぅと煙を吐くサーラ。

 クリムは意外そうに目を瞬いたが、すぐに会釈した。


「ありがとうございます、サーラさん。では皆様、明日また参ります。ケイ様、お休みなさい」


 クリムはにこりと啓介にだけ挨拶をして、黒猫のナッツを連れてピアス宅を出て行った。


(あからさまにアピールしていきやがった……!)


 修太は隙のないクリムの態度に畏怖すら覚えた。


(恋する女子、まじ強え。だけどな、クリム。啓介の方が上だからな)


 自分だけ挨拶されたのを不思議そうにしながら、啓介がクリムに軽く会釈を返したのを眺めつつ、修太は顎に手を当てる。

 もしかして、修太が邪魔するまでもないのではないか?


「――失礼する」


 そこへ、軽いノックの音に遅れ、声が響いた。クリムとすれ違いに、黒い影が一つ入ってくる。

 右脇に木箱を抱えたグレイだった。左肩に引っ掛けたハルバートの鉤爪(かぎつめ)の先に、トランクの取っ手を器用に引っ掛けている。

 修太は木箱に注目しながら、グレイに声をかける。


「あ、グレイ。お帰り。どうだった?」

「皮や骨といい、良い値で売れた。肉は三分の一だけ売ってきた。――ほらよ」


 布袋に入った硬貨を、啓介の手に落とすグレイ。啓介は軽く動揺する。


「ありがとう、グレイ。でも、ええと、手間賃とかいいのか?」

「必要無い。俺はこいつの知識が欲しかったから、ただのついでだ」


 愛想の無い口調で、グレイははっきりと返す。サーラが不思議そうにグレイに問う。


「なんだい、その木箱は」

「ヤミシシの肉だ」

「ほう、それはいいね。今日の夕飯に出してやろう。どうだい?」

「構わんが……」


 グレイがちらりと啓介を一瞥すると、正確に意味を読み取った啓介は宿泊のことを告げる。


「……なるほど。それであの娘とすれ違ったのか」


 呟いた割には興味が薄そうな様子だ。

 更に、トリトラとシークが道具箱片手に入ってきた。


「あー疲れたー」

「屋根の修理って面倒だな」

「なんだい、あれくらいでだらしない。更に言えば遅い」


 サーラが遠慮なく駄目出しをすると、トリトラやシークは嫌そうに顔をしかめた。


「君、何でそんなに偉そうなのさ。したことない仕事には時間がかかるって、そんな想像も出来ないの?」

「そうそう。俺らの故郷の家ってのは、天幕だからな。瓦なんか使わねえの」

「そりゃ悪かったね」


 わるびれなくサーラは謝り、ピアスが取り成すように前に出る。


「二人とも、ありがとう。グレイがヤミシシを狩ってくれたから、今日はお肉たっぷりにするの。楽しみにしててね」

「ヤミシシ? 初めて聞いたけど、イノシシの仲間かな」

「肉いいな、肉」


 肉と聞いて二人の機嫌はあっさり直る。


「皆、夕食の準備をしている間、風呂に入っておいで。ピアス、部屋と風呂に案内しておあげ」



「分かったわ、おばば」





「……どこが小さいんだ、この家」


 ピアスが案内してくれた部屋は、男六人が楽に雑魚寝出来る、広い部屋だった。普通に使っても宴会くらい出来そうだ。

 セーセレティーの家庭は、どの家も、普段食事する部屋や台所以外は、基本的に土足厳禁らしい。

 一段高めに床が設けられているので、その手前で靴を脱げば良いらしい。境界が分かりやすい。脱ぎ着が面倒だろうからと、ピアスが土間を行き来出来るように客用のサンダルを持ってきてくれた。

 修太は厚みのあるマットが敷かれた部屋を物珍しげに見て、左の壁際に座ってみた。


「おお、ふかふかしてる」


 床に寝るのは久しぶりだ。


「ごめんね、うち、客用のベッドは無くて。床にごろ寝なんて嫌よね……」


 案内したピアスが落ち込んだように肩を落とす。

 啓介が慌てて首を振った。


「そんなことないよ。むしろ、俺らの故郷は畳に布団を敷いて寝ることも多いから、違和感はないかな」

「タタミ? 何それ」

「床の上に敷く、草を編んだ板みたいなのかな」

「へえ、よく分かんないけど、そういうのがあるのね」


 ピアスは小首を傾げながらそう返す。

 そんなピアスに、トリトラも気にするなと手を振る。


「僕らの故郷も床に寝るよ。床というか、敷物の上だけど。ふかふかしてるだけ、こっちの方が上等だよ」

「っていうか、どこでも寝れるから気にしねえ」


 トリトラが口にしたフォローを台無しにするようなことをシークが言い、グレイも無言で頷いた。


「右に同じ」


 案内待ちのフランジェスカが、廊下からピアスに向けて言った。ピアスは少し呆れた様子を見せる。


「私は助かるけど、どこでも良いだなんて、上等な宿屋が聞いたら怒りそうね。まあいいわ、それじゃ、先にフランジェスカさんを案内してくるから、その後、お風呂の場所を教えるわね」


 ピアスとフランジェスカが部屋を去ると、グレイはマットを無視して、出入り口横の壁に背を預けて座った。その傍らにハルバートとトランクを置く。


「宿でもないのに、風呂があるとはな。充分、金持ちの家ではないか」

「ですよねえ、師匠。普通の民家にはそんなものありませんからね」


 トリトラは右から二番目のマットに決めたようだが、マットには座らず、床に腰を下ろした。シークは右端の壁際を陣取る。


「そうなんだ? どの家にもあるのかと思ってたよ」


 修太の隣のマットを選んだ啓介が床に座り、サーシャリオンがその右隣を選ぶと、真ん中のマットが一つだけあいた形になる。


「? グレイ、マットを使わないのか?」


 修太が当然の疑問を口にすると、グレイは頷き返した。


「ああ。俺はここでいい」

「そうか。では、我はそなたの分も使うことにする」


 サーシャリオンがマットをくっつけて、広々とした場所でごろごろし始めた。


「……相変わらず、自由だなあ、サーシャ」

「怒っていいんだぞ、グレイ」


 啓介が感心混じりに呆れ、修太はグレイを見た。グレイはどうでも良さそうに、ぼそりと返す。


「俺はそいつにいちいち構う気はない」

「……そう」


 大人な返事に、修太はそんな返事しか出来なかった。


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